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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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揃った旅行メンバー

「こんにちは、翔お兄ちゃん! その人が、お兄ちゃんの言ってたお友達?」


「ふ、ふくっ......そうだ、よ......」


「わぁ! 初めまして! ダンタリアです! お兄ちゃんのお名前は?」


「おう、岩国大悟って言うんだ。よろしくな」


「大悟お兄ちゃんね! 今日はよろしくお願いします!」


(こらえろ......絶対に噴き出すな......!)


 親友と見知った幼女が親交の握手を交わす中で、翔は己の心を平常心に保とうと必死であった。彼が身体全体を微細動させているのは、つい先ほどの日魔連組との合流が発端だ。


「大熊さん......あれは?」


 大吾が会話モードに入った瞬間を見計らい、翔は大熊の元へと脱出を決行。件の()()について、一番詳しいであろう彼に尋ねた。


「聞くな」


「そんなこと言ったって、あんなの無視できるわけが_!」


「そこを何とか頼む! いくら中身がヘドロでいっぱいだとしても、見てくれと外面さえ整えりゃ、あいつは人間と変わらねぇんだ!」


 目の前にいるのは、知識の魔王 継承のダンタリア。しかし、服装はいつもの魔女衣装ではなく、暖かそうなコートにフワフワの耳当てといった()()()姿()。おまけに口調まで幼女そのものに寄せているせいで、擬態はこれでもかと言えるほどに完璧だった。


 けれども、それはあくまでも一般人がダンタリアを見る上での話。本性を知っている翔や大熊からすれば、ダンタリアの演技は身体中に痒みが走るような違和感の塊。もはやダンタリアの周囲が歪んでいるようにさえ見えた。


「あそこまでして、旅行を成立させようとする理由って何なんです?」


「分かったら苦労しねぇよ」


 きっと、翔との合流前から同じ様な問答を繰り返したのだろう。早朝にもかかわらず、大熊の背中はすすけて見えた。


「おはよう、天原君。早朝から、色々とごめんなさい」


 場の空気がいくらか落ち着いたことを察知したのだろう。いつも通りに控えめな態度で、姫野が翔に挨拶してくれた。


「おはよう神崎さん。何を間違っても神崎さんのせいにはならないから安心してくれ」


「でも、元はと言えば私の繋がりが発端だから」


 姫野からすると日魔連の繋がりさえなければ、余計なしがらみを考えずに旅行が出来たと考えているのだろう。


「そんな事ないって。それに、神崎さんと旅行出来て、俺は嬉しいよ?」


 しかし、さらに発端を辿れば、凛花が日魔連を便利使いしようとした事が原因だ。そのしわ寄せが翔に飛んできているのは納得いかないが、何はともあれ旅行であるのには変わらない。


 これまで続けていた戦いの日々に、一時の休息を挟み込めるのは悪いことばかりではないと翔は考えていた。


「本当?」


「あぁ。こんなとこで嘘ついたってしょうがないだろ」


「そう」


 翔のそんな思いが通じたのだろうか。姫野の声が少しだけ弾んだように感じる。いずれにせよ、せっかくの旅行だ。姫野が楽しめるのであれば、翔としても言う事は無かった。


「朝からお盛んだね。ニンゲン組の少年には、継承殿と同様に声をかけて来た方がいいのかい?」


「......いいからおとなしくしといてくれ。今のお前を見て、くっせぇ演技が無い事を安心したらいいのか、それとも真っ先にボロを出しそうな事を心配したらいいのか分からねぇんだ」


 続いて翔と姫野のやり取りに、顔を突っ込んできたのはハプスベルタ。


 恰好こそ軽装鎧から秋色でまとめたシックな服装に変化しているが、言動に関しては明らかに落第だと会話の一往復だけで判明した。


 だがそもそも、悪魔とはアイデンティティの塊。その頂点たる魔王ともなれば、下手な演技は魂の変容を起こしかねない危険なもの。恥も外聞も気にしないといった風で、どこまでも自分を偽れるダンタリアの方がおかしいのだ。


