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古今の行く末は盤上の中で その六

(ミグミー)達は順番に、(ディプロミューサ)達は出来るだけ隙を伺って。スライム(センチネル)達はそのまま行進」


 他の悪魔殺し達と異なり、ニナには言葉を届ける先が二つある。一つは他の護衛組との通話を繋ぐスマートフォン。もう一つは彼女の小指と複数の使い魔達を繋ぐ赤い糸。


 源流を彷彿させる血管の如き細い糸は、その実、彼女の能力を何倍にも飛躍させる効果を担っていた。


 見る人が見れば、その指揮はまだまだ(つたな)さが残るだろう。しかれどタイムラグの無い命令は、使い魔達を自身の手足を動かすが如く操る事が可能になる。いまだに一つの生き物は言い過ぎだろう。けれども一つの群れとして、使い魔達は麗子へ波状攻撃を仕掛けていた。


(すごい......。言葉が届くだけで、ここまで動きが安定するなんて。きっと君は、ギリギリまでマルティナを追い詰めたんだね......)


 ニナは思いを馳せる。この戦術を生み出した悪魔へ。この戦術を手にした小競り合いへ。

__________________________________________________________

 ダンタリアからの強引な提案によって、図らずも大量の血液を手に入れたニナ。これで物量作戦が可能になると喜んでいた彼女だったが、ダンタリアの思惑は血液の補充で終わりでは無かった。


「さて血族。これで君は使い魔をサポート役では無く、一つの戦力として数えられるようになったはずだ。だけど大多数の配下を動かすドクトリンを、君は修めていないだろう?」


「は、はい......!」


 始まったのはダンタリアによる戦術理解の質問。いや、どちらかと言えば、知識を有していない事への確認と言った方が正しいか。いずれにせよニナの戦闘知識は、連携に不向きな血の魔法の事もあり、めっきり個人戦闘に偏っていた。


 コンビで動くのも翔との共闘が初めて。四対四の訓練なんて、目を回しながらも必死に食らいついている有様だ。そんな自分が大多数の使い魔を使役し、あまつさえ流れに沿って命令を下す。とてもでないが無理だ。


 ブンブンと頭を上下させ、ダンタリアの意見に同意する。


 威圧や言葉尻を捕らえたりする事はあれど、今まで無謀な要求をした事は無かった彼女だ。自分の意思を汲み取って、話は進行していくものだとニナは思っていた。


「ダンタリア......! ()()()()のつもり......!?」


「おや、何のことだい?」


 だが、ダンタリアの会話相手は、そもそもニナでは無かったらしい。


 真の会話相手は、怒りによるものだろう、握り拳をプルプルと震わせるマルティナだった。


「当てつけ......あっ!」


 そして、遅れて二人の間の確執に気付いた翔だったようだ。


「とぼけるな! わざわざ現地確認までして。あの悪魔がやった事の大きさは分かってる筈よ!」


悪魔祓い(エクソシスト)。君が何に激高しているのかは分からないけど、集団行動は教会の十八番(オハコ)じゃないか。私がお願いしたいのは、そのノウハウを短い時間だけでも血族に伝授してやる事で_」


「まだしらばっくれるつもり!?」


 二人がニナの教育方針に関して、舌戦を繰り広げている事は分かる。だがいかんせん、この二人の間には単語が少なすぎる。


 まるであらかじめ決められた合言葉や、暗号を使って会話をしている様。実際は頭の回転が早いからこそ成り立っているのだろうが、これでは当事者であろうニナにはどちらが正しいのか分からない。


「私はいつでも誠実なつもりなんだけどね」


「嘘を付くな!」


 段々とヒートアップしていくマルティナと、言葉では否定しつつも止める事はしないダンタリア。もちろんニナが割って入るスペースはあらず、このままでは当事者なのに蚊帳の外だ。


「ダンタリア、それにマルティナも......」


 だけど、幸いにもこの場にはもう一人だけ理解者がいた。直接対面する事こそ無かったが、余波たる使い魔の襲撃だけでも、十分に悪魔のやり方を味わった翔という悪魔殺しが。


「ねぇ、翔。翔はマルティナ達が何を言っているのか分かってるの?」


「えっ? あぁ、そうか。そりゃ、ニナは詳しい所までは知らないよな?」


 そう言って翔は、特に気負う事なくニナへと事情を知らせてくれた。


 そうしてようやくニナは理解する。ダンタリアが遠回しに、ニナへと勧める知識の出所を。マルティナが怒り、ニナへの伝授を拒もうとする理由を。


「だから! 使い魔の生成量は桁違いなのよ! 物量作戦だけでも、目を向けさせるのには十分_」


「ふふっ、言い分は分かるよ。ついでに言えば、これが()()()の訓練であれば、採用してあげても良かったんだけどね」


「~~っ!」


 我慢ならないとばかりに、槍を模倣し始めるマルティナ。


「待って!」


「ちょっ!? ニナ! 危ないじゃない!」


 それが生成し終える前に、ニナは一人と一体の間に割って入る。理由の分からない喧嘩に入っていくのは不可能だが、理屈が分かれば止めない理由などありはしない。


 彼女らはニナの知り合いであり、作戦成功のカギを握る司令官であるのだから。


「マルティナが怒ってくれた理由も分かる。ボクも聞いた上で、思う所はある」


「だったらどうして邪魔を_」


「必要な知識だと思うから。例えそれが悪魔による、()()()()()()()()()()()ための戦術だとしても!」


 森羅の悪魔、繁茂(はんも)のミエリーシという悪魔がいた。


 自身の魔法によって、使い魔を大量生産。その物量作戦によって、一つの都市を壊滅させ、一つの都市を崩壊寸前まで追い詰めた。それだけを聞けば、他の悪魔達が召喚魔法を用いた場合の結果と変わらぬだろう。けれども、彼女にはそんな悪魔達とは異なる点があった。


