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古今の行く末は盤上の中で その二

 ダンタリアの作り出した小さな街。その海上部分にポツリと浮いた一つの白い点。近付くにつれてそれが人であり、傘を持った灰髪灰眼の軍服少女であり、大戦勝者(テレファスレイヤー)ラウラ・ベルクヴァインであると分かってくる。


 ラウラの髪色からも分かるように、現在の天候は曇。これまでの超攻撃的だった晴や、便利使いしやすい雨とは異なる曇を選択した。それだけで、彼女がこの三戦目にどれだけ意識を向けているのかが分かってくる。


 曇模様(ショピルグウォルケ)は魔力量以外の全てをコピーした、ラウラの複製を無限に作り出す召喚魔法。そんなものが街中に散らばってしまったら、魔法の使用すら禁じられたダンタリアに成す術など無い。


「ディーが本気を出すって言ったのよ。最初から破産覚悟で突き進まないと、必ずどこかで足を取られる事になる。さぁ、頼んだわよ()()。恥ずかしがり屋を探し出してあげなさい!」


 その声が契機となったのか。風も拭いていないというのに、空に広がった厚い雲が散り散りに千切れ始めた。分厚い雲は晴天を覗かせるには程遠く、それどころか千切れた雲達が徐々に別の形へと生まれ変わっていく。


 その姿は灰髪灰眼の軍服少女。ラウラだ。何百という雲の破片が、残らずラウラ・ベルクヴァインへと変化を果たしたのだ。生み出されたラウラ達の手には、幸いと言えるのか相棒リグの姿は無い。けれど、大した問題ではない。


「リグ」


 突如海上に暴風が吹き荒れる。ラウラ本体は意に介した様子も無く不動。しかし、使い魔のラウラ達は、ある種当然の如く風に押し流されていく。


 ある個体はオフィス街に、ある個体は住宅街に、またある個体は森林地帯に。ラウラとリグ、それぞれが一つずつ魔法を使用しただけで広範囲の索敵が開始されてしまったのだ。


「さて......あら、大熊は早速ぶつかり始めたのね。麗子にはニナが。なら、残っているのはカーブの利く猪と、イレギュラーに強いロボット。猪は私に届かない。ロボットにはもう何もさせない」


 散らした使い魔ラウラ達の瞳は、全て本体のラウラと共有されている。瞬く間に戦況を理解した彼女は、即座に今後のシミュレーションを始めた。


 一切遊びの無い、堅実な一手だ。だが、これは裏を返せば、それだけラウラにも余裕が無い事を表している。


 この三戦目が始まる前に、ラウラはダンタリアから一つのプレゼントを受け取っていた。その名は決意か(リザーブオア)逃避か(イベージョン)。設定された上限以上に持ち主が魔力を消費した場合、ラウラですら悶絶するほどの苦痛を与えてくる魔道具だ。


 この魔道具のおかげで、彼女は普段のような無茶が出来ない。二戦目で山一つの環境を変えたような、魔力を湯水の如く消費する作戦が取れない。的確なタイミングで適量の魔力消費を行わねば、魔道具によって強制的に脱落させられてしまうからだ。


「この小さな索敵だけで数分。今更だけど、シビア過ぎない?」


 おまけに、今回からは制限時間という枷まで付けられている。


 三十分。一対一のスポーツとして見ればいささか長く、チームスポーツとして見ればいささか短い時間。面と向かった戦いであれば十分(じゅっぷん)もあれば決着はつく。しかし、索敵まで考えればギリギリだ。


 ラウラは師である反面、肉体年齢に精神が引っ張られている部分がある。要するに、彼女には負けず嫌いな面がある。全力の魔法勝負や全力の謀略合戦に負けるのであれば、奥歯を噛みしめこそすれ勝者を讃えはしただろう。


 けれども、こんな内職めいた作業の末に潜伏で勝利を掠め取られたら、我慢なんぞ出来よう筈が無かった。だからラウラは曇模様を初手で切った。潜伏など出来ない環境を作り出し、相手を勝負の土俵へと引きずり出すために。


「これは......? でも、あの子は今......」


 不戦勝など許さないとばかりに索敵を進めていたラウラ。ふと見れば、とある区域をその足で索敵していた使い魔達が討伐され始めた事に気付く。


 手口はいずれも同様。それまで何も存在しないと思われていた場所から、赤い奔流が使い魔を飲み込む。そのまま碌な抵抗も出来ずに、視界情報も保有魔力も消滅する。


 拾えた微かな情報で推理をするなら、ニナの使い魔、あるいは自分の知らぬ姫野の魔法という線が濃厚だ。だが、どちらを本筋としても疑問が残る。


 ニナの使い魔であれば、傍らに配置しない理由が分からない。彼女の使い魔はあらゆる形状、属性を獲得する事が可能だ。けれどもその代償か、生成にはニナの血液を必要とする。


