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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第五章 集う新世代

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鳴子は守護者へ届かずに

「......んだその目は。肝心な時に脱落しやがった癖に、おまけにケチまで付けんのか?」


 気を利かせたダンタリアによって、襲撃者側の転移エリアと化していた日魔連事務所の奥。訓練の終了によって帰還を果たした大熊を迎えたのは、仏頂面のラウラだった。


「何も言ってないじゃない。まぁ、その想像力がさっき活かされていればとは思ったけど」


 売り言葉に買い言葉。舐められる事が大嫌いなラウラは、飛ばされた火の粉へ迷わず燃料を投下する。本来なら割って入ってくれる麗子の姿は見えない。きっと早期脱落の暇を持て余し、翔の所へ向かったのだろう。


「言うじゃねぇか。さっさと勝負が付かなかった時点で、手の平で転がされたのは一緒だろ。そんなに負け星を重ねてぇなら、あの野郎に盤上を借りてきてやるぞ?」


 ここまでの応酬が続けばもう止まらない。殺し以外の全てが許容されるデスマッチが始まる筈であった。


()()()()()()()


「......あん? 何を言って_」


 だが、戦いの火蓋は落とされなかった。


「......立ち向かう実力も、備えた知識も、閃く知恵も、伸ばす連携も足りてない。だけど不屈の心だけは、私達と変わらないものを持っていたわ」


「おまえ、それは......」


 この時の大熊の衝撃は計り知れないものだった。ラウラが、友人家族以外には辛辣な物言いを崩すことの無いあのラウラが、素直に人を褒めた。しかも彼女にとって、最も明るく最も暗い時代であった前大戦を引き合いに出して。


 ラウラと過ごした数十年、ついぞ聞くことの無かった言葉。今後も聞く事の無いだろう言葉を耳にして、訓練の熱が燻っていたゆえの大熊の怒りはすっかり鎮火してしまった。


 同陣営とはいえ、訓練中は一度として合流を果たさなかったのだ。ラウラが何を見て、何を感じたのかは大熊には分からない。けれども、ダンタリアを本当の意味で交えた三度目の訓練は、悪魔殺し達だけでなくラウラの心境にすら良い変化をもたらしてくれたらしい。


()()()()、ニナの事は任せるわ」


「......そっちはずっと前に決めた事だろう。というより、お前の所じゃなくて良かったのか?」


 この訓練の開始に先駆けて、大熊、ラウラ、ジェームズの三人で取り決められた事がある。それは、彼らがそれぞれ保護する若年層の悪魔殺しを、一か所の環境で育て上げるという取り決めだ。


 魔法使いというものは、多かれ少なかれ俗世とは切り離されてしまう運命にある。もちろん、彼らの中には何食わぬ顔で学校に通う者がいる。社会人という表の顔を持つ者がいる。


 だが、その中で感じてしまうのは、絶対に分かり合える事が無いという疎外感。魔法という異能が、魔法社会という秘密が、彼ら彼女らに孤独を生んでしまう。知る者と知らない者という絶対的な区別を生んでしまう。


 元々が一般家庭出身であった翔はともかく、姫野、マルティナ、ニナに関しては、出自もあって感じる軋轢もさらに大きいものであった筈。彼女達の心が平均よりも幼く見えるのは、これが原因の一つでもあろう。


 さりとて、今さら一般人の群れに混じれとは口が裂けても言えない。一般社会に(ほだ)されて戦いに背を向けられてしまいなどすれば、現世の背負う苦労はとんでもないものになる。


 そこで大戦勝者(テレファスレイヤー)達によって考え出されたのが、今回の取り決めだ。


 一人ではなく複数で一般社会に紛れ込む。そうする事で同年代と絆を育みつつ、戦友を守るために戦いから背を向ける事も無いだろうと考えて。


 もちろん本音を言えば、大戦勝者達は誰一人としてこんな籠の鳥染みた管理はしたくない。けれども、現実はそうでもしなければ悪魔の台頭を許してしまう事になる。そのため全員が本音を呑み込み、同意に辿り着いたのだった。


