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恐怖さえも炉にくべて

 いつぞやの決闘騒動の折りに、利用させてもらった教会。その内部にてマルティナは、一心不乱に素振り稽古を行っていた。


「フッ! フッ! フッ......!」


 その動きはお世辞にも流麗とは言えず、集中の乱れからか十分そこらで息も乱れ始めている。しかし、今の彼女には一心不乱に打ち込む何かが必要だったのだ。そうでなければ、あの恐ろしい魔力量を思い出してしまうから。


(格上なのは分かってた。手も足も出なかった事で、警戒心は最大限に引き上げていた。それでも、()()()()()()......)


 マルティナは悪魔殺しになる以前から多くの戦いを経験してはいたが、実は格上との戦闘経験はそれほど多く無い。初めて戦ったウィローは国外代表。討伐を企てたダンタリアからは本気を引き出せず。直近のミエリーシとて、戦闘能力だけならそれほど大きな差は無かった。


 だからマルティナは無意識の内に、格上のハードルを引き下げていたのだろう。そんな意識に現れたのが、大戦勝者(テレファスレイヤー)ラウラ・ベルクヴァイン。余波に過ぎなかった魔力の奔流ですら、彼女にショックを与えるには十分すぎた。


 そして、高い思考能力を有している彼女は気付いてしまった。ラウラの魔法のカラクリに。そこから考えられる隠された魔法の神髄に。半ば頭が良いからこそ、彼女は真っ先に気が付いてしまった。その結果、無様を晒してしまったのだ。


(あの時は気が動転してた。でも、でも、だからってアイツの前であんな恥ずかしい姿を晒すなんて!)


 動転していようとも、マルティナの観察眼は最低限の情報を脳へと届けてくれていた。やりすぎたラウラに憤る大熊、少々呆れが混じる困り顔で頬に手を当てながら、自分や翔の様子を観察していた麗子。


 ここまでは良い。ここまでなら恥を晒そうとも何も思わない。そもそもがこの訓練において、散々手玉に取られたのだから。


 けれど、けれどもだ。一度はしのぎを削って信念をぶつけ合い、一度は共闘した少年。自分から見たらまだまだ多くが足りていない翔から、気を使われてしまった。動転した姿を見られてしまった。


 ちょっと考えてみれば分かる。普段偉そうに計画だの魔法の講釈だのを垂れる人間が、いざ埒外の光景を目にした時には、誰よりも慌てふためき正気を失う。ふざけているのかと、無様な姿だと罵られても仕方が無いではないか。


「フッ! フッ! あぁー! もうっ!」


 本来ならラウラの魔法に恐れおののき、下手をすれば翌日まで引きずってもおかしくなかった。けれども、対抗心を燃やす少年に無様を晒したという羞恥心。その羞恥心はマルティナを、遥かに素早く正気へと引き戻したのだ。


「くっだらない! くっだらない! 明日からもっと先鋭化した作戦が必要だってのに、どうしてこんなにモヤモヤすんのよ!」


 思い返してみれば、自分は翔の世話になりっぱなしだ。身勝手な理由で彼を決闘に巻き込みながら、最終的には彼に救われてしまった。地獄門を巡る戦いにおいても、後手に回されっぱなしの中で、彼は喜んで自らの限界以上の力を使ってくれた。


 しまいには今回だ。かけた負担としては大したものじゃない。だが、そもそもマルティナは、助けられた借りを翔へと返した覚えが無いのだ。


 彼を前にすると、どうしてもマウントを取り出してしまう。優位に立ちたいと思ってしまう。そのせいでいつもぶっきらぼうで、乱暴な言葉を返してしまう。そんな自分に付き合ってくれる事まで含めれば、いったいマルティナはどれほど貸しを作っているのだろう。


「......だって、しょうがないじゃない。あいつの在り方は、眩しすぎるんだもの。陰険なだけだったあの頃にも、修行に明け暮れたあの頃にも、アマハラみたいな人間はいなかったんだもの。気になるのは仕方ないじゃないの」


 自分の人生は否定から始まった。流れる血を嫌悪され、知りもしない親族の罪を事あるごとに引き出され。それでも負けるものかと奮起した結果、負けん気が強すぎる性格に育ってしまった。


 そんな彼女であったからこそ、翔の存在は眩しすぎたのだ。頭ごなしに考えを否定されはせず、受け止めた上で批判してくれる相手。マルティナの名前を知っても嫌悪の視線を向けはせず、それどころか再会を喜んでくれた相手。


