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デトロイト狂乱 その十二

「あれはどうした事だ! 新たに生まれる国民が! 我が国の民が! 窮地に立たされているではないか!」


 遠方にて観戦を続けていた魔王の一体から、悲鳴交じりの抗議が上がった。


 声を上げたのは、空の魔王、狂飆の(きょうひょう)フレズヴェルグ。その姿は巨躯の怪鳥。降り続く雨の全てが身体を包む乱気流によって弾き飛ばされ、時折舞い散る羽にすら気流が残っている。


 これだけの魔法現象を引き起こしながら、自身の身体を維持出来る能力。これだけでフレズヴェルグが、高位の悪魔である事は疑いようも無い。


 そんな魔王に抗議をぶつけられれば、普通の悪魔は圧力だけで卒倒する。そんな状態にありながら呆れたように目を細める事が可能なのは、抗議相手もまた高位の悪魔である事に他ならない。


国外代表(アウターナンバー)如きに意識を割かれ過ぎだ。そもそもこの品評会の表立った目的は、内定案内では無く審査の筈。内心がどうであれ、少しは言い繕ってもらわねば困る。......で?」


 様々な宝石によって模られた一羽のカラスが、怪鳥に冷静な返答を行う。


 その正体は富の魔王、特権のマモン。この惨劇の首謀者であり、近代における悪魔の()()に一石を投じた改革者でもある。柔軟な思考の持ち主であるマモンであるからこそ、普段であれば突飛な意見は歓迎だ。


 しかし、所属前の国外代表に入れ込み、あまつさえ抗議の声を上げられるのは、いくらマモンと言えども閉口したくなるような事態だ。


 本当であれば、フレズヴェルグの意見など聞き入れる気は無い。そもそも意見として受け取りたくも無い。けれど無視を決め込もうものなら、この怪鳥は必ず打って出る。子供の喧嘩に親が介入するが如く、全てをぶち壊しに行ってしまう。


 だから意見だけでも聞いておく他無かった。この場における蹂躙の成果を、フレズヴェルグ一体が掻っ攫ってしまわぬように。


「分かるだろう! あのままでは雲海は負ける! 正面切って悪魔殺しに破れたと、国の内外から揶揄されるようになる! 内部は致し方無い。事実の流布を止める術は無いのだから。だが、()()()()()()!」


「だから出ると?」


「応とも!」


「......」


 ギリギリで罵倒を口にしなかったのは、最上位国家の魔王である矜持ゆえか。けれども、ここで反論を口にしなかったせいで、フレズヴェルグは今まさに飛び立たんと翼を広げている。


 空の魔王に羽ばたきはいらない。追い風も、何なら翼そのものだっていらない。巻き起こる気流によって、全てが成し遂げられてしまう。物理的に止めようにも、身体を包む気流が全てを拒絶してしまう。


渡界(とかい)


「無茶をおっしゃらないでください。狂飆様相手に私が出来る事など逃走が関の山。下手にその道筋へ割って入ろうものなら、数百年は魔力感知の範囲に入れなくなります」


 渡界がわざとらしさをこれでもかと詰め込みながら、大げさに首を振る。


 渡界の魔法は、移動能力と防御能力に特化したものだ。攻撃能力も始まりの悪魔の一体としてそれなりには備えているが、フレズヴェルグが相手では無きに等しい。


「ダメか。なら幾重(いくえ)


 それならばと欺きの魔王、幾重のニルアルルへと声をかける


「無理を言うな。それに、仕立ては最低限と言った筈だろう。狂飆を相手取るなら、着替え込みで最上級のドレスコードが要る。どうせ()()()()()()()()()()()()()()? 特権、貴殿が動けば良いではないか」


 しかし、待っていたのは、予想通りの拒絶。


 事前に言っていた通り、ニルアルルの魔法は準備が必要になるらしい。訪れた理由はあくまでも観戦。戦い、それも魔王との決戦など用意がある筈がない。


 それどころか、皮肉交じりに矛先がマモンへと向けられる。


「......我が動いてみろ。有り余る水だけでも大損だ。ここでの稼ぎを国外代表如きのために使い切るなど、割に合わん所の話では無い」


 だが、マモンはマモンで、何かしらの制約があるらしい。そして、損得勘定を加味すれば、自分が動くほどの価値は無い。そうなれば、待っているのはフレズヴェルグの蹂躙のみ。


