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自己の出血は簒奪の末に

「......やられたわね」


 自身の手首付近に現れた突然の魔力反応によって、咄嗟にリグを手放したラウラ。その結果起こったのは、蒼白十字の牢獄にリグが囚われるという事態だった。


 形状と色は、天原翔の操る擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)によく似ている。しかし、何重にも結界を重ねる事によって、リグの姿が見えなくなってしまっている事。そして、魔力の放出ではなく、おそらく現世からの隔離によって、リグを封じ込めた事。


 この二つの事実で、発動された魔法が似て非なる魔法である事がラウラには分かった。見たことも無い類似した魔法を、わざわざ発動するという労力。間違いない。ダンタリアによって、リグは隔離されたのだ。


「壊すのは簡単。だけど、暗に壊すなと言っている事は間違いない」


 天候は先ほどの戦いを再現するために、晴れに設定していた。もし護衛側が無策に突っ込んできたら、キツイお灸を据えるために。


 けれどそんなラウラの考えを、今度は護衛側が読み切ったのだろう。こうして相棒は捕らえられ、自身の魔法は晴模様(ゾニアオプシオン)に固定化されてしまった。相棒を閉じ込めた結界は、見るからに内側からの脱出を封じ込めるためのものだ。


 外側からの一撃、ラウラならばパンチ一発で破壊出来るが、発動者の考えを読み解けばナンセンスである事は分かり切っている。


「......なるほどね」


 そうこう考える内に、銃声が響く。ラウラは後頭部へ迫る銃弾を首の動きだけで回避し、護衛側の思惑が時間稼ぎであると理解した。


 リグを封じ込める事で自身の魔法を一つに制限。さらに真正面からぶつかり合うのではなく、ラッキーパンチを狙った狙撃がメイン。加えて眼下には青々と緑が茂る山林。いくら熱を操る始祖魔法と言えど、生木を燃やすには時間がかかる。


 リグを閉じ込めた魔法が天原翔の結界魔法を模倣した物である以上、術者であるダンタリアは近くにいるはず。けれどもあてずっぽうに魔法を放った所で、木々が邪魔をして直撃させられる可能性は低い。


 そもそもダンタリアが距離を取るために逃げ出しているか、山林の一か所で潜伏しているかも分からないのだ。敗北の二文字など忘れ去って久しいラウラにとって、堂々と姿を曝す事がデメリットになるとは思いもしなかった。


「確か......(くび)り姫、えぇと......姫野、だったかしら。まぁ突撃バカ二人をこっちに向けるメリットは無いし、当然よね」


 そうこうする内に、自身を取り囲むように白色の勾玉がいくつも出現した。詳しい能力は知らないが、これが姫野の魔法である事はラウラも覚えている。そして先ほどの狙撃がニナである事を考えれば、人員配置をそっくりそのまま入れ替えたのだと容易に想像が付いた。


「私を追いかけようとしても、ニナと姫野じゃどうしたって追い付けない。だから、()()()()()()()()()()()()()()状況を作り出したってことね。いいじゃない。ちょっとだけやる気が出てきたわ」


 勘違いされがちだが、ラウラの空中浮遊は彼女本人に由来するものだ。別にリグがいなくても空中を闊歩出来るし、移動も出来る。ただし、そのスピードはリグがいる時とは比べ物にならないほど遅い。


 ここまでのキルゾーンを相手が作り出した以上、ラウラを逃がすつもりは無いのだろう。反対にラウラからしてみれば、何をするにしてもこの状況を打破しなければ始まらない。足止めにしては殺意が高く、妨害にしては後ろ向きが過ぎる。しかし、久しぶりの苦戦を予想し、ラウラは不敵に笑う。


「私をやる気にさせたのよ。一撃で終わったりしたら、許さない!」


 ラウラの真っ赤な髪が、煌々と輝きを増す。そして銃弾が飛来した方向へと向けて、特大の熱線が放射されるのだった。


__________________________________________________________


「うわっ......お師匠様、容赦なさすぎるって。いくら死なないからって可愛い弟子に対して、火力が高すぎるよ」


 ラウラが放射した熱線から左。彼女の視界の斜め後ろに当たる位置に、ニナは潜伏していた。


 実のところ、先ほどの狙撃はニナ本人のものではない。狙撃用の魔道具と規格が合う血液入りの銃弾までは取り入れられているが、引き金を引いたのは彼女では無いのだ。


「よし、頼むよ」


 外套から取り出すのは、狙撃用の魔道具と血液入りのガラス瓶。慣れた手つきで狙撃銃を固定するバイポッドを設置し、ガラス瓶の中身を狙撃銃へとぶちまける。


 すると、まるで血液が生き物かのように狙撃銃へと絡みついた。やがて半固着化した血液によって作り出されたのは、ブービートラップに用いられるかのような自動発射機構。


 引き金にかかった粘着質な紐状の血液と、ニナが覚えさせた魔力に反応して照準を定める学習能力。これこそ彼女が血の魔王を討伐した事で得た、新たな魔法であった。


「発射は三十秒経ってから。狙えるなら、姫野の魔法に合わせて」


 発声機構も反応器官も持ち合わせていないだろう使い魔に対して、ニナは指示を出す。しかし、いくら自身の分身たる使い魔だろうと、こうも無反応では命令が伝わっているか心配になっても仕方ないはず。


