戻り来た日常、変わり咲く日常
「おはよー!」
「えぇ、おはよう。今日もいい天気ね」
「おはよう! こっちには慣れた?」
「おはよう。そうだね、少しずつだけど慣れてきたかな。でも、ボクもまだまだ分からない事も多いから、引き続き助けてくれると嬉しいな」
とある高校の一教室。そこでは数日前にクラスの一員となったばかりの美少女二人が、多くの女子生徒を取り巻きとして連れ歩いて談笑していた。
一方は日本人に馴染みの薄い宗教系が母体となった高校からの留学生。もう一方は学校教育の経験が無い留学生という事もあり、現状は物珍しさの客寄せパンダといった雰囲気もあるだろう。
しかし、清楚ながらも芯の通った意志の強さと、高い社交性を感じられる快闊さに惹かれ、今日も女子達は二人に群がっていた。
「うーっす、翔。おぉ、今日も二人の人気はピカイチだな」
「おう、大悟。そりゃあ、外国人で美少女と来たら、大抵の奴らは引っ張られていくだろ。ウチの凛花さんも、見事に一本釣りされてるしな」
「あいつに至っては下世話な興味本位が一番だろ。その理由に、見てみな。あいつだけ二つのグループを行ったり来たりしてやがる」
「衝突が起こったら、真っ先に吊るし上げられるタイプだな」
「どうせ何食わぬ顔でドロンだよ。ああいうコウモリ野郎に限って、逃げ足が早いんだ」
「言えてる」
二人の美少女が脚光を浴びる中、クラスの端でだべり始めたのは翔と大悟の親友コンビだ。
留学という名の異国派遣が繰り返された事によって、彼らが合流を果たしたのは数週間ぶり。しかし、多くを語り合い、多くを知っている間柄だ。空白を埋め合わせるのは、一日あれば事足りた。
本来なら、翔の帰還もクラス内では大きなニュースと言えるだろう。けれども、美少女の襲来とおバカの再臨では話題に差がありすぎる。
そのため初日こそ色々掘り下げられたが、数日過ぎれば良い意味で教室の染みへと舞い戻った。今は取り戻した日常と始まった非日常の中を、日常側の一員として遠巻きに眺めていたのだ。
「というか、吊るし上げられるのは翔が先だろ」
「はぁ? どうして」
「そりゃあ美少女二人と、いち早くお近付きになった罪だろ。初日の混乱を忘れたのか? お前が帰って来た事への盛り上がり、交換留学生登場の盛り上がり、二人が姿を現した事による大盛り上がり。そして、どちらとも知り合いだという翔への盛り上がり」
「事故みてぇなもんじゃねぇか!」
数日を経た事で減った嫉妬の目線。けれどもゼロになるにはまだ遠く、美少女二人への羨望、そこから続く翔への嫉妬という黄金パターンが出来上がっていた。
だが、彼女達二人と翔の知り合い設定だけは、どうしても外す事は出来なかった。なぜなら美少女二人の正体はマルティナとニナ。翔と深い繋がりを築いた悪魔殺し達なのだから。
留学生という立場で、二人が翔と同じ高校に進学し始めたのには訳がある。それは彼らの保護者たる大戦勝者達の取り決めが発端だった。
それが若い悪魔殺し達に、一般社会を経験させるという取り決め。
幼い頃から魔法世界に身を置いてきた悪魔殺し達は、いざ一般社会に紛れ込むと、魔法という異能の存在故に疎外感を抱いてしまう。
世界を知るために一般社会を知るのは、現代魔法使いの必修科目だ。しかし、魔法の有無、世界の秘密、そして常に隠し事をしなければならないストレス。それらが悪魔殺しに負担を生み、大事な戦いの場面に影を落としてしまうかもしれない。
人が生きていくのに、他人との繋がりは必須だ。だが、それはか弱い一般人の話。悪魔殺しとなれば、一人で生きていけてしまう。孤独な隠遁生活を良しとし、生き永らえてしまう。
けれどそれではダメなのだ。魔法の力が弱まった現代では、それでは顕現してくる悪魔には敵わないのだ。連携を前提とし、複数の悪魔殺しで事に当たる。それを学ぶためにも、過去のような迫害を生まないためにも、社会で生きる事は必要なのだ。
マルティナは学校に嫌な思い出がある。ニナに至っては、学校に通った事すらない。ここで無理に適当な学校に通わせた所で、社会への苦手意識が強まるばかりだ。
