エゴを貫き通す力
麗子との講習を終えた翔は、今度は事務所の外で猿飛と向かい合っていた。
彼の手には魔法で生み出したものでは無い普段使い用の木刀が、猿飛の手には二本の材木を組み木細工の要領で嵌め合わせて作った極大剣と、先端にゴム球を付けたフェンシング用のレイピアが握られていた。
それらの武器を構える姿は、嫌でも例の魔王を想起させる。
「はぁっ!」
翔が掛け声と共に猿飛へと飛び掛かる。
「駄目っすよ。こんなどでかい盾を持ってる相手に正面から斬りかかっちゃ」
しかし、翔の一撃はあっさりと極大剣を盾にすることで防がれ、勢いが止まった瞬間を見計らったように極大剣で押し込まれた。あまりの衝撃に翔はたたらを踏む。
「くっ......!」
翔は特大剣をなんとか押し返そうとするが、突如その圧力がふっと無くなった。
「おわっ!?」
そのせいで今度は前方に大きくつんのめってしまった翔の額に、ぶにっと柔らかい物が当たる感触があった。
目線を上げるとその正体は、極大剣を陰から飛び出してきたレイピアの刃先だつた。つまり今のが実践だったのなら、翔の脳天には深々とレイピアが突き刺さったことになる。
「一本! ってとこすかね?」
「......はい。参りました。」
「じゃあ、反省会といくっす」
そう言いながら猿飛は手持ちの武器を置き、どかっと地面に腰を下ろした。翔もそれに倣い、コンビニで買ってきたお茶を手に地面に腰を下ろす。
「話だけだとふざけた組み合わせだと思ってたっすけど、盾兼広範囲攻撃用の大剣と、その陰から隙を伺うレイピア。案外噛み合った良いコンビじゃないすか。もちろんこんな馬鹿でかい剣を片手で振り回す腕力と、魔王の魔法があってこその戦法っすけどね。そうじゃなきゃ、さっきの僕みたいに大剣は完全に盾扱いっすし」
けらけらと自嘲の笑いを含みながら、猿飛が自らが振るった超変則的二刀流とでも言うべき剣術の感想を述べる。
「いえ、それでもリハビリ込みの訓練をしてくれるのは助かります。ハプスベルタとの戦いは二度目が決定しているようなもんなんですから」
快闊な魔王との再戦。それこそがこの場で猿飛と彼が立ち合いをしている理由だった。
あの夜、ハプスベルタは翔を今代の宿敵だと宣言した。
つまり彼女は、遠回しに翔との再戦を取り付けたのだ。ハプスベルタとの再戦がいつになるかは分からない。しかし必ず訪れるであろうその日までに、彼女を打倒する対抗策を準備しておく必要があると考えていたのだ。
普段武道で生まれた悩みは、大悟や彼の祖父が経営している道場の門下生と解決していた。
だが、今回翔が相手に求めるのは、特大剣とレイピアの二刀流。そもそも一定以上の技量を持った使い手などいるはずがない。
おまけに流布されたカバーストーリーのおかげで、翔は山からの滑落から復帰したばかりだ。そんな人間が奇妙な立ち合いを所望しようものなら、いよいよ知力だけでなく知能も失われたかと思われるのが落ちであろう
そんな悩みを麗子へ話したところ、翔は猿飛との立ち合いを勧められた。
彼は元々日魔連派閥の一つである隠形派に所属しており、肉弾戦、特に突然の遭遇戦に対するスペシャリストだったらしい。
しかし、その才能を差し引いても魔法のセンスが皆無だったために、表向きは除籍扱いで大熊と隠形派を繋ぐパイプ役になっているのだと聞かされた。
そして実際に立ち会ってみれば、彼は数度の打ち合いで特大剣とレイピアの二刀流を形にして見せ、翔を大いに驚かせた。
「僕らの派閥は、基本的に武器は携帯出来ないんすよ。そのくせ契約の行き違いとかで次の瞬間には殺し合いになるのも少なくないっすからねぇ。だからその場にあるものを使いこなして戦うのは基本っす。酷い時には枯れ枝やコピー用紙を束ねて武器にしたこともあるっすから、刃先があるだけで贅沢っすよ」
ただし、当の本人は何でもないことのように答えていたが。
「......それで、来る魔王との再戦用のコツとかは掴めたっすか?」
猿飛が傍らに置いてあったミネラルウォーターを口に含みながら、翔に問いかける。
「いえ......難しいです。ハプスベルタが使う剣は、今度は特大剣とレイピアの二本だけじゃ済まない。それどころか投石器のような大型の兵器や弓にボウガン、鉄砲なんかの飛び道具を使われる可能性もあります」
翔は問題の難問さゆえに顔を曇らせる。
至近距離の戦闘を望めば今度はナイフや手甲のような、さらに近接戦闘に特化した武器を見せてくるかもしれない。かといって離れれば、飛び道具で一方的に苛め抜かれるかもしれない。
それを考えると翔が撃退に成功したハプスベルタの戦法は、数十、あるいは数百あるかもしれない彼女の戦法の、たった一手を返したに過ぎないのだ。
このままではいけない、けれど妙案は思い浮かばない。そんな調子でうんうんと悩み続ける翔を見て、猿飛はなんでもないような軽い口調で、突然とんでもないことを言い放った。
「なら、剣の魔王との再戦が近いと分かった時は、各国から悪魔殺しの援軍と魔法使いの派遣を要請しておかなきゃっすね~」
「......へっ? いや、猿飛さん。あいつが望んでいるのはタイマンで、もしそんな物量作戦を展開したら、大変なことになると思うんですけど......」
