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収束と霧散

「当たり前じゃない。あそこまで言われて分からないわけ無いでしょ」


 一番初めに反論を述べたのは、やはりマルティナだった。表情には恐怖など微塵も浮かんでおらず、むしろふざけた真似をされた事に対して憤慨しているようである。


 怒りによって恐怖を霧散させる。思考こそ柔軟さを持ち得たが、彼女の深層に燻る悪魔への怒りはダンタリアの圧力を超えたのだ。


「ふむ。せっかく、いの一番に手を上げてくれたんだ。生徒の自主性を尊重する意味でも、まずは悪魔祓い(エクソシスト)に解答をお願いするとしよう」


 クスリと笑うダンタリアに対して、クイと顎を上げるマルティナ。いつでも来いと言っているのだろう。


「それじゃあ悪魔祓い(エクソシスト)。大熊の魔法について、具体的に説明してくれるかい?」


 その問いは、マルティナが自身の言葉通りに全てを理解していなければ答えられない問いだ。これはダンタリアがマルティナに、大口を叩いただけの成果を求めてもいるのだろう。


 本来なら魔王であるダンタリアの圧力も合わさり、マルティナには多大なプレッシャーがかかっているはず。しかし、彼女は全く気にした様子は見せず、まるで翔達との会話に応じるような気軽さで頷いた。


「えぇ。まずは魔法大系。大熊さんの魔法は、密度を操る始祖魔法よ」


「どうして始祖魔法と言い切ったんだい? 密度を操るだけなら、契約魔法でも創造魔法でも同じような事が可能だろう?」


「簡単な話よ。契約魔法だとすると、あの方の行動に魔法発動のキーが無さすぎるもの。ちょっと全速力で走るだけで魔法を発動してたら、咄嗟の際はもちろん、味方との連携なんて不可能なはず」


「ほう、()()()()()()も引っ張ってきたわけか。勤勉だね」


(......そうか)


 ダンタリアの言葉を聞いて、翔も思い出す。


 血の魔王との戦いに向かう飛行機、そこで聞かされた過去の悪魔殺し達の戦法を。


 前大戦で悪魔殺し達は、全員一丸となって一体の悪魔を討伐する戦法を取っていた。その音頭を取っていたのが大熊なのだから、彼の魔法が連携に向いていないのは論外のはずだ。


「悪魔の侵攻を食い止めた、先人達から学べる事は多いもの。しかも生き証人から訓練を賜る機会なんて、滅多に訪れるものじゃない」


「下準備や頭の回転に関しては、やはり君が一歩先んじているね。後は想定外への対応に慣れれば、優秀な現場指揮官になれるだろう」


「うっさいわよ......」


 誉め言葉に対して、マルティナは心底嫌気が差したかのような顔をした。それは先ほどの訓練で、見事に手の平で転がされたためか。あるいは太陽ぎらつく砂漠の都市にて、現場指揮官型の悪魔に散々引っ掻き回されたためか。


「君の理屈はもっともだ。確かに契約魔法はありえないだろうね。そうなればもちろん十分な理屈を用意しているだろうけど、創造魔法についても聞かせてくれるかい?」


「そっちに関してはもっと簡単よ」


「その心は?」


「だって私、ニナ達の戦闘区域から強い魔力反応を検知していないもの」


「ふっ、なるほど。もっともな理屈だ」


 マルティナの魔力感知は、姫野のように事前準備がいるわけでも、翔のように他者の助力が必要になるわけでも無い。ただ単純に魔力を視覚的に捉える事ができ、放出された色彩の差異によって術者の特定すら可能だ。


 彼女は翔という創造魔法使いと戦闘し、共闘した経験がある。創造魔法使いが使用する魔力の多さは、分かり切っているのだ。


「正直、アマハラの一言が無ければ、ここまでは辿り着けなかった。でも、さっき言った通り、これは()()()()なのでしょう? 互いが不足を補う事は許されて然るべきよね?」


「もちろんさ。悪魔祓い(エクソシスト)、君は合格だ。悪いがこれ以降は口を噤んでくれると助かるのだけど?」


「あっそ。なら、そうさせてもらうわ。どっかの誰かさんみたいに、無理矢理引き結ばされるのは冗談じゃないもの」


 合格と言われても喜んだ顔は一切見せず、ただダンタリアの言う事に従うマルティナ。このちょっとしたやり取りだけで、彼女のダンタリアに対するスタンスはよく分かる。


 今のマルティナにとって、ダンタリアは有用だから利用する相手でしかない。もちろんダンタリアからしても、マルティナの扱いは同様のはずだ。


 だが、それでいいのだ。マルティナは悪魔祓い(エクソシスト)でダンタリアは魔王。不倶戴天の敵の言葉に耳を傾けられるようになっただけ、急成長と言えるのだから。


「じゃあ次に問いかけを行うのは......」


 そして、ダンタリアの興味が残った二人に向けられる。


 一方はいつも通りの無表情。もう一方は明らかに動揺し、キョロキョロと目を泳がしている。比較的話が成立する魔王である一方、悪魔らしい嗜虐的な性格も併せ持っている彼女だ。どちらが標的になるかは一目瞭然だった。


