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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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突如迎えた支配からの脱却

「現世を闊歩していた時代って、どういう事だよ......? まるでおとぎ話から生まれた種族が、実際に存在していたみたいじゃねぇか」


「まるでも何も、そのままの意味さ。エルフやゴブリン、オークやドワーフは、遥か昔には現世に存在していた。魔界が生まれる前の、遥か昔にはね」


 ニコリと微笑みながらこちらを見つめ返すハプスベルタ。その表情には嘘や悪意といったものは微塵も感じられない。仮に翔が見破れない事実が隠されていようとも、彼女の性格からして真っ赤な嘘とは考えられなかった。


 悪魔は嘘を吐かないが煙に巻く。その種族の特性とでも言うべき在り方を教えてくれた者こそがハプスベルタであり、笑えもしない冗談など剣の魔王には相応しくないのだから。


「じゃあどうして、今の現世には存在していないんだよ。人間と同じ様に、種族としてカウント出来るくらいには繁栄していたんだろう? そんな奴らが揃いも揃って絶滅なんて、それこそおとぎ話もいいとこだろうが」


 なおもハプスベルタの話に納得出来ない翔が反発する。約二千年。数字にしてみれば途方も無いが、歴史は様々な形で記録されていくものだ。


 例えば古い地層から発見される古代の遺物。例えば連綿と受け継がれてきた生きる知恵。例えば当時を知る手掛かりとなり得る書物群。


 それらに一切の情報が無いというのは、始めから存在していなかったのと同じでは無いか。人類絶滅を掲げる教会の大義に対する衝撃も合わさり、翔はどうしても事実を事実として受け止め切れなかったのだ。


「ふむ、確かに翔の言い分にも一理ある。だがしかし、まずは事実として受け入れて貰わなければ、教会の憎悪にも辿り着けない。さて、身体に教え込むのなら得意なんだが......」


 腕を組み、どうしたものかと頭を捻り始めたハプスベルタ。ダンタリアと異なり、やはり説明自体がそれほど得意では無いのだろう。


 いくらモチベーションの維持と抑え込みを目的とした訓練と言えども、説明そのものはダンタリアから受けたかったと思わずにはいられない。


 だが、いくら願おうとも今回の説明役はハプスベルタなのだ。教師に不足があるのであれば、誰かが補ってやらねば前に進まない。だからこそ翔は反発心を抱きながらも、自身が前に進むための助言を投げる事にした。


「物語」


「ん?」


「俺の理解が遅れている時、ダンタリアはいつも事実を物語形式にして語ってくれた。お前に大ベストセラーの物語は期待してねぇ。あの戦いで剣の来歴を語った時の熱、あれを真似してくれればいい」


「......あぁ、なるほど」


 ボキャブラリーの乏しさこそあるが、本来ハプスベルタは説明下手では無いのだ。己の野望を嬉々として語った月下の戦い。あの時の彼女は勢いもあるだろうが、非常に分かりやすい説明を行えていた。


 翔が求めているのは、その再現。あの時の、そして訓練中の熱さえ引っ張り出せれば、自分の求める情報が引き出せるという確信があった。


「どうだ、まとまりそうか?」


「......よし。悪くない」


「なら頼む」


「心得た。時は神魔の時代。神と悪魔が我が物顔で地上を練り歩く中、ニンゲンと呼ばれる種族は神に媚びへつらい、悪魔の目に留まる事を避けながらひっそりと暮らしていた」


「......続けてくれ」


 一度は大熊から、そして二度目をダンタリアから聞かされた話。三度目ともなれば飽きも来ようが、ここで話の腰を折るわけにもいかない。方針を定めたばかりのハプスベルタに配慮して、翔はただ続きを促した。


「あの時代におけるニンゲンは弱小種族だった。魔法適性が低く、肉体強度も貧弱の一言。それでも生き残っていられたのは、神にとっては盲目な信者として、悪魔にとっては増やしやすい手頃な獲物だったからに他ならない」


「あぁ。ダンタリアにも聞かされたよ」


「ほう。なら、ここからが初耳の話となるのかな。翔、少し考えてみてくれ。盲目な信者と手頃な獲物と言えば聞こえは良いが、無力な蒙昧(もうまい)と歯ごたえの無い雑魚と言い換える事も可能じゃないかと。そんな存在を、全ての神と悪魔が良しとしたのかと」


「......どういうことだよ?」


 ハプスベルタの言いたい事は分かる。必ず頷くだけのロボットを相手にする。気晴らしにアリを踏み潰す。どちらも必要であれば受け入れられる行為だろうが、全員が全員、満足のままに行える行為とは決して言えない。


