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古今の行く末は盤上の中で その十

「範囲内にいれば、あらゆる変化を受け付けなくなる魔法!? そんなのどうやって押し留めろっていうのよ!」


 ラウラが破壊を振り撒く山とは別の山。鮮やかな紅葉で彩られた山の中腹辺りに辿り着いたマルティナは、目当ての人影を見つめると文句と同時に詰め寄った。


「別に対抗策を挙げるだけなら、そう難しくは無いさ。魔力切れ、範囲外への押し出し、魔法そのものの破壊、契約魔法によるさらなる強いルールの押し付け。ほら、少し考えただけでもこれだけある」


 対する人影は、いつも通りの調子を崩さない。恫喝に怯む様子も無く、かといってラウラの攻勢に焦る様子も無く。ただ泰然と自身の有する知識を語るだけ。


 それだけで、人影ことダンタリアの想定を事態が上回っていない事が分かってしまう。


「えぇそうね! 只人程度にまで零落したアンタを護り切るって制約が無かったらね! そんなに余裕をかまし続けたいなら、このままアンタを置き去りに_」


「置き去りに?」


「チッ! うっさい! (やぶ)(つつ)く暇があるなら、さっさと動きを教えなさい! どうせ準備はあるんでしょ!」


 マルティナは作戦以前に全てを話さなかった魔王の糾弾を続けようかと思ったが、そんなことをしたって喜ぶのは襲撃者陣営だけだ。


 どれだけ苦い薬であろうと、それが良薬であれば飲み込むだけ。勝利のために魔王の話を聞く。それが必要である分別は、今のマルティナにも付いていた。


「ふふっ、素直でよろしい。まぁ正直な所、ラウラが極光模様(シュネリクシム)まで繰り出してくるとは思わなかったんだ。せいぜい曇模様(ショピルグウォルケ)の捜索を再開するか、決意か(リザーブオア)逃避か(イベージョン)の限界まで雨模様(スタグウェアー)を乱発するものとばかり」


「もしもの話なんてどうでもいいわよ! 要するに、第三候補の行動を相手が取ったって言いたいんでしょ! 欲しいのは対策と知識だけ。だからさっさと_」


「こらこら。短気は損気と言うだろう? 大丈夫さ。まだラウラは動き出さない」


「何を根拠に!」


()()。束の間の安心を得るためにも、共有が大事だと思わないかい?」


「ぐっ......」


 正論だった。


 見た事も無いラウラの魔法と、彼女を中心に始まった空の変化。その二つを目にしたマルティナは、少なからず浮足立ってしまっていた。


 しかし、無理もない。なにせこの訓練におけるラウラの魔法は、常に悪い意味でターニングポイントとなっていたのだから。


 おまけに此度の魔法は、見るだけで基本天候の四つから外れている事が明白だ。少しでも戦力を失わないように、少しでも築き上げてきた有利を失わないようにとするばかり、マルティナからは冷静な思考が失われていたらしい。


「まずは詳細といこう。さっきも話した通り、あの魔法の名前は極光模様。晴模様(ゾニアオプシオン)雪模様(ディングフリクト)の組み合わせによって生まれる、ラウラ最大の()()()()だ」


「防御、魔法......? いえ、それよりも! 雪模様の変化を自身の不変性とするなら、晴模様は......」


 何よりも攻勢が必要な場面で、一番の防御魔法を発動するという矛盾にマルティナは疑問をぶつけたくなった。しかし、彼女は言い切らなかった。その程度の疑問よりも、氷解させるべき問題が生まれたから。


 前日にラウラが繰り出した驟雨模様(シュトルツネイク)という奥の手は、彼女の雨模様と曇模様を融合させたかのような魔法だった。


 ラウラの普段使いする四つの魔法は、それぞれが別々の魔法大系の形を取っている。その上で雪模様が対応する変化魔法が彼女に不変性を与えているとするなら、晴模様が対応する始祖魔法の効力も存在しているはず。


 焦り故に、その程度の単純な問題も見落としていた。マルティナは自身を叱咤しながらも、目の前のダンタリアへ視線を向ける。


 時を置かずして、求めていた答えは口に出された。


「ふふっ、良い着眼点だ。先ほども小言をいただいたからね。単刀直入といこう。極光模様内における始祖魔法の要素。それは土地。特に()()に対して、強く振るわれる」


「風景への始祖魔法って事? でも、それだと......」


 始祖魔法の中には、概念という目で見えず形すら持たないモノを操る魔法がある。マルティナの模倣魔法も、この概念型始祖魔法の一つだ。


 それを分かった上で首を傾げる。風景を操る始祖魔法。それはいったいどんな効力を発揮するのかと。


 目に見える物体全てを自在に操る魔法であろうか。だが、それはいくら何でも対象が広すぎる気がする。ならば、ラウラらしく環境を作り替える魔法だろうか。けれども、腑に落ちるほどでは無い。