ハプスベルタは翔との一騎打ちを望んでいるはずだ。
それを反故にしようものなら、彼女は怒り狂うことは無くとも失望し、全力をもってこちらを滅ぼしにかかってくるだろう。
「大変なことってなんすか?」
「えっ......そりゃあ、神聖な決闘を汚したとかって、増援に全力で襲い掛かったりとか......」
「いいことじゃないすか。そんな大暴れをすれば世界の魔法組織はもちろん、悪魔アレルギーの教会も黙っちゃいないっす。そうして翔君からマークを外してくれるなら、願ったり叶ったりっす」
「いや、いやいやいや! そんなことになったらどれだけの犠牲が出るか分かってるんですか!?」
猿飛のあまりの物言いに、翔も思わず語気を強めて反論をしてしまった。
しかし、それでも彼はどこ吹く風で、翔の話を真に受けている様子は無い。それどころか猿飛の口調は普段とは変わらないが、その言葉にはわからずやに対する呆れが滲んできていた。
「......じゃあ、翔君が犠牲になるのはいいんすか?」
「えっ?」
「人魔大戦に参戦を決めた魔法使いは、国を守るため、力量を試すため、金で雇われてって感じで理由は様々っす。けどそのどれもに共通しているのは、自分達を一息で殺してしまう化け物と相対する覚悟をしているってことっす。そんな人達にリスクを分散することの何が悪いんすか?」
「でも......! 悪魔殺しである自分が戦うのが、一番犠牲が少なく済む......」
「はぁ......そういう一人で抱え込む所は姫ちゃんそっくりっすねぇ。宿敵との決闘? 正々堂々? 人間の数十倍、悪魔殺し相手でも数倍の魔力を持った魔王が、タイマンを望むってことがちゃんちゃらおかしいっす。勝つこと前提の出来レースじゃないすか」
「......」
「宿敵の認定、タイマンの強制、そんなのあっちの勝手な言い分っす。言い分に従うなんて持っての他、むしろ何を勝手なことをって鼻で笑ってやるのがちょうどいいんすよ」
猿飛の言葉は正論に聞こえた。そもそもハプスベルタの目的は、死闘によって己の内にある剣達を悪魔に昇華させることだ。
ならば勝つことは最低条件だ。相手を圧倒してこそ剣の名前が売れるのだから。逆に避けるべきなのは大したこともない魔法使いの一撃によって討伐されること。そんなことをしてしまえば名前を売るどころか逆に剣の悪魔が侮られることになる。
だからこそ彼女は自分の都合で、相手にタイマンを強いていると猿飛は言っているのだ。
「......でも、でも、あいつはそういうタイプには見えませんでした。純粋に戦いを楽しんでいた」
けれど翔にも言い分はあった。
あの夜行われた人間同士では決して再現出来ない戦い。そこでハプスベルタは翔の成長を本当に喜んでいた。宿敵の誕生に歓喜していた。
決闘自体は怒声と罵声、苦言の入り混じる酷いものだった。しかし翔にとって、いや一介の剣士にとってのあの時間は、己の研鑽をぶつけあう最高の時間であったとも思えたのだ。
だからこそ彼女の言う宿敵の認定とは、配下を成長させるための生贄を選別するための儀式などでは決してなく。むしろ親しくなった友人に、また遊ぼうねと約束する指切りのような物なんだと翔は思ったのだ。
その約束を果たす日に、彼女があっと驚くような力を身につけていたい。そんな彼女との戦いを邪魔されたくない。
いずれ訪れるであろう戦いに備えた立ち合い。そこには間違っても口には出せない私情も秘されていたのだ。
「......そうっすか」
猿飛は翔の反論に対して、そう一言だけ答えた。
翔の選択は愚かだと自覚がある。だからこそ、これからされるであろう説教にも身構えることが出来た。
だが、猿飛は予想に反して怒ったりはしなかった。
「......なら仕方ないっすね。保留ってことにしとくっす」
「へっ? 保留......?」
予想だにしなかった言葉に、翔は呆気に取られてしまった。
「そうっすよ。議論が平行線の時は、先延ばしにすることも大事っす。今日明日で答えを出さなきゃいけないことでも無いっすから、翔君が人魔大戦を経験していく中であらためて聞くことにするっす」
そう言ってミネラルウォーターを一気に飲み干した猿飛は、諍いなど無かったかのように翔へ笑いかけて見せた。
「それで......いいんですか?」
「僕の所属していた派閥は、意見の食い違いが殺し合いに繋がる派閥っすからね。困ったときは先延ばしにして放り投げちまった方がいい時もあるっす。出来ることから成していく。それが大切っすよ」
「出来ること?」
「簡単っす。俺の考えで剣の魔王を叩くとしたら、事態に激高した魔王に翔君が瞬殺されたりしないように鍛えることが大事っす。そして翔君の望み通りにいくのなら、もっともっと鍛えないといけないっす。音を上げて増援策の方でお願いしますと言うくらいにっすね!」
猿飛が極大剣を持ち上げ、とんとんと自らの肩を叩く。その表情は笑顔だが、身体からは闘気があふれだしていた。
「......あぁ。猿飛さん、ありがとうございます。胸を借りさせてもらいますよ!」
意見を貫き通す力を得るため、翔は猿飛に向かって走り出した。
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