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安定した天気模様

「やっぱり俺達全員でかかるのはやりすぎだったんじゃねぇか? ラウラの奴に任せ切りにして、俺達は訓練の補助にでも回った方が良かったんじゃねぇか?」


「はぁ~......まだ言ってるの? 姫野達のためにも、苦労はさせるべきって方針で決まったじゃない。それに、あの子達は源が思ってるほどにやわじゃないわ。その証拠に、一時間も経たない内に再開を求めてきたじゃない」


 グチグチと不満を垂れ流す大熊をなだめながら、麗子は改めて顕現した訓練エリアを見渡した。古い住宅街だろうか。低い木造家屋が立ち並ぶ、ノスタルジーな通りと言えた。


 翔達護衛陣営が大熊達襲撃陣営に再戦を求めてきたのは、つい先ほど。作戦を練り直すには十分な時間でありつつも、それぞれの魔法への対策を練るには短すぎる時間と言えた。


 おそらく実戦を想定して、対策そのものは戦いの中で学び取ろうとしているのだろう。若き悪魔殺し達のストイックさには感心さえ覚えたが、同時に若さゆえの無鉄砲さも感じられた。


「だけどよぉ、ルール一つを追加したくらいで戦況が変わるか? これでさっきみたいに一蹴しちまったら、心をへし折っちまったりはしねぇのか?」


「くどいわよ。その程度で折れるような心なら、どうせ()()()()()()()()


「それは......」


「それに、私はこのルールの追加に関しては、良い選択だと思っているわ」


 訓練の再開を連絡するために現れたダンタリア。彼女は大熊達に対して、半ば強引にルール追加の宣言を行った。


 追加されたルールとは、護衛陣営の顕現箇所を自由に決められる権利。つまり先ほどのランダム性のあった顕現とは異なり、翔達は人員配置だけでなく、あらかじめどこに陣取るかも決められるようにするとの事だった。


 いきなりのルール追加に大熊は苦言を呈したが、他の三名に関してはおおむね納得した上で受け入れた。そもそも今回の訓練は護衛任務を想定した物。ならば、護衛側にはある程度の自由な立ち位置が認められて然るべきだ。


 姫野やニナなど一部に関しては、待ちの姿勢でこそ強さを発揮する者もいる。そんな彼女達の全力を見るには、まさにうってつけの追加と言えた。


「......まぁ、何事もやってみてこそか」


「そういう事よ。ほら、あっちの準備も進んでいるだろうし、さっさと索敵を始めましょう」


 麗子は手慣れたように万年筆を取り出し、空中にいくつかの()()を描く。紙も画材も無いのに空中には黒色の楕円が生まれ、独りでに動き出したゼロ達は彼女の周りを旋回しだす。


 これこそが悪魔である麗子の根源魔法、不可説(ふかせつ)無量乗法(むりょうじょうほう)。あらゆる数字にゼロを書き足す契約魔法だ。


 重さにゼロを加えれば、対象にした物体は桁違いの重さに変わる。スピードにゼロを加えれば、対象のスピードは桁違いに増す。濃度、力、抵抗、この世には数字で表現出来るものは無数に存在する。その全てに対して、麗子は干渉する事が可能なのだ。


 さらに姫野が予想した通り、麗子は手にする万年筆で数字を塗り潰す事が出来る。認識出来ない数字など、存在しないのと同義。至近距離に限って言えば、彼女は数字の打ち消しすら行う事が可能だ。


 先ほどの戦いではこの魔法を用いて、自身の視力を何十倍にも強化。そこから発見した姫野達に肉薄するため、自身と大熊の体重を打ち消した。こうして一瞬の索敵と接近は行われたのだ。


「いや、その必要は無いようだぜ」


「どういうこと?」


「前を見てみな」


 だが、今回ばかりは索敵の必要は無かった。なぜなら、大熊と麗子の目線の先には、二つの人影が現れていたのだから。


 顕現箇所を自由に決められるルール。それは望みこそすれば、大熊達の真正面にすら顕現が可能とも言い換えられるのだから。


「大熊さん、胸を借りに来ました」


 人影の一人である翔が、大熊へと声をかける。もう一つの影であったマルティナは、すでに槍を模倣して臨戦態勢だ。


「その意気は買ってやる。むしろ喜ばしいほどだ。だけどいいのか? 翔とマルティナちゃんが俺達の相手をしてしまえば、ラウラの奴が野放しになるぜ?」


 ゴキゴキと首を鳴らし、ガシガシと拳同士をぶつけ合う。始祖魔法使いである大熊だが、その本質は内向きの変化魔法使いと大差無い。どうせ相手をするのなら、肉弾戦主体の翔は歓迎すべき相手だ。


