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デトロイト狂乱 その三

「クワーッ、クワーッカッカッ! 開戦の狼煙としては、これ以上無い演出よ! さて、ぬしらはあの惨劇に続けるか?」


 バケツをひっくり返したような大雨をものともせず、マモンは人が釣り上げられるという惨劇にクチバシを歪めて喜悦を浮かべた。


 そうして幾分か満足したのだろう彼は、思い出したかの様に後ろを振り返る。その場にいるのは腹心のパツィリエーレ、そして空を支配する雲海にも劣らない異形であった。


「もちろんですわ! 雲海どんが踏み鳴らしちょくれった肥沃な大地、私が続かずして、どうしてお歴々を愉しませる事が出来るのか!」


 マモンに応えたのは、三種類の性別すら異なる声。だが、発せられた場所はいずれも同じであり、そもそもその場にはニンゲンなど立ってはいなかった。


「言ったな。ならば、次に出るのはお前か? 改竄(かいざん)


 マモンが目を向けた先。そこにあったのは様々な紙媒体の切れ端が集まり、渦を作り続ける竜巻であった。


 この大雨の中にありながらも表面が濡れる程度な時点で、この紙達が実際の紙では無く、悪魔の肉体である事は明らかだ。同時に、良く見れば不規則に渦の中を舞い踊るだけに見える紙媒体の中で、中央部分に居座る紙が何枚かある事に気付く。


 現職アメリカ大統領の顔写真を切り取った新聞の一部、有名女優のスキャンダルを扱った写真の切り抜き、今年一番のお化け野菜を掘り起こした農家のインタビュー写真の切れ端。それらが張り合わさる事によって、改竄という悪魔に辛うじて表情を生み出していた。


「収穫は農家の華じゃどん、どうか攻め立てる許可をいただければ......!」


 訛りが強い男の声と、芝居がかった女性の声。察するに、彼の顔を構成する切れ端達が、そのまま彼の声帯兼人格となっているのだろう。


 上位魔王であるマモンへの話し振りからも分かる様に、この改竄という悪魔は大層な自信家らしい。いや、そもそも自信家でも無ければ、この宴に挑戦者として参加する事はありえない。


 なにせこの場は、彼らを見定める審査会。一度の失敗がそのまま自身の破滅に繋がるのだ。そこに挑戦する気概があるだけで、彼らが他の悪魔とは一線を画す存在である事は疑いようも無い。


 もっとも、それが国家所属に値する実力者であるか、身の丈すら計れない想像を絶する愚か者であるかは不明だが。


「お、おでも! おでにも、暴れる場所を! おでの力があれば、こんな街、全部真っ平らにしてやるんだな!」


 改竄の流麗な受け答えに一歩遅れて声を上げたのは、彼の隣で巨体を縮こまらせた、これまた異形の悪魔であった。


 四肢らしきものはある。頭部のようなものはある。百歩譲れば、人型とカウント出来ない事も無い。だが、その体色は紫一色であり、頭部には首なんてものは無く、四肢など先ほどから伸びたり引っ込んだりと長さすら安定していない。


 シルエットだけなら、雪だるまに無理矢理手足を生やしたというのが一番近いか。しかし、その見た目には雪だるまの愛らしさなど一ミリも存在せず、グチグチと肉が身悶えを起こす醜悪な音が絶えず響いている。


 目上への口利きすら、ギリギリと言った所か。今まさに実力を示し続けている雲海、真っ先に大言を吐いて見せた改竄と比べれば、劣っている印象を拭いきれない。


成形(せいけい)、お前も用意は万端の様だな」


 マモンが肉塊へと顔を向けた。どうやら肉塊は真名を成形というらしい。


「は、い。だ、だから! おでも今すぐ、ニンゲンを潰しに_」


「まぁ待て。()()()()()()。せっかくなら未来の主君と、顔を繋いでおくといい」


「っ!」


「ど、どういう、ごとだ?」


 マモンの声で、弾かれた様に地面へ伏せたのは改竄。肉体を構成する紙媒体が散乱する様は、膝を折ったり土下座するというよりは、五体投地に近い状態だ。


 そして成形の方は、右往左往するばかり。そうこうする内に、マモンの言う所の来客が現れた。


「久しいな、マモン! 此度のお招き感謝する!」


 大雨をふわりと遮る小さなそよ風。その微小な変化とは比べ物にならない巨躯の鳥が、マモンの隣に現れていた。


狂飆(きょうひょう)......真名で呼べと何度も言うておるだろうが」


「なぁに、ワシとお主の仲であろうが。ワシの事も遠慮せずフレズヴェルグと呼んで良いと言っているのに」


 鬱陶しそうに注意を飛ばすマモンと、馴れ馴れしく名の方で彼を呼ぶフレズヴェルグと呼ばれた悪魔。発せられる魔力だけを見れば、その力量はマモンと拮抗している。


 それだけでこのいささか無礼な悪魔を、面と向かって糾弾する者はいなくなるだろう。もちろん悪魔の中には、それでも指摘するバカがいる。しかし、次の瞬間にはいなくなる存在だ。カウントする価値は無い。


「ほうほうほう! これが、此度の挑戦者達か! お主にしては、はっきりと()()()()()()()()?」


 マモンの反応などまるで気にせず、フレズヴェルグの目線は雲海へ。続いて一瞬だけ改竄へ、そしてマモンへと戻される。事態に気付いてようやく頭を下げた成形など、一瞥すら向けられない。


