次なる試練の落とし所
「ディー! ごめん、ごめんなさい! ここまでやらかすつもりは、やりすぎるなんて気持ちは少しも無くて!」
「はいはい。ラウラに疚しい気持ちが無い事は分かっているさ。同時に、縊り姫の行いが君のブレーキを緩めてしまった事も分かっているよ。だから謝罪はいらない。私達に必要なのは、明日に備えた建設的な会話だよ」
赤髪に軍服の少女ラウラが、魔女服で紫髪の少女ダンタリアへと必死に謝罪する。その謝罪を彼女は受け入れ、しっかりとした抱擁を交わす。
一見すると、仲違いした幼子達による、仲直りのような光景だ。
「......くっだんねぇ」
しかしこの光景は、数瞬前まで殺気一歩手前のにらみ合いを行っていた少女の片割れによって引き起こされたもの。
ダンタリアから明日の訓練についての話し合いを要請され、さっさと寝床に帰ってしまったラウラを無理やり呼びつける事で生まれた場だ。
自分との話し合いでは全く見せる事の無かったラウラの変わり身に、大熊は大層不機嫌そうに鼻を鳴らしながら溜息を吐いた。
時間は夕日も沈み切った夜間帯。翔とニナがなぜか頬を薄く染めながらも帰宅していき、ダンタリアに変わって麗子が姫野の治療に励んでいる状況。手隙のタイミングを見計らって、明日以降の進行会議は始まった。
「実際どうするつもりなんだ? 見せたからには使わないで勝たせた所で、どうなっても侮りになっちまう。せめて使えない。もしくは使った上で勝たせる事が必須な筈だ」
本当に面白く無さそうな顔で、大熊が抱擁を続ける一人と一体に問いかける。その言葉に、遊びの時間は終わりだと分かったのだろう。ラウラは名残惜しそうにダンタリアから離れ、ついでに大熊を一睨みした。そんなラウラを見て、ダンタリアは微笑むのみ。
「何も難しく考える必要は無いわ。ディー経由で詳細を伝えさせればいいでしょう? そうじゃくても驟雨模様を見たおかげで、ある程度の法則立ても可能なはず。真っすぐぶつかって真っすぐ勝つ。シンプルでいいじゃない」
「んな事出来るかってんだ! おめぇはいつもいつも、興味ない事へのどんぶり勘定が過ぎるんだよ!」
「何がよ!」
「俺を翔が抑える! 麗子をマルティナちゃんが抑える! ここまではいい! 拙いながらも、拮抗状態は作り出せていたからな! だけど、おめぇの側をどうやって抑えるってんだ! 魔力量勝負じゃ相手にならんと、キツイ現実を突きつけたのはてめぇだろうが!」
この戦いはあくまでも訓練だ。襲撃者側がダンタリアの討伐を企み、護衛側がそれを退ける。そういった防衛戦だ。
本来必勝を狙うのであれば、大熊と麗子がやるべきは潜伏からの索敵。もしくは密度による地盤沈下と加算による負荷で、ダンタリアの潜伏先となるだろう建造物の破壊だ。
前者をやられてしまえば魔力感知が下手な翔は、一生大熊達と出会う事が不可能となる。後者ををやられてしまうと、護衛者側は必ずダンタリアの守りに誰か一人を割かなければいけなくなる。
そうしないのは、大熊と麗子が翔達の勝利を願っているからだ。強敵として君臨しつつも、突破されるべき壁としての役割に準じているからだ。
「中途半端な壁を乗り越えて、中途半端な実力で満足されたらどうするっていうのよ! もうすぐ中位国家の魔王クラスだって顕現が始まる。今の実力じゃ、後手に回った時点で敗北が濃厚なのよ!」
一方のラウラは、大熊とは全く逆の考えだ。見せるつもりの無い魔法を見せてしまった事こそ不可抗力だったが、広く知られた四種の魔法については、一切の制限無く繰り出すつもりであった。
それこそが悪魔殺しの成長に繋がると信じて。そうでなくば、悪魔殺し達に未来は無いと信じて。
「一度やらかしやがった癖によぉ......!」
