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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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潜む敵影はいまだ輪郭すら捕らえず

「勝手に盛り上がって、勝手に終わらすな」


 満足げなハプスベルタの頭に、翔が拳骨を振り下ろす。


「あ痛」


 力などまるで込められていない拳だ。ハプスベルタの肉体であれば、痛いなんて欠片にも思わない筈。そもそも、翔に劣るとはいえ彼女も戦士。亀の歩みの如き拳なぞ、首の動きだけで躱してしまえる筈である。


 躱さなかったのは話を聞いてくれた感謝のためか。それとも、自分の愚かな行いを、翔が立場も忘れて怒ってくれたためか。いずれにせよ、人を深く知る悪魔でなければ、冗談でもそんなリアクションは取れない。


「随分と未来の話をしてるけど、まずは目の前の悪魔だろ。それとも、お前の手に掛かれば、楽勝の相手なのか?」


 そんな人間を深く知るハプスベルタ相手に、翔が取った行動は棚上げ。いずれにせよ、ハプスベルタの思想は人類とは相いれないもの。だが、そんな彼女も今この時に限れば貴重な戦力の一員である。


 ハプスベルタが日常の立ち合いから武を学び取っていくように、翔もまた、この先の戦いでハプスベルタの本気を学び取る。決定的な敵対は、その時になってからでも遅くないと考えたのだ。


「ふふふ、まさか。国家に所属する。或いは国を興す。どちらにしたって、多くの戦いの果てに成し遂げられる行為だ。(くみ)しやすい相手こそいる。けれど、楽勝なんて口が裂けても言えないね」


 はたして、翔の思惑はある意味で上手くいった。単純なハプスベルタの興味は目先の戦いへと移り、思わせぶりで終わっていた名誉の悪魔の話題へ移ってくれた。


「......そうかよ。そんで? 名誉の悪魔だっけか。そいつらは与しやすい相手なのか?」


 これ幸いと、目下の敵へと話題を掘り下げる翔。


「肉弾戦で負ける事はない。けれど厄介の一言に尽きる」


「っまた、分かり辛い表現を......!」


 望んでいたのは名誉の悪魔のさらなる情報だったが、得られたのは煙を掴むような手応えの無い情報。いくら脳筋を思わせるハプスベルタと言えど、情報の貴重性は当然理解しているらしい。


 けれどハプスベルタの支配する剣の国は、これ以上無いほどに分かりやすく血生臭い国名だ。彼女自身に白兵戦の心得が薄くとも、国民達まで人間に遅れを取るような技量であるとは考えにくい。


 そうなると肉弾戦で負ける事はないという評価も、人間基準で考えれば曖昧に尽きる。そのため翔は、続いた語尾の方を深堀りしようと考えた。


()()ってのは、いつだか言ってた空っぽの栄誉だかの話か?」


 旅行が始まる以前の立ち合いで聞いた、名誉の悪魔の説明。


 彼女曰く、彼らは小手先の優位を望む者へ近付き、食い物にする悪魔であるという。その後の宝石に関する質問こそはぐらかされたが、国家の枠組みで厄介と表現されるのはそれが理由である筈だ。


「よく覚えていたね。そう、本当に厄介な悪魔だ。強いて言うならば......そう、血の悪魔共を相手にした時のような」


「カバタの野郎と......!?」


 懐かしいながらも好感はゼロに等しい国名を聞き、翔はカバタとの戦いを思い出す。


 カバタは自らの拠点を作成し、そこからジワジワと感染症が如く支配地域を広げていく魔王だった。拠点内部は環境の一切が書き換えられ、小川は血の池へと置き換わり、生物は血に飢えた憐れな使い魔へと変換された。


