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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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誘引、収集、拡散

「おらよ。今回の調査結果、だ!」


 天井まで伸びる本棚とそこに収められた蔵書の数々。スペースだけでも高位の結界である事は間違いない空間内で、クリップ留めされた数十枚のA4用紙が空を切った。


 紙束とは思えないほどの加速、そして、これまた紙束とは思えないほどの高速回転。掛け声からコンマ数秒で目標へと飛来したA4用紙群は、そのまま対象へ深々と突き刺さるか対象を細切れにするかに思えた。


「あぁ。ありがとう。数日で最低限の結果を出すとは、現世の魔法使いもまだまだ捨てたものじゃない。気の利いた速達だったと担当には伝えておいてくれるかい?」


 だが、結果は全く異なるものであった。紙束が飛来する筈であった少女の前には、いつの間にか町中でよく見る赤いポストが出現していたのだ。紙束は吸い込まれるように投函口に飲み込まれていき、カシャンという音の後には紙束が少女の手の中に収められている。


 もちろん少女の柔肌には、薄い切り傷の一つも出来てはいない。恐るべき速さで飛来する紙束に対して、有効な魔法を即座に選択した判断能力。巨大な結界を維持し続ける魔力量。殺意の籠った資料の受け渡しを皮肉で返す、胆力と知能。


 そう。この少女は、ただの少女では無い。魔界に72しか存在しない国家。その一つを支配する魔王、継承のダンタリア。それこそが少女の正体であったのだ。


「そうかよ。で? こちとら魔王サマからお褒めの言葉をいただくために、参上したわけじゃねぇんだ。見当の一つでも付いたんだろうな?」


 そして、そんな強大なバケモノに対して、挨拶交じりに攻撃を仕掛けたこの男もただの人間ではない。現世と魔界、人と悪魔が雌雄を決するために行われる人魔大戦。その前大戦を生き延びた大戦勝者(テレファスレイヤー)。それがこの大男、大熊の正体だったのだ。


「ふむ、見当とは?」


「しらばっくれるんじゃねぇ! 町一つを巻き込んだ宝石騒動、これが人間の仕業で収まる芸当に見えんのか! だとしたら知識の魔王ってのも、とんだ物知らずだな。魔王の椅子なんて、さっさと後任に譲っちまえ」


 悪魔という種族は、名誉と契約を何よりも重んじる。例えダンタリア側に何らかの非があるとしたって、ここまで侮辱されれば互いの存在をかけた決闘が始まってもおかしくは無いほどだ。


 にもかかわらず、ダンタリアはクスクスと笑うばかり。まるで思春期を迎えた少年の背伸びを、微笑ましく見守る母の様に。


「大熊も存外根に持つタイプだね。凡百を招き入れた件は、詫びを入れたじゃないか。おまけに彼女の行動によって生まれる不詳は、全て私が肩代わりするとも宣言したというのに」


「根本からはき違えてるんだよ、ボケ! 魔王が国内に入り込む重大さが、どれだけのもんか分からねぇテメェじゃねぇだろ! 詫びを入れる? 損害を肩代わりする? それは国が残っていた場合の話だ! 滅びの可能性を生んだ時点で、何の保証にもなっちゃいねぇんだよ!」


 大熊の怒りは、日本の魔法使い達の総意であった。


 当事国以外から見れば、知識の魔王に貸しを作るというのは破格の価値を秘めている。対価にもたらされるだろう情報は、どれも金では買えないもの。国防を考えれば、鬼札になりえるものなのだ。


 しかし、裏を返せば、国防とは国があってこそ。


 悪魔というのはどれもたったの一体だけで、国を滅ぼせるだけの可能性を秘めている。それを国内に招き入れる。たまったものでは無い。いくら知識の魔王と言えど、失われた国土は再生出来ても失われた人材は再生出来ないのだから。


