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デトロイト狂乱 その十四

「もうあなたの見せ場は終わりです。ここからは私の番、一つの邪魔すらさせません」


 へにゃりと曲がっていた岩盤の一つを、女性は大きく捻り回す。まるでウインナーソーセージのような形状に変わった岩盤を、さらに女性へ捻り曲げ、様々な角度へツイストさせていく。


 そうして出来上がったのは、一匹のプードルを模したツイストバルーン。まさかこの盤面において、遊びでこんなものを作るはずが無い。女性が腰ベルトに刺さったハサミを引き抜くと、岩盤とプードルを繋いだツイストを一息に切り取った。


「おはよう。お目覚め早々悪いけど、お使いを頼めますか?」


 地面へ落下したプードルは、当たり前の様に自立行動を始めた。キュイキュイとゴム擦れ音で返事をしている事から、一定の意思を持っているのも伺える。そう、女性は敵の攻撃を無効化するばかりか、利用する事で使い魔を作り出したのだ。


 心得たとばかりに走り出すプードル。目指す先は成形。


 いくら愚鈍な成形と言えども、自分に向かって使い魔が迫っていれば対応せざるを得ない。


「いまざらあぁ、使い魔如ぎいぃぃい!」


 むしろ風船という概念を理解していなかった事が功を奏したのか。侮りは一切無く、全力で使い魔に魔法をぶつけにいった。即席で生み出されたバルーンアート産の使い魔。処理は容易い筈であった。


「どうじでだ......?」


「言ったでしょう? あなたの見せ場はもう終わりだと」


 けれども、成形の企みは未遂に終わった。


 隆起させた地面がすでに風船へと変わり、プードルへの攻撃はソフトタッチで終わってしまったのだ。


「まだぁだああぁぁあ!」


 単純な性格の成形だ。一度の攻撃が空振りに終わった程度で、あきらめる筈もない。存在しないに等しい知能で原因を究明する事も無く、ただただ地面を、廃屋を、変形させて放り投げる。


「無駄です」


 だが、やはり届かなかった。いや、届きはしたが、いずれもプードルを少しだけ押し戻す程度の威力しかなかった。あらゆるものを変形させて武器とする成形の魔法も強力だが、此度は女性の魔法が勝った。


 成形の魔法には、あくまでも武器とする原料が必要だ。そしてぶつけるのだから、当然堅く鋭い物が理想となる。だがすでに、この場には硬質な物体など存在しない。いずれも成形の魔力を感知した瞬間に膨化し、軟化してしまう。


 バルーン空間とでも言えばいいだろうか。柔らかい風船が全ての世界では、どれだけ形状を変えようと殺傷力には結び付かない。これを無力化するためには、使い手の女性のように、白糸を引っこ抜くのが大前提。


 けれども、肝心の白糸は空間中にばら撒かれてしまっている。成形が周りの数本を取り除いたくらいでは無力化不能なほどに、すでに空間がガチガチの強度まで成長してしまっている。


 これでは遠距離攻撃は不可能。そして、下手な攻撃は相手の利へ直結してしまう。


「こんな使い魔ぐらいぃぃい!」


 猛然と向かってくるプードルへ向けて、成形が拳を振り下ろした。


 そう、遠距離攻撃こそ封じられた成形だが、彼の拳は人間一人を容易に葬り去ってしまう。醜悪なオブジェへと変貌させてしまう。何の理由で生み出された使い魔かは分からないが、潰した上で身動き出来ない形状にでも変えてしまえば問題無い。


 何の抵抗も無く潰され、四角状に変化させられるプードル。拳の衝撃か、はたまた形状変化の衝撃か。その尻尾に繋がっていた白糸がはらりと落ちる。


「あえて説明しませんでしたが、その使い魔は風船そのもの。そして、()()()()()()です。空気が漏れれば風船は萎み、強い衝撃を与えれば風船は割れます。そんなに圧縮してしまって、飛び出す中身は対処出来ますか?」


 女性の微笑みに陰が混じった。


「あ゛?」


 知恵無しの成形には、女性の言葉が分からなかった。愚鈍な成形では、いきなり急膨張したプードルに対応は出来なかった。


 白糸がくっ付けば風船の特性が付与され、離れれば元に戻る。女性が使い魔生成に利用したのは、隆起した硬質な岩盤。そんなものが至近ではじけ飛べば、爆弾と何ら変わらない。


「ぐおおぉぉあああ!?」


 成形の肉体に、何十もの岩の破片が突き刺さる。成形の肉体が、大岩の激突によってバラバラに吹き飛ばされる。いくら超常の力に秀でた悪魔と言えども、ここまでの損傷だと本来回復は難しい。


 だが、それは一般的な悪魔であればの話だ。バラバラに散らばった肉片がもぞもぞと動き出す。突き刺さった岩の破片が、ポロポロと肉体から排出され始める。これほどの損壊具合でもまだ再生すると言うのか。再生能力だけで言えば、もはや魔王クラスと遜色ないほどの性能だ。


「許ざないいぃ......許ずもんがあぁぁぁあ!」


 再生した口から漏れ出るのは、怨嗟の言葉。損壊の痛みも無く、圧倒された恐怖も無い。あるのは自分の敵に対する怒りだけ。愚かなバケモノは、再び戦いの場へ舞い戻ろうとした。