「ならいっそ、寡黙な令嬢でも演じるかい?」


「いいのか?」


「戦いを至上と断言するこの身なれど、程度の低い戦場の乱立を忌々しく思う良識は持ち合わせている。ましてや剣士足り得ないニンゲンの戯言で、戦場そのものが無くなってはコトだからね」


 どこまでも武人気質なハプスベルタだったが、だからこそ考えは分かりやすい。彼女が此度の戦場で望むのは、共存出来ない悪魔の排除。大義を(わか)つ国家間同盟同士の争いで、勝利を収める事である。


 そのためならば、ハプスベルタは空気を読む。恥辱に耐える事こそしないが、泥水程度は喜んで飲み干す事だろう。時にカタナシという最下位国家の弱小悪魔の話にすら乗る柔軟性。これこそが絶対的な力を持つ魔王で無いにも関わらず、剣の国が上位国家に数えられる理由だ。


「なら基本的に、ウチの奴らの対応はダンタリアにぶん投げてくれ。一人うっとうしい奴が質問攻めに来るかもしれないけど_」


「適当に流しておけばいいんだろう? 分かっているとも。その代わりといってなんだけど_」


「旅行中も遊びに付き合えってんだろ? 言われなくても、その程度のワガママは最初から聞いてやるよ」


「そうこなくっちゃ!」


 殊勝な態度を取っていたハプスベルタだったが、結局は戦いの一言に尽きるのだろう。


 一時は翔の精神的な疲弊によって、せっかくの戦いが無為に終わった。その原因はこれから赴く戦場にあり、戦場に民間人を連れ込む懸念にあった。


 ならば、剣の魔王は懸念の払拭に全力を尽くす。戦いこそが国を繁栄へと近付ける大切な一歩であり、王の成長こそが国の礎となる国民の増産に直結しているのだから。


「そうとなれば......」


 ダンタリアは良くも悪くも演技全開、ハプスベルタは一般人から距離を置くと言質を取った。残るのは、人間同士の諍いだけだ。


「どうして朝から辛気臭い顔をしてるのよ。現代を生きる魔法使いにとって、一般人の中に溶け込むのは基本。そんな顔だと付き合いの長い幼馴染に、何かあったって勘ぐってくれって言ってるようなものじゃない」


「ちょ、ちょっとマルティナ! あっ、えっと、おはよう、翔。今日から数日、よろしくね」


「マルティナ、それにニナも。おはようって気持ちよく言いたい所だけど、あいつらの目が届かない所でくらい弱音を吐かせてくれ」


 そうこうする内に、最後の懸念材料であったマルティナとニナが到着したらしい。ニナはいつぞやの空港で見たようなボーイッシュスタイル。マルティナの方は驚いた事に、カジュアルな秋服を見事に着こなしている。悪魔祓い(エクソシスト)の衣装に見慣れていたせいで、思わぬギャップに襲われる。


 翔の方に余裕があれば、二人の服装を褒めたりした事だろう。しかし件の二人は、勘違いから生じた凛花の標的となっている。


 一度目の追及こそマルティナの力で何とか逃れたが、聡い凛花にはニナの本性を見抜かれてるとみて間違い無いだろう。そうなれば、マルティナの目が届かない所でニナが針の(むしろ)に曝される。そして口を滑らせてしまえば、悪魔討伐どころではない大惨事が始まってしまう。


 そんな惨劇を想像すると、どうしても憂鬱の方が勝ってしまうのだ。


「なによ、情けないわね。心配しなくても、ユウキの追及は私の方で抑えるから安心しなさい」


「いや、それでも四六時中ってなれば、目が離れちまう時は間違いなく生まれるだろ」


「大丈夫だよ、翔。ボクも凛花と二人きりになった時のために、マルティナとシミュレーションを重ねてきたから」


「本当か?」


「うん。話していい事、出来れば話さないままの方がいい事、絶対に話してはいけない事。その三つをしっかりと仕分けてきたから、絶対に翔の日常は壊れない。だから、少しは安心してほしいな」


