家族総出の試作品
「ニナ、使い心地の方はどうかしら?」
「はい。完璧に稼働しています」
連泊を続けているビジネスホテルの一部屋にて、とある師弟は新たな魔道具の最終調整を行っていた。
成り行きを見つめるのはラウラ。前大戦を生き抜いた大戦勝者であり、幼き弟子の成長を見守り続けてきた親代わりでもある。そして、魔道具を使用しているのはニナ。此度の人魔大戦において契約を果たした悪魔殺しであり、人類最強の背中を追い続けてきた血族だ。
生まれつき保有魔力量が少なく契約相手も魔獣だったニナは、必然的に魔道具主体の戦闘スタイルを余儀なくされた。しかし、ラウラが家族と呼ぶ傘下の悪魔殺しには、偶然にも魔道具作りのスペシャリストが二人もいた。
ニナの成長と戦闘スタイルの確立に合わせて、彼らはいくつもの魔道具を無償で与えた。血が繋がらずとも、家族であるからには無償の愛は当然だったのだから。
そして、ニナの日本行きが確定する直前まで、魔道具の整備と製作は続けていたのである。彼女が極東の地を踏んでから、まだ一カ月も経っていない。
だというのに、ニナの手元には操作すら覚束ない魔道具が送り込まれている。まさか愛する家族相手に、整備の怠慢などはありえないだろう。ならば、新たな魔道具を必要とした理由は何なのか。
「ふぅん。そうやって血液の書き換えを行うのね」
「はい。少なくない魔力の消費はありますが、一般の輸血用血液をボクの血に変換出来るのは大きいです」
ニナの左上腕に装着されているのは、側面に二本のシリンダーと中央部に宝石が嵌め込まれた大型の籠手。一方のシリンダーは輸血パックとニナを繋いでおり、血液の流れから彼女へ輸血を行っているのが見て取れる。
そして、もう一方のシリンダーは、逆にニナから血を抜き取っているようだ。
ニナは身に宿す魔法の関係上、他人の血液を自身の輸血に使えない。
ニナの魔法は自身以外の魔力と反応し、結晶化反応を起こす。そしてどんな一般人であろうとも、生物であるから魔力は当然宿している。つまり、輸血を行った瞬間に、他人の血液は血管を詰まらせる猛毒と化してしまうのだ。
この厄介な反応のせいで、ニナは自身の武器である血液の生成を、自己の造血にしか頼れない。もちろん彼女が幼い頃には、家族総出で様々な造血魔道具を考えた。だが、そのどれもがニナの肉体に弾かれてしまったのだ。
しかし、先日行われた戦いにおいて、とある魔王が常識を覆した。彼女は翔とニナで血液の道を作り出し、あろうことか高魔力の血液をそのままニナの血液に変換してしまったのだ。
これに驚いたのはラウラ。例え方法は知れずとも、可能であると知れたのは大きな収穫なのだから。そしてひっくり返ったのは、魔道具作りの家族達。あれだけ方法を探したのにも関わらず、自分達が知らない解決方法があったのだから。
家族における魔道具作りの職人は二人。錬金術を活用するビラルと、自身すらも素材とする生体魔道具製作者リリアン。血液とあらばリリアンの領分だが、かの魔王は用いた方法を錬金術だと言い切った。
そのため二人は力を合わせ、寝る間も惜しんで魔道具作りに注力していたのである。
「ビラルが複数の宝石を掛け合わせて器を作り、リリアンが自分の血液を注いで人工ヘリオトロープを作る。輸血のタイミングで宝石が血中の魔力を吸い取るから、拒絶反応を起こさずニナに輸血が出来る。急がせたってのに、本当に良い出来じゃない」
「はい。ビラルさんとリリアンさん。それに、こんなに早く届けてくれたお師匠様にも、いくら感謝しても足りないくらいです」
「いいのよ。家族なんだから」
新たな可能性は、これからの戦いで必ず必要となる。そう確信したラウラは、二人に無茶なスケジュールを強行した。だが、そのおかげでこうして現物は届けられた。思う所があるとすれば、一つくらい。
「それにしても、ディーがもう少し素直なら、魔力の完全変換も出来たかもしれないのに」
「っ! だっ、大丈夫ですよ! お師匠様! この魔道具を使えるだけでも、ボクの戦術は大きく広がりますから!」
「……えぇ。そうね。これにケチを付けようものなら、二人の努力を否定しているのと一緒よね」
