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デトロイト狂乱 その十九

 強烈な乱気流に飲み込まれた青年の身体は、数秒もしない内に千切れ、砕けていく。詠唱も溜めも必要としない魔法でありながら、この威力。まさに空の王と呼ぶに相応しい光景が、その場では巻き起こっていた。


 満足そうに笑うフレズヴェルグだが、他の魔王達の反応は薄い。自分達の障害足り得る存在を撃滅したのだ。喝采は大げさにしても、普通であれば労いの言葉くらいは欠ける筈。


 けれども、マモンは不機嫌さを隠そうともせず、パツィリエーレもわざとらしく頭を抱える始末。ニルアルルに至っては、いつの間にか姿を消していた。この顛末を予想していたのだとしても、恐るべき行動の早さであった。


「阿呆が。人形と言っておっただろうに......」


 だが、それもそのはず。青年が登場した際に、マモンは目の前の青年が使い魔に過ぎないと忠告していた筈だった。逸る気持ちを抑えられなかったためか。それとも、単純な鬱憤晴らし用のサンドバッグに利用したか。


 いずれにせよ、事態がさらなる混沌を極めるだろうと確信し、マモンは機嫌を損ねていたのだった。


大戦勝者(テレファスレイヤー)の契約の一つ。次代の大戦で関われるのは、原則として十君との直接戦闘及び、その余波への対処のみ。けれど例外として、悪魔側からの戦闘行為が認められた場合、対象悪魔の撃滅が許される」


 喜色の入り混じる朗々とした青年の声が、どこからか響き渡る。声の聞こえる方向に目をやると、そこにあったのは有名なゲームキャラクターをモデルとした指人形。


 樹脂で固められている筈の口部がパクパクと動き、その都度、青年の声を再生する。そして、その声が契機となったのか。魔王達を取り囲んでいた玩具や人形が一斉に動き出した。


「渡界、離れるぞ。排熱、宴は終いで良いな?」


 上位国家の魔王と、彼を含めた魔王達の足止めが叶う青年による戦い。巻き込まれは必須であり、だからこそマモンは素早く動き出した。


「かしこまりましてございます」


「これから始まる祭りの中座は残念ですが、さすれば自分で足を運べとなるのが道理。幸いにも、こちらの祭りも開催寸前ですんでね。幾重殿同様、結末は後の(さかな)とさせていただきやしょう」


 排熱の同意を得ると共に、パツィリエーレは櫂を引き抜き空間を閉じる。


「小癪なあああぁぁ!」


 フレズヴェルグのボルテージが上がる。そこからは刹那の戦いであった。


 フレズヴェルグが周囲を気にせぬ大規模乱気流を巻き起こした。マモンが白骨死体の眼窩から、空中地上権と記載された契約書を取り出した。パツィリエーレが自身とマモンを囲むように、空中にて櫂をぐるりとかき回した。青年が用意した使い魔群が、フレズヴェルグへと一斉に魔力弾を発射した。


 これらの行動が立て続けに起こされ、遅れて結果がやってくる。


 まずフレズヴェルグ。彼の引き起こした乱気流は周囲の空間を乱雑に引き裂き、青年の使い魔をこれでもかと破壊した。けれど、マモンとパツィリエーレに被害は無く、なんなら使い魔もバラバラボロボロでありながら、いまだに機能を有している。


 そして、フレズヴェルグを狙って発射された魔力弾の全ても、彼を守る乱気流の鎧によって弾かれてしまっていた。


 次にマモンとパツィリエーレ。パツィリエーレによって、彼らの周囲には全く別の空間が混ぜ込まれていた。


 どこかの熱帯雨林だろうか。青々と茂る木々と、トラらしき肉食獣の姿が見える。そして、それらの全てが無残にも切り裂かれていた。きっとパツィリエーレの魔法によって、別の場所へと乱気流を押し付けたのだろう。


 けれど急ごしらえの空間生成であったためか。その空間遷移にはボロがあり、至る所で向こう側のマモンとパツィリエーレが透けていた。


 しかし、そんな()が存在しながらも、二体の悪魔に負傷の形跡はない。マモンの力だろうか。二体の悪魔に迫っていた乱気流と魔力弾は、いずれも一定の距離で空中から掻き消えていた。


 最後に青年。元々使い魔越しに戦闘を行っていたのだ。本体には痛痒の一つも届いていない。そして、損傷は酷いながらも、どの使い魔も悪魔達から照準をずらしていない。それどころか、新たな使い魔達が続々と到着しつつある。


