悪魔を追う者達
その後、数人の黒スーツの男達が現れ、姫野から引継ぎを終わえたタイミングで移動となる。
引継ぎの間も他の男達は、教室にぺたぺたと護符のような物を張り付けたり輪になってぶつぶつと何かをつぶやいたりしており、今までの翔であれば通報まっしぐらの光景だった。
しかし彼もつい先ほどの現実離れした体験によって、これらの行動もきっと何か意味があるのだろうと納得できてしまっていた。
「今の人達が日魔連ってとこのメンバーなのか?」
姫野と一緒に駅前の通りを町の外れに向けて歩きながら翔は質問した。
「ええ、そうよ。科学で説明できない不可解な事件の調査や超常現象なんかの鎮圧や抑制、あとはさっきみたいな後始末なんかを受け持ってくれる組織。本当はあの眷属との戦いに間に合わせたかったの。そうすればあなたを巻き込まずに済んだのに......ごめんなさい」
「いやいやいや、全然そんなことないって! 巻き込まれたのも自分のせいだし! 顔を突っ込んだのも自分のせいだし! 俺のせいで神崎さんに余計な負担をかけたし! なっ? 自業自得だろ?」
「でも......」
「神崎さんが少しでも責任を感じるならさ、こっち側の世界について教えてくれよ。それでさっさと解決して超常現象?まだまだお子ちゃまねぇって日常に戻っちまえばプラマイゼロって寸法さ。完璧な理論だろ?」
翔の言葉を聞いて少しの間キョトンとしていた姫野だったが、言葉を理解するにつれて謝罪のために伏せられていた目元から、幾分か険しさが和らいだように感じた。
「そう、そうよね。もう起こってしまったことだもの。天原君の言う通り問題の解決を考えるのが何倍も利口ね。私の分かる限りでこっち側の世界、魔法の世界について教えるわ」
「ああ、よろしく」
魔法。返事をしながら幼少期には自分も手の平から炎を出したり、自由自在に空を飛ぶといった他愛もない想像を繰り返していたのを思い出した。
同時に成長した今となっては、それが実現するということがどれほど恐ろしいことかがよく分かる。
手の平から出る炎はあらゆる監視をかいくぐって放火事件を起こすだろう。空を飛んでしまえば密輸や密入国なんて朝飯前だ。
そして翔がどれだけ願おうと魔法を使えなかった側にいたように、魔法は使える側と使えない側とで大きな差別を生むことも間違いないはずだ。
魔法使いが支配する世界。この世界がそういった世界に置き換わっていない時点で、影から一般人の日常を守ってくれていた姫野達魔法使いに頭が下がる思いだった。
「着いたわ」
「ここか。にしても一体いつの間に」
どれくらい歩いただろうか。
翔と姫野は人口減少による再開発の頓挫で放置されたままな空き地の一つにたどり着いた。先日、隣町に移動する際に立ち寄った時にはただの空き地であったはずだったが、いつの間にやらそこにはプレハブ小屋が建設されていた。
「土地の売買とかサイズとかの話し合いが終わって、出来たのが一月くらい前だったはずよ」
「え? じゃあその間、神崎さんってどこから学校に通ってたんだ?」
「キャンピングカーをショッピングモールの駐車場に間借りさせてもらって、そこから通っていたわ」
「一学期の間キャンピングカーから通ってたのかよ......」
「日用品をすぐに買いに出れる点は良かったけれど?」
「それ以外の点で不便が過ぎるだろ」
いくらキャンピングカーだからといっても、車中泊では取れる疲れも取れなかったに違いない。そんな生活にも関わらず辛さを全く表情に出さなかった姫野を尊敬した。
「中に入りましょうか。事務所の人達にも話は通してあるから大丈夫よ」
「そうだな、中に入るか」
姫野に促されて翔もプレハブ小屋の中に入っていった。
入ってみると思ったよりも中は広く、家具等も充実していることに気付く。キョロキョロと他にも気になるところがないか探していると
「帰ったか。んでそいつが例の少年か」
低く、そして覇気のある声が外から聞こえてきた。
どうやら事務所の人達とやらは全員二階にいたようで、ちょうど外の階段から一階に降りてきたらしい。
声の主である筋肉質でありながら横にも大きなプロレスラーのような大男。ビジネスウーマンを絵に描いたような眼鏡の女性。作業着姿の青年の三人が翔と姫野に続いて入ってきた。
「大熊さん、ただ今帰りました」
「おうお疲れ。もう少し早く応援が送れりゃよかったんだが、ジジイ共がいつものように足を引っ張りやがったせいでな」
