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デトロイト狂乱 その十

 成形と呼ばれる国外代表(アウターナンバー)は、他の二体と比べても愚かだ。


 街を蹂躙して成果を出せと言われれば、馬鹿正直に顕現した場所で暴れ出す。魔法使いに妨害を受ければ、それがどんなに稚拙な陽動であっても釣られてしまう。


 ニンゲンに知恵で劣る悪魔。この時点で、成形に対する評価はどん底であった。実際の行動を目にした今となっては、そのどん底すらぶち抜いた最低の評価となっていた。


 空の魔王が真名すら使わず、()()と評するのも無理は無い。それほどまでに成形と呼ばれる悪魔には、国家所属を為すための要素が欠けていたのだ。


 けれどもそんな成形だって、この品評会に選出された国外代表である。選ばれるだけの光を持っていたのである。


 成形を見出したマモンは、とある魔界の荒地にて彼を見つけた。所々に破壊痕が残り、いまだ瀕死の悪魔達が今際の際の呻きを上げているその真っただ中にありながら、成形は傷一つ無くそれらを喰らっていた。


 森羅の国の狩人達。国内では最下級の兵士でありながらも、格下狩りだけは得意としていた奴らを飲み込んでいた。


 あれほど愚かな悪魔が、同じ無所属の悪魔との共闘すら無く、国家所属の悪魔達を屠ったのだ。


 この功績を讃え、マモンは自らの推薦で成形を国外代表に押し上げたのだ。彼がその力がありながらも孤独だったのは、まともに会話が成り立たなかったためだろう。きっと協力を申し出てきた相手を、片っ端から屠り、喰らってきたからだろう。


 だが、マモンの教育によって、落第点とはいえ教養を手に入れた成形。進化の可能性を知ったその力は、魔界時代よりも遥かに増していた。


__________________________________________________________


「潰しで、潰しで、ようやぐ終わるど思っだのに......邪魔を、じだなぁ......!」


「するに決まっていますでしょう? 知識の魔王ならいざ知らず、手を取り合えない強大な力にはご退場を願うのが一番ですもの」


「知識の、魔王......?」


「......? まさか、知らない?」


 臨戦態勢こそ解いてはいなかったが、女性にとって成形の返答はあまりに予想外だったらしい。顔には不審が浮かび、是非を見極めんと推し量るような視線が飛ぶ。


 普通の悪魔であるなら、知識の魔王を知らないのは論外だ。何らかの事情があって知らないとしても、大抵は取り繕う。あるいは女性の反応につけ込む隙を見出そうとする。


 だが、成形の取った反応はシンプルであった。


「お前、おでを馬鹿にしだな......?」


「はい......?」


「ニ、ニンゲンの足りない頭で考えた妄想で、おでを笑い者にする気、だったな?」


 成形は女性の話の全てを、作り話の類だと断じたのだ。知識の魔王なんてものは存在しない。つまり、こっちの言葉にまともな返答を返す気が無いと考えたのだ。


 許せるわけがない。後悔させてやる。


 成形の表情は激昂そのもの。彼の論理をそのまま通せば、その怒りは正しいと言えた。しかし、ここで問題だったのは、その論理は最初の一歩目から大きく躓いているということだ。


「......どうしましょう。いくら考えても、この悪魔が相当の知恵無しとしか思えません」


 女性の反応は困惑そのもの。それも仕方ない。軽いジャブのつもりで放った冗談で、相手が自滅したようなものなのだから。


「また......まだおでを馬鹿にじだなあぁぁぁ!」


 そんな女性の反応を見て、さすがに馬鹿にされていると分かったのだろう。ミチミチと肉体を波打たせつつ、成形が女性へと距離を詰める。


「くっ、調子が狂いそう......!」


 至った論理が滅茶苦茶であろうと、その怒りだけは本物だ。先ほどまでのノーガード戦法とは打って変わり、機敏な動きで肉塊が迫る。


「じねえぇぇぇっ!」


 拳が振り下ろされた先は、女性が立っている場所よりずっと前の地面。まさか拳の目測すら見誤るほどの愚か者なのかと不純な思考がよぎるが、続く変化によってそれは大きな誤りであると自覚する。


