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古今の行く末は盤上の中で その十七

「所詮、俺に出来るこたぁ、真っすぐ行ってぶっ飛ばすだけよ! 馬鹿の一つ覚えを相手にして嫌気が差してるだろうが、悪ぃがもう少しだけ付き合ってくれや!」


 無造作に振るわれた大熊の右手、それだけで周囲に充満していた赤き煙が吹き飛ばされていく。まさか腕力で空気を入れ替えた訳もあるまい。おそらく空気の密度を操り、煙幕を土中辺りに密集させたのだろう。


「望むところ!」


 対するマルティナは、有効打の反復動作に移る。投擲を繰り返しつつも、足元にはこれでもかと槍を転がす。初見のインパクトを失った今、文字通り大熊の足を掬う事は不可能であろう。しかし、彼にとって脅威である事には変わらない。


 重要な場面で足を滑らせるかもしれない。いくつもが積み重なる事で段差となり、蹴躓くほどの強度を見せるかもしれない。ここで必要なのは大熊に、かもしれないと危機感を抱かせる事。彼の集中を少しでも乱せれば、この作戦は成功なのだ。


 果たして再開された妨害に、大熊は小さく渋面を作る。けれども、それは最初だけ。次の瞬間には、真剣な眼差しで地面を見つめる彼の顔があった。


「......その場その場の思い付き、だったよな。言い換えればとっさの判断だ。マルティナちゃん達は、それに優れているんだろう。だから格上相手にも抗える。小さな一穴から光明を掘り当てる事が出来る。一つの解答にここまで時間をかける俺とは、やっぱりモノが違うんだろうよ!」


 ゴロゴロと槍が転がり、正面には刺突の衝撃が槍衾の如く張り巡らされた道。その悪路に向かって、大熊が大きく一歩を踏み出したのだ。


「? そんな事をしたら_」


 いくら肉体の強度が増していようと、人の備え持つバランス感覚は変わらない。一本の足がバランスを崩せば致命的、続けてもう一本が後を追えば復帰は不可能。転倒という大きな隙を晒す事になる。大きすぎる一歩は、破滅への一歩に繋がる悪手な筈であった。


「フンッ!」


「えっ......?」


 しかし、マルティナの想像していた光景は実現しなかった。大熊が踏み抜いた槍の持ち手、その悉くがパキッと乾いた音を立てて粉砕されてしまったからだ。


「マルティナちゃんの始祖魔法は、()()()()()()()もんだろ? つまり、いくら魔力で生み出した物であろうと、その強度は背中の本物と変わらない。おまけに模倣が完璧すぎて、魔力の引っ張り合いにも弱くなっちまってるぜ?」


「っ!? ご教授、感謝します......!」


 大熊の指摘によって、マルティナは自身の魔法の弱点に気付かされる事となった。


 通常、魔法による生成物には、生み出した魔法使いの魔力が宿る。そして、宿っている魔力は他者の魔力への防壁となり、安易な変質や干渉を許さない。


 しかし、マルティナの模倣は違う。


 彼女の模倣は完璧だ。形状や質感はもちろんの事、場合によってはそれらの機能や能力すらも模倣してしまう。これによって、彼女は投擲の衝撃のみを模倣したり、ニナの使い魔達を能力はそのままに模倣したり出来たのだ。


 一見するとメリットしか無い様に見える完璧な模倣。だが、ちょっと強度があるだけの槍などの、魔法とは関係が無い一般物を模倣してしまった時が問題だ。


 何度も言う様に、マルティナの模倣は道具の全てを完璧に模倣してしまう。強度も、機能も、そして魔力など籠っていない部分も完璧にだ。


 魔力の加護が無ければ、他者からの干渉には無防備になってしまう。例えば、密度の始祖魔法に干渉されれば、スカスカの枯れ枝同然にまで強度を下げられてしまう。


 今の今まで気が付かなかった自分の欠点。この一番大事な場面で露呈してしまった自分の弱点。大熊もまさか干渉出来るとは思っていなかったのだろう。


 だから苦々しい顔をしたのだ。始めに試さなかった自分の愚鈍さに。


「お互いに学びだな。そんで痛い目を見たばっかりだ。今さらちゃちな浸食を気にするとは思うなよ」


 背中から嫌な汗が溢れてくる。


 それも当然だ。足元の不安が無くなった今、大熊は何の憂いも無くマルティナに突っ込めるのだから。浸食が思ったほどでは無いと割れた今、使い魔は肉壁程度の役割しか果たせはしないのだから。


「おるうぅらあぁぁ!」


 使い魔や木々を粉々にしながら、砲弾の如く突っ込んでくる大熊。あまりに速すぎる。とっさに横っ飛びをしようとするも、それを追いかけるかのように彼の腕が伸ばされる。


 地面を易々と抉り取る腕だ。触れただけでもマルティナの頭を吹っ飛ばすには、十分な威力であるはず。


 ダメだ。躱せない。


再奮起(リトライ)!」


 切らされた。


 温存しなければいけない切り札を、ただの突進で使わされてしまった。


 巻き戻る事で奪った背後から強襲するも、これまた腕の一振りだけで全ての攻撃が無力されてしまう。


「やるなぁ! だが、これで決着だ!」


 ただの突進であったのだ。それを全力で躱したマルティナに、もう一度突進するのは常道。あまりにも無難で残酷な一手。


「再奮......っ!」


 魔法を使いそうになり、すんでの所で立ち止まる。事前にダンタリアから言われていた事だ。再奮起の使用は二度までにしておけと。


 すでに麗子の所で一回、今ので一回。規定回数に到達している。これが人魔大戦であれば躊躇は無かったが、これはあくまで訓練だ。本番への布石に過ぎないのだ。


 熱が入るばかりに、訓練で致命傷を負う馬鹿がどこにいる。ここで取り返しの付かない負傷をすれば、きっとマルティナは自分を許せなくなる。


(でも、でも......!)


 ここまで追い詰めたのだ。多くの制約、外部からの助力こそあったが、前大戦の勝者達相手にここまで善戦したのだ。勝利と敗北。その間には大きな溝がある。


 負けたくなんか無い。揺り戻しが始まるその時まで、再奮起を連発してしまいたい。目の前に迫る腕。このまま脱落する自分に、マルティナが悔しさを滲ませた時だった。


 落雷を想起する、重い射撃音が響いた。


「ぶほっ!?」


 迫っていた腕が、大きく横へと逸れていった。


「えっ? えっ?」


 困惑するマルティナ。けれども、その困惑はすぐに氷解する事となる。


「マルティナ、ゴメン! ギリギリだった!」


「その声、ニナ?」


 端末から響いたのは、ここ数日で聞き慣れた声。


「お師匠様との()()()()()()! 今からはそっちを援護するよ!」


「うそ......あっ」


 マルティナが空を見上げた。そこには光を喰らった闇の姿も、不変の象徴たるオーロラの姿も無かった。

次回更新は7/26の予定です。

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