二人の少女は極東を目指す
ドイツの空港内を二人の少女が歩いていた。
一人は中学生ほどに見える少女で、どこかの国の軍服をそのままオーダーメイドで発注したかのようだ特徴的な服装をしている。
また、髪色は赤毛と金髪の中間のような色で、空で燦燦と輝く太陽の色をそのまま写し取ったかのようなロングヘアである。
もう一方は小学生、それも低学年に見えるような幼い少女だ。
あらゆる創作の魔女をそのまま切り取ったかのような、紫を基調とした魔女服に同色の三角帽子といった格好のせいでより幼い印象を受ける。
しかし、ウェーブがかった紫の頭髪と同じ色の瞳。そこからは幼い子供には出すことが出来ない深い知性の色が伺えた。
少女がたった二人で空港を歩いている。
その光景を心配性の人間が目にすれば、親からはぐれた姉妹かもしれないと善意から声をかけてくることもあるだろう。だが、道行く人間達は彼女達に注意を向けることは一切なかった。まるでそこに彼女達が存在していることに気が付いてすらいないかのように。
「それで? 親友であるあなたの協力は嬉しいけど、突然訪ねてきてそのまま大熊の下に向かうなんて知識の魔王であるあなたがどういうつもり?」
軍服の少女が魔女服の少女に向かって話しかけた。
年端もいかない少女への言葉にしては難しい内容だ。だが、瞳から感じとれた知性の深さはどうやら本物らしい。
「別に深い意味は無いさ。最初に言った通り、螺旋型魔法陣が発動した土地の変容を目にしたい。そう思っただけだよ」
「はぁ~...... それなら使い魔の目を借りるだけでいいでしょ。それも目的の一つだけど、他にも目的がある。あなたとの会話は好きだけど、そのもったいぶる癖はいい加減治しなさい」
「ふふっ、前回は君との時間が一番長かったからね。これくらいお見通しか。確かに私の目的は他にもある。ラウラ、君は螺旋型魔法陣の元で行われた戦いは聞いているかい?」
軍服の少女は、魔女服の少女の物言いに憤慨したが、魔女服の少女は治すつもりは無いらしい。そんな彼女の態度を楽しむように彼女に質問した。
「もう、またもったいぶって! 悪魔殺し二人が言葉の悪魔を討伐、剣の魔王を撃退した戦いでしょう? 目立った支援無しの悪魔殺し二人が一体討伐、一体撃退は確かに快挙。 ......けれど、その程度の話があなたの琴線に触れるとは思えない......降参よ」
軍服の少女は考えを巡らせるが、確信を得るほどの答えは導き出せなかったらしい。あきらめたかのように首を横に振る。
「おや、あと一歩だったのに勿体ない」
「どういうこと?」
「君が言った悪魔殺し。その一人が戦いのたった二日前に悪魔殺しになったばかりの、それまでは魔法について欠片も知らない少年だったとしたら? その上、剣の魔王を撃退して見せたのがその悪魔殺しだったとしたら? 実に興味深くはないかい?」
「えっ......」
魔女服の少女の話は、軍服の少女に二の句を告げさせない驚きの内容だった。
決戦の二日前に悪魔殺しになった、相手取ったのが弱小国の言葉の悪魔、このどちらかであれば過去にも似た例はあるだろう。
しかし、それらが積み重なると話は変わってくる。
勝利して見せたのならなおさらだ。確かにこれであれば、興味を引くだけの情報だと軍服の少女は思った。
「なるほどね。その悪魔殺しを一目見るついでに、大熊の応援にも応えたってわけね」
「そういうことだよ。せっかく見に行くのだから、私を満足させるだけの秘密が隠されていると嬉しいのだが」
「あなたが満足するなんて、魔法がすっかり廃れた今の現世にあるとは思えないけれど。まぁ、友人としてあなたが満足出来るように祈っているわ。ほら、日本行きの飛行機が来たみたいよ。混みだす前に乗り込みましょう」
「そうするとしよう。 ......あぁ、そう言えば」
「なに? 急がないと乗り遅れるわよ?」
魔女服の少女が思い出したかのように虚空を見上げた。その様子を見て軍服の少女が、急かすように声を掛ける。
「ふふっ、ジェームズから自分の庇護下にある悪魔祓いの少女が、私を殺すために英国から出奔したと聞いてね」
そんな軍服の少女を後目に、魔女服の少女はどうでもいいことのように、自分を狙う殺し屋が迫っていることを言い放ったのだ。
「ちょ、ちょっと!? なんでいきなりそんなことを言うのよ! 非正規とはいえ、悪魔根絶を掲げている教会とすら中立関係を築いているあなたを殺す? そんなことをしたら目論見がバレるだけで、世界中の組織から狙われるわよ!」