(くび)り巫女には麗子の魔法について答えてもらうとして、そうなると血族に結論を述べてもらおうかな」


「はい」


「ひゃ、ひゃい!」


 過去の出来事もあって、基本的に悪意が大の苦手なニナだ。格上から向けられるプレッシャーだけでも、彼女には常人の何倍もの苦痛へ変わるに違いない。


 それでも情けない返事ながらダンタリアから逃げ出さないのは、同格の魔王を自らの手で下した事実もあってのことだろう。


「緊張しなくていい。君の養母であるラウラと私は親友だよ。これからの解答に失望する事こそあれど、取って食ったりはしないさ」


「は、はい......」


 不敵な笑みでそんな事を言っても逆効果だ。けれども、ラウラの名前を上げた事は効果があったのだろう。ニナの顔には少しばかりだが、冷静さが取り戻されたように見える。


「それじゃあ血族に聞かせてもらおう。少年と悪魔祓い(エクソシスト)。二人の尽力で大熊の魔法が密度を操る始祖魔法である事は判明した。ずばり君に求めるのは、その魔法がどうやって戦闘に活用されたかどうかだ。血族の経験した戦闘で、大熊どのように魔法を操ったか。答えてくれるかい?」


「......はい」


 マルティナのような即答の様子は無い。けれど、全く当てが無く、答えられずに口ごもっている訳でもなさそうだ。


 ニナはこの四人の中で、一番臆病で一番慎重だ。悪く言えば後ろ向きな性格とも取れるが、一瞬の判断が生死を分ける魔法戦においては恵まれた才能とも取れる。


 いくら師匠の大親友と言えど、自分は他人と変わらない。おまけに彼女は魔王、機嫌を損ねる事が最悪に繋がりかねない。ニナにとっては先ほどの訓練も現在の問答も、どちらも変わらず戦いなのだ。


 そうして翔の様に思考を重ね、決心したようにダンタリアを見つめる。


「答えはまとまったようだね」


「はい。血粉煙幕に関連する、二つの違和感から答えたいと思います」


「お願いするよ」


「まず、大熊さんが血粉煙幕の効力を知りながらも突っ込んできた理由です。あの人の魔法は密度を操る。つまり、ボクの血液による結晶化の影響を身体全体に散らして薄める事も、逆に一部の部位に収束させて逃がす事も出来たんです」


 ニナの血液は、他者の魔力と混ざる事で結晶化を引き起こす。人体であれば血管の閉塞や器官の閉塞による窒息、魔力生命体であればそのまま部位の欠損に繋がりかねない強力な魔法だ。


 しかし、この魔法は触れた血液の量がそのまま魔法の強さに置き換わる点と、効果が現れるまでにタイムラグがあるという欠点も抱えている。


 大熊の魔法が密度を操れるのであれば、煙幕に突っ込めたのも道理だ。なんせ結晶化の影響を皮膚方面に散らしてしまえば、肉体の機能はほとんど落ちない。これとは逆に指の一本などに集中させてしまえば、影響はその部分だけで終わってしまう。その気になれば指の一本程度、切り落とす事すら可能だろう。


 いずれにしても、ニナの魔法を大熊は弱体化させる備えがあった。だから彼は煙幕を気にせず突進出来たのだ。


「良い推測だ。それじゃあ煙幕が霧散した方については?」


「そっちはさっきの大熊さんの動きを流用出来ます。煙幕が舞っているのは空気中。しかも風が無かったおかげで一点に密集していた状態でした」


「なるほど。空気に対する煙幕の密度を操り、そこら一帯に散らした訳だ。事情を知らない者が見れば、大熊が一瞬で煙幕を霧散させたかのように見える」


「はい。その通りです」


「その様子だと、投石の謎についても問題なさそうだね」


「はい。あの石ころはぎゅうぎゅうに押し込められた弾丸で、おまけに魔力を圧縮して強化していた」


 どちらかと言えば斬るより刺す事をメインとした剣と、ダイヤ以上の硬度をと魔力の防護が乗った石ころがぶつかった。結果として剣がへし折られるのは、当然の結果だったのだろう。


「問題無いね。じゃあ最後の質問だ。始祖魔法はナニカを操る魔法だ。一からナニカを生み出す事は出来ず、魔法現象もそのナニカ一つに限定される。血族を撃ち抜いた石ころに込めた密度。いったいどこから工面(くめん)したんだい?」


「ボクの足元からです」


 強化と消失。これらを別々の事象であると考えていたせいで、翔達はドツボに嵌ってしまった。だが、一つの事象の中で循環されているのが分かれば、答える事は容易い。


 大熊は地面から密度を奪い、スカスカの大穴を作り出した。そして、奪った密度を石ころに移し、ニナを撃ち抜く弾丸へと変えた。これが戦いの真相だったのだ。


 自信を持って言い切ったニナの目を、ダンタリアは興味深げに見つめる。先ほどまで怯えていた少女はどこへ行ったのやら、今ダンタリアの前に立っているのは覚悟を決めた一人の戦士だ。


 日常こそ小動物めいた臆病さを兼ね備えていれど、一度スイッチが入れば歴戦の戦士めいた精神性を有するらしい。この二面性には、()()の教育の(あと)が強く垣間見えた。


「ふふっ、合格だ。喜ぶと良い。君達は大戦勝者(テレファスレイヤー)の魔法を、白日の下に晒し上げたのだから」


 解答者達に祝福を送ると共に、ダンタリアはチラリと一人の少女へ目を向ける。三人が流れを作ってくれたのだ。これを台無しにするような真似は許さないぞとでも言う様に。

次回更新は2/9の予定です。

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