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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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ずうずうしい旅行のお誘い

「うぉっほん! 諸君、温泉旅行に行きたいかー!」


「......はっ?」


 突然の提案を投げかけたのは凛花。それに応えたのは、前日に痛い腹をこれでもかと探られ、翌日に疲れを持ち越したままの翔。


 二人がいるのは、前日も昼御飯時に利用した中庭。寒さこそ肌でしっかりと感じられる程になってきているが、だからこそこの場に人はいない。


 連日、多くの好奇の目に曝されてきたニナとマルティナは、そろそろ落ち着いて昼食を楽しむ時間が欲しかった。そして、思わぬアクシデントからの発見であったが、ここは隠れて昼食を摂るスポットとしては素晴らしい。


 隠す必要の無くなった関係もあって、二人は翔のグループ達と昼食を楽しめないかと提案してきた。それに凛花が快諾し、翔と彼女は一足先に中庭を訪れていたのだ。


 大悟は成績の悪さから発生した補修プリントの提出、姫野は欠席時期の宿題提出、ニナとマルティナは転校関係の資料提出で集合に遅れている。


 しかし、いくら勉学優先とはいえ、生徒の休憩時間を奪う行為をまともな教師が望んだりはしない。早々に提出は終わり、十分(じゅっぷん)もすれば集合する事だろう。


「うぇっほん! 諸君、温泉旅行に行きたいかー!」


「うるせぇ! 聞こえてなかったわけじゃねぇよ! というか、温泉旅行? なんでまた......」


 突拍子もない提案を凛花がするのは、今に始まった事では無い。昨日のアクシデントに始まり、やれ肝試しだ、やれ渓流釣りだと幼少期から翔と大悟を振り回してきたのだから。


 けれども、これでも凛花は名家の出。町内の勝手には目をつぶって貰えても、外聞が広がるような勝手には制限がかけられてきた。具体的に言うと、旅行などの遠出は実家に制限されてきたのだ。


 この辺りは、銭湯はあっても温泉は無い。そしていくら凛花といえども、銭湯と温泉を間違えるようなポンコツでは無い筈だ。そんな翔の疑問顔を想像していたのだろう。彼女はにんまりと嫌な笑顔を作る。


「よくぞ聞いてくれました! では、まずこれを」


「ん......ちょ、凛花、お前......!」


「そう! 元々()()()()()()だとは思ってたけど、私はクジ運すらも身に宿していたようでしてな!」


 得意気な凛花に手渡されたのは、三泊四日の温泉旅行券であった。さらに、扇子のように広げたチケットは、まだ九枚もある。翔は瞬時に、凛花の提案を理解した。


「福引の懸賞で温泉旅行券が当たったから、勢いそのままに向かっちまおうって事か?」


「大正解! 商店街にとっても福引の結果は大事だからね~。抑え込むようなら町内会にチクるって脅したら、流石の鬼婆(おにばば)も文句は言えなかったみたい。というわけで、高校生活に彩りある一ページを追加しようぜい?」


「......いや、そっちの実家がオーケー出したんなら、文句は無いんだけどよ。ちゃんとした旅券なんなら、保護者の同伴は必須だろ? 大悟のトコにでもお願いする気か?」


 唐突な提案であったが、翔も旅行自体に文句は無い。最近は人魔大戦に掛かり切りとなり、幼馴染達との交流は遠のいてばかりだった。


 今は色んな隠し事が疑惑で終わりつつも、本格的に仲がこじれれば強引な手段に出られる可能性もある。ここらで友人付き合いを回復させるのは、悪いどころか急務であった。


 けれども、旅行となると保護者の同伴は必須だろう。翔達は高校生。大人の階段を上り切るには、まだ時間がかかる。昨今の情勢を考えれば、未成年だけの旅行が許されると思えない。


 そして、翔には手軽に頼れる保護者がおらず、凛花は間違っても自分の保護者を旅行に同伴させないだろう。そうなれば大悟の両親に頼むしか無くなるのだが、ここで凛花は首を振った。