「その様子だと、日魔連からこってり絞られたようだね」


「おかげさまで三日三晩、場所と相手をとっかえひっかえでな。魔王のご機嫌取りのため、悪魔殺しも巻き込み異空間で遊び惚けていました。こんな報告をさせられた俺の気持ちが分かるか? 易々と防衛網をブチ抜かれた防人(さきもり)派の守備隊に、不満のはけ口扱いされる気持ちが分かるか?」


 そして何よりも大熊が怒っていたのは、若い悪魔殺し達の訓練を名目にして、大戦勝者とその相棒の監視を欺いた事。


 訓練は充実したものであったかもしれない。悪魔殺し達は大きな成長を果たしたかもしれない。だが、それは魔王の襲来とはとても吊り合わない内容だ。魔王に絆されて国を売ったと言われても仕方ない。その弁明に、大熊はあまりにも長い時間をかける羽目になったのだ。


「だから謝罪をしているだろう?」


「謝って済むなら、テメェらの世界から粛清なんて言葉は無くなってるだろうよ!」


「ふふっ。大熊も言う様になったじゃないか」


「だからさっさと語れ。今回の悪魔を。そして、そのやり口を」


 ダンタリアが剣の魔王を呼び寄せた理由を、大熊は他ならぬ本人から聞かされている。


 その内容とは共同戦線。人類滅亡を大義に掲げた国家間同盟 亜種(カタスティア)教会(スケースィア)。その同盟に所属する悪魔の一体が日本に顕現し、暗躍を始めているという風の噂を聞いた。


 魔界随一の過激派集団である教会が相手では、今の翔達だけでは心許ない。だからこそ人類との共存を大義に掲げる魔宮の茶会(テラーノーツ)に戦力派遣を要請し、翔を良く知る剣の魔王にお鉢が回ったのだと。


 きっと八割方は真実であるのだろう。だが、ダンタリアという魔王を良く知る大熊は、共同戦線という表の目的に隠された裏の目的が存在していると確信していた。


 そもそもどのタイミングで仕入れた情報かは知らないが、大熊の出し抜きや剣の魔王の派遣といった手際があまりにも良すぎた。ずっと前から教会の悪魔が顕現する事を知っており、翔達を成長させるための試金石に用いたとしか思えなかったのだ。


 だから大熊はダンタリアを睨む。もうカラクリは全て分かっているのだから、いい加減相手の正体を語れと。


「_察しは多少良くなった。けれど、思索には浅さが残るか」


「あ?」


 帽子を被り直すような動作の折に、ダンタリアから何らかの声が漏れ聞こえたような気がした。けれど大熊は聞き取れなかった。


「何でも無いさ。推測を交えてしまう事になる。それでもいいかい?」


「ちっ、やっぱり確証を持ててるじゃねぇか」


()()と言ったよ?」


「お前が語れば真実だ。いい加減舐め腐るのは止めろ」


「おやおや、買い被りをありがとう。なら、期待に添えるだけの真実を作り上げなくてはね」


 ダンタリアは袖口から杖を取り出すと、近くの床をコンコンと叩いた。すると、床から滲み出る様にして、後から後から色とりどりの宝石が出現した。数秒もしない内に、床には宝石の小山が出来上がる。


「さも簡単に、億はくだらなそうな資産を築き上げやがって。これが件の町で宝石を発生させている魔法か?」


「違う違う。あくまで私ならこうするだろうって、デモンストレーションさ。魔力を宝石状に押し固めただけで、一時間もすれば消える紛い物だよ」


「あっちの宝石は回収され、換金され、売買が成り立っている」


「そう。だからこの魔法とは、根本的に違う魔法だ。そもそも宝石とは、元を辿ればただの石くれ。色、形、輝き、大きさ。それらを勝手な物差しで判断し、価値を見出したのは君達だよ」


「んだと? だが、価値ある宝石ってのは、魔道具の材料やテメェらとの取引の材料にも重宝されていて......」


 宝石を利用した錬金術や魔道具生成。現世に残る神秘の足跡は、宝石の価値が見た目だけでは終わらない事をこれでもかと主張している。人間によって宝石の価値基準が定められたというのは、いまいち納得のいかない主張と言えた。