「私は大丈夫です。でも天原君には謝ってあげてください。私の責任が一番ですけど、できる限りこちらの世界を説明するってことで手打ちにしてもらいましたから」
「そうか、わかった。なら俺等のほうで簡単な説明はしておくからよ、慣れない札なんか使って消耗したろ? もう休んどけ」
「えっ、でも私が......」
「誰が説明しようと頭に入っちまえば変わんねえ。いいから休んどけ。少年もそれでいいよな?」
「あっ、はい」
「わかりました。すみません、あとはお願いします。それじゃあ、天原君またあとでね」
そう言って、姫野は三人が下りてきた階段を逆に上がっていった。
「そんじゃあ、自己紹介といこうか。俺の名前は大熊源。日魔連の中の人魔大戦対策課っていう部署の課長だが言っちまえば閑職だ。人数も姫野を含めてこの四人で全員。そんなわけで応援にも他の課にいちいちお伺いを立てないといけないせいで対応が遅れちまった。すまなかった」
そう言って大熊は頭を下げる。
「いえ、神崎さんにも言いましたがほとんどは自分のせいだとわかっています」
「そうか、お前が大人で助かったよ。それと姫野を助けようとしてくれてありがとうな。褒められたもんじゃないが、そういう無茶苦茶する奴は嫌いじゃないぜ」
他人に指摘されたからこそ、翔はあの時の咄嗟の行動がどれだけ常軌を逸していたかが理解できた。
感謝とお小言によって、誇らしさと羞恥心で少しばかり頬が熱くなる。
「おっと話しが逸れちまった。自己紹介だったな。こっちの女は二階堂麗子。主に情報の分析や、過去の魔法絡みの事件の精査なんかをやってる」
紹介が終わると共によろしくねと翔と握手した。
「んで、こっちの作業着は猿飛健治。主な役割は怪しい場所の事前調査だが、実際に魔法絡みだと分かった後は雑用係に早変わりだ。エンジニアの真似事も出来るから、チャリがぶっ壊れた時にでもこき使ってやれ」
「大熊さん!その紹介はあんまりじゃないっすか!」
苦笑し、文句を付けながらも猿飛はよろしくと翔に握手をした。そして三人の自己紹介が終わると共に翔は自らの自己紹介を行う。
武道を齧っていること。悪魔と対峙した時に出た青白く光る木刀の事ももちろん話した。
大熊は少しだけ考え込んでいたようだが、すぐに空気を改めるように両手の拳をガツガツとぶつけて考えるのを止めたようだった。
「まぁそこら辺は置いておこう。まずは翔、おまえが何に巻き込まれたのかを説明せにゃならんよな?ただ、今からする説明は今まで培ってきた常識ってのを滅茶苦茶にぶっ壊しちまうもんだ。日常に戻りたいってんなら無理に聞く必要はねえし、今日のことを知らぬ存ぜぬで通してくれるなら、出来る限りバックアップもしてやれるがどうする?」
大熊が、説明の前にそう切り出した。
確かに忘れ物を取りに戻るだけだった予定が、クラスメイトが魔法を使う場面に遭遇するわ、成り行きでオカメ面の化け物と対峙する羽目になるわ、死にかけたと思ったら自分自身も魔法を使えるようになるわで散々な目にあったのだ。
大半の人間なら気疲れを起こし、日常に戻ることを望むだろう。
しかし翔は、ただひたむきに人を守ろうとした姫野の姿を見て、このまま全てを忘れて過ごすことは考えられなかった。
「その質問、神崎さんにも言われました。答えは変わりません。魔法の世界について教えてください」
「いい返事だ。まぁ、人助けのために形振り構わず化け物に突っ込めるんだ。説明くらい今更屁でもねえか」
大熊は少しだけ嬉しそうに声のトーンを上げて翔の選択を肯定して、話しを続けた。
「なら説明するぞ。今日おまえが遭遇した化け物ってのは悪魔の魔法で作られた眷属っていう簡単に言えば替えの利く兵隊みたいなもんだ」
「兵隊? それに悪魔に作られたってことは、作った悪魔も近くにいるってことですか?」
「ああ、おそらく近くにいる。というよりその悪魔を追いかけて俺たちはこの町にやってきたんだからな」
「ってことは、今日起こったことは偶然で、俺は運悪く現場に巻き込まれたってことですか?」
「今日は偶然だっただろうな。だが人魔大戦が始まって下位の悪魔が動き始めたんだ。いずれ悪魔に出会う確率はどんどん上がっていって、最悪右も左も悪魔だらけってこともあり得るかもな」
「そんな......」
翔の脳裏には、気を失っていた女性老教師の姿が浮かび上がり、その次に自分の親友たちの顔が浮かんだ。
明日には彼女のように親友たちが悪魔の被害に遭うかもしれないのだ。それを防ぐためにまずは敵を知らなければならない。
