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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第五章 集う新世代

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あらためての再会

「ゴメン。さっきの言葉、少しだけ盗み聞きしちゃった。でもその様子だと、お師匠様の魔法に気が付いたんだね」 


 申し訳なさそうな曖昧な笑みを浮かべるニナ。だが、そもそも周りも気にせずべらべらと口走っていたのは翔の方だ。首を横に振って、気にすることは無いとニナに伝える。


「あぁ。ニナの方は?」


「うん。そもそもボクの方には、姫野が受けた魔法の余波が飛んできたから。あんな魔法、見た事が無かった。なのに長く一緒に暮らしていたせいかな、お師匠様の魔法だってすぐに分かった」


「話してくれるか?」


「もちろんだよ」


 ニナが笑顔で頷く。元々翔にラウラの魔法を伝えるつもりであったのだろう。その説明に澱みは無く、だからこそ強力な魔法である事が否が応でも伝わってくる。


 ニナは余波が飛んできたと言っていた。彼女の攻撃を物量で突破し、易々とダンタリアを撃破した出力が()()。そんな魔法の大本を食らってしまった姫野が、帰還してなお意識を失っているのは仕方が無いと言える。


 ダンタリアが大丈夫だと言っていたのだ。姫野の身体に異常は無いのだろう。しかし、マルティナとニナがそうであったように、心ばかりは意識を取り戻してみなければ分からない。


 メンタルケアの分野など、欠片も分からない。それにあの場には、家族同然の大熊達だっている。そうなれば今の翔が成すべき事は、ニナと共にラウラの魔法の考察を進める事である。


「推定ラウラさんの魔力が沁み込んだ液体なら、どこからでも使い魔を生み出す事が可能な召喚魔法か。ぶっ飛んでるな」


「うん。使い魔達が自己分泌する体液も、使い魔の発生エリアになる。加えてあの魔法の特性上、事前にお師匠様が雨模様(スタグウェアー)を使っている可能性は高い」


「そうなりゃ、屋外全域が使い魔の発生エリアと変わんない訳か。服なんかが濡れてた場合は、ゼロ距離で使い魔が生まれる可能性もある。隠していただけはあるな」


 召喚魔法における使い魔は、その用途の多くが索敵などのサポート専門だ。なぜなら彼らの多くは単純な命令を理解する程度の頭しか持ち合わせておらず、低コストで作成されるために耐久は貧弱。正面切った戦いに用いた所で、一撃を受けるのが精々の肉壁にしかならないのだ。


 けれどもラウラほどの魔力量で生み出した使い魔、おまけに相手のゼロ距離に生成可能となれば話は変わる。


 使い魔が貧弱なのは、あくまで保有する魔力量が極小だからだ。保有する魔力量が増えれば、当然耐久力は増す。比例するように、力も機動力も向上していく。


 ニナの話を聞くに、どちらかと言えば耐久力を重視した使い魔なのだろう。倒すのに時間がかかり、生身の人間程度は一捻りのパワー。それがゼロ距離で大量発生するなど、考えるだけで悪夢でしかない。


「あの時は魔法の性能はもちろん、こんな強力な魔法がまだ何種類もあるって分かって茫然としてしまってた。でも、よくよく考えればお師匠様は人類最強の魔法使い。ボク達程度の認識なんて、飛び越えてくるのが当たり前だって思ったんだ」


 ラウラと長い時間を共に過ごしたニナからすれば、そこから推理を広げるのは翔よりもよほど簡単だったのだろう。そして、予想と現実の乖離(かいり)が他の誰よりも狭かったおかげで、ニナは立ち直りも早かったのだろう。


「そう言ったって、反則級だとは思うけどな。通常の魔法だってありえないくらい強力だってのに。少しは自重してくれっての」


 ニナが本調子を取り戻した事が分かったためか、翔が冗談交じりに愚痴を言う。


「ちょっと翔! せっかくボクが折り合いを付けたんだから、そんな事言うと......」


「あっ悪ぃ。また茫然とさせちまう所だった」


「もう! ......ふふっ、翔が変わって無くて安心した」


 自然と笑みが零れる二人。思い出せば、あれほど思い悩んだ再会も、ドラマチックさなど欠片も無いまま終わってしまった。


 ニナとしては安心半分、ガッカリも半分。だけど血の魔王討伐後の生活の一部が思い起こされ、トキメキなどよりもよほど嬉しい安らぎを感じられていた。


「そういうセリフは、半年とか一年とかの期間が空いた用だろ? 一カ月も経って無いってのに、変わるも何も無ぇよ」


 呆れる様に話す翔だが、ニナが安心を覚えた事にも理由があった。なぜなら翔はあの後の別れから、休む間もなく次の戦場へと足を運んでしまったからだ。


「ううん、良かったよ。だってあの後に翔は......」


 聞いた時は開いた口が塞がらなかった。同時に憤慨もした。たまらなく心配になった。勝利したと聞いて飛び上がるほど喜んだ。そして守り切れなかったと聞いて、自らの胸にもポッカリと穴が開いた気分だった。