「ふふっ、それは順番が逆なだけだよ」


「どういうこった」


「魔力の宿りやすい石ころ、その石ころが最も魔力を吸い上げやすい形、そして大きい物体が魔力をより多く宿すのは当然の話さ。価値のある石ころに魔力が宿りやすいんじゃない。古の魔法使い達によって、魔力の宿りやすい石ころに価値が生まれたのさ」


「俺達の美的感覚は、そいつらによって定められたもんだと?」


「そうだよ。でなきゃ、ガラス玉だって十分に美しい筈だ。水晶玉だって、輝きは他の宝石に劣らない筈だ。時代の一時的な宝飾品で終わってしまったのは、大口の顧客である魔法使い達が興味を示さなかったせいだろうね」


「元々興味は薄かったが、今の話で欠片も興味が無くなっちまったな」


「いいのかい? ()()()は魔界一の宝石商と言っても、過言では無いのに」


「困ってるに決まってんだろ。そんな話は後だ。結論を話せ」


 シッシッとまるで聞きたくない話を追い払うかのように、手を動かす大熊。


「ふふっ、話を戻そうか。さっきの話からも分かるように、私達の多くにとって宝石は美術品では無い。緊急時の魔力補給源であり、契約魔法の媒介品であり、使い魔を生むための核にしか過ぎないんだ。件の悪魔の目的が何でさえ、惹き寄せない疑似餌に価値は無い」


「魔界で使えない魔法に、価値はねぇって言いたいのか?」


「価値が無いというより、文字通り無くなるって言う方が正しいかな? だってそんな魔法じゃ、餌の確保すらままならない。国家所属であったとしたって、タダ飯喰らいを置く余裕は、ましてや人魔大戦の代表に選出する理由は無い筈だ」


「......おい、だとしたら」


 随分と回りくどい説明であったが、ダンタリアの説明を要約するとこうなる。


 宝石を配置する事が、この魔法の本質では無い。宝石を消失させずにわざわざ維持している事から、この魔法は宝石の拡散もしくは多数所持を目的としている。魔界での生活を考えれば、配置されるのは宝石である必要は無い。


「まとめようか。この魔法を扱う悪魔の作戦は誘引。宝石を選んだのは、ニンゲンが一番効率的に集まる物体であったから。そしてゴールこそ不明だけど、過程として宝石の集積や拡散を是としている節が見られるね」


「っ! 今すぐに止めに入って_」


 すでに宝石の拡散は、町内はおろか県内でおさまっているかも怪しい。敵の目的が何でさえ、止めなければ手遅れになる。大熊は日魔連の影響力を以て、件の町から回収される宝石の売買を禁じようとした。


「止めておいた方がいい」


「あ? ダンタリア、テメェ! 何を言って!」


「大熊、私は言った筈だよ? 宝石を選んだのは、ニンゲンが一番集まったからに過ぎないと」


「それがどうした!」


「例えば、配置されるのが食料に変わったら? 小銭に変わったら? 中古の通信端末なんかに変わったら? 食うに困った浮浪者が懐に収めてしまう様になる。向う見ずな若者が拾い物として懐に収めてしまう様になる。そうなれば、出回った物品の回収なんて不可能になる」


「それ、は......!」


「そして大規模な回収に移ったりすれば、よっぽどの間抜けじゃなければ逃げ出してしまうだろうね。そうしてもっと狡猾に、長い時間をかけて拡散を進めるようになるだろう」


「なら、どうすればいいってんだ!」


「簡単な話じゃないか。悪魔の痕跡が色濃く残る土地があって、そこでは今も悪魔の魔法が発動している」


「......本体を見つけちまえば、翔達との戦いに持ち込める」


「そういう事だよ。日魔連のプライドをかけて調査を継続するのも良い。少年達に全てを任せ、事態終息を図るのも良い。ただどちらにせよ、残された時間はそう長くは無いよ?」

本年は本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。

次回更新は1/1の予定です。

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