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人並みの巨人

「おらあぁぁ!」


「うおぉぉぉ!」


 翔と大熊。二人の近接ファイターが、今まさにぶつかろうとしている。


 一方が振りかぶるは、何の変哲も無い握り拳。もう一方がくり出したのは、青白く発光する創造された木刀。一般論として、人間の拳は殴打に向いていない。本来ぶつかりなどすれば、手指の骨が粉々に砕けてもおかしくは無かっただろう。


「ぐっ、ぐうぅぅっ!」


「ははっ! ラウラが魔力量を指摘するだけはある。これを受けるかよ!」


 しかし現れた光景は、拳の勢いに思わず片膝を付く翔の姿だった。いつぞやのラウラとの模擬戦を思い出すような、人体を殴ったとは思えない硬度。さらに今回はお互いに攻撃を放った形。舞い散った砂埃によって、後ずさった靴跡が地面にくっきりと残っている。


 それでも致命的に体勢を崩さなかったのは褒められるべきだったが、いくら大熊が拳闘の達人だったとしても不可解な光景だった。


「受けれなきゃ勝負にならねぇって思ったから受けましたけど、たった一発だけでも骨が折れますよ......!」


「実際、骨を折るつもりでいったからなぁ! ()()()()()()()()()()()。これだけでも相当キクだろ?」


 だが、いくら飾り気の無い肉弾戦に見えたとしても、これは魔法使い同士の戦い。各々の魔法が飛び交う反則合戦の戦いだ。拳が剣に勝る事など、往々にして日常茶飯事の戦いなのだ。


 大熊の言葉を肯定するかのように、先ほどのぶつかり合いで生まれた衝撃が電柱とコンクリ壁を自壊させる。いくら魔法を交えた戦闘と言えど、その程度の余波ではびくともしないだろう物体が突然自壊したのだ。


 これこそが大熊の手にした密度を操る始祖魔法の力。周囲のあらゆる物体から密度を奪い去り、自身の筋力と拳を守るために展開した魔力のベールに転用する。一見自壊したように見えたコンクリートも、実際は大熊の魔法によって中身をスカスカに抜き取られた後だったのだ。


(電柱とコンクリートの壁だけでこれか!? 大戦勝者ってのはどうなってんだよ!?)


 一瞬だけ崩れた建造物達に目をやり、翔は目の前で鍔迫り合いを繰り広げる大熊に視線を戻す。その顔に疲労の色は見えない。当然だろう。この程度の魔法行使で疲れ果てる魔法使いなど、悪魔との戦いではやっていけないのだから。


 けれどもその事実は、否が応でも翔に実力差を痛感させる。


 今まさに大熊とのぶつかり合いに使用した木刀は、いつも以上に魔力を込めた強化木刀とでも言うべき品だった。その証拠に、激しいぶつかり合いを果たした後でもヒビ等が無い。再度同じ衝撃に曝されたとしても、十分に仕事を果たしてくれるに違いない。


 しかし、それ以上の衝撃に曝されるとなると話は変わってくる。大熊の言葉を信じるなら、先ほどの攻撃は電柱とコンクリ壁から密度を奪い去った一撃だった。ちょっとした勢いで自壊した事、破損ヵ所がまるで土くれの様に崩れていることからも事実に違いない。


 ならば一つの疑問が生まれる。自分はこの木刀で、さらなる衝撃に耐えられるのかと。始祖魔法は射程が広い。例えばここら一帯の建造物から密度を奪い去った後の衝撃に、自分は耐えられるのかと不穏な想像が頭を過るのだ。


(......耐えれる限りは耐えてやる。でも、それがいつまで続くかは分からない)


 翔は頭を使うのが苦手だ。周囲一帯を凝縮した一撃など、どれだけ考えてもヤバそうという感想しか出てこない。だからこそ今の翔が考えていたのは、全力を尽くす事。そして全力で大熊を抑える事とというシンプルな考えだった。