 初めてに対応するには彼女の情緒はあまりにも未熟で、それゆえに小型犬の様に吠えかかり噛みつく方法しか分からない。此度はそんな感情に救われたせいで、もはや情緒はぐちゃぐちゃになっていた。とても冷静ではいられなかった。


 滞在先のホテルでは、ここ数日で友人となったニナがいる。育った環境故か、あるいは血族の特性か、彼女は他人の機微に敏感だ。そして、保護者が保護者であるためか。一度懐に入れた相手は、どこまでも構い倒そうとする。


 こんな状態で帰ったら最後、ニナからの質問攻めに遭うのは目に見えている。そうなれば、この胸の底に感付かれる可能性が非常に高い。


「ああぁぁぁっ! むしゃくしゃする! イライラしてくるっ!」


 もはや素振り稽古は、素人が凶器を振り回しているのと変わらない無様な有様だ。だけどそれでも良かった。今のマルティナが目指すのは変わらず、何かへの集中ややりすぎた事による疲労感によって、この羞恥心をどこかへと吹き飛ばす事にあるのだから。


「やっぱり悪魔の口車に乗るのは、最悪の結果しか生まないわ! あの治療への清算が終わったら、今度こそあいつを討伐する機会を......! チッ、そういえばあっちはあっちで勿体ぶった事を言われたんだったわ」


 翔に理不尽な怒りを向け、ニナへ理不尽な怒りを向け、最終的に怒りを向けたのは全ての元凶であるダンタリア。しかし、その怒りは爆発することは無く、急速に萎んでいく。


 その理由は、理不尽な契約を結ぶ際にダンタリアが零した言葉故だった。


「きっと君は、この計画に憤りを隠せない事だろう。悪魔が相手では無い事で、その実力を十全に発揮出来ない可能性もあるだろう。だからこれは別口の契約だ。もし、君が仲間達と共に護衛に成功したのであれば、私は君の復讐の手助けをしようじゃないか」


「どういう事よ?」


「君の人生に影を落とした(くろがね)の魔王。そしてその親元たる十君、(はがね)の魔王。彼らに対して復讐したくはないかい? 彼らを何の活躍も無しに魔界へとんぼ返りさせ、その栄光のベールを剥ぎ取ってみたくはないかい?」


「はっ......?」


 その言葉にマルティナの時間が止まった。自分の人生に影を落とした諸悪の根源、いつか打倒を夢見ていた真の敵。


 そんな名前を出されてしまったら、冷静でいられるはずもない。十君の呪いを受けている事すら気付かず、目の前のダンタリアへ釘付けになった。


「ふふっ、良い目だ。いっその事、ここであらゆる手段を使って口を割らせれば……そんな手段を選ばない実に好ましい目だ。けれど残念ながら、君は私へ危害を加えないと誓いを立てている。君がニンゲンであるのなら、一番の近道が分かるはずだよ?」


「お前......お前は......!」


「急ぐ事は無い。どうせ知った所で、今の君では立ち向かう事は不可能なのだから。この訓練で実力を付け、信じられる仲間を見つけ、彼らを打ち破った大戦勝者の胸を存分に借りる事だよ」


「ちょ、待ちなさ_」


 そう言うとダンタリアは消えてしまった。そこから結局は今日(こんにち)に至るまで、詳細は何も聞けてはいない。


「あの魔王に正論を言われたのは癪だけど、足りてない。今の私じゃ復讐は完遂出来ない」


 大戦勝者の足元にすら縋れないのなら、彼らが数十人がかりで仕留めた相手に復讐を果たす事など不可能だ。


 ようやくマルティナは気が付いた。ダンタリアの言っていた意味、そしてこの訓練にマルティナを誘った理由に。


「上層部は隠したがっているけれど、悪魔殺しの所在と人数があまりにも少ない事は分かってる。最悪の場合、私達はこの場の四人だけで多くの悪魔を相手取らなければいけなくなるのだから」


 いつの間にか素振りは止まっていた。そして、羞恥心や対抗心といった邪念も、マルティナの中から消え去っていた。

次回更新は4/13の予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読ませてもらってます! 悪魔殺しとしてまだまだ未熟な3人がどのように前回の大戦勝者達からダンタリアを守るのか今から楽しみです! これからも応援しています! [気になる点] 悪魔…
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