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デトロイト狂乱 その十七

「オッサンも姉ちゃんも無事だな!? これからどうするよ!」


 随分と久しぶりに感じる無線機の通信は、ただ一つの事実を二人の悪魔殺しに突きつけた。それは、青年が担当していた悪魔を討伐したという事。そして、電子機器を通した情報の撹乱が無くなったという事。


「もう大丈夫なんだな!?」


「おう! 腐れ悪魔は、魔界へ叩き落してやった!」


「でしたら、雲そのものにフックを掛ける事は可能でしょうか? 私が水槽まで辿り着ければ、雷の発生そのものを抑えられます。砲撃の方は、期待して良いですか?」


「期待は関係ねぇ! 血反吐撒き散らそうが、血涙垂れ流そうが、もう一発ぶっ放す! というか、スマン! 俺だけ詰めを誤った! そのせいで、あのクジラアンコウに逆転のチャンスを作っちまってる!」


「気にすんなよ! オッサンの魔法センスが無いのは、今に始まった事じゃねぇ。俺が引っ掛けて、姉ちゃんが囲って、オッサンが後先考えずにぶっ放す。話が早くて助かるぜ!」


「それでは手筈通りに。私は万が一にも地上に漏らさないよう、風船の密度を増やしてきます」


「んじゃあ、その間に俺は、準備がてら軍に連絡を_」


「いえ、そちらも私の方でやっておきますので、砲撃に集中していただければ」


「お、おう。スマン、助かる......」


「キヒヒ。失敗の尻拭いをしてやってんだから、オッサンはカッコつけんなってよ」


「い、いえ! そう言ったわけでは!」


「......いや、助かるのは事実だ。悪いが頼んだ」


 打てば響くとはこの事か。


 単独戦闘時こそ、ぎこちなさがあった悪魔殺し達。けれども連携を始めた途端、それぞれがやるべき仕事をきっちりと理解して動いている。軽口を叩き合っているのも、油断ではなく余裕のためだろう。


 アメリカは魔法後進国であり、魔法人材の損失を極限まで抑えたい国でもある。その二つの弱みを消し去る方法こそが、単純な集団行動。改竄と呼ばれし悪魔によって絶たれていたが、ここでついにその強みを全面に押し出せる機会が巡ってきた。


 アメリカの悪魔殺し達は来たる大戦に備えて、悪魔殺し同士の連携に一番力を割いていたのだ。


「姉ちゃん、次にあいつはどう動く?」


「放電を止められてこそいますが、その場しのぎである事は相手も理解している筈です。そうなればフックか風船。あるいは二つ共無力化させたいと考える筈」


「オッサン、技は?」


「あの水槽を揺らすと、大波が生まれる。 巻き込まれれば問答無用で流されるし、途中で頭なんか打った日にはお空の上へ一直線だ」


「なら、波は私が。跳ね飛んで来るだろう破片には、注意してください」


 そう言いながら女性は、生み出した風船を足場にどんどんと空中を目指していく。


「了解」


 時を置かずして、雲海が水槽を大きく揺らす。生まれた波は水槽を飛び出し、濁流となって女性と青年を巻き込まんとした。


「読めていましたよ」


 しかし、事前の話し合いのおかげか。女性は波の発生と同時に動き出す事が出来ていた。軍服の中から取り出したのは、インコを模したバルーンアート。それらが一斉に飛び立つと、付近の風船に近付いた。


 使い魔達が行ったのは、白糸の引き抜き。クチバシには両面テープが張り付けられており、抵抗も無く風船から糸が引き抜かれる。女性の魔法は、白糸の有無によって風船化と元の状態を行き来させる。


 糸が引き抜かれた風船の原料は、成形と戦った際に生まれた大量の土砂。空気が抜かれた事による推進力も加わって、空中で大波との激突を果たす。


「十分です」


 結果は完全な相殺。土砂と波の両者は、悪魔殺し達の行動を何ら阻害せずに真下へと落下していく。


「ごあぁぁぁぁああ!」


「こちらが空中のリソースを吐き出したんです。連続させればと考えますよね?」


 諦めない雲海は、波状攻撃を選択した。


 迎撃の度に、浮かんだ風船は数を減らしていく。対して雲海の水槽は、雲が生み出す雨によって満たされたまま。物量で勝るのは明白で、それが無理にしろ、風船の密度が減れば地面に放電が届く可能性が上がる。


 一挙両得しかない雲海にとって、攻撃を継続する事は当然の事であった。


「ですけど、補充が可能なのはこちらも同じです」


 ぷかぷかと浮かんでくるのは、消費した数と同数の風船。そう、女性は消費を見越して、あらかじめ白糸を地面に落下させていたのだ。


 浮かんできたのは、家屋の破片やアスファルトの破片を原料にした風船。お世辞にも土砂より優れているとは言えないが、放電糸を防ぐ目的ならこれらでも十分である。


 第二波に向けて、女性が風船を土砂へと戻す。第三波、第四波、第五波と続け様に起こる津波を、女性は冷静な対応で受け流していく。


「お、おい、大丈夫なのか?」


「問題ありませんよ。こちらも相応の魔力を消費していますが、先に音を上げるのはあちらですから」


「す、水位が......!」


 今まで減る事の無かった水槽内の水が、明らかに減っている。そして、いつまで経っても第六波の津波が発生しない。


「あの水槽魔法がどれほど効率的な魔法だとしたって、重症の身体に雷雲の操作。おまけに大量の糸を放出させまでしたら、どう考えても魔力が足りません。我慢比べになった時点で、私達が間に合った時点で悪魔の勝利は無くなっていたんですよ」