 自信ありげに鼻を鳴らすマルティナと、小さくガッツポーズを作るニナ。ニナの方はともかくとして、マルティナの対人能力は本物だ。ならば余計な不安は疑念を深めるだけかと、翔も少しだけ気を取り直す。


「ダンタリアは制御しようと思ったって無駄だ。けど、ハプスベルタは全力でご機嫌取りをして足止めする」


「えぇ。任せる。手に負えないようなら、こっちもフォローに回るわ」


「助かる。それじゃあマルティナ、ニナ。頼んだぞ」


「任せなさい」


「うん、任された!」


 そう言うと、ダンタリアと大悟の下へ向かっていく二人。クラスメイトとはいえ、交流はゼロに等しかった相手だ。信頼を築く第一歩として、挨拶に向かったのだろう。


「天原君、私も岩国君へ挨拶に行ってくるわ」


「うん、神崎さんもよろしく」


 魔法世界を知る三人娘は離れていき、気付けばハプスベルタも麗子と話し込んでいる。期せずして訪れた孤独を、翔はこれからの未来を想像する時間として消費する。


(いくら日魔連の調査が入っているからって、悪魔殺しが調査に参加しないのは問題だ。特に魔力感知能力を持った神崎さんとマルティナは、今回の調査で絶対に必要な筈)


 相手は奇妙な事象を引き起こしつつも、肝心の尻尾は隠し通す潜伏の達人だ。波形と視界。それぞれの形態で魔力を探知出来る二人は、悪魔を探し当てるのに必須な筈だ。


 それにいくら大人数を調査に回そうとも、ただの魔法使いと悪魔殺しでは魔法の質に天と地ほどの差がある。魔法使いが気が付けなさい高度な事象だろうと、悪魔殺しなら探知出来る可能性はあるのだ。


(けどそうなれば、凛花のお守がニナ一人になる。ダンタリアは守ると約束してくれたが、魔法に絶対は無い。そもそも、ニナの場合はボロを出す可能性の方も怖い)


 悪魔殺しが調査に乗り出せば、悪魔の尻にも火が付く事だろう。焦って尻尾を見せれば満点、冷静に撤退を図られれば及第点、分断されている戦力を各個撃破に走られたら落第点。


 温泉街の方は、町の程近くとはいえ距離はある。それに、あちらに赴くのは姫野とマルティナの二人。対して、こちらには魔王二体に大戦勝者と相棒、さらには悪魔殺しが二人と過剰戦力にも程がある。


 大事には至らないと踏んだ上で、狙われるのは恐らく調査組。そうなれば一般人に被害が向かう可能性は低く、最悪の奇襲があってもダンタリアの結界が最終防衛ラインとして機能してくれる。


 だが、何事にも絶対は無い。敵悪魔は過剰戦力撃破を優先させるかもしれない。奇襲の衝撃でダンタリアの結界が破壊されるかもしれない。シミュレーションを重ねたニナがあっさりとボロを出すかもしれない。いずれにしても、最悪を想定していて損は無い筈だ。


(だとすれば、俺の役目は_)


 翔が対応へ思考を回そうとした時だった。


「はーはっはっは! 待たせたな皆の衆!」


 ダンタリアと並ぶほどの演技クサい声が、遠方から響き渡ったのだ。


 聞き慣れたその声は、間違いなく凛花のもの。そして、彼女が揃ったという事は、旅の始まりを意味している。


「こんなに胃が痛ぇ旅行は初めてだ」


 どれだけ安心の理由を積み重ねようと、現実に絶対は無い。破天荒な凛花が相手では尚更だ。


 翔はキリキリと痛み出す胃を小さく抑えながら、送迎バスへと一歩踏み出すのだった。

次回更新は2/22の予定です。

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