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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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払い飛ばせない羊皮紙

「......おい、そりゃあどういうことだ?」


 魔界の底から響くような、恐ろしいほどに圧力がともなった声が響く。


「だから、言ってるじゃないか。潜伏先に当たりが付いたと」


 対して、声をぶつけられた相手はまるで堪えた様子は無い。暖簾(のれん)に袖押し、(ぬか)に釘。そもそも恐怖といった感情が、欠片も生まれていない事が見て取れた。


 場所は日魔連事務所の一階スペース。相対するは大熊とダンタリア。元々、相性の良くない一人と一体だ。詰問に暴力が伴うのには、それほど時間がかからなかった。


「そんなことが聞きてぇと、本気で思ってやがんのかああぁぁ!」


 仕掛けたのは大熊。魔力を筋密度と骨密度に変換し、渾身の拳をダンタリアへと振るう。


 風切り音が鳴り出すほどにスピードが乗った拳だ。真正面からダンタリアが受けようものなら、彼女の肉体は粉々になって当然。仮に手足を犠牲にしようとも、反動だけでも魂を砕きかねない破壊力を秘めていた。


「思っていないよ。けれども、こっちだって真実を語っているだけ。冬眠明けの()()みたく、激昂されても困るってもんさ」


 だが、その拳は真正面から受け止められた。接触したのは、ダンタリアが差し出した杖の先端。そこに拳がぶつかった後、生まれる筈であった衝撃はどこかへ消滅してしまったのだ。


「おや、想定よりも重かったか」


 ダンタリアの結界内へ続くハッチが、バゴンと大きな音を立てて開く。そこから飛び出したのは、一冊の本。くるくると何もない空間で回転してたその本は、次の瞬間に圧砕機にかけられたかのような姿へ変貌した。


「んだと。()()()()()()()()()()?」


「押し付けるなんてヒト聞きが悪い。私は()()()()()、大熊の魔法を受け止めただけさ。私だけの知識を記した本なんて、まさに私そのものだろう?」


「ふざんけんなボケが! てめぇの言い分をそっくりそのまま信用するなら、てめぇは紙切れに適当な情報を描き込むだけで、物理魔法を回避できるって事じゃねぇか!」


 何でもない事のように語るダンタリアだが、仕掛けた大熊からすれば恐ろしい魔法であると言えた。


 結果だけを語るのであれば、ダンタリアは己の身を使ってトカゲの尻尾切りを行ったのだろう。けれども、問題は切れた尻尾が何であるかだ。自分しか知りえない情報を記した本。希少さは言うまでも無いだろうが、実際の所はダンタリアに何の痛痒すら入っていない。


 本であるのなら書き直せばいい。出費が気になるのなら、打ち捨てられたチラシの裏側にでも情報を書き残せばいい。それだけでダンタリアは再度トカゲの尻尾を生やす事が可能となり、生やしたからには切り捨てる事も可能になる。


 目の前の魔王は、一体どれほどの尻尾を備えている。そして、どれほどのペースで補充が可能となる。魔法の効力次第では、大熊のような物理一辺倒の魔法使いは完全に詰む。


 その事実は、茹で上がった頭を瞬間冷却するには十分な情報だった。


「頭は冷えたようだね。それじゃあ弁明の時間に移ろじゃないか」


「何をいけしゃあしゃあと......!」


 どうにか言い返した大熊だったが、その胸中は苦い物がこみ上げてきている真っ最中だった。


 その都度どうにかダンタリアの行いに我慢を重ねていた大熊だったが、今回ばかりは我慢の出来る内容とは言えなかった。そのために繰り出したのは、連撃を想定した本気の拳。されどダンタリアの方は、これまた未知の魔法で対応してみせた。


 いつものような曲芸染みた魔法とは違う。目的がハッキリとしており、洗練された完璧な防御魔法。それを使用したという事実は、言い換えればダンタリアも遊びを捨てる覚悟があると言う事。


