守護の一歩 その一
「なぜだ! なぜ誉れ高き人魔大戦の代表に選ばれたこの俺が、ここまで追い込まれているのだ!」
人魔大戦の活躍が、そのまま自分の名声に繋がるある意味花形とも呼べる立場。国家の代表としてではなく、魔界における有力者の推薦で人魔大戦への参戦が認められた者達。
そんな国外代表の一体である悪魔干満のパラドクサは、自らが襲撃をかけた町の裏通りに身を隠し、迫る脅威に対して打開策を導き出そうとしていた。
事の発端はアフリカのとある地域でパラドクサが顕現を果たし、いくつかの小さな村を滅ぼした後、いざ自分の存在を人間達に知らしめるために大規模な町へと襲撃をかけた時だった。
幾人かの人間を仕留めたところまでは良かったが、気が付けば辺りは濃霧に加え、どこから湧いてきたのかわからない様々な匂いが入り混じった煙に覆われていたのだ。
もちろんパラドクサも国家所属の悪魔でなくとも、人魔大戦の一角を担うことを許された実力者である。
この異常な現象を魔法によるものだと判断し、自らの根源魔法、渇き満ちる水膜を展開しようとした。しかし、濃霧という水分の塊が目の前に漂っているにも拘わらず、魔法は一向に発動しなかったのだ。
国外代表の多くは、自分の魔法に絶対の自信と誇りを持っている場合が多い。
またこういった悪魔の多くは、他の魔法を習得することを脆弱な悪魔の悪あがきと考えており、馬鹿にする風潮がある。
もちろんパラドクサもそういった手合いだった。
いくら惰弱な人間の魔法使い相手と言えど、肝心の魔法が使えなければ万が一もあり得る。
そう考えたパラドクサは、人間ごときを避けなければいけない苦渋の決断に歯噛みしながらも、周囲の建物の影に隠れ潜んでいたのである。
「くっ、せめて魔力の感知すら鈍らせるこの霧と煙が少しでも晴れれば、安全圏で立て直せるものを!」
自分が負けることなど微塵も考えておらず、おまけに人間狩りに夢中になっていたパラドクサは、この町の地図など当然把握していなかった。
そのため、魔法が使えない今の状態で魔法使いと鉢合わせしてしまうことを考えると、動くことが出来なかったのである。
「そうだ! 何も鬱陶しい霧と煙は俺だけに左右するものじゃない! 相手だってこんな視界不良の中で俺を探しているはずだ! それなら条件は同じ! さっさと移動した方が_」
隠れているとは思えないほどの大音量で、自分の推測を語るパラドクサ。そもそも、自分では完璧に隠れ潜めていると思っている彼の体躯は、オオサンショウウオを無理やり二足歩行が可能な骨格に作り替えたかのようなもの。
おまけに、自分の近くだけは魔法が発動可能なのか、周囲の地面から水分を抜き取り、奪った水分を粘液として蓄えている。
そんなあまりにも目立つ彼に、潜伏という言葉は似合わなかった。そして、当然の帰結として彼は見つかった。
「よく喋るウーパールーパーだな。自分がすでに詰んでいることにも気付いてねぇのか?」
「げふ、ヒック。そりゃあしょうがねぇだろうよドミンゴ。なんせ白昼堂々ご自慢の魔法を見せつけながら、逃げた奴らを嘲笑うだけの間抜けだぞ? 秘密裏に行う敵地への潜入は、目撃者は皆殺しが基本だ。それも分からねぇ間抜けに物を教えようったって、無理な相談だろうよ。ヒック」
いつの間に距離を詰めていたのか、パラドクサの目の前に二人の男が現れた。
一人はドミンゴと呼ばれた、口に咥えた何本もの葉巻とサングラス、ドレッドヘアーに派手な色の洋服が特徴の黒人の男だ。
もう一人の男は隣の男と比べると幾分か白い肌に、薄手のシャツと半ズボンから覗く腕と足はまさしく筋骨隆々と呼べるようなガタイをしていた。
そんな男であれば見るだけで威圧感を感じそうなものだが、先ほどから酒瓶の中身をたびたび呷っていることもあって、威圧感よりもだらしなさが先行していた。
「貴様らか! この干満のパラドクサの栄誉へ続く道を遮ろうとするのは!」
突然現れた上、悪魔である自分を微塵も恐れる様子が無い二人の態度に苛立ち、パラドクサが怒りの叫びを上げる。
「逆にそれ以外の答えがあるかよ。あぁ、あれか? 昔存在したっていう悪魔崇拝の連中とか」
「ヒック、無ぇだろ。仮にそうだとしたらご主人様の邪魔になってる時点で、故意であろうとなかろうと無能に違いないわな」
この規模の魔法をたった二人でこなしたのであれば、この二人は間違いなく悪魔殺しなのだろう。
しかし仮に悪魔殺しといえども、感情を爆発させた悪魔は脅威なはず。だというのに二人は余裕を持った態度を改めることをしない。
そんな様子を見て、パラドクサは行動に出た。
「ニンゲンごときがあぁぁ...... 例え根源魔法が使えずとも、魔力弾のみでも貴様ら程度!」