 けれどもニナに心配は無い。なぜなら目の前の使い魔は他の召喚魔法で生み出される使い魔よりもずっと、術者であるニナに近い存在なのだから。


 この召喚魔法の名前は自律の血像(サビュードロア)。名付け親は今まさに照準を向けられているラウラ本人だ。


 まず大前提として、自律の血像(サビュードロア)で使い魔を生み出すには、ニナの血液を使用しなければいけないという制約がある。造血剤などの使用は許されるが、輸血などで増やした血液は、逆に魔法の長期使用不能を引き起こすという徹底的な制約だ。


 いくら魔道具で長期保管が可能と言っても、ニナ本人の血液量は常人と大差無い。頭数で戦う召喚魔法として考えた場合、かなり重い制約と言えるだろう。


 しかし、制約が重いという事は、リターンが大きい事も意味している。ニナが重い制約の代わりに手に入れたリターンは、生み出す使い魔の自由度だ。


「姫野の肩を叩いてきて。それが終わったら、ボクの所へ帰還」


 先ほどよりも大きいガラス瓶を取り出したニナは、短い命令と共にまたしても地面へ血液をぶちまける。するとぶちまけられた血液は、四足獣の形を取って山林を走り出したのだ。


「お帰り。それじゃあもう一度、翔達の様子を見に行って」


 さらにコウモリに似た姿の使い魔が、ニナの肩へと止まったかと思うとまた飛び立っていく。これこそが自律の血像(サビュードロア)の自由度だ。


 固定銃座の引き金を引く発射機構になれる。野山を駆けるのに適した四足獣の姿になれる。空飛ぶ翼を持ったコウモリになれる。本来ここまで姿形が変わる使い魔を生み出す場合、何かしらのテーマ性やそもそも別種の召喚魔法を用いる必要がある


 しかし、ニナの召喚魔法には、その必要は一切無い。


 水中を泳ぐ魚型にも、木登りに適したサル型にも、ニナを守るために纏わり付かせるスライム型にも、細かく分裂可能な霧状にだって変化出来る。これこそが重い制約を背負った事によって、ニナが手に入れたリターンであるのだ。


 さらに元がニナの血液である以上、これらの使い魔にも当然のように結晶化の魔法が宿っている。使い魔による別方向からの浸食。これが脅威にならないはずが無い。


 しかし、ここまでの力を得ていても、ニナに油断の二文字は無い。むしろここまでしても、彼女の心は卑屈さが勝っている。


「ボクには翼が無い。いや、翼があった所で、お師匠様を下すだけの力が無い。だから撹乱に全力を出す。お師匠様の注意を引く事に、全霊を尽くす」


 先ほどの敗北と此度の無力感。それぞれの魔法に適した場面がある以上、それが傲慢なものであることは分かっている。しかし、言葉にこそしないが、ニナはマルティナが羨ましかった。


 恩人で親友な彼と肩を並べ、ニナには届かない場所で戦う姿がたまらなく羨ましかったのだ。


「っ! ダメダメ! 集中しないと!」


 これが合同訓練であるという事は、ニナの失敗によって全てが瓦解する恐れもある。その理由が小さな嫉妬であったりしたら、今度こそニナは自分を許せなくなってしまう。


 かつての戦いで、ニナは自律する事の大切さを学んだ。その結果として、傲慢たる魔王から簒奪した魔力にしては、似ても似つかない魔法を手に入れたのだ。これ以上、心根で失敗する事は御免だった。


「それでも......」


 急いで銃座から離れつつも、ニナは願う。


 この訓練内で無くても良い。いっそ今日でなくても良い。だけどいつか、いつか翔と肩を並べ、彼の背中を守れるだけの存在になりたいと思うのだ。


「訓練がいつまで続くか分からないけど、今日の夜には二人きりで話せるかな......?」


 日本への到着から訓練の開始までに時間的余裕が無く、挨拶もそこそこのなぁなぁで翔との再会は終わってしまった。そんなドラマの欠片も無い再会だったからこそ、ニナは密かに愛しい親友との会話を待ちわびるのだった。

次回更新は2/25の予定です。

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