「なに? やらかした奴は一生をかけて、迷惑をかけた相手のイエスマンに成り下がるべきだとでも? ハン、笑わせないで」
両者の主張はどちらも間違えてはいない。どちらも一理ある。だからこその平行線であった。
このまま二人を放置した所で、意見はまとまらず朝日を拝む事となっただろう。しかし、この場にはもう一体がいる。ともすれば敵側となった二人よりも、悪魔殺し達に近い存在が。
「二人の意見は良く分かったよ。それならこうしよう」
「ちょ!? ちょっとディー! 何よこれ!?」
いつの間にやら取り出した杖を一振り、するとラウラの首元にはヴィジュアル系もかくやといった、茨をモチーフとした黒色のチョーカーが巻き付けられていた。
「そのチョーカーの名前は、決意か逃避か。第六位の国民である悪魔、悲壮によって作られた魔道具だよ」
「第六位......運命の悪魔じゃねぇか。したり顔で試練だの幸福への努力だのとのたまって、個人に破滅同然の未来を強いる馬鹿共。どうしてそれをラウラに付ける?」
「簡単さ。大熊は乗り越えられる難易度に抑えたい、一方のラウラは出せるだけの本気を出し切りたい。どちらかを立てるだけでは必ず角が立つ。ならばどちらの願いも叶えられる調整をしてしまえばいい」
「ちょっとディー! それだけだと、結局このチョーカーの説明になってないじゃない! いつもの悪い癖が出てるわよ!」
「あぁ、すまない。説明だったね。そのチョーカーは元々の用途こそ大熊の言うような試練の一片だったのだけど、効力のせいか最近はもっぱら拷問器具として扱われていてね。ラウラ、ここで構わない。適当に最大出力の魔法を使ってみてくれるかい?」
「分かったわ」
「おまっ!? バカッ!」
ノータイムで頷くラウラと、全力で制止に入ろうとする大熊。けれど思考停止でダンタリアの指示に従ったラウラの方が、慌てて動き出した大熊より何手も早い。
例えどんな魔法であっても日魔連事務所が塵に変わるのは間違い無いはずだった。
「ヒグッ!? 痛ッタアァァ!?」
あのラウラが、痛み如きに怯みさえしなければ。
「ふふっ、流石のラウラでも厳しいようだね」
微笑むダンタリアと、ゴロゴロと床を転がるラウラ。痛みの原因が家具へ小指をぶつけた程度であれば、和やかなホームムービーのような光景が流れる。
「......ハッ! 厳しいようだね。じゃねぇんだよボケエェェ! てめぇ、ラウラの魔法が起動していたらどうするつもりだったんだ!」
あのラウラの怯む様子に、呆気に取られていた大熊。しかし、すぐさまダンタリアのしでかした行動に対して報復を行った。
始祖魔法をこれでもかと込めた大熊の右ストレート。だが、迫る拳を前にしてもダンタリアは一歩も引かず、甘んじて顔面に拳を受け入れた。
「大方、私の存在を限界まで散らす一撃だったのだろう? その程度、自身の身体を液体、もしくは気体に変化させてしまえば何てことは無いよ。それに大熊、君だって我を忘れて本気の魔法を使ってるじゃないか? これじゃあラウラを非難出来ないね」
「チッ!」
大熊の放った拳は、ダンタリアの顔面を間違いなく打ち抜いたはずだった。けれども返ってきたのは、まるで拳が空を切ったかのような手応えの無さ。だというのに、拳はダンタリアの顔面を貫通しているという異様な光景。
見れば彼の拳とダンタリアの顔面が触れた箇所は、チリチリと細かい煙が舞っているようにも見える。彼女の言を信じるのであれば、身体を何らかの気体に変質させる事で、砲弾のような拳を躱したようだ。
「ディ~......!」
大熊とダンタリアが小競り合いを続けている中、ようやくラウラも復帰してきた。彼女らしからぬ悲鳴こそ上げていたが、身体には一つの傷すら見られない。そして、原因ははっきりと分かっている。