「いえ、これは防御魔法。そして、ラウラさんの根源は家族の安寧」


 思考を二転三転させる内に、マルティナは思い出す。


 ダンタリアが始め、この魔法がラウラ最大の防御魔法と言っていた事を。それを考慮して考える。変化魔法が自身を守る最大の鎧と化すのなら、始祖魔法が家族を守るための何らかになるのがラウラらしさなのではないかと。


「正解、と言いたい所だけれど、そこに今の天候を付け加えれれば文句無しだったね」


「天候......? 空には、オーロラ......夜。極寒の凍土、その風景は......()()......」


「流石だね。で、その心は?」


「そこで褒め言葉って事は......生き物以外の全てに、不動と不変をもたらす始祖魔法って事じゃない! どうしてくだらない問答で時間を消費しているのよ! このままだと為す術が無くなる!」


 答えに辿り着いた瞬間、マルティナは再度ダンタリアに詰め寄った。ラウラの魔法がどれほどの脅威を秘めているか理解したからだ。


 凍てつき、幾星霜も変わらぬ凍土の如く、極光模様内では全ての風景が変化を止める。つまり、ドアの一枚が対象を封じ込める牢獄と化し、枝の数本が移動を遮る鉄条網と化してしまうという事だ。


 この固着化とも呼ぶべき状態を解除出来るのは、始祖魔法使いのラウラだけ。あらゆる変化を受け付けない無敵の状態と化したラウラだけだ。


 けれども、やはり防御魔法というべきか。これだけなら当初の予定通り、マルティナの再奮起(リトライ)を含めた逃走作戦を遂行するだけ。いずれは制限時間が訪れ、その合図と共に護衛者側の勝利は確定するはずだ。


 なのにマルティナは焦っている。その答えは、ラウラの魔法がどこまでを風景と取るか分からないから。


「ふふっ、焦っているようだし、答え合わせもしておこうか。もちろん()()()()()()()


「だから! だったらどうして動かないのよ!」


 マルティナの再奮起は、対象のあらゆる状態を巻き戻す。それは肉体のみならず、身に付ける衣服も含まれている。それは彼女が再奮起を手に入れた時から定まっていたルール。


 いや、まだまだ未熟なマルティナ故の、(いち)魔法の拡張性の無さ。


 むしろ、あの敗北で彼女の心境に変化が無くば、肉体のみの巻き戻しも可能であったかもしれない。一時の恥で悪魔が討伐出来るならと、喜んで生まれたままの姿を晒していたかもしれない。


 けれど、マルティナは変わった。人を受け入れ、行動を曲げる大切さを学んだ。病的な真っすぐさを失った事で、衣服という社会性を守る鎧の転移が強制されてしまったのだ。


 ラウラの魔法が衣服すら風景に含むと言うのなら、オーロラに囚われたが最後、身動きすら許されなくなる。使い魔による数多の目が無くとも、相棒リグの魔力感知だけでいずれは居場所を突き止められる。


 なのにダンタリアは動かない。クスクスと笑い声を漏らしながら、手頃な岩に腰を下ろしている。


 もういっそ、無理矢理にでも再奮起で動かしてしまおうかとマルティナは考えた。けれども、そんな思考を抱いた瞬間、ダンタリアから待ったがかかった。


「無粋な事は止めておくれ。ここで消費すれば二度目だ。三度目が魂そのものを砕かない保証はどこにも無いよ。それに、場所が場所だろう?」


「っ......」


 再奮起で行われるのは負傷や魔力消費の先延ばし。踏み倒す事は叶わず、いずれマルティナの状態に関わらず徴収される運命にある。


 多量の負傷と魔力枯渇、さらには二度も使用した事によって、彼女は生死の境を彷徨う事となった。今回負傷は無い。魔力消費も現実的な範囲だ。けれども、日に三度の使用は未知の領域であるのは事実。訓練で背負うには、いくら何でも大きすぎるリスクだった。


(くび)り姫が失敗を糧としたように、血族が道を拓いたように。悪魔祓い(エクソシスト)、君も学ぶべきだ。常に全力以上で事に当たるのでは無く、仲間達を信じて見守る事を」


「カンザキとニナの勝利を信じろって?」


「そういう事さ。そのために縊り姫をラウラに付け、血族を急いで引き戻したのだから。ほら、始まるよ」


「......分かったわよ」


 美しきオーロラ広がる夜の下。空にかかる虹のカーテンに負けぬ輝きが、地上の所々で弾け出す。時に結晶が、時に飛沫が、妖しく色めく真紅が夜へとぶつかりだすのだった。

次回更新は6/28の予定です。

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