 その先に踏み込めるものなら踏み込んでみろ。これまでのじゃれ合いとは異なる明確な脅しによって、大熊は嫌でも拳を引っ込めるしか出来なかったのだ。


「さて、議題の内容は私が突き止めた悪魔の潜伏先と、少年が提案してきた旅行先が偶然にも目と鼻の先だったというわけだね」


 そうこうする内に、ダンタリアは発端となった出来事を語る。


 始まりは麗子へ向けた翔の提案だった。


 いわく、親友の一人が商店街の福引で温泉旅行を当てたらしい。彼女に同行を求められたために渋々了承したが、未成年だけでは発券先の業者が旅行を許可しない可能性があった。


 そのため保護者役を探してみたのだが、当てにしていた大人は全て空振り。そうして親友が思い出したのが、麗子の存在。姫野やらも巻き込んでしまえば、保護者役を麗子が引き受けてくれるのではないか。最悪反応が悪くても、残った旅券を賄賂に使えばどうにかなるのではないかと。


 麗子を経由して聞かされた内容に、頭を悩ませたのは大熊。日本に悪魔が潜伏している厳戒態勢の現状であるが、言い換えてしまえば国内だったらどこにいても移動が伴うのには変わらない。


 そして、日魔連事務所はあくまで人魔大戦経由の問題解決を目的とした出張所。翔の存在によってこの街を拠点としているが、本来なら全国を渡り歩くのが日常であったのだ。


 何より翔には日常生活を優先させると言いながら、二度に渡って短期間で海外派遣を頼んでしまった負い目もある。数日麗子が事務所を離れるくらいなら、調査業務にも差し障りは無い筈。そう思った大熊は、翔や姫野の旅行を許可しようとしていたのだ。


 しかし、そこに首を突っ込んできたのがダンタリアだった。彼女がもたらしたのは、遂に潜伏先が判明したという朗報。けれどもその潜伏先が、翔の旅行先である温泉街から数キロしか離れていないという事実。


 判明のタイミングと福引きという出処不確かな懸賞。大熊は疑念をすっ飛ばして確信を持ち、ダンタリアに暴力で口を割らせようとしたのだった。


「どうせどんな言い訳をしようと、俺の確信が変わることはねぇ。話す気がないなら、さっさと地下に引っ込んでやがれ」


 ここで大熊に出来る事は、ダンタリアのどうでもいい言い訳の聞き役となる事だけ。そんなくだらないイベントに時間を使うつもりも無いし、気に入らないダンタリアの顔をいつまでも視界に捉えておきたくもない。


 シッシッと野良猫を追い払うようにジェスチャーする大熊。けれど肝心のダンタリアは、まるで動く様子が無い。


「まずは謝っておくよ。始まりの段階で、あの町に悪魔が潜伏している確率は()()()()あった。だが、一割の確率で空振りし、悪魔に警戒させるのは最悪だ。その危惧を理由に、判明したとは言わなかったんだ」


「くたばれ」


「ふふっ、酷い言い草だね。次に福引きについてだけど、あれはニンゲンが企画しニンゲンが用意した代物だ。発案者の思考をいじくり回しただとか、旅行先を無理矢理捻じ曲げたとか、下衆の勘繰りは控えてくれると嬉しい」


「どうだか」


「ふふっ、そう言うのは予想済みさ。最後になるけど、せっかくの温泉旅行だよ。君の強権で握り潰すのは、勿体ないと思わないかい?」


「あ?」


 それまで興味なさげな相槌を打つだけだった大熊が、露骨に不快そうな表情を作る。


「少年達に旅行は満喫させてやるといい。そうして戦力を傍らに置きながら、実地調査は日魔連が主導する。見つけた悪魔は少年達が即座に討伐。逃走のリスクは最小限。どうだ_」


