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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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人には程遠く、獣にも括られない

 翔が学校内で小さな騒動を巻き起こしていた頃、居候のハプスベルタはとある場所へと足を運んでいた。


「まさか二度も自身の結界内へお招きいただけるとは。あまり借りを大きくされると、返済の当てが無くなってしまいますよ。継承殿」


「ふふっ、相変わらず律儀だね。そもそも凡百殿を呼びつけたのは私だよ? 立場と肩書きだけで貸しを押し付けていたら、望んでもいない噂が立ってしまう」


「では?」


「貸し借りは無しだ。この場は、君達の同盟におけるお茶会のようなもの。思い思いの会話を投げかけるだけの、情報交換の会合さ」


「それはありがたい!」


 ハプスベルタが訪れていたのは、ダンタリアの作り出した結界内部。もちろん、通常のルートであれば日魔連事務所に侵入する必要があるため、ダンタリアが作り出した裏口を経由してだ。


 裏口の場所は、ずばり翔宅の物置。先日は訓練場へと姿を変えていた空間だったが、まさかそのためだけにダンタリアが小細工する筈がない。


 ハプスベルタを翔の下へ居候させたのも、彼の家へ結界直通の道を作り出すため。その思惑まで考えれば、むしろ居候を願ったダンタリアの方が貸しを作ったようなものなのだ。


 けれども、ハプスベルタはその程度の小間使いは勘定に入れない。その気になれば、最弱国家の一悪魔とさえ口約束を交わす彼女だ。翔との立ち合いという餌が手に入るのであれば、彼から図々しい奴と思われる程度は安いものである。


 お互いに貸して、お互いに借りた。だからこその貸し借り無し。本日の目的も言葉通りの情報交換。来たる教会戦を見据えた、意見交換の場でもあった。


「では、さっそく。正体は割れたかい?」


 最初に口を開いたのはハプスベルタ。実に気楽な口調で、確信へと踏み込んでくる。


 風の噂に少しでも耳を傾けていれば、つい最近、大熊が同じような質問をした事は知っている筈だ。そして、彼は手がかりを押し付けられ、退散を迫られた事も知っている筈。


 なのに、ハプスベルタはあえて質問を口にした。その表情を見つめて、ダンタリアは苦笑する。


「66位、名誉の魔王で間違い無いだろうね」


 観念したように口を開くと、そのまま手元の紅茶を口に運ぶ。


 そう、大熊の予想通り、ダンタリアは敵の正体を看破していたのだ。大戦勝者(テレファスレイヤー)と言えど、彼はまだ人間。だが、現在対面しているのは、ダンタリアを良く知る魔王の一体。


 隠し立てた所で無駄。下手に白を切れば、逆に無能の烙印を押されるリスクすらある。そのためダンタリアは、さっさと白状したのである。


「名誉の魔王......今代の真名は、確か綾取(あやどり)、だったか?」


「おや、てっきり興味が無いものだと」


「いくら自国だけで完結している剣の国と言えども、敵対国の王を忘れたりはしないだろう。それも、騎士団の頃からの敵対国を」


 国家間同盟 騎士団の大義はニンゲンの管理。そして、茶会の大義は古き時代の再現。どちらも人類の存続が前提であり、絶滅など以ての外だ。


 故に、他国との繋がりがもっぱら戦争になりがちなハプスベルタでさえ、魔王の名を知っていたのだ。


「なら、根源の方も把握済みかい?」


「ハハッ、それは買い被り過ぎだ! 精々、奴らの多くが、()()()()()事を得意としているのを知っているぐらい。この程度で知っていると言ってみろ。知識の魔獣にすら嗤われてしまう」


「ふふっ、それならせっかくの機会だ。今日は彼らを肴に、お茶会としゃれこもうじゃないか」


「杯はあっても盃はあらず。なのに、茶で流し込むには濃厚すぎる肴がある。面白い。継承殿の提案に賛成だ」


 自身の側に用意されていた湯気の立つ紅茶を、まるで水でも飲み干すかのようにハプスベルタは傾ける。肴と称したからには、酒宴の流儀を通そうというのだろう。


「本当に凡百殿は騎士の鑑だね。なら、それに報いるだけの品を用意しなければ名が廃る。ふむ、せっかく少年に教会の説明をしてもらったんだ。それをさらに掘り下げて、亜人達について語らせてもらうとしよう」


