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デトロイト狂乱 その二

「チックショウ! なんだってんだ、この大雨は! 今日は一日晴天じゃなかったのか!」


 スラム街の裏路地を、人相の悪い男が急ぐ。傘も差さずに全力疾走する理由は、単純に傘など持っていないからだ。


 スラム街は生活困窮者のたまり場だ。持ち物の全てが盗難の標的となり、少しでも良い身なりは強盗の標的になりかねない。こんな場所で傘など持ち歩いた日には、暴力によって全てを奪われる可能性がある。


 そして、怪我の一つでもしてしまえば、数少ない仕事にも悪影響が出かねない。誰だって、健康な人間と傷だらけの人間なら前者を雇うに決まっている。働き口の消失は、そのまま命の危機に直結するのだ。


「こちとら身体を拭く布だって貴重だってのに!」


 加えて、この雨が原因で病気になどなれば本当にお終いだ。


 男は保険に加入する金など所持しておらず、高額な治療費を払うだけの現金などある筈が無い。


 おまけに生活環境は最低クラス。風邪による免疫力の低下が新たな病を呼び、弱まった抵抗力がさらなる病を呼ぶ。だから男は急いでいたのだ。命というかけがえの無い資産を、こんなちゃちな理由で消費せぬために。


「あん?」


 そんな全力疾走を続けていた男の目に、ふと一つの人影が目に入った。


 真っ赤な布切れを纏っただけの煽情的な恰好、短すぎる丈から覗く日焼けを知らない生足。アメリカ人の大多数が魅力的だと言い切る女性が、とある建物の扉の前で手招きをしていたのだ。


「住処まではまだ距離がある。雨宿りがてらに、か......」


 こんな生活だ。色など満足出来る筈は無く、イライラを感じていた分、余計に情欲が掻き立てられた。


 どうせどこかで雨宿りをするしかないのだ。ならば冷えた身体を人肌で温めるのも悪くない。そう思った男は、女の手招きに従って建物へと入っていく。


「......おいおい、いくら昼だからって明かりの一つもねぇのかよ。それに、ここは埃っぽすぎる」


 スラムの名に恥じぬ通り、どこの建物も碌な手入れなどされていない。しかし、だからってこの場は劣悪がすぎた。


 明かりは開け放たれた大窓から覗く曇り空だけ。数歩足を踏み入れただけで、うず高く積み重なった埃が綿毛の如く舞い踊る。相手が上物だからこそ、劣悪な環境にどうしても不満が生まれてしまう。


「せめて、換気を_」


 男が窓へ近付いた時だった。


 突然、女が正面から抱き着いてきたのだ。


「あっ......あっ......?」


 普段なら喜ぶべきシチュエーション。だが、男に浮かんだのは困惑のみであった。


 何せ男の腹部には彼の腕ほどはあろうかという銀色の何かが突き刺さり、それは女の腹部から出現しているように見えたからだ。


「なに、が......?」


 少しでも状況を理解しようと、男が首を回す。


 すると彼は気付く。腹部の衝撃は腹部のみで収まらず、男の背部へと突き抜けていたという事を。そして、貫通した銀色の何かには、まるで釣り針のような鋭い返しが付いていたという事を。


「うごっ!」


 突然強い力に引っ張られ、男は引きずられて行く。


 男の身体は天窓から飛び出し、そのまま足が宙に浮き、彼の身体を浮かべてもなお、さらなる力で上へ上へと引っ張り上げていく。


 廃墟の屋根を追い越し、遠目にある高層ビルの頂上すら追い抜き、予想外の大雨をもたらした積乱雲の中へと男を引っ張り上げていく。


「あっ......」


 そうして引っ張り上げられた先で、男は目にした。クジラとチョウチンアンコウを足して二で割ったようなバケモノの姿を。アンコウらしく突き出た誘引突起の先が、釣り竿のような部位へと変化している事に。