「おら、次行くぜ」


「ぐっ!?」


 バネの様に繰り出した直線的な蹴りによって、大熊は翔との距離を無理矢理開く。幸い蹴り自体は木刀で受け止める事に成功したが、一瞬の隙は大熊が新たな行動を起こすには十分な時間だった。


「どっ、こいしょ!」


「は、はぁっ!?」


 片足を天高く振り上げたかと思うと、そのまま地面へ振り下ろす。一見するとただの踵落しにしか見えない行動も、密度を操る魔法があれば何十倍にも凶悪さが増す。


 まるで落とした踵が地面を貫いたかのように、翔側の地面にのみいくつものヒビが発生する。そして、時を待たずしてふわりと身体が浮く感覚。


 地面丸ごとの崩落が始まった。中心部にいる翔は、このままでは生き埋めになる。


(マズい! これがニナの食らった地盤崩しか!)


 事前に聞いていたおかげで、翔はすぐさま擬翼を展開。そのまま飛翔して難を逃れる。しかし、そんな翔へと飛来したのは、彼の爪の先ほどにも満たない何十個もの小さな小石。


「防御......! 違う!」


 反射的に擬翼による防御を行おうとした翔だったが、寸でのところで思い直し、出力一杯でその場を飛び離れた。


 だが、一瞬の逡巡(しゅんじゅん)のせいだろう。小石の一つが背後にあった擬翼に当たる。


「っ!?」


 翔は言葉を失った。なぜなら、木刀ほどでは無いと言えど強化生成していた擬翼が、小石の当たった部分だけごっそりと消滅していたからだ。これが人体に当たっていたら、そう考えるとぞっとする。翔は自分でも気付かぬ内に、ニナと同じ轍を踏むところだったのだ。


「......やっぱ対応されちまうわな。所詮は一発芸か」


 翔に致死の一撃を放り投げた大熊は、のんきな様子で頭を掻く。


「これで、一発芸ですか......」


「そりゃあ、そうだろう。当たんねぇ大魔法なんて、映画の向こう側で起こってるのと変わらねぇ。どれだけ地味だろうと、魔法ってのは決めてこそだ」


 ミシミシミシと眼下の地上で音が響く。


 その音の正体は、大熊が地面に敷かれたアスファルトを綺麗に剥がす音だった。地面から分離させられていくアスファルトは、やがて大熊の頭上へと掲げられる。自身の何倍もの体積を掲げている事もあり、様々な魔法現象を見てきた翔ですら現実であることを疑ってしまう。


 しかし、これだけでは大熊の言うような一発芸だ。実害の無い翔にとって、映画の向こう側の光景だ。欠片も地味では無いが、これを翔へ決めるとはどうすると言うのか。


「まさか......」


 そこでふと、翔は思い至った。


 先ほどの攻撃は、体積の小さな小石による弾丸だったこそ外れたのではないか。ならば迫りくる壁のような巨大な体積をぶつければ、翔は躱せないと大熊は考えたのではないかと。


 それはあまりに幼稚な考え。実現するには、多くのハードルを乗り越えなければいけない難題。しかし、大熊は実現させて見せた。小さな小石ではなく大きな道路用アスファルトを翔へぶつける。その光景が実現しようとしている。


「おら! 今度は躱せねぇぞ! ここらの家屋まとめてつぎ込んだ特別弾だ!」


 ニィと笑う大熊によって、一枚板ならぬ一枚壁が放り投げられる。


 投げる瞬間まで自身に密度を置いておき、放り投げたタイミングで密度を移したのだろう。眼前に迫る一枚壁は、体積の割には異様に速い。大熊の言う通り、躱す事は不可能に近い。


「いいや、やる事が簡単で助かりますよ!」


 突っ立っていれば脱落は免れない。躱そうにも弾速とサイズが大きすぎる。そうなれば翔に残されているのは迎撃一つだけ。


 元々やろうとしていた事が、さらにシンプルになっただけだ。翔は迫りくる一枚壁に向けて、擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)を使用するのだった。

次回更新は2/29の予定です。

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