 それが人間を侮らぬ姿勢。そこから生まれる、人類の技術を魔法に組み込む柔軟性。この二つが合わさる事で、彼女の軍勢は恐ろしいまでの統率力を発揮していた。


 いざ人間が用いようとしても、本来なら魔力の関係で数を揃える事は難しい。仮に数を揃えられたとしても、それとは別に、命令を理解出来るレベルの使い魔を用意するのは至難の業だ。


 数と質。この両方を準備可能な魔法使いは、昨今の現世には存在しなかったのだ。


 だが、それは過去の話。この場に立つニナの召喚魔法は、血液量さえ賄えれば数も質も用意出来る。ミエリーシ再来の下地が、整ってしまっているのだ。


「でも! あなたは手にした戦術を、きっと活用するでしょう!? 嬉々として人を守るために用いるでしょう!? それで白い目を向けられたら! 酷い偏見をぶつけられるようになったら!」


 マルティナは語気を荒げる。親友であるニナが、これ以上の迫害や偏見を持たれぬために。だが、それを飲み込んだ上で、ニナは知識を求めているのだ。


 銃を扱うニナは、その軽すぎる引き金の歴史を良く知っている。剣を扱うニナは、その振り下ろされた殺戮の歴史を良く知っている。魔道具を多用するニナは、その先鋭化が何によって引き起こされたのかを良く知っている。


 武器の歴史とは血の歴史。武器の進化とは殺傷の進化。この場の誰よりも非力で卑屈な悪魔殺しは、殺戮の担い手たる在り方を、師から十全に学んでいる。


「マルティナ。ボクのために声を上げてくれてありがとう。でもね。仮に新たな差別の的になっても、その知識はボクを助けてくれる。その知識はボクに新たな力をくれる。武器を殺人の道具にするか、活人の道にするかは人次第。ボクは信じられないかい?」


「っ......! そんな事、言われたらっ!」


「決まったようだね。まぁ、そちらに転ぶだろう事は、ある程度予想出来ていたのだけど」


「こんの......!」


「不屈は君の美徳だ。けれどそれ以前に、今回の司令官は私の筈だ。命令違反は厳罰と言いたい所だけど、そんな恐怖政治を行うつもりは無い」


「何が言いたいのよ?」


「なぁに、ちょっとした意趣返しさ」


「意趣返し......?」


「清濁併せ呑むと言った割には、友人に注がれた杯の中身には文句を付けるんだね? 彼女の濁まで呑み込んでしまったら、いかんせん割合が傾き過ぎじゃないかな?」


「ダンタリアッ!」


「マルティナ! 継承さんも!」


「いい加減落ち着けって!」


 翔と二人がかりでマルティナを押さえつけ、勘弁してくれと目線を送る。


「まぁ、これくらいにしておこうか。これ以上待たせると、大戦勝者(テレファスレイヤー)側とも小競り合いが始まりかねない」


「チッ!」


 まだ納得には程遠そうな様子であったが、どうにかマルティナも矛を収めてくれたらしい。安堵の息を吐くと共に、ダンタリアの目がこちらへ真っすぐ向けられている事に気が付く。


「知識を貪欲に求めたまえ。知ってはいけない知識でさえ、枠組みを知らなければ忌避する事すら出来ないのだから。君の活きる道は、()()()()()にこそ転がっているよ」


 口元を小さく歪めて笑うダンタリア。本当なら嫌悪感を隠しもしない親友と共に、向けられた笑顔によって走った寒気に、背を振るわせるべきだったのだろう。


(そうだ。これがボクの戦い方。ボクにしか出来ない戦い方......!)


 しかし、その怖気はニナにとって、武者震いと同じであった。


 ピーキーな魔法に、劣った知識。おまけに肉体的な差異もほとんど無いとなれば、どれだけ仲間達が優しくとも、劣等感の一つは覚えるものだ。


 翔の隣へ一歩近付いた。そう思えば、殺戮に用いられた戦術なんて小さい問題だった。もちろんニナの精神は常人に近い。その戦術で命を落とした人々への哀悼は忘れないし、今後自分に向けられる視線も親友の予想に近い事は分かっている。


 だけどその程度で止まる訳が無かった。その程度で仲間達を守り、翔に近付けるのならば止まる理由が無かった。なぜなら彼女の深奥に咲き乱れるのは、重度の身内主義たるラウラ・ベルクヴァインの教えなのだから。

__________________________________________________________

「こちらマルティナ。準備は万端よ。いつでも変われるわ」


「こちらニナ。分かったよ。タイミングは鷹達と狼達を一斉に動かす時。たぶん、もうすぐ継承さんが言ってた、()()が始まるだろうから」


「了解。気を付けなさいよ」


「うん」


 新たな戦術を手に、ニナが見据えるのは麗子では無く一つの山。そここそが彼女の目的地であり、この計画の根幹と呼べる場所なのだから。

次回更新は6/12の予定です。

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