 そこでようやく、男は自分を釣り上げるに至った女の顔をよく見てみた。


「あぁ......」


 あまりにも粗末な人形だった。関節部には分かりやすい継ぎ目が存在し、腹部は針が隠されていた結果であろうすっからかんであり、顔は横顔しかまともにデザインされていなかった。真正面から見る表情は、まさに人形のそれであった。


 そして、そうこうする内に、被害者が自分だけで無い事に気が付く。


 バケモノの釣り竿は、糸の先が何百にも分かたれた特別製であったのだ。その糸に手繰られるようにして、自分と同じ犠牲者が何人も見えた。


「ハハッ......」


 人間は刃物で刺されるなどの重傷を負った場合、痛みよりも先に熱さを感じるのだという。しかし、男はそんな熱さすら感じなかった。最初の衝撃を最後に、彼の頭は疑問符が支配していたから。


 最期に笑えたのも、苦痛よりも先にあまりにも現実離れした末路が予想出来たからだった。


 この日、デトロイトの住人は数千単位で空へと消失を遂げる事となる。


 そして、これもまた序章に過ぎない。無数に存在する悲劇の一ページでしかない。


「ゴオオォォオオウウウ!」


 実在のクジラが噴く潮のように、バケモノの噴出口から何かが噴き出された。それは人の姿をしていた。けれど、人とは決定的に違う人形であり、その内の一つは先ほど消えた男にそっくりの人形であった。


「バオオオオァァァオオオウウ!」


 このバケモノの名は雲海。


 人魔大戦で顕現せし悪魔の一体であり、所属する国を持たない国外代表(アウターナンバー)の一体でもある。


 この日のデトロイトには、雲海のような悪魔が集合していた。それぞれが(しのぎ)を削り合い、各々の方法で街に破滅をもたらしてた。


 彼らがこのような行動を起こしたのはなぜか。それは、名誉職七大罪が強欲宮の主。17位、富の魔王 特権のマモン主催による、()()()に参加したためである。


 国外代表が結果を残し、国への所属を認められる。言葉にすれば単純であるが、その実態は困難を極めている。


 第一に、彼らは一様にして国家所属悪魔に劣っている。これは仕方ない。多くの国々が威信をかけて悪魔を顕現させるのだ。その代表が無所属に劣るようでは、国家の存続すら疑問視される事になるのだから。


 第二に、彼らには横の繋がりが無い。国家は所属する国民の他に、国同士で同盟を結ぶ事もある。これこそが国家間同盟であり、これがあるからこそ、彼らは組織として現世で行動出来る。立てる計画がどんなものにせよ、背中を守ってくれる相手の存在はあまりにも大きい。


 第三に、彼らの多くは()()()()()。魔界における国外は、文字通りの無法地帯だ。生まれたばかりの魔獣を狙い、複数の悪魔が殺し合う。小さな徒党を組んで幅を利かせていた悪魔達が、国家所属の遠征によってただのエサとされる。


 こんな環境では、長く生き残る事は難しい。何かを学ぶなど(もっ)ての(ほか)だ。だから彼らの多くは、自分の魔法すら全容を理解出来てはいない。他人の魔法になど手が回る筈が無い。もちろん予測など叶おうはずもない。


 昨今は現世の魔法離れが進み、昇華型の悪魔など滅多に生まれぬ時代だ。国民の不足解消は、どこの国家でも急務である。


 そこにつけ込んだ者こそ、マモンなのだ。彼は国外代表達を集め、その中の光る原石を拾い上げる場所を用意した。人間の妨害や同じ悪魔との衝突を気にしない、力を振るうためだけの舞台を整えたのだ。


 国家所属を夢見る悪魔達は、だからこそ必死に存在をアピールする。ここまでのお膳立てをふいにするようなら、死よりも恐ろしい末路が待っている事は疑いようも無いのだから。


 悪魔達は夢の実現を目指す。人類という弱者の命を、これでもかと踏み台にして。

次回更新は8/27の予定です。

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