始祖の使い手、炎を宿す
(近い......けど、私にもデュモンさんにも、ましてや継承様にだって気付いてはいないはず)
山林を煌々と照らす炎の柱。操るは空をまるで地上のように闊歩する、大戦勝者ラウラ・ベルクヴァイン。隠れ潜む姫野の使命は、彼女に再起不能の負傷を与える事。もしくは妨害に徹し、ニナの狙撃をアシストする事だ。
「十を一に」
現在の姫野が宿している魔法は、玉祖命の力。数十の自律飛行する防御に特化した勾玉の状態と、それぞれが連結する事で生まれる紐型の状態を駆使して相手を捕らえる魔法なのだが、先ほどから思惑は空振りに終わっている。
「チッ、鬱陶しいわね。私とニナの勝負に、水を差すな!」
(ダメね......間違いなく、見てから避けられてる。異常なまでの反射神経、いえ、魔力感知能力かしら)
全ての勾玉をラウラの周囲に展開し、あらゆる角度からノーモーションで縛り上げを行おうとするも、どうしてか彼女には躱されてしまう。彼女が回避しなければいけないものは、勾玉の捕縛だけに留まらないというのにだ。
まるで雲を掴まんとするかのような、手応えの無さ。いや、あまりに悪魔へ近付いたラウラの本質を思えば、それこそが正解なのではとありえない解答が思い浮かんでしまう。
けれどどれだけ悪魔に近付こうと、ラウラはまだ人間だ。実体があって、極端な変形などしない。自身の存在を歪めるためには、それなりに魔力の消耗が必要だ。
ここまで躱されているタネも、異常なまでの魔力感知能力の結果だろう。
「っ!?」
捕縛への反撃か。一帯を切り刻むかのような、格子状の熱線が放射される。威力を落として範囲を優先したためか、先ほどの熱線よりも近い。しっかりと熱が感じられるほどだ。
(こうしている間にも、潜伏場所は限られていく。当てずっぽうが必殺の一撃に近付いていく)
魔力感知能力が高いという事は、当たり前だがほんの少し魔力が漏れるだけでも、潜伏先がバレてしまう事に繋がる。そのため、派手な魔法攻撃は厳禁。ニナは狙撃と低レベル使い魔の生産によって、姫野は勾玉の操作のみによってラウラを追い詰める必要がある。
(勾玉の方にも気を遣らないと、超小規模の熱線に撃ち抜かれてしまう。再生成は出来るけど、余計なリスクは背負っていられない)
ニナの方も移動に使い魔の生成にと神経を尖らせているだろうが、姫野は姫野で非常に繊細な戦いをラウラと続けている。
魔法の防御に、対象の捕縛にと優秀な勾玉だが、一つ一つの耐久力はどうにか始祖魔法を耐えられるかという程度。変化魔法などを食らえば一発。期待値の始祖魔法も、高威力では望み薄だ。
そして羽虫の様に周囲を旋回する勾玉は、ラウラにとって最優先排除対象なのだろう。こちらへ飛ばす熱線の他に、目に見えるギリギリの大きさの熱線が彼女の周囲へ降り注いでいる。
小さいと言っても、それは熱線の威力を凝縮した結果。現にラウラの眼下に存在する大木は、全体を穴だらけにされた上で黒煙を吹き出している。そんな魔法を食らってしまえば、勾玉程度ではどうしようもない。
一つ一つの操作に尽力し、願わくばラウラの捕縛を行いたい姫野。対して全ての勾玉を焼き落とし、姫野達に集中したいラウラ。玉を落とすための暗闘が、彼女達の間では行われているのだ。
(......また、落とされた。これで十個目。これ以上減らされたら、捕縛の脅威が無くなってしまう)
悪魔殺しと大戦勝者。源流こそ同じであろうと、その魔力制御能力は比べるのもおこがましい。捕縛と狙撃、さらに反撃までこなした上でも、ラウラの魔法は着実に姫野の勾玉を削り取っている。
今はラウラへ無数の選択肢を押し付けている状態である。しかし、いずれか一つでも均衡が崩れれば、一気にラウラ側に戦況が傾きかねない。
そしてそんな脅威は、勾玉の損耗によっていよいよ現実味を帯び始めている。勾玉全ての損失を賭けてでもラウラの捕縛を優先するべきか、あるいはニナに後を任せて打って出るべきか、それともダンタリアを連れて逃亡を計るべきか。
いずれにせよ選択の時が迫りつつあった。
「? この子は?」
そんな時、何者かによって姫野の肩が叩かれた。
急いで振り返ってみれば、そこにいたのは犬のような真っ赤な使い魔。この場にいる召喚魔法使いなど一人しかいない。間違いない。これはニナの使い魔だ。
「肩を叩いた。仕掛けろってことね」