「先に頼んだんだけどさー、あっちはあっちで道場を長く空ける訳にはいかないらしくって」


「じゃあどうすんだよ?」


 翔にも生前の祖父が生んだ交流によって、大人の知り合いは幾人かいる。だが、いきなり保護者として同伴してくれと頼んだところで、良い返事は返ってこないだろう。


 大人というのは、数々のしがらみに縛られる。四日も日常生活から外れてしまえば、社会復帰の労力はとんでもない筈だ。


「ふっふっふ。その辺を考慮しない凛花ちゃんじゃありませんことよ! だからこそ言ったじゃないですか、()()、温泉旅行に行きたいかと」


「だったら俺以外にも人が集まってから言え! ってか、そもそも何が言いたいんだよ!」


「ふふーん。旅券は全部で十枚。そして翔は最近、新しい大人との伝手を手に入れたじゃまいか!」


「......おまっ、まさか!」


「姫野ちゃんに()()()()()()()()。加えて残った旅券をダシに使えば、いくらお勤め優先とはいえ文句は言いにくい筈ってわけ!」


 凛花の考えは、単純ながら効果的だった。


 翔と姫野は親友達に対し、神社関係の仕事をしていると嘘を吐き続けてきた。加えてその嘘を補強するため、麗子は凛花と対面した事があった。


 欲望を発散するためには、回転が速くなる凛花の頭だ。大悟の両親に断られた時点で、この流れを本命としていたのだろう。


 思えば学校で提案したのも、このためか。姫野はなんだかんだ押しに弱い。おまけに、数日間に分けて翔不在時のこちらの様子は聞かせて貰ったが、思った以上に凛花は姫野と仲良くなっているらしい。


 旅行と言われれば最初こそ断るだろうが、ボロを出す前に麗子辺りへ助け舟を求めるのは予想出来る。そうなれば、どうあっても話だけは通ってしまう。


 きっと本人の言う通り、そこまでいけば旅券賄賂やらで保護者は手に入ると考えてるに違いない。


(......というか。そもそも俺達って、旅行が許される立場なのか?)


 だが、今更ながらに翔は思う。日本のどこかに悪魔が潜伏する現状で、悪魔殺しが日魔連事務所から離れるのが許されるのかと。


 普通はあり得ない筈だ。自分達は対悪魔の特記戦力。遊んでいる暇はもちろん、本来なら毎日を戦闘訓練に費やす日々こそを望まれているのだから。けれども同時に、大熊なら許可を出すのではとも思ってしまう。


 大熊はとても優しい。翔が悪魔殺しになった時も、彼は知らない振りをして日常へ戻る道を用意してくれた。今も翔達が学生の本分を満喫出来る様に、悪魔との決戦以外では事務所に招集する事さえ稀。


 そんな大熊であれば、麗子辺りが同伴するならと許可を出してしまいそうな気もする。そもそも事務所とは言いつつも、スタッフが四人しか存在しない場所だ。連絡だけならいつぞやのように、端末に通話をかけるだけでよいのだ。


「......なら、いけるか?」


 考えれば考えるほど、問題が無いようにも思えてくる。加えて、悪魔の所在が掴めぬ限り、翔達に出来るのは待機だけ。旅行中に運悪く重ならなければ、日常生活を送っていたのと変わらない。


「うん? 翔、何か言った?」


「いや! 何でもない!」


 ここでいくら悩もうとも、結局は大熊の判断に委ねるしかない。ならば後は、姫野がボロを出さないようにフォローに徹するだけだ。そう考えた翔は、この後に訪れるであろう光景を想像して身構えた。


「あっ、分かってると思うけど、ニナちゃんとマルティナちゃんも誘うつもりだから! 楽しみだなぁ、()()()()()()()()()()()()()!」


「はっ......?」


 だが、翔の想定していた光景は、現実よりもずっと甘かったらしい。凛花の作り出した笑顔には、純粋さと真実を追及せんとする執念が同居していた。

次回更新は2/2の予定です。

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