 いくら超常の力を有する悪魔殺しと言えど、その大本は常人と変わらない。血の魔王の血族たるニナでも、多量の出血は死に直結する。


「40キロ......あったかしら? まぁいいわ。仮に50キロだとしても、せいぜい4リットルが限界。それ以上は失血死、例え耐えたとしても碌な行動が取れなくなる」


 一般に、40キロの人間に許される出血量は3.2リットル。使い魔の視界いっぱいに広がるほどの血液を考えれば、その使い魔を生み出した時点でニナの血液リソースは限界の筈だ。


 ならば、まだ見ぬ姫野の魔法かと考えるが。これも納得する程の答えを用意出来ない。


「失血死でも分かるように、血は多かれ少なかれマイナスのイメージを持っている。それこそ神話の時代なんて、かすり傷一つが死に直結する時代。そんな時代で、血を司る神の生まれる土壌はあったの?」


 あいにくラウラは日本の神話事情に明るくない。辛うじて主神やネームバリューが高い神が分かる程度だ。だが、そんな彼女からしても、血の神なんてものは存在しないのではという意識が強い。それほどまでに、血はマイナスのイメージが強かったから。


 失血、()り傷の化膿、返り血による感染症。軽く挙げるだけでも、血という概念が持つマイナスイメージは計り知れない。


 そして、神というのはプラスの魔力を糧にする存在。いくら血のイメージがマイナスだけでは無いと言ったって、マイナスに近ければそれだけ神の得られる糧は極小だ。


 そんな血を司る神が生誕出来たのか。あまつさえ(くび)り姫と契約する機会があったのか。そう考えれば、おのずと答えは否へと傾いていく。


 どちらの説も甲乙つけ難い程には信用出来ない。ならば危険を承知でブチ抜きに行くかと考えるが、今のラウラでは不意の事故が恐ろしすぎる。そもそも、これで何の重要性も無いブラフだったりすれば、敵の首魁たるダンタリアはきっと満面の笑みをラウラに浮かべるに違いない。


 君の性格なら引っかかると信じていたよなどと、それっぽい煽り文句を添えて。


 それは我慢ならなかった。加えてニナの師であり育ての親として、ルール変更早々に敗北などという不甲斐ない結果は見せられなかった。


「相手はディー......考えすぎて損をする事は無い......!」


 だからラウラは本気を出した。親友の想像を越えるために、義娘に良いカッコを付けるために。


「っ! そうよ! ディーはわざわざ準備時間を要請した! 二時間。何かの魔法を習得させたり、一から魔道具を作るには短すぎる。けど、必要な物資を用意するのには十分すぎる時間......!」


 そうしてラウラは気が付いた。ダンタリアが要請した準備時間の意味を。


「ニナの身体にある血液だけじゃ、あのサイズの使い魔は一匹で限界。でも、輸血なりで容量を増やしたりすれば......!」


 ラウラの家族達は、いずれも最年少であるニナを愛している。ある者は戦闘技術を刻み込み、ある者は戦場からの撤退法を語って聞かせ、ある者は源流こそ異なるが同じ血族としての立場から魔道具を与えた。


 そう、ある魔道具。血液を新鮮な状態で保つ事が出来るあの魔道具さえあれば、愛する義娘の生み出せる使い魔数は弱体化した自分に匹敵するのではないかと。


「っ!?」


 衝撃の事実で揺さぶられた頭に、さらなる衝撃が襲い掛かった。


 リグがいない事で機動力が落ちていた空中の使い魔達。それらが、地上を進んでいた使い魔達が軒並み潰された区域へと辿り着いたのだ。


 一つの使い魔の目を通して、特徴的な魔女帽子と紫の髪をした少女がこちらを見つめている事に気付く。その表情は挑戦的な笑み。来れるものなら来てみろという挑発。


 索敵から数分。目標としていたダンタリアは、なんと自らの足で姿を現したのだ。


「何が、何を狙って......いえ、そういう事じゃないのね」


 混乱していたラウラだったが、次の瞬間にはスッと目が細められる。


「潜伏なんてつまらない勝利は、そっちも望んでいないって訳ね! リグ!」


 ラウラの掛け声に呼応するかのように、天候が一瞬にして姿を変える。


 始まりこそポツリポツリと水滴が滴るのみであった曇り空は、数呼吸の内に大粒をこれでもかと零す大雨へと変貌した。


 そしてラウラの髪色が青へと変わり、瞳も雨粒を写し取ったかのような青色へと変化した。対応した雨模様(スタグウェアー)の能力は転移。雨粒を媒介に、短距離転移を全ての対象へと強制する魔法である。


「いっつもからかわれてばかりだもの! 今日こそはぎゃふんと言わせてやるんだから!」


 少女は瞬きの内に姿を消した。海上から消え去る際の彼女の顔には、年齢相応の無邪気な期待が溢れていた。

次回更新は5/27の予定です。

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