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デトロイト狂乱 その十五

「野犬みでぇな駆けずりようだなぁ? 泥臭さが勝るせいで品の良い戦いとは言えないが、あなたが苦しむほどに私の評価はうなぎ登りなの。どうか、そのまま苦しみ抜いて死んでちょうだい?」


「ほざいてな! てめぇが()()()()()を用いなきゃいけねぇのは、とっくの昔に分かってんだよ! 大言を叩いた野郎が打ち負かされんのは、この国じゃ王道だぜ」


 深夜を思わせる常闇の中。草刈り機が、除雪機が。ありとあらゆる自動操縦機器が青年へと迫りくる。その動作は緩慢。しかし、大型量販店という事もあり数が膨大だ。


 互いにぶつかり合って刃こぼれや凹みを作る機器もある。けれども、そんなものは些事でしかない。なぜならこれらの機器は、改竄の眷属でも無ければ使い魔でも無いのだから。


 改竄(かいざん)は自らの根源魔法を用いて、遠隔操作を行っているだけ。動作不良を起こしたのなら、打ち捨てればいい。数が足りなくなったのなら、新たな機器を呼び起こせばいい。まるで魔王クラスの召喚魔法使いとの戦いを、青年は強いられていたのだ。


「ターミネーターの時代は、まだ数年先だろうが! この戦いが終わったら、お上に手動の安全装置を取り付けるよう訴えてやる!」


 孤軍奮闘を強いられる青年だが、彼もやられるがままでは無い。先頭を進む除雪機にフックを引っ掛けると、壁へと向かって別のフックを引っ掛ける。そのまま両手を合わせたかと思うと、フック同士のワイヤーが一本へとまとめられている。


 いくら氷雪をかき分けて進む除雪機と言えど、太いコンクリート製の柱をへし折るだけのパワーは無かった。柱に引っ張られるようにどんどんと経路が曲がっていき、最後には隣の機器を巻き込んでクラッシュを起こす。


 大戦力と呼ぶに相応しい改竄の(しもべ)達だが、所詮は電子機器にすぎない紛い物の使い魔だ。クラッシュを起こした機器は自力で起き上がれず、あろうことか機体そのものが青年を守るバリケードと化してしまっている。


 そして、突き進むルートの減少は、そのまま青年に向かう兵力の減少につながる。一台がクラッシュを起こした間に、青年はさらに数台の機器と柱を結んでいる。悪路を進むためのキャタピラも、同サイズの障害物を乗り越えるようには出来ていない。


 青年に迫っていた回転刃の脅威が、一気に減った。


「やるわね......! だが、罠猟っでのは、数をこなすもんだ! 一度対応した程度では、この要塞を攻略したとは言わせんよ!」


 元々が暗躍に長けた悪魔である改竄だ。破壊力に劣る自らが攻め手に回るとあって、二手三手と腹案を用意していたらしい。


 カチリと何らかの動作音が響くと同時に、青年の頭上から大量の水が降り注いだ。


「冷てぇ!? テメッ、スプリンクラーを作動させやがったな!」


 大型店には設置が義務付けられる消火装置。熱源を探知して作動する所から分かるように、これらの機器にも自動制御装置が取り付けられている。そして、自動機能が備わった機器は、その全てが改竄の配下だ。


「野犬が一転、濡れネズミと言った所かね? まぁ、この際、動物の種類はどうでもいいの。大事なんは濡れだとご、害獣駆除には電気が一番なとごだ」


 青年の耳に、空気を切り裂く風切り音が響く。釣られて音の方向を見やれば、そこには暗闇にも関わらずはっきりと見える飛来物の姿があった。


「ドローンの自爆特攻だと!? 今度はマトリックスかよ!」


 向かってくるのは、スパークをまき散らしながら迫るドローンの群体。きっと電気系統に負荷をかけたのだろう。いくつものドローンが途中で落下していくが、残ったドローンは気にする事無く青年を目指す。


 改竄が第二の攻撃手段に選んだのは、ドローンの特攻による感電。


 人は条件が噛み合ってしまえば、乾電池でも死亡する場合がある。ましてや青年の状態はずぶ濡れ、ドローンの数はこれまた膨大。一台の感電で結果が伴わずとも、相手は試行回数を重ねる事が出来る。加えて、感電という状態は、死亡に至らずとも恐ろしい結果を生み出す。


 それが筋肉の痙攣。一度それが起こってしまえば、青年はまともに身動きが取れなくなる。そうなってしまえば結果は同じだ。命尽きるその時まで、青年は電流を身体に浴び続ける事となる。


「チッ!」


 遠方でスパークを放つドローンが墜落したのを見たためだろう。青年は鉤付きワイヤーを天井へと放ち、巻き取られる形で上へと移動を計る。


 感電は見てからの反応では間に合わない。すでに水たまりがいくつも生み出された床では、ドローンの直撃が無くとも危険と判断したのだろう。


「だけど、それじゃあ止まっている的と変わらないわ。()()()()()()()()()()()()。不愉快な光景だども、あまりに愉快な結末だぁな!」


 青年に迫るドローンの群体。されど彼は挑発的な笑みを浮かべた。


「バーカ。天井に跳んだのは、あくまでイレギュラーな感電を無くすためだ。その数から逃げ切んのは、最初っから諦めてんだよ!」


 青年へ次々と到達していくドローン群。されども、改竄の望んだ結果はいつまで経っても起こらない。どれだけスパークが青年に直撃しようと、彼は苦悶の表情一つ浮かべない。


「な、なにが、起こって_」


「軽蔑、一方的な利用。そのせいで、科学への勉強不足だな。そもそも感電ってのは、逃げ道を失った電気が身体に居座るせいで起こる現象だ。なら、電気が大好きな通り道を用意してやりゃあいい。そうすりゃ内蔵バッテリーの電力程度、大したもんじゃねぇ」


