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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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拾い上げただけの名誉

「ハハッ! 愉快な事態もあった事だ。本当に翔も継承殿も、相手の意表を突く事に関してはピカイチだね!」


「一緒にすんじゃねぇ!」


 翔は上段から木刀を振り下ろすが、半歩身体をずらされただけで躱されてしまう。


「おやおや、翔ともあろう剣士が、怒りで矛先を鈍らせるとは。よっぽど腹に据えかねる決定だったらしい」


 不愉快な事実と決定が成された日の夜。翔は日課となりつつある立ち合いを、ハプスベルタ相手にこなしていた。


 今回の立ち合いでハプスベルタが持ち出したのは、フレイル型のモーニングスター。通常の物とは異なり、鎖から伸びた棘付き鉄球は二つ。おまけに長さまで別々の特注品だ。どんな曰くがあるにしろ、凡百に名を連ねるには相応しい特徴と言えた。


 そんな特殊武器との戦いを迫られた翔だったが、今日の立ち合いには集中力が欠けているように見える。


 だが、それもそのはず。


 そもそも翔がハプスベルタと望んでいたのは、ダンタリアの強引な決定についての話し合い。あの場に居合わせなかったハプスベルタに、一般人を巻き込んだ旅行への強制参加が決定してしまった事を伝えるためだ。


 だというのに、精神的な疲労を抱えて帰宅した翔を待っていたのは、意気揚々としたハプスベルタの姿。有無も言わさず連れ込まれた結界内で、当たれば痛いじゃ済まないのが明らかな凶器の相手をさせられる。そんな理不尽を強いられれば、やる気など出る筈もない。


 翔は与り知らぬ事だが、ここ数日、ハプスベルタにはマルティナという遊び仲間がいた。行うのは、剣の魔王の本質に近い集団戦。おまけに相手は、いろはも知らぬような初心者指揮官。思うがままにボコボコにし、勝利の余韻と戦闘欲を満たせていたのだ。


 しかし、あの場にマルティナも同席していた事から分かるように、本日の集団戦はお預け。そうなれば、満たせていた戦闘欲はどこかで発散する必要が出てくる。


 ダンタリアの決定を伝えに来た翔を巻き込むのは、ハプスベルタの中で決定事項だったのだ。


「分かっているとは思うけどよ。あいつらに手を出したら、ただじゃすまねぇぞ?」


 低いモチベーションと初見武器という要因によって、防戦一方だった翔。しかし、ようやく目が慣れてきたのだろう。大熊を彷彿させるようなドスの利いた声と共に、モーニングスターを握る手に一撃を振り下ろさんとする。


「ふふふっ、復讐に燃える剣士との死闘もそそられるが、あの系統は膂力ばかりが増して肝心の技がボロボロになるからね。やはり暴力は守る者があってこそだよ」


 手を狙われたのが分かった瞬間、ハプスベルタの持っていたモーニングスターが消失した。そのまま空いた手で翔の木刀を受け止めると、残った側の手にモーニングスターを再出現させる。


 翔が望んだ光景とは真逆の未来。そのまま短い予備動作と共に、棘付き鉄球が翔の頭部へ迫る。


「その証言を信用しろって?」


 しかし、翔の方も負けてはいなかった。ハプスベルタと同じ様に、受け止められた木刀をすぐさま放棄。そのまま両手に木刀を再出現させると、それぞれの鎖に向かって木刀を振るう。


「信用してくれよ。私と翔の仲だろう?」


「どうだか。少なくともお前には一回、煙に巻かれた事実があるからな」


 グルグルと木刀へ巻きつき、がっちり固定されてしまった二つの棘付き鉄球。両者は自身の膂力で相手の武器を取り上げようとするが、全くの互角。


 沈黙が場を支配する。


「......分かったよ。継承殿に頼んで、翔の納得出来る契約を結ぶとも。それなら無辜(むこ)のニンゲンに危害は加わらない。君達も私を警戒せずに、調査を行える。これでいいだろう?」