 だがしかし、あの時代における人間は神の庇護に頼り、悪魔の戯れに震える事しか出来なかった。そして両者の思惑とも一致していたからこそ、人間は今の今まで生き残る事が出来たのではないか。


 疑問を抱える翔をよそに、ハプスベルタの話が再開する。


「高慢ちきな一部の神は、もっと優秀で手のかからない信者を求めた。そして苦難を求める一部の悪魔は、ニンゲンよりも手応えのある獲物を求め始めた。そうして両者が見つけ出したのが、それぞれの支配圏から遠く離れた地に住まう亜人や魔法生物達だった」


「待て待て! じゃあやっぱり、亜人は当たり前に存在してたってのか。血族みたいに、お前達の手で生み出された種族じゃないってのか!?」


「そうだよ翔。進化の道筋や発生の起源なんかは、継承殿では無いから分からないさ。だけどね、亜人達は当たり前に()()()()()()。生命の一種として、現世で繁栄を享受していた。そして彼らは、ニンゲンなんかよりずっと強かった。一部のモノ好きの需要を満たしていたんだ」


「いや、それは......悪い、続けてくれ」


 どんな誕生秘話が聞かされるのかと思いきや、出てきたのは最初からいたという身も蓋も無い事実。シンプル過ぎるが故に、突っ込みを入れる事も出来なかった。


「魔法に長けた彼らは、瞬く間にニンゲンの上に立った。神は彼らに神官役を引き受けさせ、ニンゲン達の管理を任せ始めた。悪魔は狩りに重きを置きながらも、力を認めた一部の者達を身内に引き入れ始めた」


「憎悪......まさか......でも、恨みを抱えているのは人間の筈で」


 神を崇める人間達からすれば、突然知らない者達が間に入って大きな顔を始めたように見える。悪魔を恐れる人間達からすれば、自分達を虐げる者達の頭数が増えたように見える。


 ここまでの話であれば、憎悪を抱くのはむしろ人間の筈。


「立場が逆だろって?」


「......あぁ」


 翔と同じ剣士ゆえだろうか。他者の感情の機微に関しては察しが良い。


「歴史がこの形のまま安定期に入っていれば、憎悪を抱くのはニンゲン達であっただろうさ。だが、時を置かずして、動乱の時代が幕を開けた」


「神と悪魔の大戦争か」


「その通り。お互いの存亡がかかった戦いでは、ニンゲンと亜人の力量差など些細な問題だった。神と悪魔が本気で争えば、両者は等しく無価値だった」


 ハプスベルタの語り口からして、亜人は人間よりも優れてはいたが、神や悪魔に真っ向から立ち向かえるほどでは無かったのだろう。


 神官や傘下に収まっているのが良い証拠だ。本当に実力があったのなら、無粋な侵略者を逆に支配する事も許された筈。それほどまでに始まりの時代では、神と悪魔の力が群を抜いていたのだ。


「じゃあ、その動乱に巻き込まれたせいで_」


「いやいや。種族単位で滅亡を迎える動乱なら、君達如きが耐えられるわけ無いだろう。亜人の滅びが決定的となったのは、その先の話さ」


 ならば戦火に巻き込まれたのが絶滅の原因かと翔は思ったが、ハプスベルタから即座に否定が入る。続くようにもたらされたのは、一つのヒント。


「その先? その先って言ったって、この後にあるのは決着だけだろ」


 何年戦争を続けていたかは知らないが、転機の訪れなかった戦争の先など決着しかない。軽い気持ちで答えた翔に対し、なぜかハプスベルタは満足そうに頷いた。


「なんだ。やっぱり察しの良さは健在じゃないか」


「はっ?」


「おや? そっちも偶然言い当てただけかい? ならば、ここでの強さは天運。引きの強さとでも言うべきかな?」


「だから、何を言って_」


「継承殿から聞かされた事は無いかい? 神と悪魔が現世を去った事で、こちらからは多量の魔力が失われた話を」


「それは、聞いた事があるけど」


「そう。圧倒的強者が、こぞって魔力を持ち去ったんだ。そして、亜人達はニンゲン達よりも魔法の扱いに優れていた。いや、()()()()()()()()()()()()()


「お、おい、それじゃあ......」


「弱者と強者の立場が入れ替わったんだよ」


 そう語るハプスベルタの顔は世を憂いているようでもあり、新たな戦火を悦んでいるようでもあった。

次回更新は12/20の予定です。

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