「姉ちゃん、引っかかったぞ!」


「それでは、最後の仕上げがありますので」


「お、おう......」


 いくら魔力の限界が近いと言ったって、一度でも対処に失敗すれば崩れていた拮抗だったのだ。それを微笑みを浮かべながら、当たり前のようにこなしてしまう。人同士の戦いは数多くこなしてきた男だが、やはり魔法の絡む戦いは別格だ。


 狂気に駆られる人間は数いれど、冷静なまま狂い続けられる人間なんてものは表にはいない。


「やっぱり俺には、表の戦争がお似合いだわな」


 生み出されたワイヤーの道を走り進む女性を見て、男は一人、溜息を漏らすのであった。


__________________________________________________________


(......ここまでか)


 放電糸のバラ撒きは事前に防がれ、津波による現状の打破は不発に終わってしまった。自らの結界たる水槽にはいつの間にかフックが引っ掛かり、風船の悪魔殺しと思しき女性が駆け上がってきている。


(もう少し戦闘を覚悟するべきであったか。あるいは、逃げの一手に注力すべきであったか)


 雲海の考えた戦略は、どれも直接戦闘を避ける前提の話だった。


 ニンゲンの捕食にアイデンティティのリソースを消費するのではなく、自らの水槽に可能性を見出す。そうすれば風船の悪魔殺しはともかく、砲撃の悪魔殺しには勝利出来ていた筈だった。


 それに、勝利の形は一つでは無かった。水槽を街全体に広げた上で自在に移動可能であったのなら、あんな弾丸は回避するだけで終わっていたのだ。なまじ生と死の狭間に立っているからこそ、後から後から後悔がこみあげてくる。


(どちらにせよ、保険をかけすぎたのだ。私は勝者未満であるからこそ、後退なんてものを考える必要は無かった。負けて次があるのは、魔王様クラスの話。代表に選ばれた事で傲り高ぶるなど、成形すら笑えぬほどの愚行では無いか)


 国無しの悪魔にとって、敗北は死と同義。だからこそ雲海は国家所属の可能性が芽生えた事で、安定の道を模索してしまった。あろうことか魔王に頭を下げてまで、安全マージンを優先してしまった。


 どれだけ安全を考慮した所で、圧倒的力の前では全てが無意味。短き生の記憶なれど、痛いほど学んだ事実である筈だった。


(次があるのなら、私は脇目を振らない。されど多くの国無しのように、自身の根源魔法に妄信もしない。ひたすらに根源を磨き上げ、今度こそ最善を掴み取って見せる)


 もはやどうなろうとも、放電は間に合わない。風船の悪魔殺しを仕留めた所で、相打ちは免れない。粛清の可能性は高い。されど、死の間際だから雲海は学ぶ。


 その生はしがみ付いてるだけの生であった。死を先延ばしにしているだけの、後が無い生であった。そんな生き方に何の意味がある。悪魔はアイデンティティを磨いてこそ、根源に深みを持たせてこそ個の確立が許される。


 故に雲海は学ぶのだ。この戦闘で一番の根源を秘めているだろう、風船の魔法使いの動きを。


「ごおあああ!」


 時間を置いた事で回復した水位を利用し、破れかぶれの津波を起こす。対して女性は軍服から白糸を引き抜いた。強い空気の噴出によって、水槽の下部へと移動する。もちろん津波は届かない。


(いったい何を......)


 そのまま女性は、何かを水槽へと投げ入れた。


(魚......?)


 その正体は、バルーンアートによって作り出された魚型の使い魔。額に角のような針を刺し込まれた魚は、雲海へと近付くと、彼の身体を利用して針を身じろぎさせる。


 抜け落ちる針。失われる風船としての特性。利用された使い魔の原料は、実体を得るほど濃縮された女性の魔力そのもの。そして、弾けて抜け落ちた白糸が存在するのは水槽の中。


 水槽の維持すら限界の雲海には、魔力抵抗の余裕などありはしない。結界が女性の魔力に汚染されていく。彼女の求める形へと作り替えられていく。


(あぁ......最後の可能性まで摘み取られたのか......)


 雲海を守る水槽は、女性の魔法によって風船へと作り替えられた。ゴムに電気は通らない。よって、糸を通した放電も行えない。女性は最悪の事態に備えて、放電という手札を潰しに来ていたのだ。


(そうか......これが保険か)


 引け腰の保険と攻め腰の保険とでは、ここまで形が変わるのか。相手を完封する戦闘法。雲海は現世に滞在を許された最後の刹那を使って、それを学び取った。


 直後聞こえてきたのは、重厚な発射音。それは雲海の身体に大きな衝撃を残し、今度こそ彼の肉体を消滅させるに至るのだった。

次回更新は10/26の予定です。

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