 ダンタリアがテーブルを杖でトントンと叩く。すると、そこから幾本の白い糸が伸び始め、複雑に絡み合う事でミニチュアの人型を作り出した。


「......あぁ。名誉の国といえば、このふざけた特性か」


「そう。彼らは()()()()()として、ケタ外れの再生能力を有している。末端が千切れる程度は意に介さず、悪魔によっては頭部すら致命傷に成りえない」


 ハプスベルタは始まりの時代にこそ生まれてはいなかったが、それでも他国に名が知らしめられるほどには長い年月を生きた悪魔だ。


 悪魔の生とは、それだけ戦いを生き延びた証拠でもある。長い歴史の中で名誉の悪魔との戦闘経験は何百回にも及び、その都度、彼らの特性に頭を悩まされてきた。


「おまけに魔力切れでも年単位で存在の維持が可能で、一度浸透された土地は肉体の完全消滅が急務になる」


 名誉の悪魔との戦闘は、討伐だけでは終わらない。残党が残っていないか探し出し、周囲の土地を剣の悪魔の魔力で染め上げ、肉体を完全に消滅させることで初めて勝利が確約されるのだ。


「剣の国は始祖魔法が生まれ辛い土地だからね。名誉の国との戦闘は、さぞや苦労した事だろう」


 ハプスベルタの苦労を再現するかのように、ダンタリアはテーブルに生やした人型を何十にも裁断する。だが、地面に崩れ落ちた人型は互いに絡み合い、一分もしない内に元の姿を取り戻した。


「まさしくそれだ。白兵戦では最上国家にも引けを取らない我が国だが、戦後処理は大の苦手としていてね。新たな盟主に教えてもらった事があったが、奴らの多くは()()()()()()なのだろう?」


「正解だよ。そして、そんな菌糸に高密度の魔力が付与されたことで生まれた存在。神魔の時代において、彼らはスライムと呼ばれていた」


 現代におけるスライムは、その多くが半液状の粘性成物だ。けれどもそれらは歪まされた歴史の断片を、都合よく拾い上げたに過ぎない。


 魂を起点に集合し、核たる魂が消滅しない限り無限の再生能力を有する。粘性生物という逸話も、なめこやきくらげのようなぬめりを持ったスライムを全てに当てはめてしまっただけ。彼らの本質は菌糸の身体という再生能力にあったのである。


「そういえばつい最近、ニンゲンの創作を目にさせてもらったよ。奴ら、随分とみじめな役回りを任されているじゃないか」


「ここ数日で、随分とかぶれてるねぇ。まぁ、それはいいとしてだ。元が菌糸の肉体だ。大戦争の終焉は、彼らから本当に多くのものを奪い去ったんだろうね」


 スライムと言う種族は、ほとんど魔力生命体と変わらない存在だ。魔力の枯渇がそのまま存在の崩壊を招き、弱った肉体は人間達にとってさぞや弱敵に映ったことであろう。


 魔界に移り住んだスライム達にとって、そんな扱いはどれほど口惜しい思いであったか。口笛交じりに討伐される仲間達を、いったいどんな心境で眺めていたのか。


 もはや現世では亜人の括りにすら入れない。彼らが名誉を求め、自らの根源としたのは頷けた。


「恨みは十分、準備も順調。おまけに名誉の悪魔は土地を腐らす。首魁たる魔王であれば、規模を計り知れない筈だ。なのに我らが同盟者様は、静観を決め込んでいる。理由を聞いても?」


 菌糸という肉体の特性上、彼らは時間をかけるほどに浸透していく。そして、倒し切るのが難しくなっていく。なのに、ダンタリアは人間達に正体すら伝えていない。


 ハプスベルタの視線に、一瞬だけ怪しい光が宿る。しかし、そんな彼女を前にしても、ダンタリアは平常心を欠片も崩さない。


「簡単さ」


「簡単?」


「肥え太らせ強大となった魔王を討伐する方が、少年達の成長に貢献してくれるだろう?」


「......クッ、アッハッハッハ! 流石は知識の魔王! 難敵を魔界に叩き帰すだけでは飽き足らず、翔達の糧にするつもりとは! 本当に、本当にあくどい奴だよ継承殿は。これで人類の味方を気取るとは。本当に愉快で仕方ない」


