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夜通しのルール制定

「はぁ~......。結局朝までかかってんじゃねぇか。これもてめぇの策の内か?」


「そんなはずが無いだろう? それに、その気があるならもっと上手くやる」


「チッ、ラウラの野郎はこのザマだし、本当に誰のせいでここまで話が拗れたと思って......!」


「ふふっ、本気で怒っているのなら無理矢理叩き起こせば良かっただろうに。まぁ、君の実力じゃ手痛い反撃で泣きを見るだけか」


「......今日の訓練、せいぜい覚悟しとけよ。本体にフィードバックが無かろうと、その顔を叩き潰せるのには変わらねぇんだからな」


「おぉ、怖い怖い」


 世間が朝の身支度を終えてそれぞれの目的地へ自宅を踏み出した頃、二人と一体の調整会議はようやく終了した。


 参加者の状態は三者三葉。苦手な頭脳労働を極限までこなし、気疲れをこれでもかと起こしている大熊。疲労のひの字も見せず、モーニングティーを楽しむダンタリア。そして、覚醒時にはまず見る事の無い、険の取れた柔らかな表情で眠るラウラ。


 その状態を見るだけでも、大熊にかかった負担を予想する事は容易だった。


「御託はもういい。最後に調整後のルールを再確認するぞ」


 そして彼は、何事にも保険をかける人間だ。どれだけ疲労困憊であろうと、双方の認識の誤りを排除するために、最終確認を行いだす。この僅かな時間でも仮眠に当てれば大分マシになるだろうに。


 自分の気疲れ程度で翔達の成長が飛躍するならと、大熊は休憩時間を極限まで削ってダンタリアとの話し合いを進めていたのだ。これでは姫野や翔の自己犠牲精神を怒れない。


「そういう事細かな気配りを見せるからこそ、いつまで経っても仕事が片付かないのだろうに」


「黙ってろ! まず、ルールその一。今後の訓練において、ラウラは魔道具を装着した状態で戦闘を行う事を義務付ける。魔道具の詳細は護衛組にも伝達。意図の有無に関わらず、魔道具が壊された時点でラウラは脱落となる」


 最終確認の始まりに上げたルールは、昨夜真っ先に決められたラウラを縛る魔道具についてだ。


 大熊とラウラの目指す訓練の折衷案として用意されたこの魔道具。効果としては使用者の消費魔力が上限を越えた瞬間に、幻痛を与えるというシンプルな物。しかし、発生する痛みは、あの人類最強の魔法使いさえ悶絶させる威力を秘めている。


 おまけにこの魔道具の情報は事前に翔達へ伝えられ、破壊されればラウラの脱落まで決定してしまう。ここまでを聞くと、あまりにも護衛者側に譲歩し過ぎに聞こえるだろう。


「その認識で間違いない。その代わり、ラウラは()()で攻めてくる。魔法も、戦術も、天変(てんぺん)リグとの連携も全て本気でだ。縛られているのは本当に魔力だけ。私としては、ちょうどいい落とし所に着地したと思っているよ」


 もちろんここまで護衛者側に有利なルールが、ただただ与えられる訳が無い。


 大熊とラウラが言い争った、訓練で見せるべき実力について。ラウラは一貫して本気の実力を見せるべきだと主張していた。その結果まとまったのが、このルールだ。


 ラウラは魔道具によって、放出魔力の制限と弱点部位の出現という弱体化を余儀なくされる。その代わりとして、彼女は本気を出す権利を大熊とダンタリアからもぎ取った。


 人類最強が持てる全てをぶつけてくる。そう聞けば、どちらかが一方的に得をしたなどとは言えないはずだ。


「......ルールに関しては文句はねぇよ、ルールに関してはな。続けるぞ。ルールその二。戦闘時間は三十分。それまでにてめぇが討伐されない場合、護衛者側の勝利となる」


「この件に関しては、一方的な譲歩を感謝するよ。やはりリソース勝負になると、今の少年達では厳しいからね」


「よくよく考えてみりゃあ土台が違ぇんだ。時間単位で耐久戦を強いた、俺達の方にも問題があった。そのせいでほとんど真っ向勝負しか選択出来なくなっていたんだからな」


 第二のルール変更は戦闘時間の短縮。こちらはダンタリアの提案によって決められたルールだ。


 元々の勝負については制限時間が明確に定められておらず、二波か三波、襲撃者側の攻勢を凌げれば、護衛者側の勝利となるよう大熊達とダンタリアで暗黙の了解が取られていただけだった。


