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天原翔の変化した日常

「あー......これでどうっすか先生......」


「う~ん......文章に間違いはありません。けれどここのスペルの間に、gとhが足りてませんね」


「ぐっ......すいません。また同じミスを...... おめーらは読まねぇくせに、何で存在するんだー!」


「ふふっ、翔君の言う通り、本当に日本人泣かせのスペルですよね~」


 言葉の悪魔及び剣の魔王との決戦から2週間。


 二体の悪魔を退けた立役者の一人である天原翔は、クラスメイト達が日中和気藹々(わきあいあい)と夏休みの間の思い出を語り合っていた教室で、ただ一人補習に励んでいた。


 夏休み中にこの町を出た姫野はともかく、自らを三馬鹿トリオと称した凛花と大悟が補修に参加していないのはなぜだろうか。


 答えは簡単だ。それは悪魔達との戦いで名誉の負傷を果たした翔のみが、入院によって補習の出席日数が不足していたからだった。


 おまけに日魔連の情報隠蔽と凜花による情報拡散によって、翔の負傷は真夜中に姫野と二人きりでデートを目論んだあげく、足を滑らせて山から滑落したものと伝えられている。


 それもあってか休み明け早々、姫野に好意を抱いていたクラスメイト達から袋叩きにされ散々な目にも遭った。


 そんな情けない理由から翔は補習が延長となり、悪魔殺しになったことを初めて後悔しながら補習に望んでいたのだ。


「さっきの問題は本当にあと少しで正解だったのに惜しかったですね~。でも間違いがどうして間違いなのかが分かるようになった分、翔君は成長しています。もう少しだけ頑張りましょう」


 夏休み中に悪魔に襲われながらも、無事に職場復帰を果たした女性老教師から優しい言葉を掛けられる。そんな彼女の言葉で、翔は不意に忘れられる筈もない悪魔殺しになったあの日を思い出してた。


 確かにあの時の出来事が無ければ、自分は今頃親友二人といつものように遊び惚けてるはずだろう。


「? どうしました翔君」


「いえ、自分のしたことによって降りかかった不幸と、そのおかげによる幸運を噛みしめてました」


 あの時、悪魔に向かって飛び出したことによって、悪魔との戦い、姫野との交際疑惑、補修の延長戦と不幸を味わっている。


 一方で姫野の運命に手を貸すことが出来るようになり、悪魔という理不尽で埒外(らちがい)の存在に抗う力が手に入った。


 あの時の選択は確かに翔を不幸にもした。だが手に入れた幸運は、そんな小さな不幸とは比べ物にならないほど大きなものだった。


(結局、なんやかんや後悔しても、終わりが良ければそれで良かったじゃないかと思っちまうんだよな。爺ちゃんにも散々怒られたのに無鉄砲さは治りそうにないな)


 机に突っ伏しながら、翔は苦笑いをした。


「......なるほど。補習で進級出来ることは嬉しいけれど、そんな自分が情けなくなる上、次のテストが心配で仕方ないんですね」


「へ?」


 補習を完全に無視した態度は、幸いにも老教師に咎められることは無かった。けれどもそんな思わせぶりな態度は、より奇妙な方向に彼女を勘違いさせてしまった。


「分かります。一度失敗してしまうと、どこまで突き詰めても失敗のイメージが付きまとってしまいますものね。でも大丈夫ですよ、先生が付いてます。必ず次のテストは翔君を合格させて見せますから!」


「エッ......? ......ハイ。ヨロシクオネガイシマス」


 翔の態度が授業に付いていけるかどうかの不安から来るものだと勘違いした老教師は、先ほどよりもさらにやる気に満ちた表情で補習を進める気になっている。


 自分のことをこれだけ考えてくれる相手の気持ちを無碍にするわけにはいかない。やる気に満ちた女性老教師の補修は普段より30分延長した。


__________________________________________________________


 翔が補修を終えてフラフラになりながら学校から下校すると、近くの道路の路肩に一台の車が停車していた。


「おっ、翔君。補習はバッチリっすか?」


「猿飛さん。毎回送迎してもらってすみません」


 その車の運転席の窓から手を振りながら翔に声を掛けたのは、日魔連事務所に所属する猿飛だった。


「いやいや、気にする必要はないっすよ。基本的に僕の役割は現地調査っすからね。調査する場所が生まれない限りは、無職のタダ飯喰らいなんすよ。だから翔君の手助けでもしておかないと、事務所の麗子さんの目が怖すぎて......」