「決意か逃避かの効力は、一度の魔力放出量の制限。代償はラウラですら悶絶するような幻痛。用途こそ試練の突破用に作られたこの魔道具だけど、ラウラに我慢出来ない痛みなんて大多数のニンゲンは耐えられない。だからこそ今の用途はもっぱら拷問用なんだ」
「だからそんなこと聞いて無いわよ! どうして注意の前に発動を促したのか、これが訓練のどこに使えるのかを説明しなさい!」
いくら親友のダンタリア相手とはいえ、いきなり悶絶レベルの痛みを与えられれば怒るのも仕方ない。荒い息でダンタリアを睨みつけるラウラだが、その顔に殺意は宿っていない辺りが実に彼女らしいとも言える。
もちろんダンタリアも黙っていることはなく、早々に白状を始めた。
「ラウラが言っていたじゃないか。出せるだけの本気を出し切るって。けれど、それだと少年達に突破は不可能だ。ならどうすればいいか。ラウラの出せる本気を引き下げてしまえば良いんだよ」
「......そういうことか。まぁ、理には適っているな」
「むぐ、むぐぐぐぐ!」
一呼吸おいて納得を見せた大熊と、納得は別としてどうにか反論はしたい様子のラウラ。一つだけ分かる事は、この時点でようやく二人の意見が統一された事だろう。
「じゃ、じゃあそう言ってくれれば良かったじゃない! わざわざ私が罰ゲームを食らった理由って何なのよ!」
「......」
最強の魔法使いが悶えるほどの痛みと言えど、親友からの攻撃であればラウラにとって罰ゲームと変わらないらしい。一瞬ツッコミを入れようかと思った大熊だったが、それよりも早くダンタリアが応答した。
「ラウラの事だ。どうせ説明した所で、いざとなったら大魔法でも何でもぶっ放すつもりだっただろう? そこで発動する魔道具、最終局面で突然悶絶し始めるラウラ。そんな姿を少年達に見せられるのかい?」
「そ、それは......それはぁ......!」
「百歩譲ったって、醜態を見せられるのは血族がせいぜいだろう? だからここで、効力を明らかにしておく必要があったんだ。悪いとは思っているよ。貸し一つだ」
「んぐっ! ズルい! ズルいわよ、ディー! そんなの頷くしか無いじゃない!」
「ふふっ、論じ合いで私に勝つのは千年早いよ。さて、場もまとまった事だ。少し休憩を挟もうじゃないか」
「もうっ! あっ、お茶請けは前に食べたジンジャークッキーをお願い。紅茶はティースプーンで三杯」
「相変わらず隠れ甘党だねぇ。大戦勝者でなければ、今頃は糖尿と診断されていてもおかしくないよ」
「ふふん。そこだけは若いままの身体に感謝しているわ」
さっきまでの喧嘩腰はどこへやら、二人はにこやかにお茶の準備を始めてしまった。このままだと一時間は、雑談に消費されてしまうだろう。
「いや! 一つしか決まってねぇんだよ! あと何個議題が残ってると思ってんだ! 反映すんのは明日なんだぞ! おい! 聞いてのかマイペースチビ共!」
彼女達に常識を説ける人間は少なく、説いたとしても彼女達が受け入れるかは別の話だ。そういう意味では、ここに常識を説ける人間がいた事は奇跡と言えるだろう。
「うっさい。少しくらい休憩したって、終了時刻は変わんないわよ」
「私も日中働き詰めだったんだ。少しの休憩くらい許されるべきじゃないかい? それに今回の協力は、完全に私の善意なんだよ?」
「ぐっ! てめぇら......!」
睨みつけこそすれど、二の句が続かない。
奇跡は大熊がこの場にいた事。不幸は大熊が誰よりも論じ合いに弱く、相手の意見を聞いてしまう人間だった事。
そこから案の定グダグダと会議は長引いていき、最終的に終了したのは次の日の朝日が昇る頃だった。
次回更新は4/21の予定です。