心躍らせる戦争の足音
「A隊からD隊まで右翼から回り込め。E隊からH隊までは左翼から。IからKは後退しながら防御。残りはブリーフィングの動きを継続」
「AからKまでで右翼を切り崩しなさい! 残りは特攻部隊の防御を! 戦場を一気に駆け抜けるわ!」
落ち着いた女性の声と、覇気に満ちた少女の高い声が空中から響く廃墟街。そこでは球体と棒だけで構成された人形が、腕部に接続された武器を利用して戦闘を行っていた。
一方の装備は鉄製の剣や槍、飛び道具として弓矢。対して、もう一方の装備は銃器や爆薬を揃えた近代兵器。真正面からぶつかろうものなら、後者の蹂躙が目に見えていた。
そんな結果を見越したためか、銃器側の人員は前者の半数程度。それでも射程と火力の差はいかんともしがたい。三手に分かれた人員の一角は、早々に打ち破られるはずだった。
「っ! 伏兵!?」
無謀な突撃を続ける剣の軍団へと射程を合わせた時、付近の家屋から複数の投げ槍と無数の矢が飛来したのだ。
いくら旧時代の遺物と言えども、鋭利な刃物に勢いが乗れば、簡単に人は殺せる。戦果としては死亡が数名に負傷が数十人といったところか。
全滅には程遠い。しかし、シミュレーションゲームとは異なり、戦果は意外な形で表れた。
「ちょっと! 狙うべきは前よ! 遮蔽に隠れた伏兵なんて、狙って落せるものじゃない! 前へ、早く前に進みなさい!」
この場は合戦とも言い換えられるほどの戦いであり、被害は小さな奇襲を受けただけ。
だというのに、少女の指示は一瞬にして通らなくなった。命令を聞く者、命令に背いて伏兵を攻撃し始める者、近くの遮蔽に身を隠す者、別の部隊を目指して逃亡を始める者。てんでバラバラに行動を始めてしまったのだ。
こうなればただでさえ人数の少ない側が、無駄に人数を減らしてしまったのと変わらない。打ち払えたはずの敵前衛は、部隊と呼べる程度には討ち漏らしが発生してしまっている。
「圧倒的有利は目を曇らせる。特に敗北を予見した兵士は、その瞬間に死兵へと変わる」
「なっ!」
打ち破れなかった右翼に、中央から人員が補充されていく。余った中央がジリジリと距離を詰めてくる。放置していた左翼が銃器部隊すら通り越し、遠回りで横撃を繰り出そうとしてくる。
この部隊は時を置かずして包囲される。誰かが思い至った想像が、全体へと伝播していく。勇敢な兵士達が、無意識に後ろへ一歩踏み出した。
「継承殿の話では、三割が死亡で終了との事だったが......」
「......分かってるわよ。私の負け。降参よ」
すでに兵士達は散り散りに逃げ出し、部隊としての行動を取れる者はいない。女性の提案に対して、少女は素直に頷いた。そして彼女の降参を以て、世界は再構築されていく。
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「さて、初めての戦争の味はいかがだったかな?」
大きな円卓と長椅子二脚のみで、満員となるような小さな部屋。奥の椅子に腰かけたまま、組んだ手の上に顎を乗せ、得意気に語り掛けたのはハプスベルタ。
「趣向も結果も最低最悪。それ以外に言う事なんて無い」
返答したのは、不機嫌さを隠そうともしないマルティナ。
「なら良かった。君の感想は、まさに戦争そのものだ」
「そうね。あなたをわざわざ派遣したあいつも、そのために大掛かりな大魔法を使用した事も、必要だと思われるくらいに見くびられてる事実も、ほんっと最悪」
この場にいるのはハプスベルタとマルティナだけ。二人がこの部屋に集まった理由は、数時間前まで遡る必要がある。
学校での諸々が片付き、下校の途についていたマルティナ。そんな彼女の下に、綺麗に蝶の形へと折られた手紙が飛来したのだ。槍の一振りで無力化し、慎重を重ねて手紙を読み込む。
するとそこに書かれていたのは、ハプスベルタとの用兵訓練を企画した案内状だった。
ダンタリアと異なり、ハプスベルタには中立の契約など存在しない。ダンタリアとの口約束だけで、悪事を犯していないだけ。下手に機嫌を損ねれば、翔の愛する故郷が灰燼に沈むこともあり得た。
拒絶は得策ではないと素直に案内された場所へ赴くと、見慣れたダンタリアの魔力が込められた扉がポツンと浮かんでいた。そして中に入ってみれば、ハプスベルタがマルティナを待ちわびていたのだ。
いつぞや自身が送り込まれる形で利用した盤上の世界で、兵士を操って敵部隊を撃滅する。最初はご機嫌取りも兼ねて指し合いを行っていたマルティナだったが、勝負を重ねる内に遊戯の本質に気付いていく。
まず、この遊戯はあり得ないほど、現実世界を忠実に再現している。
先ほどの戦いが良い例だ。普通のシミュレーションゲームならば、軽い奇襲程度で部隊が動揺したりしない。むしろ小分けにされた部隊を、各個撃破する良い機会となるはずだ。
なのに、部隊は動揺した。兵士それぞれが勝手気ままな行動を起こした。円卓の隅に置かれているのは紙の束。中身はというと、恐ろしい事に兵士一人一人のプロフィールだ。
身長体重に加えて得意武器はもちろん事、性格や家族構成、他の兵士との関係性まで事細かに記してあるのだ。その資料が数百人分。つまり手抜きなのは見た目だけで、行動ルーチンは本物の人間と大差無いのだ。
