強者を愛するは剣の性
「いや、待て待て待て! 何でこんなもんが必要で、そもそもこれをどうすりゃいいんだよ!」
突然招待状を手渡されたかと思えば、それが国家間同盟が主催するパーティへの招待状と聞かされる。矢継ぎ早に情報を詰め込まれては、翔がパニックを起こすのも仕方が無かった。
「さすがの翔といえど、このサプライズには驚いたようだね」
「驚かねぇ方がおかしいだろ!」
ハプスベルタが所属を宣言している魔宮の茶会は、原点回帰を大義に掲げた同盟だ。悪魔を現世へと呼び戻し、太古の時代を蘇らせる。されど地上に神はおらず、人類は己の力で生き残るしか術はない。
ハプスベルタは大義の実現によって、多くの強者を生み出そうとしているに違いない。そして、生まれた強者を打ち倒すことで、凡百達を悪魔へ昇華するつもりに違いない。
国家間同盟 亜種教会とは全く毛色は違う。しかし、人類の被害を考えれば、どちらの大義も達成させるわけにはいかないのが確かだ。殺気も敵意も、車内で放つには狭すぎる。だから翔は、視線のみでハプスベルタの行動に非難声明を出した。
すると、ハプスベルタからが作ったのは意外そうな表情。続けて小さくポンと手を叩き、納得したように苦笑した。
「何がおかしいんだよ?」
「ん? ふふっ、そういえば招待状を渡したというのに、肝心の私達に関しての説明は触りで終わってしまっていた事を思い出してね」
「太古の時代の復活。続く悪魔の現世への帰還、だろ? それだけ聞かせて貰ったら十分だ。むしろ、それを聞かされた上で招待状を貰えば、大抵の人間が不機嫌になるのくらい予想が付いただろ?」
「そう、それだよ。そこだけを聞かせて終わってしまっていたのだから、翔の表情はもっともだと思ってね」
まるで自らの失敗を恥じ入るかの如く、ハプスベルタは口元を抑えて苦笑いを続ける。そこには翔の非難に対する負の感情は存在せず、真正面から受け止めた上で飲み下したような寛容さがあった。
「......何かしらの誤解があるってのかよ?」
ここまでの肩透かしを喰らってしまえば、翔の方も追撃を続ける気持ちが萎えていく。そもそも、ここで感情を昂らせて損をするのは翔側だ。いくら親友達の安全を確保しているとはいえ、魔王を煽る行為が正しいわけがない。
ハプスベルタがやった事は、所属する国家間同盟に繋がる招待状を手渡しただけ。ならば、いくら掲げる大義が人類と相容れぬものだとしても、話を聞くくらいはするべきだと考えたのである。
「あぁ。まず翔、私達の略称が茶会である事を知って欲しい」
「あ? あ、あぁ。茶会......茶会な。けどそれがどうしたってんだよ」
魔宮の茶会と聞かされていた時は一ミリもピンと来なかった同盟の名前。しかし、茶会と言い直されれば、薄っすらとだが同盟のイメージが湧いてくる。渡された当初は果たし状代わりかと思っていた招待状も、茶会への招きであればそれほど違和感はない。
けれども、それを聞かされたからといって何になる。大義が古の時代の復活である限り、人類への被害は甚大なのだから。
そうした翔の言葉を予想していたのだろう。ハプスベルタは大きく頷き、言葉を続けた。
「そう思うのも仕方ない。だから、単刀直入に言うよ。私達は、ニンゲンを支配するつもりも現世を激変させるつもりも断じてない。ただ、仲の良い隣人と茶会を楽しみたいだけなんだ」
「はぁ? 何を言って_」
「魔宮の茶会に所属する悪魔達は、それぞれの形でニンゲンを愛しているんだ。これでも伝わらないかい?」
「......考えるのが苦手なのは知ってるだろ。ちょっと待て」
ハプスベルタという魔王について考えてみる。
彼女は奔放ながら、義に厚い悪魔だ。国民以下の凡百と呼ばれる剣達に居場所を与え、それどころか彼らが悪魔へ至れるよう人魔大戦を成長の場に使用している。
初めて目にした魔王がハプスベルタであった事で、翔は魔界と呼ばれる異世界にも理はあるのだと知った。続く邂逅がダンタリアだった事で悪魔とも歩み寄れる事を知り、さらに続くカバタのせいで相容れない邪悪が存在する事を知ったのだ。
そんなハプスベルタが、ニンゲンを愛するのはどんな時だろうか。
剣とは使われこそ。剣とは人類が存在して初めて成り立つもの。そういう意味では、ハプスベルタは人類を愛さざるを得ない筈だ。しかし、これは愛というよりも依存。それも一方向からの強烈な感情に過ぎない。
ならばハプスベルタの目標から愛を探ってみる。
彼女の目標といえば、言うまでもなく凡百達を悪魔へ昇華する事。そのためには剣への根源的恐怖はもちろんだが、同時に一本一本の剣個人が深くマイナス感情を刻まれる存在になる必要がある。