 しかし、一方で指導者としての大熊は心配も覚える。彼とマルティナがこちらへ来てしまえば、航空戦力が皆無となる。襲撃者陣営の片割れであるラウラ組は、空中戦を得意としている。いや、大前提として空中戦を強いてくる。


 姫野とニナには飛び道具こそあれど翼は無い。そうなれば飛び道具の射程外から、一方的に魔法を連発される事になる。そもそもラウラからしてみれば、戦う必要性すら無いのだ。


 曇模様(ショピルグウォルケ)を展開して、ダンタリアの居所を突き止める。そこから晴模様(ゾニアオプシオン)を連発してしまえば、ゲームセットなのだから。


 この訓練はあくまでも護衛任務。大熊と麗子に勝利した所で、ダンタリアが倒れてしまったら敗北だ。足場を崩した大熊の魔法を警戒しての配置換えなのだろうが、これでは本末転倒なのではないか。


 半分は挑発、半分は心配をかねての大熊の発言。しかし、翔の返答は大熊の予想とは違うものだった。


「えぇ。そうならないためにも、ダンタリアの力をさっさと使わせて貰いましたから」


「ダンタリアの力?」


 思わぬ返答に、大熊はしばし考え込む。翔達も足止めが目的のためなのだろう。無理攻めの様子は無い。


 ダンタリアに許された訓練への干渉は、汎用的な魔法の使用か翔達四人の魔法の内の一つの流用。まさか汎用魔法でラウラを抑えられるとは思わない。そのため考えられるのは魔法の流用だ。


 けれども、どんな魔法を使えばラウラの足止めが可能と言えるのか。訓練内でダンタリアに許された魔力は、一般的な人間の魔法使い一人分の魔力のみ。


 翔の擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)はもちろん、いつぞやのマルティナの連続模倣などは不可能だ。


「ん?」


 考えを巡らせる最中、ふと大熊はある事に気付く。


 仮に足止めをされたのだとしても、ラウラは曇模様を発動するのが安定のはず。なぜならダンタリアに個人の足止めが可能だったとしても、集団の足止めに使える魔力は存在しないであろうから。


 だというのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 遠く離れた大熊にどうして分かるのか。それは天気が快晴のままだから。なぜ天気が快晴のままなのか。もしこれが、ダンタリアの干渉によるものだとしたら。


「そういうことか......!」


 ラウラの魔法である悪天候(リアーキンド)は、天候によって使用出来る魔法が変化する。悪魔殺し時代こそ使い勝手の悪い魔法であったが、今の彼女にとっては四つの大魔法を使い分けられる最高の魔法へと変貌している。


 それはなぜか。彼女が大戦勝者(テレファスレイヤー)となったことで、天候を自在に操れるリグが生まれたからだ。


 裏を返せば、リグを封じてしまえば彼女の魔法は一つに固定化されてしまう。そして、多大な魔力を消費する故に除外していた選択肢がある。擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)によって、ラウラを一定の空間に閉じ込めるという選択肢が。


 いくら多大な魔力を消耗すると言っても、リグ一体分の魔力程度なら可能なのではないか。ビニール傘一本を封じ込める程度の結界ならば、今のダンタリアにも発動可能なのではないかと。


「こりゃあ、余裕ぶっこいてもいられねぇな」


 プライドが高く、親友には甘いラウラだ。きっとダンタリアの結界を壊そうとはせず、自身の力のみで解決しようと試みているに違いない。そうなれば、向こうがダンタリアに辿り着くのは、どうしたって遅くなる。


 大熊が臨戦態勢に入ったことを感じ取ったのだろう。翔とマルティナも身構えたのが分かる。


「麗子、さっきの言葉は撤回だ」


「あらそう。それで?」


()()()()()体重(ウェイト)と腕力に」


「はいはい。それじゃあ前衛は任せたわよ」


 変わり身の早さに呆れを覚えつつ、麗子が周囲のゼロを二つ、大熊へと射出された。


「余裕ぶっこいて負けたは示しが付かねぇからな! 行くぜぇ、新世代!」


 踏み出した一歩が、経年劣化でヒビ割れたアスファルトを踏み砕く。手の平に食い込むほど拳を握りしめ、大熊は砲弾の如き早さで突進を開始するのだった。

次回更新は2/21の予定です。

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