 翔にとって話したくない内容なのは、分かり切っている。でも、本当は再会一番に聞き出したかった。苦しんでいるのなら、いの一番に力になりたかったのだ。


「......いや、気にしてない。むしろ、聞いてくれないか?」


「いいの?」


「聞いて欲しいんだ。それが今回の訓練を、俺が望んだ理由でもあるから」


「うん。聞かせて。ボクが聞く事で翔が楽になるなら、すごく嬉しいもの」


「分かった」


 そうしてニナは翔から聞かされた。今は無きレオニードが、どれほど立派な指導者だったか。彼の死を受け止めた上で行う護衛訓練が、翔の中でどういった意味を持つのかを。


「翔......」


「お、おい、ニナ......」


 ニナが両腕を広げて、翔の名前を呼んだ。翔も一瞬躊躇はしたが、そのままニナの抱擁を受け入れる。立場こそ逆転したが、両者の感じる温もりは変わらない。


「......あのね。お母さんの調子が、少しだけ良くなったんだ」


「本当か?」


「うん。お父さん達の事はまだ話せてないんだ。けどね。私がニナだって事、街での学校生活をするために、少しの間だけ離れて暮らす事は理解して貰えたんだ」


「もしかして、今回の訓練は?」


「うん。前まではお母さんを放って海外に移動するのは難しかったから。いくらお師匠様がいるからって、移動を手伝わせるのは申し訳ないしさ」


「そうだったんだな」


 ニナの話を聞いて、翔は彼女が変わってなくて安心したと言った意味が分かった。


 翔が把握してなかっただけで、ニナはニナで激動の日々を過ごしていたのだ。あそこまで病んでしまった母へ説明を行う事は、どれほどの苦痛が伴ったであろうか。下手をすれば今以上に悪化する可能性もあったのだ。いったいどれほどの覚悟が必要だったであろうか。


 そんな終わりの見えないリハビリ生活を続けながらも、ニナは血の魔王を討伐した魔力を糧に、新たな魔法を手に入れた。いくら人類最強の魔法使いの弟子と言えど、そこには血の滲むような努力が必要であったはずだ。


 そうして実現した翔との再会。心配や喜びがないまぜになっていたに違いない。そんな再会をなぁなぁで済ませてしまった上に、一カ月程度では何も変わらないとのたまった自分をぶん殴りたくなる。


 自分とニナの間にあるのは()()だ。決して恋はもちろん、それ以上では無いと翔は自分に言い聞かせてきた。それは今の状況だろうと変わらない。心拍数が徐々に上昇していようとも、この関係は友情で間違いない。


 だが、異性である以上、ここまで心配をかけてしまったのなら気の利いたセリフの一つでも用意するべきだ。抱擁している事でよく見えるようになったニナの首元、翔はそこからとある変化を感じ取った。


「ニナ」


「どうしたの?」


「伸ばした髪、すっげぇ似合ってる」


「ふぇっ?」


 母親の件もあり、伸ばす事が出来なかった髪。それが肩口程度まで伸ばされていた事に気付き、翔は何気なく褒めたのだ。そこに(やま)しい意味は無く、ただ純粋に似合っていたから褒めただけ。


 しかし、変化は劇的だった。


「か、かっかっかか、翔!?」


「お、おいっ? どうした、ニ_」


 突然抱擁の力が強まり、反射的にニナの様子を見ようと首を曲げようとする翔。


「ダ、ダメッ! いいからっ! いいからもう少しだけ、このまんまでいさせて!」


「ちょっ、ニナ!」


「いいから! 本当にいいからっ!」


 段々と力を増していく抱擁に、語気が強まっていくニナ。顔を見るなという約束こそ翔は守っているが、抱擁というポーズの関係上どうしたって首筋は見えてしまう。


 そうして翔は気が付く。ニナの首元が真っ赤になっている事に。それに気付いた事で、自身の顔にも一気に熱が籠っていく事に。


 やらかした。そう思った翔であるが、時すでに遅し。


 下手な言葉をかけるにはいかず、かといって拒絶するように離れるにもいかず。互いの熱で際限なく上昇していく体温を、大きく引き伸ばされたように感じる時間の中で漠然と感じるしか出来なかった。


 両者が抱擁を終えたのは、ニナが正気を取り戻した十分後の事であった。

次回更新は4/9の予定です。

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