ニンゲンの終わりを望む同盟
「騎士団がニンゲンという種族の完璧な管理を目指している様に。茶会が古き時代の光景を現世に再現しようとしている様に。教会、亜種教会もまた、とある大義を掲げた同盟だ。ここまではいいね?」
戦いはもう終わりだとでも言いたいのだろう。ハプスベルタは床にどさりと腰を下ろし、目線で翔に動きを促す。
「あぁ」
その様は一見すると隙だらけ。苦い敗北を味わったばかりの翔からしてみれば、敵対関係である事も含めて不意打ちという言葉が頭を過るのも仕方ない。
しかし、彼はそんな誘惑を振り払い、ハプスベルタの真正面に座り込んだ。ここで卑怯な真似に手を染めれば、本当の勝利は二度と得られないと思ったからだ。そして、彼女もまた、翔の心根を期待していたのだろう。思った通りの行動に対し、大きく口角が吊り上がっていた。
「なら、茶会の説明と同様に、まずは単刀直入に大義の説明といこう。教会の掲げる大義はずばり、ニンゲンという種族の滅亡さ!」
「......は?」
得意げに宣言したハプスベルタ。本来なら翔が何かしらの相槌を打って、詳細の説明へと移行する会話であるのだろう。
けれども、自身を含めた種族の滅亡を大義に掲げられて、冷静でいられる人間がどれほどいるというのか。しかも、族滅を望んでいるのは、人類よりも遥かに強大な悪魔だ。
人類同士が世界規模の大戦を起こした所で、滅亡へと至る可能性はゼロに近い。なぜならどんな決着に終わろうとも、その場には形形にも勝者が存在し、勝者に付いた陣営が存在するからだ。
片方が滅亡したとしても、片方には繁栄が約束されている。例え大きな破壊の傷痕が残ろうとも、生の確立という飛躍の可能性が残されているのだから。
しかし、相手が悪魔であれば、話は別だ。
悪魔が本気で人類の滅亡を願うのであれば、それは本当に滅亡が起きるのに他ならない。人類同士なら手心があるかもしれない。人類同士なら落とし所が生まれるかもしれない。けれど、相手が悪魔なら可能性は皆無。
機が満ちた先で起こるのは、曲げようが無い滅亡という事実のみ。
だから翔は疑問を浮かべてしまった。だから翔はたった一言を絞り出すのみで精いっぱいだった。人類が今まで存続している時点で、そこまでの過激派が存在しているなど夢にも思わなかったのだから。
「絶句するのも無理はない。純然なる殺戮の宣言。それも戦士や勇者に限らず、老若男女全てのニンゲンを殺し尽くすという宣言だ。自らの死を覚悟出来る戦士は多い。だが、そんな者達も守りたい存在の死を前にすると、驚くほど覚悟が揺らぐ」
「当たり前、だろぉが......!」
ハプスベルタに対して声を荒げても意味は無い。しかし、翔にとって身近な者達の死を軽い言葉で語る彼女は、怒りと軽蔑の対象であったのだ。
「ふっ、いささか怖がらせすぎたらしい。 だけど教会を相手にする際は、どうかその意識を忘れない事だよ。彼らほどニンゲンを憎み、ニンゲンの殺戮を願う悪魔はいないのだから」
なおも軽い雰囲気を崩さないハプスベルタ。彼女とその身内、そして翔とその身内では、標的とそれ以外という純然な隔たりがある。ハプスベルタにとっては、数ある他の同盟が掲げる大義の一つに過ぎない。所詮は他人事に過ぎないのだ。
だからこそハプスベルタは、気軽な口調を崩していないのだと翔は考えていた。不可能と分かっていながらも、すり合わせが利かない常識の差異に失望さえしていた。
けれども、そんな失望が僅かにでも怒りを上回ったおかげか。翔はハプスベルタの発言の中に含まれていた、一つの違和感に気が付くことが出来た。
「ちょっと待てよ。ニンゲンを憎むってどういうことだ? お前らの人間に対するスタンスなんて、見下し九割、興味一割の、上から目線がデフォじゃねぇか。圧倒的に強者のお前らが、どうして国単位で人間を憎みやがるんだ」
人間を憎む悪魔がいる。これだけを聞かされていれば、過去の大戦か何かで痛い目を見た悪魔なのだろうと考えられた。しかし、国単位で人間を憎むとなると話が変わる。
悪魔の多くにとって、人間は弱者やペット、もしくはエサや玩具に過ぎない存在の筈だ。ペットが粗相をしたら、怒り見下す事はある。エサや玩具が思わぬ不利益を生めば、不愉快に感じる事はある。だが、普通は憎しみまで辿り着く事は無いのだ。