「そうです! だから! 完璧な魔道具の製作は、もう少し進展してか......いえ! もう少し研究の目途が立ってからで大丈夫です! 本当に大丈夫です!」
元はと言えば、ダンタリアが方法を素直に伝えてくれれば、こんな遠回りはせずに済んだのだ。そう思ってラウラは愚痴を零すが、ニナはオーバーリアクション気味で言い返す。
確かに、いくらダンタリアを悪く言った所で、それは魔道具を悪く言っているのと同じだ。配慮が足りなかったと反省するラウラだが、この時のニナは全く別の方向に思考が飛んでいた。
倒錯が過ぎる想い人との血液交換。彼の魔力が、そのまま自身へと注がれていく充足感。ラウラは知らない。自身の愛弟子であり愛義娘が、依存心の他に妄想癖と特殊な性癖を有している事を。
「そこまで言うなら、二人には伝えておくわ。......そういえば、捜索の方は芳しくなかったのよね?」
ニナが満足して受け入れたのなら、これ以上は言う事が無い。そこでラウラは、目下の問題である潜伏悪魔へと話題を転換した。
「......はい。目星は付いているらしいんですが、調査の進行方法で揉めているみたいで」
「......はぁ。日魔連の悪癖ね。下手に頭が五つもあるから、重要な議題がいつまで経っても決まらない。だから大戦終結時の混乱を狙って、トップにすげ替わってしまえと大熊に伝えたのに」
「ちょ、ちょっと、お師匠様?」
「冗談よ」
「そ、そうですよね_」
「半分だけね。これで解決が遅れて、ニナに何かあってみなさい。あの木偶の坊がトップに立ちやすいよう、全部を更地に変えてやるわ」
足の引っ張りあいなんてどうでもいいし、望んで苦労を抱える大熊なんて文字通り救いようがない。だが、即断即決の精神を軽んじたせいで、家族に被害が出れば話は別だ。
五つの首は、残さず落とす。派閥なんて考えられないくらいには、日本魔法社会を粉々にする。そうなればお人好しの大熊の事だ。嫌でも先頭に立つだろう。
「......」
ニナは反論出来なかった。もしも翔に何かあったら、自分も迷わず同じ行動を取っただろうから。
ラウラも、ニナも、もう失うのは御免なのだ。救いあげた手の平から、大事なものが零れ落ちるのが嫌なのだ。子弟であり、家族でもある。誰よりもラウラに近い精神を有するからこそ、ニナは沈黙を保ち続けた。
「ニナ、潜伏悪魔の討伐が完了するまでの間、魔力を用いた訓練を禁止するわ」
「えっ、どういう事ですか?」
「魔力は全て造血に費やしなさい。可能であれば、使い魔の量産を続けなさい。このどっちつかずは意図されたもの。じゃなきゃ、ディーから小言の一つが飛んで来るもの」
「あっ......」
言われて思い出す。潜伏悪魔の情報は、そもそもダンタリアによってもたらされたものだ。
ダンタリアが討伐を望んでいるのは間違いなく、わざわざ貸しを作って魔王の協力者すら募っている。だというのに、時間は穏やかに流れるまま。
本当に潜伏悪魔を脅威と思っているのなら、小言にしろ裏工作にしろ、何かしらのアクションが起こされて然るべき筈だ。
「ディーはこの時間を是としている。そして、悪魔に時間を与えると言う事は、それだけ強固な陣容を形作られるという事。私の予想通りなら、ディーはこいつを使ってあなた達の訓練を積むつもりよ」
「えぇっ!? 悪魔を野放しにして、ボク達を訓練......?」
言っている意味が何一つ理解出来なかった。どうして訓練をするのか、どうして協力者を呼び寄せたのか、どうして自分達の肩を持つのか。考えれば考えるほど新たな疑問が湧く。そして、その疑問を氷解出来る者は、この場に存在しなかった。
「ディーの考える事は、私でも想像が付かない。だけど、傾向程度は予想が付くわ」
「傾向、ですか?」
「事前に訓練を行ったでしょ。実戦的な訓練、だけど実戦には程遠い。得られた経験を活かすなら、記憶が薄れる前が一番。ディーは潜伏悪魔を使って、訓練の復習を行おうとしているわ。自身が助力を行った最優の訓練のね」
ニナも理解した。次なる悪魔は無限の血液を用いてやっと、吊り合う事となる難敵なのだと。
次回更新は1/25の予定です。