最初の数戦は、用兵にすら辿り着かずに敗北した。続く一時間は、ハプスベルタの簡単な行動に蹂躙された。先ほどから遡って数戦。ようやく動きを理解してこそきたが、やはり攻め手を誤り蹂躙された。
どうしてハプスベルタが、マルティナの訓練に付き合ってくれるのかは分からない。だが、お膳立ての関係で、黒幕が誰かはよく分かっている。
ダンタリアだ。何らかのエサをぶら下げて、ハプスベルタを懐柔したのだ。理由としては悪魔殺しの実質的なまとめ役となっているマルティナに、もっと集団行動を学んで貰いたいのだろう。
先日行われた大戦勝者との模擬戦闘。結果こそ勝利を飾れたが、内容としては落第もいい所だ。悪魔殺し達は何度も初見殺しに引っかかり、最後にはダンタリアの助力まで借り受けてしまった。
これを現実に当てはめてみたらどうか。多くの場合、自分達は一人残らず命を落としている。何かの間違いで勝利した世界線でも、ダンタリアに大きな借りを作ったのは間違いない。
暗にダンタリアは問うているのだ。そんな体たらくで人魔大戦を生き残れるのかい、と。
情けなさを自覚して奥歯が軋む。直接関係の無いハプスベルタにも、鋭い視線をぶつけてしまう。それほどまでに悔しかった。実力の無さに嫌気が差した。
このタイミングで用兵術を学ばせたがるのも、今後を考えての事だろう。
悪魔の顕現は中位国家に及び始めている。その多くは国家間同盟に所属している国家であり、これからの戦いは悪魔を複数相手取るのが基本形となっていくのだ。
そんな時に、誰一人として集団戦を理解していなければどうなるか。仮に力で勝っていようとも、それぞれが好き勝手に動けば烏合の衆と変わらない。おまけに魔力を力と言い換えるのなら、悪魔側が圧勝だ。
力でも負け、連携でも負ける。そうなれば、現世は悪魔に蹂躙される。そんな事は断じて認められる筈が無い。
「ねぇ、ハプスベルタ」
「ん、何だい?」
相変わらず、ダンタリアの目的は分からない。けれども、彼女が求める必要が、マルティナや悪魔殺し達にとって必要であるのは疑いようも無い。
「数戦やってみて思ったのだけど、根本的に私とあなたの部隊じゃ練度に差がある気がするの。頭数以外は平等って考えで合っているわよね?」
「継承殿の話では、君の側には上澄みのみを残していると聞いているよ」
「そう。じゃあやっぱり、私の戦い方が悪いのね。このままだと、いつまで経っても結果は伴わない」
「だろうね」
「何かアドバイスを貰えないかしら?」
「......私にかい?」
「えぇ。私、勝利のためなら悪魔に教えを乞う事も辞さないつもりなの」
だからマルティナは頭を下げる。世界のため、仲間達のため。自身の頭が上下する程度で勝率が上がるのなら、これほど安い買い物は無い。
悪魔に特攻するだけのマルティナは死んだ。だからこそ生まれ変わった彼女は、利用出来るものは何でも利用するつもりであった。
「くっ! くははっ! 翔も時代にそぐわない立派な剣士だと思っていたが、君は君で随分と悪魔祓いらしくない悪魔祓いだ!」
「あら、ありがとう。魔王を笑い殺せるのなら、もう少し冗談も磨くべきかしら?」
「御免被るよ。剣士が戦場以外で斃れたとあれば、魔界中の笑いものになる。その詫びとして、鋼を身に宿さない君にも教えを授けるとしよう。資料を見るといい」
にやけ顔を残しながらも、どうにか真面目な表情を作ってハプスベルタは資料を指差した。
「プロフィールの事? 一通り流し読みしたけれど、何か重要な内容でも隠されているの?」
「もちろんさ。むしろ、気が付かないのかい?」
ハプスベルタに煽られて、マルティナは資料を再度読み込む。しかし、やはり書いてあるのは、異常に詳細な兵士のプロフィールだけ。兵士の実力が変わるようなデータは、どこにも無い。
「教えてちょうだい」
「いいとも。まぁ、簡単な話さ。兵士には個性があって、それを知るためのプロフィールがある。なら、それぞれの適正にあった配置を考えるのが第一だろう?」
「......ちょっ、ちょっと待って! じゃ、じゃあ!?」
「君は初期配置をそのまま運用していたようだけどね。それじゃあ兵士の行動にムラが出るのは当り前さ。威圧するのが好きな者、単純に殺すのが好きな者、守るのが好きな者、無理やり連れてこられて士気がどん底な者。それらを寄り分けるのが、用兵の基本だ」
「っ!」
まさかの答えにマルティナは絶句した。ハプスベルタは数百枚はあろうかというプロフィールを全て読み込み、適性に合った人員配置を心がけていたのだ。
向いていない場所に配置をするせいで、いざとなった時に容易く崩壊する。イレギュラーが起こった際に、てんでバラバラの行動を取ってしまう。
わざとらしく用意された資料は、ダンタリアからのヒントであり罠であったのだ。
「私から勝利を奪いたいのなら、まずは資料を読み込む事だ。いつの世も大軍を指揮したニンゲン達は、命の価値を最低まで引き下げていた。この資料はそれを戒めるための教えであり、継承殿の優しさでもあるからね」
「......アドバイスをありがとう。悪いけど、時間を貰うわ」
「今日はこれでお開きだろうね。いつか指揮官となった君と戦える日を、楽しみにしているよ」
そう言うと、ハプスベルタは優雅に退出していくのだった。
次回更新は1/21の予定です。




