思いもよらぬ魔王の決定
「ふっふっふ~! 8切り、からのAを三枚同時出し! これで後は、残った一枚を出してしまえば私の勝ち_」
「ちょっと待った。そのAのトリプルに、2のトリプルを重ねるわ。トリプルの時点で、ジョーカーによる返しもない。残った一枚を出して、私の上がりね」
「ふぇ?」
「えっと、マルティナが上がって手順がボクに回って来るから、まずは8切り。そこから残ったジョーカー。続けて2を出して、ボクも上がりだね」
「ひょえ?」
「ニナお姉ちゃんの2に、私がジョーカーを出します。これで私の手番になって、6の四枚同時で革命。そこから3、4、7で上がりです。わ~い! ギリギリ三位に入れました~!」
「そ、そんなバカにゃ~!?」
トランプに興じる凛花達の声が車内に響き渡る。
「えっ、じゃあ大熊さんって、思ったよりもその道に明るかったり?」
「おう。若気の至りってもんだろうが、大昔には純粋な力を渇望していてな。日本中の古武術はもちろん、中国拳法なんかにも手を出した事がある」
「へ~! もし良ければ、その時の話を聞かせて貰ったりとか」
「お安い御用だ」
かと思えば、前座席からは大悟と大熊による武道談議が聞こえてくる。
「麗子さん。せっかくの遠出なので、良ければお世話になっている方々の社へ挨拶へ向かいたいのですが」
「う~ん、どうかしらねぇ。許してあげたいのは山々だけど、何しろ相手の出方が分からない状況なのよ。魂の接近で先方に感付かれはするでしょうけど、挨拶の有無はギリギリまで伏せておきなさい」
「分かりました」
大熊の過去話が始まるかと思いきや、今度は横向かいの座席から姫野と麗子による日程調整の話が聞こえてくる。
「手持無沙汰だ」
「うっせ、ほっとけ。そもそもこの座席割は、一番怪しいお前の監視がメインなんだよ」
「猫被っているとはいえ、継承殿は親友の傍に置いているというのにねぇ。君との関係性を深めてきた自負はあったというのに、信用を得るにはまだまだ時間が足りないらしい」
そして翔はといえば、隣に座るハプスベルタの相手を嫌々努める状態。
旅行メンバーを乗せて移動中のマイクロバスでは、様々な立場と思惑で会話が繰り広げられていた。
「会う度に切った張ったを所望するバカが築いた信用なんて、砂の城よりも脆い関係だろうが」
「ハハッ、酷い言い草だ」
「その通りだろ?」
「返す言葉もない」
ケラケラと笑うハプスベルタと見るからに仏頂面を作る翔。
翔が返さなければ終わる会話だが、彼とて数時間に及ぶ旅路を無言で貫ける精神力は無い。そもそも、いくら気安い関係とはいえ、隣に座るのは魔王。気紛れ一つで車内に地獄を生み出す存在だ。
契約の絡まない悪魔との約束事なんて、飢えた野良犬にジャーキーを見せながら待てと言うようなもの。ジャーキーを奪い取られるのは当然。指や腕、最悪は命そのものまで奪い取られても文句は言えないのだ。
「だけど口ではそう言いつつも、今の翔は脱力そのものだ。これは信用の証とも取れるんじゃないかい?」
ハプスベルタの言う通り、現在の翔に緊張感は一切無い。ひりつくような闘気も、突然の動きに対する魔力の揺らぎも一切無い。
「ご丁寧に爪も牙も引っ込めた肉食獣相手に、緊張なんてしてられるかよ」
だが、翔の方も想定していた質問だったらしい。
いまだに魔力の感知こそできない翔だが、戦いの中で鍛え抜かれた直感は動物クラスにまで鋭くなっている。その直感を頼りにハプスベルタを見れば、彼女の方も脱力そのものだ。
ゆえに翔も緊張感を持続させるだけ無駄だと判断し、肩の力抜いて接していたのである。
