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古今の行く末は盤上の中で その十一

「適切な距離を保ち続ける事。そして、本命を悟らせない事。分かっているね?」


「はい。動けないボクを見逃すほど、お師匠様も甘くはありませんから」


 端末越しに伝えられたダンタリアからの指令。それをゆっくりと己の中で噛み砕きつつ、ニナは空の境を見つめた。


 明暗がはっきりと別れた空だ。しかも、整った雲などで別れた明暗では断じて無い。昼と夜。明るさの極致と暗闇の極致が、境界線ではっきりと分かたれているのだ。


 幼児が好む読み物の世界なら、このような昼と夜の共存が描かれる事はあるかもしれない。しかし、この場は限りなく現実だ。結界内と言えども、現世のルールを極限まで踏襲した世界だ。


 そんな世界に、ファンタジーの風景が飛び込んでくる。まさしく魔法しかありえない。


 日差しを喰らう魔法の闇と、だからこそ映える虹のカーテン。あらためて自分の師たるラウラ・ベルクヴァインの規格外さに、ニナは霊峰の山頂を眺めているような気分になる。


「でも、攻略しなきゃいけない。ううん、攻略出来るってお墨付きを貰ったんだ。やれるだけの事をやるだけだ」


 けれどもニナは怯まなかった。師の規格外さなど、それこそ幼少期から何度も味わってきた。そして、直近の出会いによって、彼女が唯一無二の存在でも無い事を理解した。


 この世界には自分よりも優れた存在が、自分の予想よりも多くいるだけ。それを知ったからといって、ニナの価値に増減は無く、ニナの出来る事に増減は無い。


 だから彼女は前へと進める。どれだけ強大な相手だろうと、結局は自分が出来る事を真摯に取り組むだけなのだから。


「みんな、展開を急いで」


 これまでの数本伸ばしていただけの赤い糸は、両手指へと複数絡まる事で数十本となっている。それらのいずれもが、ニナと使い魔を繋ぐ通信装置となり、召喚魔法使いのアドバンテージである長距離戦闘を可能にしている。


 現世に戻った際の今後を考えて、ニナの距離はスコープ越しにラウラを捉えられる程度に抑えている。彼女に無限のリソースを授けてくれたダンタリアは、どこまでいっても中立の存在だ。現世にて同じ用意をしてくれるとは思わないし、あったとしてもとんでもない対価を求められる事だろう。


 だからニナは自重する。この血液量を真に自分のものとするまでは、必要最低限の消費で済ませようと思っている。もっとも、此度の戦いではいささか必要最低限が超過しすぎだと思わなくも無いが。


「うん。その距離だ。今のラウラはルールによって、引き出す魔力に限界がある。確信が無い限り、急激に夜を広げる事は無いはずだ」


「実際は、もっと速いって事ですか?」


「速いなんてもんじゃない。夜闇を作り出すこと自体は相棒たる()()の仕事だ。その気になれば、盤上全てが一瞬で夜に変わる。広げた所で極光模様(シュネリクシム)の効力が追い付かないから、わざわざ広げていないだけさ」


「っ! そう、なんですね......」


 使い魔を展開させる途上で、ラウラの魔法については聞いていた。


 自身に不変という変化をもたらし、周囲を変わらない風景という概念に見立てて不動のオブジェクトとする。詳細を聞かなくとも、強大な魔法である事は疑いようも無い。


 しかも、不動とするのは生物以外の全てだという。


 衣服はもちろんの事、ニナであるなら銃器、それに込める弾丸、煙幕等の爆発物、自身をサポートする魔道具の一切を無力化されてしまうのと同義だ。


 だからこそニナは、ダンタリアの言葉に安堵した。発動と同時に脱落状態とならなかった事に。そして、だからこそニナが対面に選ばれた。この場でラウラに抗えるのは、召喚魔法使いの自分だけなのだから。


「交戦、開始しました。案の定と言いますか、一度の仕掛けが数秒単位の足止めにしかなっていません」


 翔、マルティナ、姫野。いずれの悪魔殺しも、何かしらの武器を手に戦うタイプだ。ラウラの魔法は無機物を不動の風景とする。三人が夜の下へと入り込んだが最後、あらゆる武器はその場で固着し、翔に至っては擬翼と一緒に空間に磔されてしまう可能性すらある。


 そんな戦いだからこそ、ニナの使い魔達が輝くのだ。


 彼らは疑似的とはいえ、生命を吹き込まれた存在だ。命である以上、風景と断じる事は出来ない。風景では無い以上、空間内で固着させる事は叶わない。


 もちろん、動けるからといって有効打に期待出来るとは限らない。何度も言う様に、今のラウラは不変の存在。物理的な破壊はもとより、血液による侵食も不可能だ。


 せいぜい思い切りぶつかっていき、その勢いで足を留めさせる程度。それをラウラは歯牙にもかけず、ガンガンと片手間に処理している。これで良いのか。これが作戦なのかと、ニナに微かな不安がよぎる。


「大丈夫。プラン通りだよ。血族はそのまま足止めを優先しておくれ。この戦いの最後の主役は、あくまで(くび)り姫なのだから」


「......はい!」


 だが、そんな一抹の不安をかき消すように、ダンタリアからの力強い宣言が下された。


 そうだ。この戦いはプランニングされたものだ。自分などは足元に及ばない識者によって、理詰めの極致に生み出された盤面だ。ならばこんな不安は彼女の指揮に否を投じるようなもの。反対意見も無いのに、傲慢が過ぎる感情だ。


「姫野、君がボクとは違う事は分かってる。大舞台を前に、息の一つも乱さない事は分かってる。でも、だからこそ祈らせてほしい。君とは全く違うボクだからこそ、祈りを受け止めてくれる神様がいるかもしれないから」


 ニナは不安症な自分を恥じた。そして、祈りを捧げた。


 夜の中心に潜り込んだ姫野が、全てを成功させてくれますようにと。

次回更新は7/2の予定です。

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