 しかし、同意はしつつも、合流の場所はいまだに提示されていなかった。義娘とその母の容態を考えて、ドイツ、もしくはフランスが合流先になるだろうと大熊とジェームズは疑っていなかったのだ。


「あの子の母親は順調に回復してる。仮に何かあったとしても、私が本気を出せば往復に半日もかからないわ」


「だとしても_」


 いくら合流が容易いと言ったって、娘としては母の傍にいたいと思う筈だ。その感情は、家族愛を重んじるラウラなら誰よりも理解している筈。さらに反論を重ねようとする大熊を、ラウラは首を振る事で制止する。


「あの子の場合は離れた方が良いのよ。()()()()()()、あの子は家族愛が強すぎる。傍にいるだけで心労が溜まって、常に母親の容態を気にかけてしまう。あれじゃいつか壊れてしまう。だからここが良いの。距離があって、治安がマシで、心配に勝るだけの感情を抱ける相手がいるここだから。それに_」


「それに?」


「ディーに言われたのよ。ここにいた方が、ニナの成長にはもってこいだって」


「あ?」


 和やかなムードに移り変わろうとしていた空気を、その一言は急激に冷やす事となった。


 成長にもってこい。


 言葉だけを考えるのなら、それは精神的成長や魔法の成長と様々な意味に取れるだろう。だが、それはドイツだろうとイギリスだろうと変わらない筈。しかも、改めてラウラに伝える内容では決して無い筈。


 その時、テーブルに放り投げていた大熊の端末が音を立てる。


「ん? ......はあぁぁっ!? 何だ、この着信の数!?」


 慌てて開いたメールボックスの中には、すでに百通以上のメールが届けられていた。どれもここ十数分で送られてきたものらしい。得意先は当然として、連絡先を交換したっきりの相手から送られてきたメールすらある。


 一番新しい通知を開き、内容を確認する。そこに書かれていたのは、とある悪魔が日本に侵入を果たしたという警報だった。


「なんで、なんでこいつが......」


 幸か不幸か、この悪魔の魔力反応は過去に採取した反応と一致していた。数カ月前にとある悪魔によって顕現し、そのまま国外逃亡を計った魔王のものと。


「......あぁ、だからディーは準備時間なんて設けたのね。あなたが気付いた頃には、手遅れになっている事を望んで」


 どうでもいい事のように、ラウラがポツリと独り言を零す。家族に被害が及ばぬ限り、彼女にとってダンタリアの行いは些細なイタズラのようなもの。今回の騒動も義娘の成長を考えて企画してくれた、サプライズイベントとでも思っているのだろう。


「こうしちゃいられねぇ......!」


 ラウラの反応には目もくれず、大熊は走り出す。彼には立場があり、それに伴う責任がある。だからこそ少年少女を守る力がある。その責任を果たせないのであれば、少年少女達にどう飛び火するか分からないからだ。


「今度はいったい何をやらかしやがった! あのクソ魔王!」


 移動がてら関係各所に連絡を送り、元凶の住まう結界を目指す。自分が保護者となる四人の悪魔殺し達に向けて、第一に報告を行わなければいけないと考えて。


 剣の魔王、凡百のハプスベルタの来襲を。

これにて第五章は完結となります。


悪魔では無く、悪魔殺し達を保護する大戦勝者に主軸を添えた物語。いかがでしたでしょうか。彼らがいかに勝者としてふさわしい実力を秘めていたか、暗躍者たるダンタリアがいかに手玉として転がしたか。楽しんでいただけたのなら幸いです。


次回以降の更新は閑話回となりますが、今回は閑話回においても短編章と呼べるような少しだけ長いお話の更新を予定しています。


翔達と交わる事が無い悪魔、そしてずっと先の未来で顔を合わせる悪魔殺し達。彼らの活躍をぜひ、ご覧になってください。


次回更新は8/7の予定です。

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