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古今の行く末は盤上の中で その五

(実力行使とは言っても、ねぇ......)


 自らの契約魔法、不可説無量乗法によって次々とゼロを撃ちだす麗子。ゼロはあらゆる数字的概念に張り付き、存在を変質化させる。その一発一発が必殺の一撃であり、ゲームチェンジャーになりえる魔法である。


 だというのに彼女の顔は晴れない。むしろ撃ち出す事にその目は細められていき、魔法を発動する度に顔は曇っていく。


 それはなぜか。その答えはただ一つ。麗子の相対する相手が、()()()()()()()()()()()()()からだ。


「液体である以上、重さを変化させた所で意味は無し。使い魔という現世のルールから外れた存在のせいで、空気を乾燥させた程度じゃ影響は無し。なら、配分をバラバラに組み替えて血液の枠から外せばと思ったのだけれど_」


 空中から飛び掛かろうとしている鷹には、過剰なまでのヘモグロビンを。真正面から襲い掛かる狼には、血液とは呼べないほどの水分を。何だかよく分からないスライム状の使い魔には、何十倍もの血小板を。


 けれども使い魔の動きは鈍らず、行動そのものにも阻害されているような様子は見られない。


「これでダメなら答えは簡単。ニナちゃんの召喚魔法は自身の()()()使()()()()()()使()()()()魔法では無く、自身の()()()使()()()()()()()()()()魔法って事ね。前者なら血液である事が絶対条件。けれど後者なら後天的に血液から変わろうと問題無いし、そもそも液体である必要も無い」


 麗子は冷静な分析を挟みながらも、自分は相当厄介な存在の相手を強制されたのだと自覚する。


 大抵の生物は、体重や成分割合を弄ってやればお終い。悪魔であろうと、実体化していれば一定の効力は発揮する。強力無比な彼女の根源魔法だが、その実、他者や環境に依存してしまうという弱点がある。


 魔力だけで存在しているような実体を持たない悪魔や、対面している使い魔のような適応能力の高い個体。これらを相手にした時に、麗子の魔法は打つ手が無くなってしまうのだ。


「もうっ! この距離の戦いは付け焼刃なのよ!」


 襲い掛かる鷹の襲撃をしゃがみ込む事で回避し、すれ違い様にとある数字を塗り潰す。


 その行動だけで、あれだけ苦慮していた鷹が空中で爆散した。直接塗り潰す必要のある数字の除去は、彼女の魔法の中でも随一の攻撃性と防御性を秘めた能力だ。


 だが、相手は先ほどまで、どんな変化にも対応してきた使い魔。一体何の数字を削れば、ここまで綺麗な討伐が可能となるのか。


「使い魔である以上、魔力の楔からは逃れられないわよね? これすらダメなら、さっさと白旗を上げる所だったわ」


 答えは簡単だ。麗子が削り取ったのは、鷹が保有していた魔力量を示す桁。生み出すのがどれだけ血液に依存していたとしても、使い魔であるという事は、魔力で活動している事に他ならない。


 いわば血液を使い魔たらしめるフレームとして使用されている魔力を、麗子はゼロの塗り潰しによって消し飛ばしたのだ。


 魔力によって形を保っていた鷹は、大黒柱の折れた家屋の様に爆散。その役割に終止符を打たれた。地面に降り注ぐ赤黒い液体。それも水田と混じる事で、血液という名前を失い、汚染水という新たな名前を世界から与えられる。


「これで一匹......割に合わない所じゃないわね」


 麗子は突っ込んできた狼を背負い投げの要領でいなし、塗り潰す。泥地の粘度を上げてスライムの移動速度を阻害し、流れるような歩法で塗り潰す。


 直近に迫りつつあった脅威を、軒並み排除した麗子。だが、終わらない。この緒戦はダンタリアの助力で凶悪なユニットと化したニナにとって、爪の先端や髪の一本が持っていかれた程度の被害に過ぎない。


 戦う前には数匹であった使い魔達は、すでに数十匹、悪ければ百単位の巨大な群れと化していた。そのいずれもが強力な環境適応能力、物理耐性、そしてニナの血液魔法を秘めているのは明白。


 ここまでの圧倒的な特効戦術を用意されては、麗子としてはいい加減ため息の一つでも吐きたくなる。


(まったく継承様ったら、私一体にどれだけの圧殺陣を用意しているのかしら。術者の未熟を勘定に入れたって、過剰戦力が過ぎるわよ。そもそもこの使い魔の数。どう考えても、ニナちゃんの致死量を越えているわよね? どんな入れ知恵をしたのやら......)


 終わりの見えない使い魔の討伐作業。いくら肉体的にも魔力的にも人間に勝る麗子と言えど、ロボットで無い以上、必ずどこかで粗が出る。


「っ......ふぅ。こんな無間地獄に落とされれば、こうなるのも時間の問題よね」


 ピリッと感じた指先の違和感。視線を向ければ、一滴の赤い雫が指先に付着しているのが分かる。激戦なれど出血は微塵も無く、自分のものでは断じて無い。ならば考えられる答えは一つ。討伐したいずれかの使い魔の血液が、飛び跳ねて麗子に付着したのだ。


 そして使い魔を構成するのは、十割がニナの血液だ。他の活性化した魔力に反応し、結晶化という結果を残す強力な魔法だ。すでに反応は始まっており、結晶化した雫は麗子の指先を包み込まんとしている。


 常人であれば、パニックを起こして大きな隙を晒していただろう。しかし、麗子は即座に反応。自身の肉体に対する侵食率を数字化し、視界の片隅に配置しておく。


 これで侵食率が十パーセントを超えるタイミングで零を削り取れば、麗子の脱落はほぼ無くなる。侵食には抗える。だが、これでは防御に成功しているだけだ。


「源はかかり切り。ニナちゃんが脱落する気配は無い。ラウラの勝利もいまだに見えず......自力で解決するしか無さそうね」


 この訓練には制限時間が存在する。そして、時間切れは自分達の負けを意味する。大熊が実力行使と言っていた所からも分かる通り、そろそろ油の売りっぱなしが許される時間では無くなりつつある。


 正直に言ってしまえば、麗子の戦闘に関する経験は浅い。せいぜいが大戦勝者(テレファスレイヤー)達の間で行う模擬戦闘と、社会に仇なすはぐれ魔法使いや邪教徒との戦いぐらい。死線をかいくぐったという意味では、護衛者たる悪魔殺し達の方が上と言い換えても良い。


 そんな相手と根源魔法が封殺されている状況で戦えるのか。一瞬の逡巡を挟んだ後、麗子は自身のあらゆる肉体的数値に零を張り付けた。続けざまに踏み出した一歩は、彼女の身体を何足も先に押し上げる。


「高みの見物気取りなんて、趣味はもちろん源の相棒としてもナンセンスだわ。持てる限りを尽くして、五体満足で勝利する。それがあの人の隣に立つ資格よ!」


 目指すは召喚魔法使いのアキレス腱たる術者本人。先手を譲った故の趨勢を巻き返さんと、麗子はニナへと向けて、大きな一歩を踏み出すのであった。

次回更新は6/8の予定です。

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