 ダンタリアの言葉は最後まで続かなかった。


 大熊の拳がダンタリアの顔面にノーモーションで叩き込まれたからだった。


「もがもが。ふふふふっ、さすがにちょっと驚いたよ。あれだけ脅しを込めてあげれば、慎重な大熊なら手出しは止めると思っていたのに」


 ダンタリアの上顎を巻き込んだ拳だったが、やはり彼女には何の痛痒も与えられていないらしい。おまけに、今度はハッチから飛び出してくる本も無い。ノーモーションゆえの火力不足が顕著だった。


「どんだけ人に近かろうと、てめぇが魔王であるのには変わらねぇ。もし、その案を実行に移したとして、一人でも犠牲が出れば翔はどう思う? 救えた命を遊び惚けていたせいで失ったと、深く後悔するに違いねぇ」


「犠牲を生まないために、少年を近くに配置するんじゃないか」


「その悪魔はどんな魔法を使う? どんな範囲で、どんな効果があって、どれだけの人間を対象に出来る? それが分かってないってのに、一人の犠牲も出ないなんて軽弾みに口走るんじゃねぇ! それとも、お得意の確信を得ない予想が、すでに付いてやがんのか?」


「さて、どうだろうね? 確信を持った情報は、包み隠さず話したつもりだよ」


「ふん、なら話は終いだ。翔には悪いが、俺から断りの連絡を入れる」


「恨まれるだろうね」


「大人ってのは、苦労を背負ってなんぼだ。俺一人が恨まれるだけで悪魔殺しの心が救われんなら、安い買い物なんだよ」


 どうしてか旅行にこだわるダンタリアと、意地でも旅行を阻止しようと動く大熊。力では敵わないにしても、相手の目的を挫く事は出来る。これ以上の思惑には乗せられないと、大熊は事務所から出て行こうとする。


「仕方ない。それじゃあ、悪魔の潜伏場所は少年達に伝える事としよう。旅行の傍ら、討伐にも調査にも悪魔殺しから人員を送り込む。そうすれば少年の心は休まらないにしても、傷付く事は無くなる筈さ」


「だから話は終わりだと_」


 なおも交渉を続けようとするダンタリアに、大熊は苛立って振り返る。彼の言葉が途中で止まったのは、ダンタリアが手に持っていた羊皮紙に見覚えがあったため。


「契約だ。期間は現在日本国内に存在する悪魔殺し四人が悪魔の討伐を果たすまで。それまで私、知識の魔王 継承のダンタリアは、直接戦闘を除いた全面的なサポートを約束する」


「て、てめぇ......!」


「カナリアの如く現地で鳴子にするも良し、侍女の如く悪魔殺しの世話役に回すも良し、軍師の如くいつぞやの戦術補助に回すも良し。大熊は少年達の旅行を許可するだけでいいんだ。これほどお買い得な取引は、神魔の時代まで(さかのぼ)ったとて存在しないよ?」


 優勢を握りかけた取引が、相手のパワープレイであっさりと形勢を覆される。その手は叩き落とさなければいけない。間違っても契約をしてはいけないと、頭では警鐘が鳴り響いている。


 しかし、同時に断った先の未来も予想が付いた。方々に影響力を有するダンタリアの事だ。くだらない一片の知識をエサに、多くの口を用意するに違いない。そして自身の契約と大熊の拒否を、大々的に喧伝するに違いない。


 そうなれば、日魔連の幹部全てが敵に回る。知識を得る機会を、悪魔殺しの成長機会を、対悪魔に無用なリスクをもたらしたと、ありとあらゆる手で大熊を失墜させるに違いない。


 大熊が今の立場を失えば、様々な勢力が悪魔殺し達へ接触を図り始めるだろう。どんな目的があるにせよ、悪魔殺し達は我欲にあふれた人間への対応で手一杯になってしまう。


「くたばりやがれ、この下衆野郎......!」


 言葉と表情こそ契約の不成立を声高に叫んでいたが、大熊の右手は契約書へ伸びていく。


「ありがとう。最高の誉め言葉だよ」


 そんな大熊へ、ダンタリアは一本の万年筆を手渡すのだった。

次回更新は2/6の予定です。

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