過去に別の同盟で試した方策は、ハプスベルタ本人への畏敬で終わってしまった。凡百達など霞むほどに、彼女が輝いていたからだ。これを逆説的に考えるのであれば、凡百達が輝ける使い手を用意するのが、一番手っ取り早い悪魔への昇華方法であると言える。
翔は思い出す。過去のハプスベルタ言動を。そして、ハプスベルタの行動を。そしてたった今の言葉と照らし合わせ、翔は一つの答えを得た。
「......凡百を握るのは、お前である必要は無い」
「凄いじゃないか! やっぱり翔の発想力は、創造魔法使いにふさわしいよ!」
ケラケラとにこやかな表情を取り戻し、ハプスベルタは翔を褒めた。
「......だけどお前! それは......!」
だが、翔の方は笑う気になれなかった。
「うん。ニンゲンも、私の手を離れた凡百達も、多くが道半ばで朽ち果てるだろうさ。けれど、英雄の叙事詩なんて大抵が殺戮日記だ。道を違えた悪だろうと切り裂かれる端役だろうと、英雄誕生の一助になるのには変わらない」
なぜならハプスベルタの行動は、やはり血塗られた道を引くのに変わりはなかったのだから。
「そりゃあ、お前は手を下す必要は無いさ! お前の行動に、俺達の多くは感謝すら零すだろうさ! けど、けど、世界が地獄に落とされるのは変わらねぇだろうが......!」
現世に悪魔が帰還すれば、各地で起こるのは殺戮と蹂躙。多くの人間が命を落とし、同じ数の人間が死よりも恐ろしい奴隷以下の扱いを余儀なくされるだろう。
だが、そんな時にハプスベルタが手を差し伸べたらどうなるか。人間達は感謝と共に力強く手を取り、その多くが世界奪還と復讐を誓って剣を取るだろう。
自らの手をほとんど汚す事なく生きれる時代だ。最初は抵抗感によって剣を振るうのすら覚束ず、復讐は道半ばで終わるに違いない。
しかし、一人の敗北は残った者達を奮起させる。紡がれる復讐の怨嗟は、代を重ねる毎に色みを増していく。上位国家の魔王が保護するニンゲン達だ。まさか一人残らず悪魔の手にかかる訳が無い。そうして長い長い戦いの歴史は、血と共に繋がれていく事になる。
そうした先では、遂に復讐を成し遂げる人間も現れるかもしれない。ただの人間が、多くの悪魔を殺戮する時代が訪れるかもしれない。そこでようやく、人と凡百の歴史は完成を迎える。集まった恐怖と畏敬が、英雄と授けられた凡百に注がれていく。
最初から強い魔王であるから失敗したのだ。だからハプスベルタは同盟を変えた。もっと原始的で、もっと血生臭い結末が手に入る場所へと居を移したのだ。
「もちろん、私自身の手で凡百を昇華させる夢を失ったわけじゃない。私は剣の魔王。誰よりも鮮烈で、誰よりも率先する。多くの無軌道を討ち取って、君達の大切を守る事は約束するとも」
ダンタリアやハプスベルタの話を聞く限り、魔界は日常的に殺戮が起こる無法地帯だ。同じ同盟でも無ければ国家間での戦争も頻発し、それだけ戦えば恨みも溜まる。恨み募る相手の子飼い。ましてやニンゲンなんぞに討ち取られれば、抱く恨みと絶望の量は計り知れない。
彼女自身が言ったように、ハプスベルタは見方を変えた。人を相手にして凡百達に恐怖を抱かせるのは難しい。けれども、弱い者同士を組み合わせたジャイアントキリングならばどうかと。
ハプスベルタは悪魔を食い物とする事で、凡百達の大量昇華を狙っていたのだ。
「俺ですら、凡百達を昇華させる駒だって言いたいのか?」
翔が憎々し気に言い放つ。
「違うよ。君にその招待状を渡すのは、文句があるなら止めに来いって挑戦状さ」
けれど、ハプスベルタの答えは、翔の予想とはかけ離れていた。
「はっ......? そんなの、どんなメリットが......」
「メリット? そんなの、あるわけないじゃないか! 翔との戦いは、きっと凡百達に多くの刺激を与えてくれる。翔に勝利すれば、きっと君を知る多くの者達によって凡百達は昇華出来る。いわば正々堂々って奴さ」
「お、おまっ......じゃあ、あの時の躊躇って......」
「こんな理由で同盟の本拠地に悪魔殺しを呼び込んだら、流石の私でも非難の嵐に曝されるんだよ。ニンゲンなら誰でもウェルカムなんて掲げておいて、酷い話だと思わないかい?」
「こんの、バカッ!」
いくら何でもあんまりな理由に、翔は立場も忘れて罵倒してしまった。
「それくらい、翔との日常が楽しかったって事さ。私達の大義が成った未来は想像出来ただろう? だから、いざという時は存分に野望を砕きに来るといい。そして、いざ大義が成った日には、私を懐刀にでもしてもらおうかな?」
冗談交じりにハプスベルタが笑う。その表情にはやはり、純粋さ以外の感情は見当たらなかった。
次回更新は3/2の予定です。