「きっと、恐るべき再生能力なのでしょうね。ですけど、その能力が活かされるのは重体まで。身じろぎ一つ出来ないほどの肉片では、次への備えが間に合いませんよ」


「ぐがっ......?」


 顔のパーツの再生で、何よりも怨嗟を吐き出す口を優先した成形。やっと取り戻した視界には、十数体のプードルがひしめき合っていた。それぞれの顔部分の先端には、割れないよう上手く突き刺したのだろう針が一本。それがそれぞれ別個体へと向けられている。


「いくら悪魔でも、嬲るのは趣味ではありません。ですので、仲間の仇とはいえ謝ります。......ごめんなさい。今からあなたを検証のために、粉微塵になるまで吹き飛ばします」


 突き刺された針によって、十数体のプードルが一斉に破裂した。そして、風船の特性を失ったと同時に、原料が空間一体を埋め尽くす。


「ぐっ、あ゛っ、ぎっ、があぁぁぁっああ!?」


 破裂、爆裂、炸裂。連続した破壊の嵐が、成形の肉体を今度こそ微塵になるまで吹き飛ばす。


 一発一発の威力こそ、成形が圧縮させてしまった使い魔よりは小さい。けれども、ここまでの数があれば、そんなものは些細な問題だ。爆発に次ぐ爆発によって、肉体はあらゆる方向へと吹き飛ばされていく。再生スピードとは比べ物にならない速度で、破壊が連鎖していく。


 路地の一角を更地にするほどの爆破は、爆心地に小規模なクレーターを残すほどだった。そしてその中央には、飛ばされる事なく残った成形の小さな破片が。しかもあれほどの破壊を受けながら、いまだにもぞもぞと動いている。肉片同士が合わさり、元の大きさを取り戻そうとしている。呆れた再生能力と言えた。


 そんな小さな肉片へと歩み寄る人影が一人。そう、悪魔殺しの女性であった。 


「あなたに意思が残っているかは分かりません。残っていた所で、あなたが答えてくれるとも思いません。ですのでこれは独白です。惨い真似をしてしまった、せめてもの罪滅ぼしのようなものです」


 そう言いながら、女性は新たに何十本もの白糸を取り出した。


「あなたの魔法はとにかく捉え所がありませんでした。地面の隆起やビルの射出に始まり、仲間達の変形、そして恐ろしい程の再生能力。先生の教えから、あなたが根源魔法を過信した典型的な国外代表(アウターナンバー)であると予想は立てていました。そのため、これらの事象は一つの魔法で行われている事になる」


 女性が白糸を肉片へと投げ入れていく。始めは抵抗するように白糸を弾いていた肉片だが、途中であきらめたかのように再生にリソースを集中し始める。


「ならばどんな魔法なら可能なのか。私は一つの事態に集中しながら、あなたとの交戦を始めました。そして集中したのは、仲間達の変形。いくら魔力量が少ない彼らと言えども、万全の状態から抵抗なく変形させられる可能性は一つしかありません。それは、変化魔法」


 白糸が十分に行き渡った事を確認した女性は、注意深く成形へと近付きながら、白糸を一本一本引き抜いていく。


「思えばあなたの魔法は、いずれもあなたを中心として生成されていました。範囲の狭さは変化魔法の特徴。そして、肉体強度もまた、変化魔法の特徴です」


 白糸によって付与された風船の特性は、糸を引き抜かれれば萎み、衝撃が加われば破裂する。成形の肉片から、空気が抜けていく。同時に、目に見えて再生能力が鈍化していく。


「あなたは形状を変化させる外向きの変化魔法を使用しながら、()()()()()()()内向きの変化魔法を使用していたんですね。そのおかげで、あなたは低魔力で運用可能な再生能力を手にしていた。再生と言っても、あなたの魔法は状態の巻き戻しにすぎませんから」


 最後の検証によって、女性は確信を手にしていた。成形の根源魔法が、形状を司る変化魔法であると。


 外向きに関しては見るがままだ。ビルを変形させて傾ける事で、倒壊させる。地面を一定の形状に変化させる事で、鋭利な形状と同時に推進力を発生させる。魔法使い達が変形させられたのは、成形の魔法への魔力抵抗力が足りていなかったから。


 そして、成形の強みであった再生能力のタネは、肉体を現在の形状に留まるよう変化させていたから。


 常に発動している魔法だ。再生時に限って魔力が放出する訳でも無い。そしてその本質は、グラスから零れた水が、集まる事で元の大きさを取り戻すようなもの。魔力の消費など大したものでは無い。


 外向きの変化は維持に重きを置いてなかったがために、女性の白糸による特性付与が勝ったのだろう。その気になれば、攻撃そのものにも維持の特性を付与出来ていた筈だ。そうなれば使い魔による爆撃なんてものは、端からあり得なかった筈だ。


 けれども、愚かな成形はそこまで知恵を回す事が出来なかった。いや、そもそも現状を維持する事に重きを置いている魔法だ。微生物の如き再生能力も合わさって、成形の成長は根源を手にした時点で終わっていたのかもしれない。


「私の魔法は大道芸人時代の延長線に過ぎません。あなたの形状維持という変化を突破する事なんて、この先何年かかろうと達成出来そうにありません。ですので、単純な方法を取らせていただきました。私の白糸は始まりでもあり、留めおく栓でもあります。肉体から抜かれようものなら、空気と共に中身すら抜き取る事も可能です」


 大きな噴出音を立てて空気が抜けていく。鈍化していた再生能力はついに停止し、次第に成形の肉体がボロボロと崩れ去っていく。


「あなたの保有する魔力を引き抜かせていただきました。月並みな言葉ですが、私の勝ちです」


 微笑みを絶やさぬ女性は、ただただ静かに悪魔の最期を眺め続けるのだった。

次回更新は10/14の予定です。

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