「あはは、麗子さんって怒ってなくても目力がすごいですもんねぇ。そういうことならすみません。今日も事務所まで送ってもらっていいですか?」


「もちろんっすよ! んじゃ出発しますか」


__________________________________________________________


「_というわけで、悪魔の顕現(けんげん)がそれほど進んでいない現状でも注意が必要な国の一つが闇の国よ。時代の変化に適応できず、大戦を重ねるごとに国力を落とし続けて遂には下位国家の一つになってはしまったわ。けれど、条件が整った時の爆発力は下位国家の中では随一よ」


「光源が少ないほど強力になる魔法...... 対策は簡単でしょうけど、逆に対策をしていなかった時に遭遇したら酷い目に遭いそうですね」


「ええ。暗闇を悪魔の世界へと、無意識下で強い恐怖を感じる領域に作り上げた者達の遠い子孫。だからこそ魔法使い達は魔力感知を習得した弟子へ、手始めに灯りの魔法を教えるようになったの」


「なるほど」


 今日も今日とて事務所の中で、翔は麗子から魔法についての講習を受けていた。


 彼が悪魔関連の事件が発生していないにも関わらず、事務所に顔を出しているのには理由がある。


 それは剣の魔王、凡百のハプスベルタとの戦いで痛感することになった、翔の魔法知識の圧倒的不足だった。


 そもそも魔法使いとは血統の強さが本人の強さと言えるほど、遺伝によって魔力の保有量や魔法を自在に操る力が現れる。そのため長く続く魔法使いの家系ほど強い力を持つのが常識だ。


 そして強い力を持つ魔法使いだからこそ人魔大戦の際に悪魔に契約を持ち掛けられ、悪魔殺しになることが出来たのだ。


 しかし、此度の人魔大戦でイレギュラーが現れた。それが翔だ。


 魔法使いが目を見張るほどの魔力を備え、身に備えた武術によって剣の魔王を撃退してみせた。その事実を聞かされた日魔連の連中は、総じて泡を食ったように外野の人間の魔力量調査を始めたほどだった。


 ただし、いくら悪魔との戦いに才覚を見せたとしても、根本的な魔法知識の不足はやはり致命的だ。そのため、悪魔との戦いを終えた余裕のある今の内に、翔の知識を少しでも伸ばそうと講習をしていたのだ。


「ふぅ、それじゃあ今日はここまでにしておきましょうか」


「はい。ありがとうございました」


 今日の講習の内容は、直近で脅威となりえる悪魔についてだった。


 麗子の説明はわかりやすく、これまでも日魔連で比較的安易に手に入る魔道具の説明や、日魔連そのものの簡単な組織構成と協力関係、敵対関係にある派閥の説明等とても参考になるものが多かったが、そんな麗子の講習に翔は一つだけ疑問が生まれていた。