この作戦を行うにあたって、ニナと姫野はいくつかの合図を決めていた。その内の一つが、使い魔によって肩を叩かれた場合。こちらの準備が終わったから、全力で攻勢を行うという合図だった。
姫野の表情に満足したのか、使い魔はどこかへと走り去っていく。それでいい。今から行われるのは全面攻勢、最悪の場合は二人揃って居場所が露見する危険行為だ。
結果的に起こるのは防ぎようの無い、熱線の全力照射だろう。いくら低コストの使い魔といえ、無駄な消耗は避けるべきだ。使い魔が完全に見えなくなった所で、姫野は動いた。
「全を一に」
「......」
遠目から見ても、ラウラの目が据わった事が分かった。同時に生成した紐によって、何重にも縛られるラウラ。
これまでは十個程の小単位で捕縛に回していた勾玉、その全てを紐へと変える。目的はラウラを雁字搦めに封じ込める事。もちろんそれほど時間が経たぬ内に、小規模熱線の連続照射で焼き切られる事だろう。
だが、この作戦は封じ込める事だけが目的では無い。捕縛を一の矢とするのなら、当然二の矢が存在している。
「当たって......」
完璧に揃った射撃音が、山林の至る所から響き渡る。仕掛け人はもちろんニナ。彼女が使い魔を用いる事で、全方位同時狙撃を実現してみせたのだ。
放たれた弾丸にはもちろん、ニナの血液が粉末状になって仕込まれている。対象にぶつかった衝撃で弾丸は粉々になり、中から漏れ出した血液によって対象に結晶化の魔法を仕掛ける作戦だ。
いくら大戦勝者と言えど、ニナの血液までは無効化出来ない。それは長年ラウラと暮らしてきた彼女が、胸を張って答えてくれた内容だ。
例え力尽くで紐を解いたとしても、その間に弾丸がラウラへ命中する。瞬間移動が可能な雨模様を発動するためには、捕らえられたリグの助力が不可欠。
当たる。姫野が確信を持ったその時だった。
「最後まで居場所を悟らせないまま、ここまで大仰な仕掛けを思いつくなんてやるじゃない」
感心した様子のラウラも、彼女を縛る勾玉も、迫る弾丸も一緒くたに巻き込んで、特大の熱線が降り注いだのだ。
「うっ!」
一呼吸おいて姫野の下に到達した空気は、それだけで肌をジリジリと焦がし乾燥させる高温。咄嗟に巫女服の袖を口元に当て、高温の空気を吸い込まぬよう対処する。
「あっ......」
そんな彼女が見たのはポロポロと崩れ落ちていく勾玉だった灰の塊と、あまりの熱で歪む視界の中央で腕組みする真紅の少女の姿だった。
「健闘は讃えるわ。最後まで作戦をこなした実行力も。けどね、やっぱりあなた達には発想力が足りていない。始祖魔法使いの悪魔が、操るナニカと同等の肉体を持つのは珍しく無いはずよ!」
ダンタリアから教えを受けた翔であれば、その時の言葉を鮮明に思い出していただろう。炎の始祖魔法使いの悪魔が、炎そのものだったりするのは別に珍しい事では無いと。
少女の言う通り、姫野達は想像出来た筈だった。ラウラの本質は人間と悪魔の中間にあるのだから。変化魔法を操った際に、氷そのものへの変質さえこなしていたのだから。
「今回は筋道の立った作戦が見れたから良し、と言いたい所だけど、せっかくだから対応力も見せてもらうとするわ。作戦の枠組みが完全に崩壊した今、あなた達はどんな動きを取るのかしらね?」
ラウラによって辺り一帯に莫大な魔力が降り注ぐ。
「?」
しかし、その魔力は熱線の形をしていなかった。破壊の炎を宿してはいなかった。失敗なんてありえない。魔力に見合うだけの変化が訪れた筈。そうして周囲を見渡す姫野の前に、一枚の落ち葉が舞い落ちた。
「これは......」
それは夏らしい命を感じさせる緑色ながら、秋の夜長を感じさせるような乾き切った一枚の落ち葉。
異変に気が付いた姫野は、急いで近くの木の葉を、次いで幹を触っていく。変化は明らかだった。いずれも渇き、肌で分かるほどの乾燥が始まっていた。
「これが、ラウラさんの思惑......」
そして自身の手に平に目をやれば、指先に感じるのはカサカサと枯葉を擦り合わせるような感覚。
先ほどの衝撃的なまでの気温変化によって、すぐには気付けなかった。けれども注意深く感覚を研ぎ澄ませれば、変化は一目瞭然だった。熱線が過ぎ去ったというのに、いつまでも下がらない周囲の気温。目に見えて乾燥していく木々。同じように水分を失っていく肌。
答えは明白だった。ラウラは熱そのものを山林に落とし、一帯を天日干しにしようとしているのだと。
次回更新は3/8の予定です。