なぜならペットやエサは、下なのだから。出来ない事が当たり前、考えを理解してくれないのも当たり前。人間が昆虫や家畜を相手にして憎しみを抱かないのと一緒の事。
それこそが次元の違う相手への接し方だ。むしろ下手に激情を抱きでもしたら、周りから白い目で見られる事となる。ただただ見下し、ただただ己の欲を満たすための道具として扱う。翔が見てきた悪魔の多くは、そんなスタンスであった筈。
だからこそ憎むというのが理解出来ない。どうやれば悪魔の国相手に憎しみを抱かせられるのか。どうすれば国家間同盟の大義として成り立つのか。激情を終えた翔の頭には、強い困惑が後から後から生み出されていた。
「よくぞ聞いてくれた! それこそが君たちニンゲンが忘れてしまった原罪であり、最終的な現世の支配者となれた理由だよ」
「原罪? 支配者の理由? ちっ、分かってはいたけど、やっぱりお前の説明だと分かりにくい!」
普段世話になっているダンタリアは、もったいぶった言い回しこそあれど、全体の説明は丁寧かつ詳細であった。それに比べてハプスベルタの説明は、簡潔な癖に聞きたい部分の要点がまとまっていない。
今だって求めているのは質問への返答だ。だというのに、質問する前よりも疑問が増えているという始末。翔もいい加減我慢が利かなくなり、思わず突っ込みを入れてしまった。
「それは失敬。だけど、魔界一の話し上手と比べられてしまえば、見劣りするのも当然だよ。それにしても分かりやすく、分かりやすくか......なら翔、君はエルフやゴブリン、オークやドワーフといった種族を知っているかい?」
「はぁ? だから、これ以上余計な疑問を継ぎ足すなって_」
「いいから」
「......」
文句を重ねようとした翔だが、いつの間にかハプスベルタから遊びが無くなっている事に気付いた。別に戦闘態勢に入ったという訳では無い。襟を正すといった表現が一番近いか。
彼女は翔の返答を待っているのだ。彼がどう答えるのかを、礼儀正しく待ちわびているのだ。色々と言いたい事は残っていた翔だが、空気を読むだけの分別は残っていた。
「......知り合いのゲーム、じゃ分かりにくいか......遊戯に付き合った時に少しだけ。亜人って括りで語られる事が多いけど、地域によっては妖精扱いのとこもあるんだったか?」
「なんだ、知っているんじゃないか。安心したよ」
「それで?」
「それでって、何がだい?」
「何がって事はねぇだろ。わざわざこのタイミングで聞いたんだ。意味が無い質問だって思う方がおかしいだろうが!」
「......あぁ! すまないすまない! 想像力の優れた翔の事だ。てっきり、今の質問だけで答えには十分だとばかり!」
「んなわけあるか! 教会の大義を語り始めたのかと思ったら、憎しみがどうの、原罪がどうの、それで最後にはこれらの種族は知っていますか? だぞ! どこをどう繋ぎ合わせれば、答えが完成するんだよ!」
ハプスベルタの買い被りも一役買っていたが、そもそも翔は戦闘以外の想像力は悪い方だ。これまで語られた情報だって、理解ある者が相手であれば十分な情報量であったのだろう。
しかし翔にとっては、隅のピースをあえて削られたジグソーパズルの完成を求められたようなもの。断片的な情報をいくら投げ渡された所で、答えを知らなければ肉付けもままならない。ダンタリアという先生が、本当に説明上手であったのだと痛感する。
そんな魂の叫びを聞いた事で、ハプスベルタも過ちに気が付いたのだろう。腕を組み首を捻りながら、次に続けるべき言葉を探しているように見える。
そうして数秒の沈黙の後、彼女は分かりやすく手を叩いた。
「あぁそうか! 翔は彼らが現世を闊歩していた時代を知らないのか! だから、彼らが現世から姿を消した違和感に気付かない! 彼らを歴史の舞台から消し去った罪に気付かない! 彼らの憎しみに見当が付かない訳だ!」
ようやく納得がいったとばかりに、うんうんと頷くハプスベルタ。いつの間にか妙に馴れ馴れしい軽い態度の彼女が戻ってきていた。
「......は?」
しかし、突然情報の洪水を浴びせられた翔はたまったものではない。先ほどと同じく冷静さを失なった彼は、絶句する事しか出来なくなっていた。
次回更新は12/16の予定です。




