見せ合ったカサブタ
「戻ったわよ」
「マルティナ! 良かった。今日はもう、戻ってこないかと......」
ルーム内のテレビがゴールデンタイムの放送を終えた頃、マルティナは宿泊していたホテルの一室へと舞い戻った。
安堵するのは昨日から同室していたニナ。互いに顔を合わせた瞬間に表情を確認、そこから安堵の息を吐く。どちらの顔にも、ラウラにもたらされた衝撃は残っていなかったからだ。
別行動であったため、方法は分からない。けれども、流石は責務に従って悪魔を仕留めた事もある悪魔殺し。メンタルコントロールの術は両者備えているようだ。
「......訓練、凄かったね」
「えぇ。自分の未熟さを改めて思い知らされた」
心の負担にはならないと分かったからだろう。ニナはマルティナが手荷物の整理を行う中、訓練についての話題を上げた。
何事も答えを出すのは早い方が良い。問題点についてなら、なおさらだ。姫野がどこまで回復するか分からない今、自分達は様々な段階の戦い方を考えなければいけない。
仮に護衛メンバーの数が四人から三人に数を減らそうと、本番で襲撃してくる敵は猛攻の手を止めてはくれないからだ。
「弟子から見てどうなの? あの人はまだ隠し持っていると思う?」
多くを語らないマルティナの質問。しかし、それが何を差しているのかは伝わってくる。
「持ってる。それに、一度見せたからには明日以降も必ず使ってくると思う」
「スパルタね。こっちは見せられていた分の手札すら、満足に解決出来ていないのに」
「マルティナには分からないかもしれないけど、それがお師匠様の優しさだから。例え自分が嫌われようとも、家族には生きていて欲しい。生き残る術が身に付くなら、喜んで家族を痛めつける。そんな人だよ」
「はぁ~......対抗策を考える身にもなりなさいよ」
「あはは......。ゴメンね。やっぱりマルティナが考えてくれるのが、ボク等にとって一番だから」
ここまでの護衛訓練は、その全てがマルティナ発案の対応策によって動いていた。もちろん襲撃者である大熊達や、護衛対象のダンタリアから指定されたわけでは無い。その気になれば姫野やニナ、翔が指揮官役に変わる事は可能だ。
しかし、そのどれもが上手くいかないだろう事は、本人達が一番分かっている。なんせマルティナを除いて、誰も彼もが本格的な組織作戦に参加した事が無いのだから。
個人の武勇がいくら優れていようとも、それらを好き勝手に振るわせてしまえば必ず穴が生まれる。魔法同士の相殺や標的に塩を送ってしまうなど可愛いもの。最悪はフレンドリーファイアによって、仲間を自らの手で葬ってしまう事すらありえる。
例えば翔の奥義、擬翼一擲 鳳仙花は、発動時の視界が非常に悪くなる。例えばマルティナの始祖魔法は、敵はもちろん味方にも不可視の広範囲攻撃であるという側面を持つ。例えばニナの血液浸食に対象の選別といった便利機能は無い。例えば姫野の魔法の多様さは、仲間達に立つべき間合いを誤認させる。
そういった諸々すら計算に入れ、組織戦闘の雛形を作成出来るのはマルティナしかいないのだ。表の世界で疎まれようとも、裏の世界できっちりと組織の一員として認められた彼女しか出来ないのだ。
「分かってるわよ。それで、大まかな魔法像まで考えついてる?」
「うん。あの後、翔と話し合ったんだけどさ_」
そうしてマルティナは、推定驟雨の天候に対応する魔法について聞かされた。
広範囲の使い魔出現能力、出現した使い魔による陣地を広げる能力、そして使い魔そのものの戦闘能力。どれを取っても国家所属悪魔の根源魔法は言い過ぎにしろ、国外代表の根源魔法程度はありそうな強力な魔法だ。
それが天候という条件こそあれ、派生した魔法の一つに過ぎない。何度目になるかも忘れてしまったが、人類最強の規格外ぶりに眩暈を覚えてしまう。
「しかも、私達が味わう魔法が、それになるとは限らない......」