そのためには大熊の口から放たれた耳慣れぬ単語。人魔大戦から知るべきだろうと翔は考えた。
「えっと大熊さん。今の説明なら人魔大戦ってのが始まったせいで、悪魔が動き始めたんでしょう?その人魔大戦というのはなんなんですか?」
「しまったな。そこから説明しねぇとそりゃ分からねーよな」
大熊は失敗したという表情で頭を掻いた。
「そうなると先に大昔の話になっちまうし、そこら辺の話は詳しくねぇから麗子に任せることになるがいいよな?」
そう言いながら翔が頷くのを確認し、大熊は言葉を続けた。
「じゃあ麗子、頼んだ」
「わかったわ。それと翔君、せっかく知り合いになったのだしあなたが良ければ敬語は崩してもいいかしら?」
「もちろんです」
「ありがとう、じゃあ話すわね」
大熊の言葉を了承し、翔に確認を取ると麗子は説明を始めた。
「大昔の話。まだ神や悪魔が当たり前のように存在し、魔法も5人に1人は使えていた。そんな時代の話よ。人々は生活の発展のために魔法を使い、神が与える恩恵に感謝し、悪魔が気まぐれに働く悪事に恐れをなしながら暮らしていたの」
「その、さっそくで悪いんですけど質問いいでしょうか?」
「もちろんよ」
「どうして悪魔は悪事を行うんですか? そのっ、さっきの言い方だと悪魔は悪い存在だと決めつけているような気がして......それに神様のほうだって詳しくはないんですけど、神話で人間に酷いことをする奴だってたくさんいたような......」
過去に凛花が神や悪魔が出てくるゲームにはまった際、翔はその手の話題を耳にタコができるまで聞かされたことがあった。その経験によって麗子の話に疑問を覚えたのだ。
「そうね。簡単に説明してしまうなら種族の問題かしら」
「種族の問題?」
「まず前提として神や悪魔っていうのはね。人間や他の生物、物質なんかと違って身体の100%が魔法の素になる魔素って物質で構成されているの。そのおかげで人の形をしていてもその形を無視した動きなんかもできる。姫野からの報告は聞いてるわ、身に覚えがあるでしょう?」
もちろん身に覚えがあった。言葉の悪魔の眷属、二言。
そう名乗った十二単のオカメ面に繰り出した羽交い絞めは、羽交い絞めの瞬間まで存在していた身体が関節どころか骨ごと消滅したように外されてしまったのだから。
「気付いたようね。人体とは異なる作りだから、人体には出来ない無茶が出来る。というより、人間そのものの眷属なんて作ったら魔力コストがかさばってしょうがないわ。あいつなんかも見た目からして面か着物か拡声器、もしくはそれらを合わせたものが本体のはずよ。それ以外のパーツは見せかけのスカスカね」
「そうか。だから羽交い絞めは外されて、あのキモイ面を狙った突きは予想以上に効いたのか」
「そういうこと。それで話しを戻すけど、二つの種族は魔素しかないから、何をするにも魔素を消費する。で、消費するからには回復が必要でしょ?その時に周囲の魔素なんかを吸収して自分の魔力にするの」
「えっ?なら世界中にその魔素って奴は存在してるんですか?」
「ええ、そうよ。そうじゃないと姫野みたいな魔法使いだって、むやみに魔法が使えないでしょう?」
「そりゃそうか」
「そりゃそうよ。それで吸収するときに神はプラスの魔素が悪魔はマイナスの魔素が一番効率がいいの。プラスの魔素っていうのは教会とか温泉とか、変わったものだと砂漠の中のオアシスとか。とにかく生物がリラックス出来たり、幸福を感じたりする場に多く発生する。マイナスはもちろんその逆。お墓とかゴミ捨て場とか不快や不幸に感じる場所に多く発生する。ここで一つ問題よ、お互いが有利になる場所を増やすためには何をするのが一番でしょうか?」
「え、えーと......そうか!神様は人や生物が幸せに暮らせる環境を作るのが一番だし、悪魔はそんな場所を破壊して多くの生き物が不幸に感じる環境を増やすのが一番ってことか」
「正解よ。もちろん翔君が疑問に思ったように多くの人間を幸せにするために少数を切り捨てた神だっていたし、一人の願いを叶えて幸福にしたけど、その結果で多くの人間を不幸にした悪魔の話も過去にはあったわ。でもそれだって結局はお互いの種族の有利に働いているでしょう?」
「そうですね、理解できました」
「よろしい。じゃあ、次に移りましょうか」
面白いと思っていただけましたら、ブックマークと評価をいただけると嬉しいです。