「なるほど。頭の具合と根源の強さは、必ず比例するものでは無いのですね」


 女性の周りの地面がバキリと割れ、地面が鋭利な形状へと変化しながら彼女へと迫る。アリジゴクの牙にも見えるその攻撃の数は八つ。完全に女性を取り囲み、逃げ道の一切を塞いでいた。


 こんな強力な攻撃を遠方から。それだけで油断ならない相手であるのは間違いない。嘆かわしいのは、そんな相手のおつむが致命的なまでに出来が悪いと知ってしまっている点か。


「悩ましい攻撃ですけど、塞ぐのが八方で済んで助かりました。使い魔で無いのなら、ここからの追撃はありません」


 女性が一本の糸を地面へと落とす。


 重力に従って落ちていく、何の変哲も無い一本の白糸。しかし、その落下は地面と接触した瞬間に不自然を生み出した。まるで緑茶に浮かぶ一本の茶柱の様に、白糸が地面に直立したまま停止したのだ。


「ふっ!」


 女性が足へと力を込める。同時に地面が大きく凹み、限界を越えた反発は女性へと返される。


「なんだど?」


 すでに女性の姿は岩盤の包囲の外、遥か上空にあった。


「まだだあぁぁ!」


 このままでは当たらない。そんな当たり前の事態に対処すべく、成形がもう一度地面を叩く。すると、八方を塞いでいた八本の牙が、一つの長大な牙にまとまって女性へと迫ったのだ。


 届かないから届く形状に攻撃を変形させる。やっている事は単純だが、恐ろしいのはその遠隔性と対応力。攻撃だけでもこれほどのバリエーションを有しているのだ。そこに成形の防御性能が合わせれば、国家所属の悪魔顔負けの能力を有していると言っても過言では無い。


「それはこっちの言葉でもあります!」


 だが、対する女性も負けてはいない。またも取り出した一本の白糸を、今度は自身の軍服へと押し当てる。さらに、迫りくる牙へと向けて、大きく身体を翻した。


 いくら回避したと言っても空中だ。本来なら躱しきれず、女性の身体は大きく抉り取られる筈。だが、成形が求めていた惨劇は巻き起こされなかった。


 ボヨン。あまりにも気の抜けた音を立てながら、女性の身体がふわりと浮かぶ。その身体に損傷は見られない。成形の攻撃は、またも対処されてしまっていた。


「何度もぉ、何度も逃げ回りやがっでえぇぇ......!」


「本能のままに生きる獣だって、命を狙われれば必死に逃げ回ります。人間がそうしない理由などないでしょう?」


「おおおぉぉっ!」


 言葉が癇に障ったのか、それとも仕留めきれない事実に怒りを覚えたのか。成形がバンバンと地面を叩き、今度は女性の足元に向けて尖塔を生み出した。


 先ほどの牙よりもずっと速く、先端はずっと鋭利。これでは先ほどのように、当たった上で受け流すのは難しい。


「当てさせません!」


 しかし、女性もそんな事は承知していた。押し当てていた白糸を軍服から引っこ抜く。すると空気の噴出音と共に、女性の身体が大きく移動した。スピードと殺傷能力に大きくリソースを割いた攻撃だ。高速移動にぶつけられるだけの攻撃範囲は有していない。


 綺麗な着地を決め、女性が大地に帰還を果たす。成形の顔が憎悪に歪む。


「ぐぎっ、ぐぎぎぎっ......!」


「あんまり顔を歪めているようだと、数年もすれば皴になりますよ?」


「うるざあぁぁい! おでの、おでの身体は完璧だ! 何も効がない、誰にも負げない完璧な身体なんだ!」


「......さて」


 激昂する成形からは目を離さず、冷徹な視線で女性は思考を続けていた。この愚かながらも危険な悪魔に、どうすれば致命傷を与えられるかを。

次回更新は9/28の予定です。

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