「あの、麗子さん......」


「何かしら?」


「その、麗子さんの話はとても勉強になるんですけど、どうして根本的な魔法の説明が無いのかなって思いまして」


「ええ。翔君が疑問に思うのも当然ね」


 そう。病院を退院してから、かれこれ一週間ほど麗子の講習を受けていた翔。その濃密だった講習の中では、なぜか一度たりとも魔法そのものの説明が行われなかったのだ。


 決して(あざけ)るようなものでは無かったが、あの決戦でハプスベルタから知識不足を同情されたことは、負けず嫌いな翔の心に小さな激情を灯していた。


 そして今度出会った時は、自分の成長で彼女をあっと言わせてやろうとも思っていた。そのため翔は、目的の講習がいつまでも行われない状況にやきもきしていたのだ。


「今まで魔法についての講習をやらなかったのは何か理由があったんですか?」


「ええ。二つ理由があるわ。まず一つ目の理由は私が魔法に詳しくないということね」


「えっ!?」


 麗子の発言に翔は驚きの声をあげる。これまで様々な講習で翔を導いてくれた麗子が、自分は魔法に詳しくないと言ったのだ。彼が驚くのも無理はなかった。


「翔君。魔法というものはあなたが考える以上に膨大で、しかも秘匿(ひとく)されているものが多数あるの。汎用的な魔法のみに絞っても、関係が良好な神祈(しんき)派の魔法の一部と、たまに一緒に仕事をする防人(さきもり)派の魔法の一部しか説明できないわ。そんな私が詳しいなんて、口が裂けても言えないでしょう?」


「た、確かにそうかもしれませんけど。それならハプスベルタが言っていた、契約魔法とか創造魔法なんかの...... たぶん、魔法の大きな分類? についての話しだけでもしてもらえませんか?」


 麗子が魔法を教えない理由は、確かに根拠があるように聞こえる。けれど翔はそれでもあきらめきれず、それなら大まかな説明だけでもしてもらえないかと頼み込んだ。


「ええ。そっちについては私でも説明できるわ。けどそれを()()()()がしてしまうのはもったいない。それが二つ目の理由よ」


「私ごときって......どういうことですか?」


「翔君。三日前の講習で話した、諸刃山の現状については覚えているかしら?」


「え? えーと、俺達の戦いでまき散らされた魔力が土地に沁み込んで、一時的に魔素を生み出す霊山になっているって話でしたよね?」


「そう、それよ。そんな諸刃山を、あらゆる魔法分野でトップを走っている魔法の専門家が興味を持ったの。そしてその専門家は嬉しいことに、あなたという特殊な過程で悪魔殺しになった存在にも興味を持った。あなたの魔法知識不足を話したら、一目見る代わりにイロハを教えても構わないと言ってくれたのよ。ね? それならその道の専門家に教えてもらう方がお得でしょ?」


「あっ...... そういうことだったんですね。すみません。きっちりとした予定があったのに、文句を付けちゃって」


「いいのよ。魔法世界で魔法そのものについての知識が無いというのは、不安も大きかったはずよ。その不安を言葉にしてくれたことを、怒るわけないじゃない。むしろ翔君を少しは見習って、姫野も私達のやることに意見をしてくれないかと思ったくらいよ」


「あはは。確かに神崎さんは、そういう時に分かったって言うだけな気がしますね」


 翔は自分の懸念に解決策が用意されていたことが分かり、麗子の冗談に笑う余裕も生まれる。


「ふふっ、彼女が到着して諸刃山の調査を終えるまでまだ少しかかるだろうから、その間は私の出来る講習を続けることにするけどそれでいいかしら?」


「もちろんです。それにしても彼女ってことはその専門家の方は女性なんですよね? あらゆる魔法分野でトップを走っているって聞いてなんとなく男性のイメージでしたけど」


「ふふ、驚いたかしら? でもそれだけじゃないわよ。彼女の知識はあらゆる魔法組織が喉から手が出るほど欲するものだけど、誰も彼女に直接手を出そうとはしない。彼女を毛嫌いして隙があれば滅ぼしてやろうと思っている教会でさえも、彼女とは裏で不可侵の同盟を結んでいるほどだから」


「......なんかすごすぎて想像がつかないですね。話を聞く限りだと世渡りが上手そうなのに、どうして教会に恨まれているのか疑問ですけど」


「仕方ないわよ。どんな友好的な存在だろうと悪魔を滅ぼすことは、教会の本懐なのだから」


「へ...?その言い方だと、その専門家の方が悪魔ということになるんですけど...」


「ふふっ、正解。あなたが魔法を教わるのは、この世が生まれたその瞬間からあらゆる知識を貪欲に集め続けていた()()()()7()1()()()()()()()()


「えっ?」


「その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのよ」


「......えええええぇぇぇっ!?」


 その情報が備えた破壊力の高さゆえに、翔が叫び声をあげたのは仕方のないことと言えた。

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