「なら、あきらめるしか無かろう。あの魔王に話を持ち込んだ事を、勉強料とするのだな」


 とっくの昔に諦めていた幾重が、皮肉の重ね掛けを行ってくる。だが、ここで殺し合いを始めてしまえば、フレズヴェルグを止める以上に価値の無い戦いとなる。


 そんな大損をマモンが選択する訳が無かった。騙り落としを司る国の王として、ニルアルルは踏み込んでもいいラインをしっかりと理解していた。


「......ふん」


 威圧に魔力を流す事すらせず、マモンの目がフレズヴェルグへと移される。これ以上は、語り合いも責任の押し付け合いも不要という事なのだろう。


「待っておれよ! この狂飆のフレズヴェルグが、今助けに向かうからな!」


 フレズヴェルグの身体が一段と舞い上がり、雲海へと飛び立とうとする。


 他の魔王達は静観の一手。デトロイトにさらなる猛威が吹き込もうとしていた時だった。


「悪いけど、それ以上のお痛はよしてくれないかな」


 静観を続ける魔王達の後方で、巨大な魔力が膨れ上がったのだ。


「貴様は!」


 臨戦態勢を整えていたためか、真っ先に反応したフレズヴェルグ。次いで魔王達がゆっくりと後ろを向く。


 そこに立っていたのは濃い白色のレインコートに身を包んだ、ごく普通の青年だった。


 アメリカ人にしては白い肌と、くすみの感じられない鮮やかな金髪。穏やかな表情を浮かべながらも、その立ち姿には隙が無い。姿を目にした後でも魔王達が警戒を続ける以上、彼らの意図した来訪者で無い事は明らかだった。


「君らの未来を作るかもしれない若い芽と、僕らの未来を繋いでくれる若い芽が(しのぎ)を削っているんだ。ここで横槍を入れるのは、親心を通り越して親バカ。いや、バカ親だ」


 マモンとニルアルル、パツィリエーレの発した魔力などものともせず、特大のプレッシャーを放ち続けるフレズヴェルグすら意に介さず。青年はただ淡々と、己が要求を口にし続ける。


 当然そんな態度を取られて、黙っていられるフレズヴェルグでは無い。


「ほう、どうやら惨たらしい死がお望みらしい。たかが()()()()()()()()()()()()()で、身に合わぬ程の傲慢を宿したらしいな!」


 フレズヴェルグの纏った気流が、青年に向けて飛ばされる。


 一つ一つが全く別の方向に暴れる気流だ。巻き込まれれば四肢はあらゆる方向からの力で捻じ曲げられ、体内に侵入しようものならあらゆる内部器官を破壊し尽くす事だろう。


「待て! 早まるな狂飆!」


 しかし、フレズヴェルグの攻撃は、味方である筈のマモンによって止められた。


 原理は分からない。けれども飛び出した気流の全てが、まるで大きな力で地面に押し付けられたかのように消滅してしまったのだ。


「マモン! 何をする!」


「良く見ろ! こいつはただの使い魔だ!」


「なんだと?」


 どこかで見たような抗議を行うフレズヴェルグだが、今回ばかりはマモンも止まるつもりは無かった。


 なにせ目の前に立つ青年には、マモンだけが分かる違いがあったのだ。富を愛し、損得勘定を何よりも大切にするマモンだけに分かる違いが。


「残念だ。そこで考え無しに突っ込んでくれれば、簡単に話はまとまっていたのに」


「......契約を逆手に取ったか。我らを謀ってまで、何を望む?」


 なおも殺意はもちろん、魔力すら放出させたままフレズヴェルグが問いかける。


「さっき言った通りだよ。これは若い芽同士の戦いだ。決着がどうであれ、僕達は静観を決め込もうよ」


 青年が笑顔で応える。いつの間にか魔王達の周囲には、ギャラリーが多数出現していた。


 戦車や飛行機のプラモデル。昆虫や動物を模した、プラスチック製で手のひらサイズな簡易性の組み立て人形。てるてる坊主、ミニチュアブロックのゴーレム、粘土製の異形。


 そのどれもが一瞬で出現し、どれもが使い魔とは思えないほどの魔力を有していた。

次回更新は10/6の予定です。

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