古今の行く末は盤上の中で その十四
「私はディーの下まで向かいたい。ニナと姫野はそんな私を無力化したい。動きの全てで二択に勝たなきゃいけないなんて、随分と追い詰められたわね」
もはや数えるのも嫌になるほどの突進を貰いながら、ラウラは独り言ちる。
これまでは足止めを常に受けながらも、特に気負う事無く前進出来ていた。そんな歩みに待ったをかけられたのは、何らかの魔法で姫野が潜伏していた事を知ったため。
ラウラの目線からすると、姫野がどんな魔法を使って潜伏をしていたのかが分からない。別空間に逃げ込む魔法か、存在感を極限まで薄める魔法か、はたまた攻撃時のみ付近へ移動する転移魔法か。
リグという悪魔の魔力感知すらすり抜けた事実は、ラウラに最大の警戒を強要する。タイムラグ、制約、回数の上限など全てが分からない以上、最悪を想定して動かねばならない。
「こうなると鬱陶しいのが小鳥達。視界情報に不満を覚えるのなんていつぶりかしら」
姫野の潜伏を知らない間は、雑音にも満たなかった鳥類型使い魔の妨害。けれど、相手がラウラの固着魔法のタイミングを計っているのだとしたら、意味が変わってくる。
姿を現す瞬間まで、姫野は認識出来ないのだ。そうなると大切になるのが、出現のタイミングを五感で見逃さない事となる。なのに、定期的に視界を埋め尽くしてくる使い魔達。繊細な戦いを強要される中で、この妨害は神経を逆撫でる。
もちろんラウラにも、一度目を躱した相棒リグの助力がある。けれども、それすらギリギリの差し込みだった。次は気付くのが遅れるかもしれない、リグの反応込みで姫野が襲撃を組み立てているかもしれない。そう考えれば、保険の一つでも持ちたくなるのが常だ。
そして、そちらにばかり注意を向ければ、大型使い魔の突進も脅威となってくる。奴らの突進は純粋な運動エネルギーの塊だ。あらゆる変質を無効化しているラウラだが、唯一のデメリットとして、自身を強化する類の魔法すら無効化されてしまっている。
中学生程度の体格に、ノンストップで軽トラックが突っ込むようなものだ。まともにぶつかれば肉体的損傷は一切無いが、ボウリングのピンのように後方へ吹き飛ばされてしまう。
例え途中で固着を発動しようとも、数メートルは吹き飛ばされるのが確実。一度の失敗で、自身が歩んだ十数歩が台無しになる。それを取り戻すだけでも、いったいどれほどの時間が浪費される事か。
「......膠着ね。いいわ。数分はくれてやる。その程度の余裕はまだある筈よ」
フェイントなどを絡めた相手の動きを鑑みて、ラウラは進行スピードを摺り足レベルまで落とした。自分の抱えた不利が、大きすぎるものだと自覚して。
だが、数分を保険に費やした所で、現状の改善が見込めないのであれば意味が無い。そんな事を理解出来ないラウラでは無い筈。ならば彼女は、どうして足を止めるべきと判断したのか。
それはリグから伝えられた魔力反応と、前方で断続的に起こる破砕音。姿こそ見えていないが、ラウラは疑っていなかった。
「随分な重役出勤だこと。その分の働きは、期待させてもらうわ」
護衛者側が連携を磨いてきた事は疑いようも無い。そして襲撃者側の攻勢が、個々のフィジカル頼りな個人戦であった事も否定しようが無い。
しかし、連携が無くとも、彼らは同じ陣営に属している。一方の不利を察して、もう一方が攻勢をかける程度の意思は持っている。続く破砕音によって、彼の目指す場所をラウラは理解した。そして、強いていた不動の夜を、とある山から解除した。
護衛者側を試すように、新たな襲撃者が山へと辿り着いたのだった。
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「極光に頼らなきゃいけねぇ程かよ。麗子の件も含めて、いったいこの短時間でどれだけ悪辣な策を思いつきやがる!」
そこら一帯からこれでもかと密度を奪い取り、自身の膂力へと変換して前へ跳ぶ。翔と決着を付けた大熊が目指すのは、昼と夜の境に根ざす、彩り豊かな紅葉の山。目星を付けられたその理由は、相棒の最後の助力によるもの。
「どうせ麗子の推測が外れてりゃ、行く当てなんて一つもねぇんだ。若気に感化されたとは思いたくねぇが、たまには一点賭けも悪くねぇ」
ニナの使い魔とマルティナの魔法によって、麗子は脱出不可能な使い魔の牢獄へ閉じ込められた。
魔力に反応して爆発的に増殖する菌糸型使い魔群。ゼロを張り付ける麗子の魔法とは致命的に相性が悪く、密度を操る大熊だけでは、個と群を使い分ける性質のせいで剥がせない。自身の脱落が決定的となった彼女は、最後に一つの魔法を発動した。
それこそが自身の魂を指定し、魔力感知能力に限界までゼロを張り付けるというものだった。
探すべきダンタリアは現在、魔力が放出されていない。そのため麗子が狙ったのは、再奮起で移動したマルティナの魔力。
マルティナの魔法は負傷や魔力の回復にも使えるが、緊急脱出用魔法としての側面も有している。
一度だけ襲撃を躱す事が出来る能力である以上、不慮の事故を防ぐにはダンタリアの近くに配置するのが一番安全だ。そして、そんなマルティナが一時的とはいえ、ダンタリアの傍から離れたのだ。自身の不安を解消するためにも、ダンタリアの近くに転移したいのが心情のはず。
そうしてマルティナの転移先を大熊へと伝え、麗子は菌糸の大群に呑まれていった。今頃は失敗を反省しつつ、同じく脱落した翔に愚痴を言っている頃だろう。
「ふっ、どうやら賭けには勝ったみてぇだな!」
大ジャンプで一気に山のど真ん中へ着地しようとする大熊へ向かって、見慣れた槍の雨が射出された。それだけで大熊は確信する。ここがダンタリアの潜伏先であると。
「まったく、こんな所にも工夫を凝らすのが憎たらしいなぁ!」
普段なら槍の数本など、強化を重ねた自身の肉体で弾き飛ばしていた事だろう。だが、大熊は見逃さなかった。射出された槍の全てが実体を持っており、先端に赤黒い液体が滴っていたのを。
間違い無い、ニナの血液だ。槍の射出はあくまでも手段。本命は血液侵食を始める部分にあったのだ。
「おらぁ!」
いくら密度を操って切り捨てが可能だとしても、身を切る以上、侵食され過ぎれば破綻する事となる。そのため自身の上着に密度を集め、まるで盾のように振り回す事で大熊は槍を弾き飛ばした。
だが、代償として体勢が崩れた身体は、目標の山を手前に落ちていく。
「道半ば、って所だな」
不時着したのは山の麓。もちろん身体に傷は無い。
相手もそれを理解しているのだろう。先ほどとは比べ物にならない程の槍の雨が、そして見慣れた使い魔達の姿が木立の陰から現れた。
「いいぜ。真っすぐ行って、ぶっ飛ばす。戦いはこうじゃないとな!」
不変のオーロラと過密の戦車による二正面作戦。護衛者側の戦いは、最終局面へと突入した。
次回更新は7/14の予定です。