魔女服の少女は、人類にとっては脅威の一つだ。
だがその一方で、彼女の保有する膨大な知識は悪魔に対抗する貴重な力となるのだ。
「おや? それは大変だ」
「なんで狙われてる張本人のあなたが他人事なのよ!」
「実際、悪魔の私にとっては、人の事情。他人事だからね。まぁ、降りかかる火の粉は払わせてもらうからそのつもりでね。我が友よ」
「そーなるわよね! はぁ......あっちに到着したら、大熊に連絡を入れて...... 余計な仕事が増えたじゃない......」
軍服の少女は、これからの事を考えて気落ちしたように頭を押さえて歩き出した。
そんな彼女を慰めるように、悩みの原因を作り出した魔女服の少女は、軍服の少女の背中をさするのだった。
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揺らめく蝋燭の炎の微かな明かりによって照らされた室内。
大熊は上座に座る五人の男達に対して、先日諸刃山で起こった悪魔との戦いの報告を行っていた。
報告を行う彼の表情は優れない。何しろ五人の中には、悪魔と手を組み事態を危うくさせたと疑わしい仏閣派の姿もあったからだ。
「なるほど、言葉の悪魔の討伐に成功。さらに上位国家、剣の国の魔王を撃退して見せた。ここまでの功績を考えれば、仏閣派の者達の犠牲を考えても十分におつりが来る。よくやった大熊」
「えぇ。安心しています......」
「日の元の平穏が、我らの繁栄に繋がる。これからも励むがいい」
報告が終わると共に、話しを始めた男の名は吽。
古くは忍と呼ばれ、各地の権力者達の下、時には敵対者の暗殺、時には貴重品の奪取と日本の裏社会を支配してきた魔法使いの末裔だ。
今では隠形派と呼ばれる一派の長である彼と大熊の仲は、良くもないが悪くもない。
そもそも隠形派は必要以上に他派閥と関係を持たない。それは隠形派が他の四派とは違い、自派閥だけで繁栄を続けられるからだ。
永い時代の流れの中で隠形派が築いた権力者達との関係。そして時代が変わろうとも暗殺や重要書類の奪取等の需要は無くならない。
それらを利用することで隠形派はあらゆる物が手に入る。だからこそ五大派閥の中で一番構成員の数が少ないにも関わらず、日魔連のトップの一画として君臨することが出来るのだ。
「全くいい仕事をしてくれた。君と縊り姫のおかげで神々の加護は今この時も微かに力を増してきている。君の方は約束を果たしたのだ。こちらも預かっている姫君の御勤め中に、不自由をさせないことを誓おう」
「ぜひともお願いします」
次に大熊に話しかけたのは、神祈派の長である風祝。
仏閣派に次ぐ構成員の多さで知られており、神に仕える神主や巫女によって作られた派閥だ。
大熊との関係は、姫野の世話や神に関する詳細な知識の伝授などによって今でこそ良好。しかし、姫野が発見された当初は一人の人間として生かすべきと主張した大熊に対立し、髪や爪、血液を神に捧げ続ける生き仏の如く扱うべきと主張したことで、殺し合い寸前にまで発展したことがあった。
けれどそんな主張は、神々の姫野に対する執着の強さを目の当たりにしたことで吹き飛んだ。そのため、大熊達に全面協力することで、神の力のおこぼれに預かろうと手の平を返したのだ。
神の力を脅威として認識したのは悪くない。しかし、決して神の力自体はあきらめない意地汚さから、大熊は蛇蝎の如く嫌っていた。
(だが、こいつらは前座だ。問題は......)
そう心の中で呟きながら、ある男に目線を合わせる。
一般的な戒律で禁じられている肉食を解禁しなければ実現出来ないだろう達磨のような肥え太った身体。柔和な微笑みをたたえながらもどこか不気味さを感じさせる表情。たった一つの霊山を手に入れるために自派閥の構成員を切り捨てる非情な性格。
その男こそ日明院。仏閣派の長にして、自派閥すら己の養分としてすすりつくす邪悪の権化だった。
「儂からも礼を言わせてもらおうかの。もしあの悪魔達の討伐に失敗していた場合、日本が被る被害は計り知れないものだった。我が派閥の者達に少なくない犠牲が出てしまったのは残念だったが、それでも悪魔達の計画を挫いたのだ。よくやった大熊」
「......いえ、こちらとしても出来ることをしたまで。加えて仏閣派から構成員を預かっておきながら、犠牲を生んでしまい申し訳ございません」
(野郎......いけしゃあしゃあと! てめぇが悪魔と裏で繋がっていることは分かってんだ。腹に溜まった贅肉みてぇに随分と分厚い化けの皮だな!)