この霧と煙がある以上、根源魔法は使えない。
ならばそれ以外の攻撃をする他ない。パラドクサは魔力を固めて打ち出すだけの、あまりにもお粗末な攻撃で二人に一撃を加えようとする。
しかし、その試みすらも彼の思惑通りにはいかなかった。固めようとした魔力はまとめた場所からボロボロと崩れるようにただの魔素として周囲に散らばってしまう。納得がいかず、さらに大きな魔力弾を生成しようとした瞬間にパラドクサに異常が起こった。
「ゴッ!? コハッ...... ナ、ナニガ...」
現世に存在するにはまだ十分魔力の余裕があるはずのパラドクサの身体が、魔力欠乏を起こしたかのように末端からボロボロと崩れだしたのだ。
「やーっと、効いてきやがったか。やっぱり直接相手の身体にぶち込まねぇと、嬢ちゃんの血の効果は薄いみたいだぜ。ヤークート」
「ヒック、あぁ、そうみてぇだな。まぁこれでラウラからの依頼は全部こなしたんだから良しとしようや」
「ったく、ラウラの方は仲良しの魔王と一緒に旧友尋ねて日本へ海外旅行だろ? そんな中こちとら悪魔と命を懸けた殺し合いと来やがる。地元で契約破ったギャング相手にやってたことと変わらねぇじゃねぇか」
「んなこと言ったって代金はいただいてんだから、クライアントに文句をつけたって仕方ねぇ。仕事終わりの高ぇ酒と宿が経費で落ちるか、せいぜい祈っとくとしようや」
膝から崩れ落ちたパラドクサの姿を確認すると、二人は戦いが終わった後のことを話し出した。まるでもう勝負はついているとでも言うように。
「キサマラッ! ナニヲシタアアァァァ!」
「あん? へっ、簡単な話だ。お前がずっと吸っていた煙。これには自身以外の魔力に反応して、結晶化させる悪魔殺しの血液が混じってる。そのせいでお前の身体は所々が通行止めになって、豊富な魔力の中で魔力欠乏を起こしてやがんだよ。ただこの作戦はこれっきりだ。ありえねぇほど時間がかかる上に、口の中が血生臭くってたまらねぇからな」
「ナッ...... ナンダト......?」
「ヒック、お前だけの功績にされちまったら、俺の酒が減るだろうが! お前の根源魔法が使えない理由は俺の魔法だ。村の生き残りの証言によって、お前の魔法は周りの水分を吸収して、便利なバリアを張る契約魔法だということが分かった。契約魔法と始祖魔法なら、どれだけお前の魔力が多かろうと始祖魔法による支配が絶対だ。戦う前に自分の手の内を晒した。それがお前の敗因だ」
「ゴッ......カッ......」
「てめぇは終わりだ。そして止めを刺してやるほど、俺達は優しくねぇ。せいぜい自分の身体がボロボロと崩れていく様を、絶望しながら眺めてるんだな」
「ガアァ......ガアアアアァァァァ!」
最後まで虚仮にされたことへの激情か、それとも心半ばとも言えない場所で倒れる無念の雄たけびか。叫びを上げるオオサンショウウオは、破片の一片が塵に変わるその時まで動くことは叶わなかった。
悪魔の討伐を確認すると、二人はただ互いの拳を軽くぶつけ、軽い足取りでその場を後にした。
二人の悪魔殺しの活躍により、こうして人類陣営は悪魔相手に一つの勝利を手にした。
__________________________________________________________
五大魔法体系 全ての魔法は大きく分けて、五つに分類することができます。
始祖魔法 何かを操る魔法です。何かとは物であり、現象であり、概念でもあります。己の操る何かに対しては絶対的な支配権と優先権を持ちます。
契約魔法 条件が満たされると発動する魔法です。その用途は幅広く、単純な戦闘で用いられることもあれば、国家間の同盟や、張り巡らされたトラップ等様々です。
召喚魔法 魔力を消費することで、己の分身を作り出す魔法です。個体ごとの魔力の少なさゆえに多くは戦闘を苦手としますが、情報戦では絶対のアドバンテージを持ちます。
変化魔法 己や相手の状態を変化させる魔法です。己には強化を、相手には二度と元に戻らない呪いを。接近戦では無類の強さを発揮します。
創造魔法 全てを一から創り出すことができる魔法です。作中では創り出したものが霧散していましたが、本物の創造魔法使いが創り出すものは消滅せず、世界のルールにすら縛られません。その特性ゆえ、他の魔法体系全てに有利が付きますが、同じように全てに対して不利を背負う可能性を秘めています。
簡単に作中の魔法の分類を説明させていただきました。五大魔法体系については第二章にて詳しく説明を行う予定です。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークと評価をいただけると嬉しいです。