表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
301/416

古今の行く末は盤上の中で その十三

(ギリギリで躱された。けど、通用している。天変様の動きも計算に入れて、今度こそラウラさんに一撃を入れる)


 すでに先ほどの衝撃から立ち直ったラウラをジッと見つめ、姫野は再び、いつ訪れるか分からないチャンスを待ち始める。


 手にはダンタリアから手渡された木槌。服装は契約時に用いたマイナスの魔力が沁み込んだ巫女服。そしてダンタリアの魔力をたっぷりと吸った首下げポシェットと、中に入った通信端末。


 許された装備はたったそれだけ。だが、たったそれだけの制約で、ここまでの有利が許されているとも言い換えられる。姫野が立つのはラウラのすぐ隣。命中さえすれば、いつでもラウラを脱落させられる立ち位置なのだから。


「今までの通話同様、これは()()()()だよ。惜しかったようだね。まぁ、失敗は失敗だ。血族に圧力のかけ方を変える様に伝えたから、次からは二番合わせを参照する事」


 おそらくニナ経由で姫野の失敗が伝わったのだろう。端末を通して、ダンタリアから新たな指示が送られてくる。


 最小限に音を絞った訳でも、何らかの魔法的細工で音声を誤魔化している訳でも無い。だというのに、ラウラの真横にありながら、彼女に気付かれぬまま音声通話を受け取れている。


 対象範囲に収まれば、外付けの音声さえ完全に隠匿する魔法。これこそ姫野が、ミシャクジ様との契約で手に入れた魔法の正体であった。


(デュモンさんの攻撃が、あらためて始まった。ラウラさんの方は、防御は前のままだけど進む気配が無い。警戒されてるわね)


 姫野がミシャクジ様から授かった魔法は、自然への回帰。彼女の存在を周囲と完全に同期させ、あらゆる探知を掻い潜らせる魔法だ。


 最初の囮作戦でダンタリアへ化けていた姫野は、その後、魔法を発動すると山の中でずっと潜伏していた。我慢強い彼女の事だ。それ自体は何の苦行にも満たなかったに違いない。


 そして、ラウラが主戦場を空中から地上へ切り替えた瞬間に尾行を開始。チャンスを伺い続け、遂に一度目の攻撃を行ったのだ。


 けれども、これだと姫野は山中を荒らし回ったラウラの魔法に、巻き込まれている計算になる。それどころか、ニナの使い魔によって彼女はダンタリアに化けていたのだ。マルティナのような巻き戻し魔法でも無ければ、姫野はニナの血液にずっと侵食されている事となる。


 しかし、今の彼女には傷の一つも見当たらず、結晶化の兆候も見られない。これはいったいどういう事なのか。


 そう。これこそが落ち目の神と契約した理由。姫野が足元を見られるのではなく、彼女が足元を見れた契約の結果。


 自然への回帰というのは、実体や存在すら周囲に溶け込ませるというもの。一つの知性体である事を保ちつつも、存在自体は無そのものまで霧散させるという事だ。


 これのおかげで、今の姫野に物理的な攻撃は通用しない。存在が霧散しているため、あらゆる探知に引っかからない。そして、侵食する肉体が無いのだから、ニナの血液すら無力化してしまう。


 さすがに声を出してしまえば、隠匿の(とばり)は破れてしまう。神々が人間へ干渉する術は、第一に言葉であるからだ。そのため魔法を発動した段階で、姫野の通話は受信オンリーとなっている。だとしても、強力な魔法である事には変わらない。


 強弱大小に、多少の差異はあっただろう。けれど、概ね予想通りの力を、ダンタリアは彼女へ授けるに至った。落ちぶれながらも高位の祟り神であったミシャクジ様との契約で手に入れた魔法は、まさに神の奇跡を写し取ったかの如き強大な魔法だったのだ。


「姫野。見ているとは思うけど、一応連絡だよ。お師匠様が再度動き出した。だけど、時々動きに違和感がある。予測になっちゃうけど、たぶんお師匠様は防御にフェイントを混ぜ始めている。攻撃はこれまで以上に慎重にね」


 ニナの言葉を受け取った姫野は、見た目上は行進を開始したラウラを観察する。


 言われてみれば、確かに違和感を感じる。防御を終えた後の動き出しが、半テンポ遅い時がある。かと思えば、これまで通りの完全な防御だけでなく、攻勢が弱まった瞬間に回避を選んだりもする。


 明らかに姫野を警戒している動きだ。同時に、下手なタイミングで飛び出した彼女を狩り取ってやろうという気概を感じる。さすがは大戦勝者(テレファスレイヤー)と言った所か。転んでもただでは起きない。そして、転ばせた相手を許さない。


(時間切れも魔力切れも近付いている筈なのに。でも、裏を返せば、魔道具の破壊は有効だって事でもある)


 本来の極光模様(シュネリクシム)であれば、ラウラに弱点なんて存在しなかった。一応彼女が気を付けるべきは大質量との衝突のみで、それだって風景の固着を考えれば、大型使い魔の体当たりというピーキーなタイミングしかありえなかった。


 だが、これが訓練であるが故に、彼女には多くの枷が嵌められている。一つは時間切れ。一つは魔力切れ。そして最後が、首元の魔道具という存在しないはずの弱点である。


 ラウラ本人も想定していなかった攻略法であるために、彼女はありえない隙を晒した。続けざまに攻略法が有効であると、身を持って証明してしまった。


 この混乱からラウラを立ち直らせる訳にはいかない。姫野がやるべき事は、間髪入れずに攻め立てる事だ。


(継承様の予想通り、ラウラさんの不変は自身の固着を突破出来ない。だから使い魔の突進が終わる度に、わざわざ魔法を解除していた。大切なのはタイミングを合わせる事。そして、ラウラさんのタイミングに重ならない事)


 ラウラの不変は、あくまで自身の状態のみを変化不能とする魔法だ。強大な魔力をその身に宿す訳でも、第二の大熊のような近距離ファイターと化す訳でも無い。


 ありとあらゆる外傷や魔法現象による変化を、無効化しているだけなのだ。


 そのためラウラは衣服を固着させると、本来のフィジカルのみで突破しなければならなくなる。彼女の姿だけを語るなら、姫野達よりもさらに年下の少女である。とても力自慢とは思えない。


 よってラウラは、突撃を吸収する度に固着を解かなくてはいけない。よってラウラは、姫野との心理戦を強いられている。首元の魔道具を固着させなどしたら、どうやったって動けない。どうやったって違和感が拭えないのだから。


「っ! カンザキ! 大熊さんも動き出してるわ! 焦らせるつもりは無いけど、急ぎなさい!」


 おそらくマルティナが、自身の魔力探知で気が付いたのだろう。第一、第二案では問題無かった脅威が、ラウラの選択によって敗北の可能性を生み出し始めている。


(......やらなきゃいけない。普通なら、影を踏む事すら許されない相手。何度となく、昨日のような敗北を繰り返すだろう相手。でも、一度は出し抜けたのだもの。あと一度、もう一度だけ、私はあの方に勝ってみせる)


 姫野の瞳に焦りは無い。姫野の瞳に動揺は無い。まるで獲物を見つめる爬虫類の如く、ジッとその時を待ち続けるのであった。

次回更新は7/10の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