「肉食獣はフィジカル強者だ。その腕の一振りだけで、ニンゲンくらい簡単に葬ってしまえるよ?」
「肉食獣なんてデカい括りでモノを語るなよ。確かにお前の腕には、人の命を奪えるだけの力がある。けどな、それを言うなら俺も同じだ」
脅し文句を並べるハプスベルタだが、彼女の膂力は変化魔法で強化してこそ人外の域に至るもの。そして、首に手をかけてしまえば、人の命を奪えるのは翔も同じである。
「ふふふっ、この程度のトンチじゃ揺さぶりすら出来ないか。本当に能力面だけではなく、精神面でも成長を遂げたね」
思惑がバレたためだろう。ニッと和やかな笑みを浮かべ、ハプスベルタは前を向く。
二人の間には、ほんの一瞬だけ沈黙の帳が下りた。
「何か言いたい事でもあんのか?」
「迷ってる」
何度も剣を合わせた相手だ。戦いの空気は無くとも、感情の揺らぎを捉えるのは難しくない。
「迷う? 魔王が即断即決できないなんて、何の冗談だよ」
「失礼だな。翔の言う通り、私は魔王だ。そして国を率いる王の行動には、君の思う以上に重責が乗っかっている。宿敵たる君のために内緒話をするか、それとも余計なとばっちりを避けるために口を噤むか。これでもそれなりに考えているんだよ」
返ってきたのは、思った以上に重い言葉。
翔との会話で、ハプスベルタが何を思ったのかは分からない。しかし彼女の中では、それなりの不利益を覚悟で翔に情報を落とすか否かのせめぎあいが生じているらしい。
ハプスベルタは魔王。加えて、永くを生きた魔王だ。
その情報の価値は計り知れず、この場の内緒話で今後の運命が大きく歪む可能性だってある。立場を考えれば、首根っこを掴んでも聞き出すべき内容だ。
「なら、黙っときゃいいんじゃねーの?」
だが、翔はハプスベルタに強要しなかった。それどころか、情報の秘匿を勧めさえしていた。
「......意外だね。翔の事だ。仲間たちの安全を考慮して、一つでも情報を拾い上げようとすると思っていたのに」
「普段の立ち合いバカ相手なら、そうしたさ」
「なら、今日に限っての心変わりは?」
「出発前に、自分を歪めてでも隠し事に協力してくれただろ? それの礼だよ」
「......あんな口約束で?」
「口約束だろうと、お前の誓いは守られてる。なら、俺は借りを作ったようなもんだろ。だったら、これ以上の借りを作る前に清算が先だ」
きっとハプスベルタには理解が及んでいないのだろう。しかし翔にとって、貸し借りとは重要な事柄。生きていく上で重視している流儀だ。義理を大切にするから信用出来る、義理を通すから信頼される。
幼い頃から武道というお固い世界に身を置いてきた事で、翔の中には義理を通す精神が育ち切っていたのである。
「ふっ、あははっ。本当に、君ってニンゲンは面白い。国民達を実力で黙らせて、肉の器である君すら迎え入れてしまいたくなる」
「勘弁してくれ。そんな裏口入国をさせられた日には、国民総出でシバキ倒されるぞ」
「安心してくれ。これでも魔王だ。例え国の八割方が敵対しても、私の方が強い」
ハプスベルタにしては珍しく、妖艶さを秘めた笑みを見せる。だがその瞳には、何かを決心した強い感情が生まれていた。
「決めたよ。ほら、翔」
そう言ってハプスベルタは、一枚の封筒をどこかから取り出した。
「あっ? なんだ、これ」
「それは招待状。国家間同盟 魔宮の茶会が開く、パーティに赴くための招待状」
「はっ......?」
「この戦いが終われば、私たちはまた敵同士だ。そうなれば、悠長に招待状を渡している暇も無いだろう?」
そう語るハプスベルタの表情は、これまでとは別種の笑みが形作られていた。
次回更新は2/26の予定です。