 陽気な態度に反して、彼は交流の是非にきっちりと線引きをするタイプなのだろう。


「それだけ素養が枯渇しているという事よ。事ここに至ってすら、陽気なお前の方が異端であろう」


「陽気にならん理由がどこにある! 前回で()()()()の所属契約は完了し、今回も我が国への所属を望む若き種が芽吹いたのだ。一度は真っ二つに割れた国なれど、近年の成長だけを言えば並び立つ国などありはすまい!」


「......であろうな。天変と荒天、あの二体が所属を果たせば、再び十君の席すら見えてくる。そして雷の反乱から、お前達の結束は一層強くなった。気性が良く似たワガママ姫も、喜んで契約を結ぶというものよ」


 得意気に語るフレズヴェルグと、自分の失言で余計に勢い付かせた事に気付いて語気を弱めるマモン。この二体の会話はどこまでもいっても平行線らしい。


「それに、どうだ? いい加減お主も、こちらに合流したらどうだ? 我が空の国は、天に生きる全ての悪魔を歓迎しているぞ?」


「くどい。お前の国で手に入るものなど、武力と安穏がせいぜいだ。財の価値を知らぬ国に、我が根源を満たす術などありはせぬ」


「ふむぅ。だが、そこを何とか_」


 ストレートな断り文句を告げられたにも関わらず、諦めきれぬとばかりに言葉を続けるフレズヴェルグ。だが、そんな彼を、新たな訪問者が遮った。


「二方共、相も変わらず。特に狂飆殿の喜び様を見るのは五百年ぶりか。再び見えた事に感謝を」


 まるで、路上にて偶然、旧知の知り合いに会ったような気軽さ。声のする方へ全員が振り返ってみれば、そこには一人の人間が立っていた。


 その服装はどこかで転倒でもしたのか泥に塗れ、顔つきには強い心労の跡が見える。だが、それに反して瞳だけは妖しい光を放っていた。いや、そもそもこの人間は生きてなどいない筈なのだ。


 なぜならこの男は先ほどパツィリエーレによって、地面へ埋葬されてしまったのだから。


「......あぁ、幾重(いくえ)。そういえば主も呼ばれていたのだったな」


 マモンに対する態度はどこへやら。フレズヴェルグは冷え切った視線で一瞥を交わすと、そのまま興味を失ったかのように空中の雲海へと視線を移す。


 対する幾重と呼ばれた男も、肩をすくめるだけで文句を付けるつもりは無いようだ。きっと、日常的な光景であるのだろう。


「幾重様。()()が必要でしたら、ご用意致しましたのに」


 数分前まで見下していた男に対して、パツィリエーレがへりくだった態度を見せる。どんな魔法によるものかは不明だが、すでにこの場の男は人間では無く、幾重と呼ばれる悪魔であるのだろう。


 衣装というのも、そのまま汚れた衣服の替えという意味ではあるまい。


「なに、どうせ出張る予定も無い。手頃な神の飼い犬を見つけて、()()()()()()()()()()()()()()()。それに、一着は用意されているようなものだろう?」


「......おそらくは」


 その意味が示す所を理解するは、永くを生きた魔王達のみ。


 だが、それでいいのだ。下手に理解などしてしまえば、魔力の乱れを生み、乱れは致命的な隙へと繋がりかねないのだから。


「さて、狂飆と幾重、二国の魔王が辿り着いたのだ。お前達もそろそろ見せ場が欲しかろう?」


 好意の線は薄くとも、顔合わせ自体は終えたためだろう。マモンが二体の国外代表へと顔を向けた。


 その言葉は開戦の合図。自分達の進退が決定付けられる、審査の始まりを意味していた。


「もちろん! 欺きの魔王、幾重のニルアルル様が国の末席に迎え入れて貰うため、おらの活躍を存分に見せ付きたく!」


「お、おでも! だげど、おでの、おでの魔王様は......?」


 力強い声を上げる改竄と、困惑を隠しきれない成形。


 だが、それも仕方ない。フレズヴェルグが雲海の試験を、ニルアルルが改竄の試験を行うのなら、成形の活躍を審査する魔王がいない事になってしまうのだから。


「力の魔王である排熱(はいねつ)様は、国家間同盟の活動故に遅れるとの通達がありました。よって、あの方の到着までは、僭越ながらこの渡界(とかい)のパツィリエーレが審査役を務めさせていただきます。排熱様も了承済みです」


「わ、わがっだ。なら、ごわしでぎて、いいが?」


「存分に」


「わがっだ、なら、いくぞおぉぉ!」


「それでは私も」


 改竄が風に流されるかのように移動していき、遅れて成形も真っすぐに移動を始めた。けれども、成形の方は陸路の移動。おまけに目の前には廃墟に近いとはいえ建物がある。


 続いて聞こえてくるのは、大規模な破砕音と悲鳴の連鎖。さらに、悲鳴の数は刻一刻と増していた。


「言いたくは無いのだがな、マモン」


「何だ、狂飆」


()()はいくら何でも無いと思うぞ」


「仕方あるまい。あれでも魔法だけなら光るものがあったのだ」


 そんな呑気な会話が行われているとは露知らず、三体の国外代表達による襲撃は始まるのだった。

次回更新は8/31の予定です。

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