「ふふっ、そもそも人類の味方であるなんて言った覚えは無いよ。彼らが知識を求め、私が売る。ビジネスライクな関係に過ぎないのに、いつの間にか現世でVIP待遇になってしまっていてね」


 悪魔を肥え太らすという事は、それだけ多くの犠牲を生むつもりだという事。知識を出し渋るという事は、まだまだ犠牲は物足りないという事。


 ハプスベルタは笑う。こんな邪悪を味方に引き込んだと考える人類の愚かさに。ダンタリアは笑う。自分を味方にしなければならないほど落ちぶれた、人類の儚さに。


「相分かった! 継承殿の考えを尊重しよう! 決行の瞬間までは、翔と楽しんでいても?」


「もちろんさ。けど、そうだね。せっかくなら、彼の鎖にも気紛れでちょっかいをかけてくれないかい?」


「鎖? あの少女達の事かい?」


 思い起こすのは、翔と再会した時の場面。そういえばあの場には、翔の他に三名ほど悪魔殺しがいた。根城たる結界内部に、三人ものニンゲンを呼び込む。その事実だけで、ハプスベルタは彼女達の価値を一段階引き上げた。


「そう。少年には数歩劣るけれども、磨き上げればどれも宿敵に迫れる才は持っている」


「ほう。ならば、継承殿の口車に乗せられてみるのも一興か」


「悪いね」


「お構いなく。話はこれで終いかい?」


「いいや。こっちはそれなりに重要事項だ」


「聞こうか」


 席を立とうとしたハプスベルタを、ダンタリアが呼び止めた。いつの間にか彼女の表情には、少しだけ加虐心が宿っている。


「そもそも日魔連の連中は、この地で暮らす元魔法使いの家系に目を付けていてね。凡百殿を呼び寄せた悪魔を使って、その埋もれていた才が再び芽吹かないか探りを入れていたんだよ」


「ほう。それはそれは! だが、現実には翔が悪魔殺しに目覚めてしまった」


「そう。()()()()()()()()()()()()()()、悪魔殺しが生まれてくるという珍事件があったんだ。おまけにその悪魔殺しは、目覚ましい活躍を遂げている。元魔法使いの血筋なんて、どうでもいいと思われるほどの活躍を遂げている」


「......なるほど。継承殿の遊びが見えてきた」


「才はあるのに宙に浮いている。そんなの勿体ないじゃないか。せっかくの機会だし、日本に悪魔殺しを増やしてあげようかと思ってね」


「ハハハッ! そのために名誉の魔王をダシに使うわけだ!」


「あの魔王は現世に話題を提供してくれている。ただのニンゲンにも分かる形で魔力を蓄えようとしている。話題を餌に、釣り上げてやるわけさ」


 ダンタリアが情報を出し渋った理由、それにはさらに理由があった。彼女は今回の事件を利用し、翔の周りに新たな悪魔殺しを生み出そうとしていたのだ。


 悪魔殺しは国の特記戦力だ。それが一人増えるだけで、国家の悪魔に対する防衛力は格段に増す。仮にダンタリアの動きに感付いた日魔連職員がいたとしても、誰もが口を噤むことになるだろう。


 なぜならダンタリアの行いは、間違いなく国益に繋がるのだから。一人の人生が変革を迎える程度、大熊以外の魔法使いは気にもしないのだから。


「ハハハハッ。実に愉快な計画だ。成功する事を願っているよ」


 これで話は終わりだろうと、ハプスベルタは再度席を立つ。


「あぁ、最後に一つ。これは可能性の一つに過ぎないのだけど、一応了承を貰ってもいいかい?」


「もちろん、いまさら否とは言わないさ。何だい?」


()()()()()、私達はニンゲンの振りをして翔達と旅行を楽しむ事になる」


 今日一番の爆笑が、結界内に響き渡った。

次回更新は1/13の予定です。

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