ラウラに一番近しい存在から、いの一番に確証を得た理由。それは一つの魔法に備える場合と複数の未知の魔法に備える場合とでは、必要な準備量に大きな差が生まれるからだ。
姫野が倒れてさえいなければ、我らが護衛対象はラウラの魔法について解説する姿勢を見せていた。それは明日以降に姫野の回復が間に合わなかったとしても、変わらないはず。
問題は全てを語ってくれるかどうか。天候とは、膨大な派生を持つ。そして、秘めた魔法の数こそがラウラの強みであり、同時にアキレス腱でもあるはずだ。
二度目の戦いでラウラは、自らの魔法選択に必要な天候の変化を縛られた。加えて、意図しない天候変化を姫野に押し付けられた。これらの事実は天候の支配権さえ手に入れば、ラウラの最強には綻びが生まれる事を指している。
もちろん天候の始祖魔法と思しき魔法を有するリグさえいれば、彼女の天候支配に横槍が入る事は無いだろう。だが、この世には数多の魔法がある。特に契約魔法は条件さえ整えば、始祖魔法の支配権を一時的に越える事すら可能だ。
二度目となるが、ラウラの強みは魔法の数。今回の驟雨は事故だとしても、他の魔法についてはラウラの是を得ない限りはダンタリアとて公開するわけにいかないはずだ。
それが許されるかどうか。それによって取れる行動は大きく変わってくる。
「いっそのこと、恥知らずなのは承知で、もう一度だけルール変更を許して貰えれば......」
結局、この訓練はラウラを抑えられるかどうかが全てなのだ。言葉は悪いが彼女に首輪の一つでも付けば、戦況は一気にマシになる。もしも魔法を聞けるのであれば良し。そうでなければ叱責は承知で、もう一段戦況を自分達に傾けるよう願おうとしていた時だった。
「ニナ?」
先ほどまでこまめに相槌を返してくれていたニナから、急に返答が来なくなったのだ。表情を覗き見れば、どこか虚ろ。だというのに、顔の褐色は良い。どころか、頬に至っては普段以上だ。
「ちょっと! どうしたの、ニナ!?」
「ほへっ? うぇあ!?」
「なによその返答......」
慌てて声をかけてみれば、まるで今まさにマルティナの存在に気付いたかのように飛び上がるニナ。なぜか空港での初対面を思い出させる反応に、心配していた心が一気に萎んでいくのを感じる。
「マ、マルティナ! こっ、これはね! ちょっとあの時の事を思い出していてね!」
何かを必死に言い繕うニナだが、そもそも原因の分からないマルティナからすれば、目に見えて動揺している人間が語るに落ちようとしている風にしか見えない。
「何を思い出していたのかは知らないけど、それ、癖になってるわよ」
「ヒュッ......」
「私の前でなら気にしないけど、悪魔殺しである以上、目上の方々と顔を合わせる機会はいくらでもあるわ。その時に心あらずなんて、失礼以外の何物でもない。わだかまりがあるんなら、さっさと解決する事をオススメするわよ」
ニナは妄想癖を持っているのだろう。彼女は多感な時期に、同年代と触れ合う機会が極端に少なかった。そういった孤独が一人遊びを生み、今の悪癖へと繋がってしまったに違いない。
途中から会話をすっ飛ばしていた事にこそ思う所はあるが、それを言うならマルティナだって自問自答を始めていた。文句を言うのは筋違いである。
それに、彼女は数少ない同世代であり同性でもある友人だ。こんなくだらない内容で言い争い、関係を悪化させるくらいなら、致命的な場面が訪れるまで注意に留めておいた方がいい。
どちらにしろ聞きたい事は聞けた。マルティナはなるべくニナを傷付けないよう、そっとシャワールームへ移動する。
「解決なんて_そんな事、恥ずかしすぎて_」
扉の閉まる寸前、ニナが何事かをブツブツと呟いているのが聞こえたが、友人のよしみとしてマルティナは内容を即座に忘れるのだった。
次回更新は4/25の予定です。