 ふるふると諦めたように首を振り、そのままどっかりとハプスベルタが腰を下ろす。


 その手にはすでに、モーニングスターの姿は無い。元々が初見殺しのために見繕った武器だ。対処法を知られてしまった時点で、一本の武器だけでは翔に届かない。


 そもそも、今日の翔からは覇気が感じられなかった。そんな相手と立ち合いを重ねた所で、身に付く技など限られている。身内のワガママを雪ぐという意味も込めて、ハプスベルタは敗北を認めたのだった。


「あぁ。そこまで言うなら信用してやる。本当に何かをするつもりなら、無条件の契約なんて欠片もメリットが無いからな」


「やれやれ。信用一つ買うのに、随分とふっかけられてしまったよ。これは夕飯を挟んで、もうひと勝負を望んでも許されるんじゃないかい?」


「おまっ......現金な奴」


「高額商品には、何かとオプションが付くものさ」


 転んでもただは起きぬという事なのだろう。カラカラと気持ちの良い笑いを零しながら、ハプスベルタがぽんぽんと床を叩く。翔も座れという事なのだろう。


「ふっかけてきたと思えば、どんな風の吹き回しだ?」


 経験上、ハプスベルタが着席を促す時は、何らかの情報を落としてくれる時だ。説明の精度こそダンタリアには劣るが、ハプスベルタも永い年月を生きた魔王の一体。持ち得る知識の価値は計り知れない。


「翔、例の町についてはどれくらい聞かされた?」


「悪魔の潜伏場所ってトコか? なんか町内のあらゆる廃墟で宝石が見つかるんだろ?」


 突然の質問に対して、翔も知りえた情報を話す。


 調査が決まった段階で、麗子から伝えられた情報だ。調査自体はかなり前から行われていた情報らしい。だが、全てが未確定の奇妙な事象だった故、悪魔殺しまで情報を上げていなかったそうだ。


 そして、それは正しい行いであったと翔も思う。未熟な魔法使いである彼には、起こっている事態をそのまま話すのが精いっぱいだ。その行いに何の目的があり、何の効果を持っており、どんな結末に繋がるなど、まるで想像が付かないのだから。


 しかし、そんな翔の発言を受けて、ハプスベルタは満足するように頷いた。


「なるほどね。その手口、聞き覚えがあるよ」


「えっ......? それってまさか! 相手の正体を知っているって事か!?」


 予想外の発言により、翔は浮足立つ。


 何かともったいぶるダンタリアは、確定した情報以外は喋りたがらない。今回の調査も、悪魔の行いであると看破するのに数日。さらに悪魔の正体には目星が付いてこそいるらしいが、断定出来ぬゆえに情報は出し渋られてしまっている。


 だが別に、ダンタリア一体を情報源にしなければならないルールなど無い。彼女と異なり、ハプスベルタはガチガチの武闘派魔王。情報の総量こそダンタリアに劣れど、戦いで得た情報には確度がある。


「今回潜伏している悪魔は、恐らく名誉に連なる悪魔だ」


「名誉? 名誉の悪魔って事か?」


「そう。奴らは小手先の優位を掴み取ろうとする者に近付き、食い物にする悪魔だ。精神的優位って言葉を聞いた事はないかい? 奴らが与えるのは、そんな空っぽの栄誉。吹けば飛ばされるような存在しない力。だからこそ、そんな力を求める弱者は、ずるずると名誉の悪魔に依存していく」


「空っぽの栄誉......存在しない力......まさか、宝石の事か?」


 宝石自体の持つ価値は計り知れない。勲章として、宝飾品として、常に栄華の象徴として語り継がれてきたのだから。だが、一方でそれを身に付けたからといって力が増す事は無い。力を重要視する悪魔からしてみれば、まさに存在しない力そのものとは言えないだろうか。


「ふふふっ、何の事だろうね。だけど翔、覚えておくといい。自らの力で勝ち取らぬ名誉に価値なんて無い。ましてや他者の打ち捨てた名誉で着飾るなんて、滑稽を通り越して醜悪とも言えないかい?」


 それ以上ハプスベルタが情報を落してくれる事は無かった。けれども、廃墟の宝石がそのままの宝石でない事は、無知な翔でも嫌でも理解出来たのだった。

次回更新は2/14の予定です。

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