 一帯を地獄へ変換するような魔王と同列。これから生まれる惨劇に気付き、翔が思わず叫び声を上げんとした。


「落ち着いたほうがいい」


「っむぐ!?」


 ハプスベルタの手が口に添えられ、翔が吐き出そうとした言葉は小さな呻き声へと変わってしまった。


「心配せずとも、翔が思い描くような惨劇は訪れない。環境を変化させる一点においては、血の悪魔は魔界でも随一の能力を持っているのだから。まぁ、そのせいで周辺国家から四面楚歌の憂き目にも遭っているのだけどね」


「ぶはっ、じゃあ血の悪魔との共通点ってのは何なんだよ?」


 周囲一帯を飲み込む絶対支配が杞憂だと言うのならば、何を引き合いにして血の悪魔の厄介さと比べたのかという話になってくる。当然の質問に対して、ハプスベルタの返答は一言だった。


()()()()


「再生能力......? あっ......」


 最初こそ疑問符が浮かんでいた翔だったが、その言葉を聞いて再びカバタとの戦いを思い出す。


 血の魔王 血脈のカバタは、自身の生み出した環境全てを力に変えていたとも言えた。血族であるニナを代表とするように、血の悪魔は生物の血液を糧とした際の魔力変換率が格段に高い。極論、他者を殺めてその血を啜るだけで、血の悪魔は魔力の回復ができるのだ。


 そんな悪魔の親玉たるカバタともなれば、魔力の回復力も血液の準備手段も段違い。環境変化の結界に、糧を吸い取った抜け殻を活用する魔法。そこに根源魔法も加わる事で、戦術次第では翔ももっと厳しい戦いを強いられていただろうと確信出来た。


 翔とニナがカバタに勝利出来たのは、(ひとえ)にカバタが成果を焦りすぎたため。血族を利用した現世支配計画をもう一度基盤に乗せるため、カバタは何としてもニナを手に入れなければならなかった。


 しかし、目の前に現れたニナへ集中するあまり、カバタは翔の相手をおろそかにした。あろうことか血の悪魔の得意技である数の暴力を捨て去り、一体の強大な眷属へと戦力を集中させてしまったのだ。


 眷属が倒れてしまえば、カバタは一時的に動かせる駒を失う。加えて魔王たる矜持が、カバタに逃走という選択を迷わせた。


 そしてカバタが最も不幸だったのは、翔には魔力の伝播も吸収も遮断する結界があった事。いくら豊富な魔力が周囲に広がっていようと、吸収出来なければ絵に描いた餅。最終的にカバタは十分な魔力を有していながら、魔力量によって敗北したのだった。


「心当たりがあったかい?」


「あぁ、嫌って程にな」


 力無き一般人への被害ばかりに目が行っていた翔だったが、確かに再生能力もまた、厄介と言っても過言では無い能力である。おまけに焦るカバタとは異なり、此度の相手は潜伏を第一に考えている。街一つを覆うほどの結界を張ってしまえば、流石の翔と言えど一瞬で魔力切れを起こしてしまう。


「ついでに言っておくけど、例の結界は頼りにしない方がいい」


「はっ......? いや、何で?」


 まるで心を読んだかのようなタイミング。納得がいかない翔が言い返すのは当然であり、読心が如き先読みを決めたハプスベルタに、返答が用意されているのも当然であった。


「環境の変化において血の悪魔が随一であるように、再生能力において名誉の悪魔は魔界随一であるからさ。断言しよう。結界なんて張ってしまえば、()()()()()名誉の悪魔は逃げ出す。そして、新たな拠点を見つけ出し、()()()()()()()()同じ事を繰り返すだろう」


「そんなの、どうすりゃ......」


「そうならないために、私と継承殿がいるのさ。あれこれと戦いにばかり気を回さず、友との旅にも楽しみを見出すべきじゃないかい?」


「......うっせぇ。そんなの分かってるよ」


 痛い所を突かれ、翔の勢いは殺されてしまった。結局のところ、またしても敵悪魔の情報は中途半端。どの方向を向いてもモヤモヤは晴れぬまま、翔は残された移動時間を無言で消費する事となるのだった。

次回更新は3/6の予定です。

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