だからこそ大戦勝者達が考え出したのが、複数で社会に紛れ込む方法。交換留学生として、マルティナとニナを送り込む作戦であったのだ。
悪魔殺しとはいえ、翔は魔法を除けば一般人と変わらない。加えて同じクラスには、事前に転入生として姫野が侵入を果たしている。二人よりも多くが欠落している彼女が受け入れられたのだから、彼女達も問題無い筈だ。
そんな検証も含んだ転入作戦は、翔への小さなマイナス感情のみで成功に終わりそうであった。
「事故みたいなもん、って言うけどなぁ......」
「......なんだよ」
軽い雑談でHRが始まるばかりと思っていた翔は、なぜか歯切れの悪い言葉を返した大悟を見る。
「お前とラッツォーニさん。事ある毎にアイコンタクトしてるだろ」
「うっ......」
「デュモンさんに至っては、隠れてちょくちょく会話してるよな?」
「うぐっ......」
付き合いの長さが災いしたか。翔を真っすぐ見つめる瞳には、猜疑の心がはっきりと現れていた。
しかし、それも仕方ない。翔と二人が説明した知り合いというのは、留学中に同じクラスであったに過ぎないという話だ。だが、大悟は気が付いている。翔と二人の間柄が、それ以上である事に。
知り合いという言葉は案外範囲が広い。ここは友人レベルの付き合いがあると白状しておいた方がマシだったか。そう考える翔だが、今更友人であると説明しても、クラスが荒れるだけだ。
嫉妬を発端とした、男子達の嫌がらせ程度なら可愛いものだ。悪魔との戦いを経験した翔には屁でも無いし、アホな男子高校生の一人として気持ちも理解出来るから。
けれど、翔が耐えられるとして、二人がどう思うかは別の話だ。
マルティナは問題無い様に振舞うだろう。彼女は大人な対応が出来る。翔が嫌がらせを受ける原因を即座に理解し、人の悪意を軽蔑し、それでも社会を学ぶためだと笑顔の仮面を被れるはずだ。
しかし、ニナは違う。彼女は育ての親であるラウラに負けず劣らず、特定の個人に強く依存するタイプだ。加えて区別主義でもある。
身内の判定を受けている翔が嫌がらせを受けていたら、真っ向からぶつかるだろう。原因が自分にあると聞かされれば、気に病んで不登校になるならまだしも、最悪だと嫌がらせの根本を取り除きに走る可能性も考えられた。
いくら嫌がらせする側が悪いとしても、悪魔殺しによる報復は規模が大きすぎる。そんな所まで育ての親と似せる訳にはいかないのだ。
だからこそ大悟の反応に強い危機感を覚えていた翔だったが、続く大悟の言葉は予想の斜め上を行くものだった。
「失望したぞ! お前には神崎さんがいるだろうが!」
「はぁ?」
あまりにも突拍子が無い言葉に、翔の時間は停止した。
「二人っきりの天体観測じゃ飽き足らず、たった数週間で国を跨いだ通い妻をこさえるなんて!」
「バッ!? お前、な、何を言って......!?」
そして、激しい動機と共に動き出す。あまりにも人聞きが悪すぎた。
「変わっちまったな。これが上京デビューって奴かよ......結婚式には呼んでくれ」
「スタートがお前の妄想だし、都会からはむしろ遠ざかってるし、しかもちゃっかり結婚式には紛れ込もうとしてんじゃねぇー!」
遂に我慢が利かなくなった翔が、大悟へとヘッドロックを掛けた。
「どわぅ!? 暴力に訴えるのは反対だろ!」
「うるせー! いっぺんくたばってろ!」
もちろん本気で絞め落としはしない。遊び半分のじゃれつきだ。けれども、武道に携わる二人が行えば、それなりの迫力が生まれる事となる。
嫉妬の視線を向けていた男子も、巻き添えは御免だとばかりに視線を逸らした。
「二人共、朝から何かあったの?」
結局、二人のじゃれつきを止めたのは、純粋無垢な姫野の疑問だった。
お待たせいたしました。本日から第六章の開幕となります。変わらぬ更新頻度で投稿を続けていきたいと思いますので、どうか応援のほどをよろしくお願いします。
次回更新は11/26の予定です。




