整った不協和音
「ほらほら、集中力が乱れているよ。この作戦の要は悪魔祓い、君の動きが全てなのだから」
「うっさい! 横でちょっかいをかけてくるバカ魔王のせいでしょうが! こっちは勝手に進めとくから、カンザキの手助けにでも行ってなさいよ!」
悪戯心を隠そうともしない弾んだ声と、不機嫌を隠そうともしない怒声。
ニナがダンタリアによって謎の羞恥プレイに放り込まれた裏で、マルティナはマルティナで彼女から一つの指令を下されていた。
「そうは言ってもね。こうも時間がかかるようでは、とても実戦では使えないじゃないか。模倣の始祖魔法は、一番使い慣れているだろう? 友人の魔道具を複製する程度、鼻歌交じりにやってくれないと困るんだよ」
指先でトントンと、ダンタリアが物体をつつく。
マルティナの前に広げられたそれらは複数の銃器と剣、煙幕らしき物にツギハギで作られたかのような古めかしいコート。そう、それらはいずれもニナが普段使いしている魔道具であった。
ダンタリアがマルティナに下した指令は、ニナの所持する魔道具の複製だったのだ。
「あらゆる魔法に精通しているあんたが、分からないはず無いでしょ! 他人の魔力で染まった物を模倣する事が、どれだけ難しいかを! それに、この場の魔道具にはニナの魔力を凝縮した血液も混じってるのよ! 本番には間に合わせるから、いいから黙っときなさい!」
きっと、このやり取りは何度も交わされたのだろう。度重なるダンタリアの挑発に嫌気が差したかのように、マルティナはイライラと自身の三つ編みを指で弄ぶ。
けれども、口調に反して魔力制御は繊細の一言。ダンタリアの発破通りにスピードこそ緩慢だが、模倣を終えた物品はどれも本物と見紛うほどの出来栄えだ。
そもそも実戦では使えないと言っているが、今回の作戦では訓練中の模倣を行う予定などない。今しがた始まった複製さえ終えてしまえば、伝えられた作戦に支障は出ないのだ。
それでも挑発された事でスピードまで追い求めるのは、負けず嫌いなマルティナらしい。そして、彼女には挑発へ真っ向からぶつかり、撥ね退けるだけの才能もある。徐々にではあるが、模倣スピードは早まっていた。
十二分の実力を発揮させるために行ったダンタリアの挑発、それに応え実現してみせたマルティナ。お互いの思惑が混じり合った結果、作戦遂行のピースは想定以上に揃いつつあった。
「ふふっ、まぁ出来上がった品に文句は無い。これなら一芝居打つには十分だろう。せっかく君を中核に置いたんだ。上手く合わせておくれよ?」
「相変わらず上から目線でムカつくわね」
「実際に上だからね」
「っ! あんたが人類に敵対的なら、今すぐその口を閉じさせてやれるのに......!」
「その時は、君が閉口するのが先さ。自慢じゃないが、私をそんじょそこらの魔王と一緒にしてもらっては困る」
「......分かってるわよ!」
罵倒の応酬こそしているが、マルティナは本気でダンタリアに挑みかかろうとは思っていない。
少し前までの自分は無鉄砲で傲慢で、恐ろしいほどに世間知らずだった。別にマルティナが姫野のように常識に疎いわけでは無い。むしろ悪魔祓いとして世界中を廻っていた彼女は、他の三人よりも社交性では数段上だ。
この場で言う世間知らずとは、悪魔の序列と実際の実力には乖離があるという事について。
魔王が統べる国家の順位とは、何も魔王単体の実力だけで制定されるものでは無い。国家の順位とは、その国家が秘める国力の総量についてを指す。
そのため、魔王単体の実力で上位国家に君臨している国もあれば、有力な国民が多いために上位国家に君臨している国もある。
目の前の魔王の順位は71位。最下位の一歩手前。建国を目指す国無し達からすれば、次点で標的にされうる危うい下位国家。そして、遥か昔から教会が溜め込んだ情報にアクセスすれば、知識の国民は国無し達以下の実力しかないともっぱら噂される弱兵達だ。
しかし、それでもダンタリアの国は滅ばなかった。魔界の始まりから現在にかけてまで、繁栄も衰退もしないまま維持され続けてきた。そこには永劫中立の契約も理由にあろうが、それだけで血の気の多い悪魔達を縛り続ける事など不可能だ。
「ふふっ、最近の君は本当に物分かりが良くなっている。そこだけは信頼しているさ」
この魔王だ。この魔王がいたからこそ、誰も国を奪えず、いつしか不可侵の存在として祀り上げられる事となったのだ。
複数の悪魔達と戦ったからこそ分かる。この魔王の底は、全く見えない。例え自分達の支援に多量の魔力を消費させた上で不意打ちしたとしても、勝てるビジョンが全く浮かんでこない。
だからマルティナは言葉だけで、実行には移さない。彼女とダンタリアの関係は、草食動物と満腹状態の肉食動物だ。
機嫌が良いから、牙を立てる理由が無いから、自分は生かされているだけ。本気で討伐を狙った時でさえ、ダンタリアには小動物のじゃれつきにしか取られなかっただけ。
ひとたび本気で挑みかかられれば、マルティナの命など数瞬も持つまい。理解さえ許されず、一息で葬られるに違いない。
それが理解出来るようになったからこそ、マルティナはダンタリアに挑まない。
「......そう。なら、信頼の証に教えなさいよ。あの時話した内容は、本当なのね?」
だが、今挑まないからと言って、ずっと挑まないわけでは無い。なにせダンタリアは人魔大戦における標的の一体。どれだけ人類に友好的と言えど、いつかは越えなければいけなくなる壁なのだから。
「復讐かい? もちろん協力するとも。だけど_」
「分かってるわよ。今の私じゃ足りていないんでしょ? だから学び取ろうとしているのよ。他でもない魔王であるあんたから」
「ふふっ、向上心のあるニンゲンは嫌いじゃない。存分に私から学び取ると良い。魔法の可能性を、戦いの可能性を、そして仇敵を魔界に叩き帰す謀略の可能性を」
打てば響くと言わんばかりに、一人と一体の会話はするすると進んでいった。彼女達の間に主語はほとんど必要ない。発せられるあらゆる単語が、複数の情報として両者の頭に蓄積されていくのだから。
(謀略......。謀略、ね。フン、やっぱりバケモノじゃない)
此度の訓練において、マルティナは様々な作戦を立案してきた。一部には、決まりさえすれば大戦勝者の多くを縛り付ける作戦すらもあった。
だが、いずれの作戦も大戦勝者を檻に閉じ込めるところまでは成功したが、圧倒的な実力によって檻そのものを破壊されてしまっていた。本物のバケモノを打倒するなら、知識だけで無く相応の実力を兼ね備えなければいけないのだ。
つい先ほどダンタリアは、謀略を以て十君の一体を魔界に叩き帰すと言い放った。謀略を作戦と言い換えるのであれば、十君を大戦勝者に当てはめるのであれば。
ダンタリアは有利に事が進みこそすれば、十君を討伐しうるだけの実力を秘めていると自白したようなものなのだ。
(だからこそ私はこいつの言う通り、学び取らなきゃいけない。この魔王から手に入る可能性は、大戦を終結させるだけの大きな力を持っているんだから)
十君の一角を落としうる者からの指導。得られる全てを己が糧にせんと、マルティナは伝えられた突飛な作戦の結末を頭に思い描くのだった。
次回更新は5/15の予定です。