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三人から四人、繋がった日常のピース

 人魔大戦で打倒するべき魔王に教えを乞う。


 麗子から衝撃の事実を伝えられた次の日、翔はいつも通り学校へ登校していた。


 別に驚きが小さかったからいつも通りに登校出来たわけではないし、何なら胸の奥にはまだまだ困惑がくすぶっている。しかし、よくよく考えてみれば自分はこの決定に対して、不満を述べることは出来てもそれ以上のことは出来ないと思ったのだ。


 魔法世界から見ても、翔は偶然悪魔殺しになってしまった一般人。そんな一般人が、上層部の決定に反抗すればどうなるか。間違いなく出る杭として打たれることになるだろう。


 自分に出来ることはゼロに等しい。翔のいつも通りの登校には、そんな現実逃避も含まれていたのだ。


「あ゛ーーー...... 翔ー、愛しの姫野ちゃんからのラブコールは来ないのー?」


 翔が目の前の授業に悪い意味で集中しているとは露知らず、英語の授業で魂を(しぼ)り取られ、机に突っ伏していた凛花が冗談交じりに話しかける。


「ラブを付けんな、ラブを。そもそもコールすら来てねぇよ! お前が夏休み明け早々に広めた噂のせいで、酷い目にあったんだからな!」


 凛花に煽られた翔は、彼女同様に苦手としている英語の授業のせいで、先ほどまでは目から光が失われていた。しかし、その発言は看過(かんか)出来なかったのだろう。ほんの少し怒りの炎を燃やしながら凛花に苦言を(てい)した。


「事実だったでしょーが! あの時の態度、他の人と会話する時の雰囲気、どれをとっても姫野ちゃんが特別な感情を抱いているのは確かだよ。数多の男女の恋を見守ってきた、恋愛探偵の勘がそう告げているよ!」


「お前が探偵になれるんなら、世の中の人間まとめてシャーロックホームズだろ」


 諦めて楽になれとでもいうように、翔と姫野の関係を無理やり持ち上げようとする凜花。しかし、断じて認めるつもりがない翔も負けじと言い返す。


「まーた、神崎さんの件で言い争いをしてんのか...... 翔が頑固者なのは分かってんだろ? お前も凛花の言葉にいちいち突っかかるな。堂々としてろ」


 終わらない言い争いに、これまた英語の授業で消耗したのか、首をゴキゴキ、肩をグルグルと気だるそうに回しながら大悟が入り込んできた。


 その表情は呆れを通り越し、一周回って感心しているようだった。


「俺だってしたかねぇよ。けど凛花の奴が飽きずに何度も振ってくるから......って大悟! さっきの言い方じゃ、お前も付き合ってるのをさっさと認めろって言ってるようなもんじゃねーか!」


「当たり前だろ? あんなドラマみたいなことやっておいて、付き合ってないなんて言わせねーよ」


「そうだそうだ!」


 まとまらない交渉を落ち着かせるための仲介者が現れたのかと思ったら、敵が一人追加されただけだった。


 強引に問い詰める凛花と諭す大悟。良い警官、悪い警官論法を使ったコンビネーションに、どこでそんな交渉術を身に着けたんだと翔はため息を吐く。


「さっきも言ったけど、あれから一度として連絡は来てねぇよ。俺達みたいな暇人と違って、神崎さんの方はお(つと)めにかかりきりなんだから、連絡する暇がないのは当然だろ?」


「実際そうなんだよねぇ...... 連絡先を交換したのはいいけど、新幹線を降りて少ししたら、スマホの電波も届かないような場所に移動しちゃったみたいで。どんな人類未開(みかい)の地でお仕事してるのって感じだよねー......」


「あ、あぁ。ほんとそうだよな」


 実際は()()ではなく()()であるというツッコミをギリギリ(こら)え、凛花の言葉に同意する。


「だとしてもだ。今も神崎さんの所属している神社の組合? には手伝いに行ってるんだろう? 近況くらいは聞いてるんじゃないか?」


「あっ、翔ってば怪我もあるけど、そこのバイトもしてるから最近道場には来てないんだっけ。お見舞いに行った時に見たお姉さんも、姫野ちゃんに負けず劣らず綺麗な人だったよね~。神様を信仰してるからかな? そうなら私も今日から神様を拝み始めようかな~」


 凛花がわざとらしく、両手をこすり合わせて祈るような仕草をする。


「そんな不純な動機じゃ、せいぜい貰えるの(バチ)だけだ。今も手伝いは続けてるけど、そもそも神崎さんの所属とは部署が違うせいで、状況は分からないんだと」


「そっかー、残念」


「儀式とかは守秘義務が多いから仕方ないか。寺とかでも観音像一つの公開が、一年に一度って場所もあるくらいだしな」


 なんとか二人を言いくるめられたようで翔は安堵する。


 そう。この二人は翔が病院に搬送された際のお見舞いで、麗子と顔を合わせていたのだ。


 その時に麗子からも姫野の生い立ちの苦労を話してもらったおかげで、手伝いという言葉だけでも怪しまれることなく、事務所に顔を出すことが出来ていた。


 ただそのおかげで二人には、姫野との関係が家族ぐるみまで進んでいると軽口を叩かれるようにもなってしまったが。


「まぁ姫野ちゃんが偉い巫女さんの家系で苦労してるのは事実なんだし、少しでも楽をさせてあげるために手伝っているのはいいことだよ。それでも翔は一応まだ怪我人なんだから、逆に迷惑を掛けないようにね」


 これ以上翔をゆすっても面白い情報は出てこないと確信した凛花が、一転して身体を気遣うような言葉をかけた。


「分かってるっての。出来ることからコツコツとだ」


「その意気だな。そういやうちの爺さんからの伝言だが、あと一週間は道場に入るのは禁止するけど、バイトばっかで(ろく)な食事をしてないだろうから、飯は食いに来いだと」


 大悟の祖父は、昔翔の祖父に世話になったらしく、祖父の死後に一人暮らしとなった翔を気にかけては、こうして食事に誘ってくれていた。


「悪いな。それじゃあ三日後くらいに顔は出すって伝えといてくれ」


 姫野が神に愛されていること、それによって彼女が常に命の危機にさらされていること、彼女を助けるということは命がけの行いだということを話すわけにはいかない。


 けれど姫野の背負う重荷を少しでも肩代わりできるように。そう思う翔の考えだけは二人にしっかりと伝わったようだ。


「それじゃあ姫野ちゃんにいいところを見せられるように、補修を頑張らなくてはいけませんな翔殿?」


 凛花が辛気臭い話は終わりだとばかりに、にやにやと翔だけが終わっていない補習の話題をあげる。


「そうだな。やることをやる、それがいい男の秘訣だからな」


 大悟もそれに乗っかった。普段なら数の勢いに負けて、力任せに言い返すことしか出来ない盤面。しかし、今日の翔はとっておきの切り札を持っていた。


「そうだな。それじゃあ次の古文も三人で頑張ろうな!」


 英語と理数系が壊滅的な翔だが、文系科目だけはそれを補うほどの点数が取れていた。そのため、次に行われる古文の授業も、一人だけ余裕をもって迎えることが出来るのだ。


 翔のお返しとばかりに放たれた一言に、揃って渋面を作る二人。今回の言い合いの勝者は翔に決まったようだ。


 勝利の余韻として表情では笑顔を作りつつも、実際は心の中で二人のように渋面を作る。


 何しろ麗子に伝えられていた魔王との勉強会の日付は今日。逃避していた現実と向き合わなければいけない時間が、すぐそこに迫っていたのだから。

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