 けれども二度の訓練を通して、ダンタリアが否を突き付ける。その理由は翔達がいずれの訓練においても、抱いた危機感によって真っ向勝負を選択してしまったから。


 麗子の魔法は感覚器にも付与可能で、例えば視力を桁一つ上げれば文字通り鷹の目が手に入る。ラウラの曇模様(ショピルグウォルケ)は魔力のある限り分身を生み出す事ができ、それらが一斉に破壊を行為を行ってしまえば隠れ場など無くなってしまう。


 つまり護衛者側、特に作戦立案役のマルティナからしてみれば、勝負を避けた完全な潜伏作戦は始めから切り捨てられた状態だったのだ。


 悪魔殺しにとって、悪魔に抗う地力は大切だ。しかしその一点を磨いただけでは、戦って前に進む事しか能が無い、将棋における歩、チェスにおけるポーンが出来上がってしまう。


 そもそもこの訓練の発端は、翔やマルティナが謀略型の悪魔に良い様にかき回されたため。裏を掻く悪魔に対抗するための訓練が真っ向勝負だけとあっては、もはや何のための訓練であるか分からない。


 もちろんそのような状態は、大戦勝者(テレファスレイヤー)達に取っても望む所では無かった。そのため潜伏が勝利条件に数えられる程度の時間。三十分を訓練の制限時間として、調整が行われたのだった。


 大熊とダンタリアは向き合い、これまでのルールに齟齬が無い事を確認する。そうして取り決められた最後のルールを、大熊が口にした。


「ルールその三。訓練内にて知識の魔王、継承のダンタリアによる魔法使用の一切を制限する」


 彼の口から語られた内容は、これまで以上に訓練の根本を揺るがしかねない大規模なルール変更であった。


 一度目の訓練こそ日の目を見る事は無かったが、二度目の訓練で護衛者側が粘れたのはダンタリアのおかげだ。彼女がリグを押さえつけなければ、ラウラの蹂躙が始まっていた。加えてダンタリアから何段も劣る魔法制御能力の翔では、絶対に不可能な作戦でもあった。


 これで護衛者側は、より厳しい魔法対決を迫られた事になる。たった三十分の戦いと言えど、魔法の勝負は刹那の勝負。ともすれば一瞬で決着が付きかねない。


 そして明確な対抗策が無くば、護衛者側から真っ向勝負という選択肢が無くなってしまう。これでは選択肢が変わっただけで、取れる選択が一択なのは変わらない。


 少し考えれば二度目のルールの決定基準と合わせて、大熊から待ったがかかるはず。なのに彼はそのルールを採用した。加えてその声音からは、先ほどまでの不満や疲労困憊といった様子は一切無くなっていた。


「初めてっていうのは、どんな事だろうと心が躍る。前大戦では、最後まで君達と戦う事は無かった。楽しみだよ」


 ダンタリアが笑っていた。いつものクスクスという忍び笑いでは無く、口角を歪めた実に悪魔らしい笑みを作っていた。


 そう。ラウラが制限を課して本気を出す事を選んだように、ダンタリアもこの勝負に本気を出す事に決めたのだ。


 あらゆる悪魔の情報、無限とも思える魔法、それらも知識の魔王を語る上では外しようが無い明確な強みだ。だが、相手が悪魔で無かろうと、魔法の一切を制限されようと、ダンタリアには最後の剣が残されているのだ。


 現世が生まれた頃から溜め込み続けた、知識という最大の剣が。


「これでラウラの魔法一発で崩壊しやがったら、許さねぇからな」


 ダンタリアから一切目を逸らさず、大熊は思ってもみない事を口にした。


「安心するといい。少年達はそれほど弱くない」


 それだけを言い終えると、ダンタリアはその場でクルリと回る。すると途端に彼女から()()が無くなり、半回転もすれば気配共々掻き消えてしまった。


 一種の転移魔法だろうか。原理も、制約も、何もかもが見当も付かない。大熊に分かるのは、この場で彼女がここまでの大盤振る舞いをした理由だけ。


 ダンタリアは持てる手札の全てを使い、大熊達から勝利をもぎ取るつもりなのだと。


「んぅ? もう朝?」


「チッ......。あんなバケモノを前にして、床に就けるてめぇが羨ましい」


 事が全て終わった後、ようやく目覚めたラウラ。その顔に緊張の色は無く、危害が加えられる事など微塵も考えていなかった事が伝わってくる。


 大熊はそんな彼女の顔を、忌々し気に見つめるのであった。

次回更新は5/3の予定です。

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