「逃げ道だど......? ッ! ()()()()()!」


 青年の身体は、ワイヤー一本で宙吊りになっている状態だ。通り道と聞けば、その道は一本しかありえない。


「今更、これがただのワイヤーだとは思ってねぇよな? こいつはウチの家で代々育ててきた使()()()なんだと。伸縮自在で強靭なワイヤーの身体。こいつらを用いた泥棒家業で、財を築いたらしくてなぁ」


「だ、だが! 所詮は紐に過ぎない筈でしょう!? 感電がらは、逃れられん筈だのに!」


「あぁ。そっちは悪魔殺しになった()()()()()。泥棒家業で恨みを買いまくるのは当たり前の話でよう。ヨーロッパにいられなくなった俺らは、アメリカに高跳びしてきたのよ。そんで()()()に御用になって、そっから人類の救世主に格上げって。人生も捨てたもんじゃねぇよなぁ」


「ぐっ、このっ! そんなの感電しない説明になって_」


 のらりくらりと身の上話で時間を稼ぐ青年に、声を荒げそうになる改竄。けれどもそんな改竄の身体が、不意に予期せぬ方向へ引っ張られる。


「は~ん、そんな所にいやがったか」


「何だ!?」


 理由は分からない。けれども改竄の魂が無数の警鐘を鳴らしていた。今すぐ逃げ出さなければいけない。ここで選択を間違えたら取り返しが付かなくなると。


 しかし、そもそもの警鐘が遅すぎた。改竄がすべき事は遠隔にて青年に煽り文句をぶつけるのではなく、淡々と機械群で押しつぶす事だった。


 自身の存在をこれでもかとばら撒いたしっぺ返しが、今まさに改竄へと襲い掛かろうとしていたのだ。


「俺が新しく手に入れた魔法は、簡単に言えば()()()()()()()だ。俺と物を引っ掛ける。物と物とを引っ掛ける。そして、魔力に引っ掛ける。テメェの魔力は薄っぺらいからよぉ。引っ掛けるのには苦労したぜぇ......!」


「う、うそ......身体が、動がねぇ......!」


 分離と合体を得意としていた身体が、全く動かせない。いや、身じろぎは出来る。ただし、そこから動こうとすると、万力のような力に締め上げられてしまうのだ。改竄の肉体は紙片の集合体。この力が青年との純粋な力比べによるものだとしたら、完全に逃げ道を失った事になる。


「わざわざ店舗全体を要塞と呼んでくれてありがとよ。おかげでテメェの魂そのものにフックを引っ掛ける事が出来た。そして、テメェを通して引っ掛ける事で、魔力の動きも把握出来た。いよいよ切羽詰まったら、この店舗そのものを崩落させるつもりだったな?」


「なっ_」


 それは改竄の奥の手。最終手段と呼ぶに相応しい一手。有利に事を進めていたおかげで、実行こそはしなかった。しかし、いよいよ追い詰められれば、改竄は外部の自動運転機器を用いて、この建物そのものを破壊するつもりだったのだ。


 分離可能な紙片の集合体と五体満足な人間。同じ倒壊に巻き込まれたとしても、致命傷を負うのは後者の方だ。


 防火扉を破壊出来ない事を知った時点で、改竄はこの一手を実行すれば勝っていた。けれども経験不足な改竄は、大戦力を用いた攻勢へと流れてしまった。脆弱な存在が大きな力を振るう快感。その誘惑に抗えなかったのだ。


 欺きの国への所属を目指すのなら、その程度の誘惑に流されるべきでは無かった。嫌な予感を抱いた時点で、破壊を実行すればよかった。


 重機等を用いて粛々と、悪魔殺しの棺桶を用意するだけで良かったのだ。


「人様を生き埋めにしようとしたんだ。逆にされても文句は言えねぇよな?」


 その言葉と共に、改竄の身体を通して一本のフックが発生した。潜伏するフロアの天井へと伸びたフックは、引っ掛かりと同時にミシリと嫌な音を立てる。一見すると核が存在しないような身体の改竄だが、悪魔である以上、存在を繋ぎとめる魂たる核は必ず存在する。


 そして、紙片の塊に、物理的な防御能力などあって無いようなもの。天井一枚の崩落だろうと、致命傷には十分だ。


「や、やめて。おねげぇだ。ここで解放してくれれば、残りの悪魔達の情報を伝え_」


「アメリカンコミックの中じゃ、後方悪巧み野郎の末路は決まってんだよ。くたばれ、クソったれが」


「「ああああぁぁぁ!」」


 三者三様の悲鳴が、人の消えた店舗に鳴り響いた。

次回更新は10/18の予定です。

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