先攻は日明院のほうだった。大熊を労い、自派閥の犠牲を哀しみ、戦いの勝利を素直に喜ぶ。
悪魔と裏で繋がっていた事実さえなければ、坊主にふさわしい自愛の心に満ちた態度であったが、大熊はその場に唾を吐き捨てないよう堪えることに必死だった。
「あの者達も覚悟してはいただろう...... だが、一つ望みを言わせてもらえるなら、あの者達の功績として、諸刃山に立派な慰霊碑を建てさせてはくれぬだろうか?」
その発言に神祈派の風祝、そして託宣や悪魔祓いを得意とする陰陽師の流れをくむ五行派の長である土御門がピクリと反応したが、それ以上の反応は無かった。
まずは大熊の返答を見るつもりらしい。
(来やがったな。慰霊碑建造を口実に構成員を送り込み、諸刃山を実効支配って腹か。猿飛に調べてもらったが、戦いの余波で諸刃山は見事に霊山になってやがった。適切な処理をすれば、そのまま何百年と自ら魔力を生み出すようになるだろう。討伐に失敗すれば悪魔との取引で。成功すれば構成員の犠牲を理由に山を占拠する。どっちに転がってもいいってわけだ......)
場の流れは日明院の物だ。
神祈派と陰陽派は大熊が首を横に振ることを望んでいるようだが、日明院の正当性ゆえに助け舟を出したりすることは出来ない。
隠形派と異なり、時の政府に忠誠を捧げる防人派の長水鏡は、我関せずを貫くようだ。
今大熊に求められているのは、日明院の望みを汲み頷くこと。だからこそ大熊は素直に頷いた。
「ええ、もちろんです。あの者達のおかげで、この勝利は手にしたようなモノ」
「おお、では!」
日明院が細い瞳を限界まで細めて愉悦の表情を作る。風祝と土御門が非難の目を大熊へと向けた。しかし彼の言葉はそこでは終わらなかった。
「しかし、悪魔と悪魔殺しがぶつかり合った場所です。周囲の魔素濃度も高まっているそんな場所で、慰霊碑の作成中に何かあってはいけません。そこで諸刃山調査のために、ドイツの大戦勝者ラウラ・ベルクヴァイン。そして彼女の元に滞在中の知識の魔王、継承のダンタリアを呼び寄せました」
「なに?」
そこで初めて、日明院の表情が変わった。ここで奴に考える時間を与え、話をひっくり返されてはたまらない。大熊は一気に畳みかける。
「継承も螺旋型魔法陣を見るのは久しぶりのようで楽しみにしておりました。彼女の護衛にはそのままラウラが付きます。この調査は犠牲者を出してしまった私からの気持ちです。失われた命は帰ってきません、だからこそその命に報いる慰霊碑建造には全力を尽くすつもりです。受け取っていただけないでしょうか?」
「......もちろんだとも! まさか噂に名高いラウラ嬢と継承殿による調査が行ってもらえるとは、あの者達も極楽浄土できっと喜んでいるだろう。それでは調査が終了次第連絡をもらえるかね?」
一瞬、たった一瞬だけ、大熊に憎悪が凝縮された底なし沼のような目を向けた日明院。だが、次の瞬間には大熊に笑顔を向け、彼の提案を心から喜んでいるといった態度を向けた。
この場は引き下がるということだろう。風祝と土御門も満足げに頷く。
「それでは、報告はここまでということでよろしいでしょうか? ......私はこれにて失礼を」
五人が頷くのを見て、一礼を返すと大熊はそのまま退出した。
(これで調査を行っている間は、独占を好ましく思っていない神祈派と五行派が何かしら仕掛けてくれるだろう。てめぇのくだらねぇ計画に姫野達を巻き込んだ仕返しはここまでだ。あんな野郎共の相手をするより大切なことがある)
大熊の言う大切なこととは、もちろん人魔大戦だ。今回は何とかうまくいったが、次回もそうである保証はどこにもない。
今一番の問題は、新たに悪魔殺しになった天原翔という少年が、魔法知識を全く有していないということ。
自分や麗子が教えるだけでも最低限の知識は得られるだろうが、それでは生まれた時から魔法に触れてきた者達と比べると、どうしても物足りなくなってしまう。
翔が一魔法使いで終わる人間なのならそれでもいい。しかし、彼は悪魔殺し。悪魔との戦いで矢面に立たされる立場なのだ。物足りないは命取りに繋がる。
致命的な事態に陥る前に、教育を施さなければと大熊は考えていた。
幸い教師の目当てもついている。悪魔を狩るために悪魔から教えを乞う奇妙な状態になってしまうが致し方ない。
彼女の望むものを積み上げ、翔に知識を授けてもらうとしよう。71位、知識の魔王、継承のダンタリアに。
その時、大熊の電話が鳴った。
「もしもし? おーラウラ。もう着いたのか......はあ!? なんでジジイんとこの奴が出てくる!? しかも明確に殺意を持たれてるだぁ!? ......わかった、わかったよ! 仕方ねぇ、そのまんま連れてこい! あぁ、そうだ。あぁ、じゃあな。 ......なんでそんな状態になりやがる!」
どうやら大熊の予想だにしなかったイレギュラーが発生したらしい。
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