「あなたの風は僕に届かず、僕の攻撃もあなたには届かない。結局、流れ弾を弾くためにマモンが大損しているだけだ。まだ続けるかい?」


「......言うではないか」


 憎たらしい青年の声を吐き出す人形を、乱気流の力でこれでもかと圧縮する。しかし、何分の一サイズと化した使い魔は、それでも機能を失わずにいた。


 ひとえに相性差と言えるだろう。大雑把な破壊力では群を抜くフレズヴェルグであるが、物体の完全破壊や消滅は得意では無い。


 そして、青年の使い魔は特別製なのだろう。バラバラにしようと圧縮しようと、その姿形が残っている限りは動き続ける。核の存在しないタイプの使い魔らしい。一体を破壊するのにこうも手間取っていては、いくら攻撃を防いだ所で無為に等しい。


「気は済んだか? ならば矛を収めてさっさと去ね。お主のせいで、負債ばかりが増しておる。これ以上無軌道な破壊を振りまくようなら、我がどうするかは想像できよう?」


「ぐぬ」


 ニンゲン贔屓の継承には何歩も劣るが、目の前の特権もまた、時と場合によってはニンゲン側になびく魔王である。加えて、一度のぶつかり合いで冷えたフレズヴェルグの頭は、自身の()()()()をこれでもかと自覚している。


 猶予を与えてくれるだけマモンは優しい。他の魔王であったのなら、例え国家間同盟を結んでいようと殺し合いが許される状況だったのだから。


「ぐぬぬぬぬ......!」


 自身の詫び一つで、この場は収まる。けれども、フレズヴェルグにも矜持があった。翼持つ者こそが至高、空に届かぬものなど存在しないのと同義。その意思と異常なまでの同胞愛によって、国家を率いてきたのだった。


 ここで折れれば矜持が揺らぐ。矜持が揺らげば国家も揺れる。その迷いによって、下げるべき頭を下げられずにいたのだ。


「ここにきて、いまだに矜持を優先するか?」


 最後通牒なのだろう。マモンが冷めた声で、フレズヴェルグを脅す。


「ぐうぅぅ......!」


 それでも動けずにいたフレズヴェルグを救ったのは、意外にも青年であった。


「......あぁ忘れていた。そういえば、()()()()()言伝を預かっていたんだった」


「......なに?」


 それは盤面を動かすには決定的な一手。無造作に投げられた白い封筒は、穏やかな気流に乗せられてフレズヴェルグに届けられる。


「この機を狙っていたか。流石は羽無し。考えの根底にあくどさがにじみ出ているな」


 広げた羊皮紙に書かれていたのは、何て事は無い挨拶と伺い立て。都合の良いタイミングで会いに向かうという、先触れの手紙であった。


 未来の有力国民に成りえるラウラからの手紙だ。邂逅直後に受け取っていれば、この場をほっぽり出してでも彼女の元に向かっていただろう。どうせ結果を見ずとも、雲海の合格は決まっていたのだから。


 そして、愛しき国民の願いを叶えるためと言えば、この場を辞する大義名分としては十分だ。レールに乗せられた自覚はある。しかし、頷かなければ今度こそ退き時を見失う。


「忌々しい。余裕綽々であったのは、それが理由か」


「えぇ。流石に上位魔王級を三体同時に討伐するのは、骨どころか魂が砕けかねませんから」


 笑う青年と目を細めるマモン。


 このタイミングまで手紙を秘していたのは、少しでもマモンを消耗させるために違いない。


 彼の魔法は他に類を見ないほど特殊な契約魔法だ。適当に追いかけるだけではパツィリエーレの力で逃げられてしまい、準備が整ってしまえば相当な出血を覚悟しなくてはいけなくなる。この場で消耗させられたのは、まさに僥倖だったのだ。


「ふん、気に食わんが、乗せられてやる! 次に会う時は、貴様の首を胴と泣き別れにしてやる!」


 もはや戦闘行為そのものが、寿命を縮める行為に成りえる。成果をガムシャラに求める下位国家ならいざ知らず、上位国家の魔王にはそこまでの欲は無い。


 最後に大きな羽ばたきを残すと、フレズヴェルグの姿は消えていた。後に残されたのはマモンとパツィリエーレ、そして青年のみ。


「それで? 我のみを残すための茶番はこれで終いか?」


「えぇ。これでようやく話が出来る」


 改めてマモンと向き合う青年は、この時を待っていたとばかりに真正面からマモンを見つめるのだった。

次回更新は11/3の予定です。

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