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ようやく掴んだ概念の尻尾

「なんだ、てっきり煙幕の疑問をぶん投げてくると思ったのに」


 地盤陥没の違和感は、ニナが提示した順番から言えば三番目。時系列的に処理していくなら、血粉煙幕を処理するものだと思っていた翔は当てが外れた。


「そっちは四番目の疑問とセットが良いと思ってね」


「あぁ、そういやどっちも煙幕の疑問だもんな」


 第二の疑問は、ニナ以外には猛毒の煙と化す煙幕内に突っ込んできた謎。第四の疑問が、その煙幕をいつの間にか散らされていた謎。言われてみれば確かに、セットで解消してもらえた方がスッキリとする内容だ。


「さて、それじゃあ本題と行こうか。早速だけど少年、君はどんな魔法なら地盤を丸ごと砕く事が出来るかな?」


「いきなりかよ......。え~と、え~と......なにか、地面のツボとか、弱い所を突くとかか?」


 突然の問題提起に、歯切れが悪くなる翔。それでも彼はかつて幼馴染の一人である凛花から貸してもらった漫画の知識を活かして、解答を行った。


「なるほどなるほど。少年にしては比較的説得力のある答えが出たね」


「俺にしてはって何だよ。トンチンカンな解答を期待してやがったのか?」


「そんなことは無いさ。純粋に少年の成長を喜んでいるんだよ」


「上から目線だな」


「実際に()だからね」


「ったく......」


 にこやかに笑うダンタリアの顔には、嫌味が感じられない。本当に心の底から自身が格上であると疑っていないのだろう。もちろん翔も反論の余地は無い。下手に口論に持ち込めば、口先だけで叩き潰されるのは目に見えているからだ。


「少年の成長は喜ばしい。けれど、その答えだと色々な部分に無理が出てしまう」


「どういうことだよ?」


「血族、君は大熊が作り出した()()()()()()に落とされたんだったね?」


「はっ、はい!」


 報告を終えて気が緩んでいたのだろう。突然の指名にニナがビクリと飛び上がる。そんな彼女の反応を見てダンタリアはクスリと笑うと、冷静な顔を作り直して翔へと向き直った。


「そして少年、君の解答は地面が脆弱になっている箇所に狙いを定め、一撃を加えて地面を砕くだったね?」


「お、おう」


 思いのほか鋭い考察が返ってきたことで、まさかそこまで考えていなかったとは言えず、翔は流されるままに頷いた。それにしても、あんなあやふやな解答で、そこまで読み取ったダンタリアの考察力には驚きしかない。


「なら少年、地面を砕くのは良いけど、()()()()()()()()はどうするんだい? 血族は大熊によって、半円状の大穴に落とされたんだ。少年の魔法では、砕けた地面がそのまま残ってしまう事になる。そうなると、血族が落ちる距離もせいぜい身体一つ分程度じゃないかい?」


「あっ......」


 ダンタリアに言われて、翔はハッとした。


 そう、この疑問の焦点は大熊が地面を砕いた事ではない。砕けて生まれた大穴の中へ、ニナが落下した事なのだ。


 翔の考えた魔法は、地面を砕く事こそ可能だ。しかし、砕けた地面はそのまま残る。残っているのだから、当然ニナは落下しない。落ちるとしたって、ダンタリアの言う通り砕ける事で生まれるスペースによって小さな落下が発生するくらいだろう。


 もちろん断層の中にニナが落ちたという可能性もゼロだ。なんせ彼女はハッキリと、大穴の中に落ちたと言っている。地面の亀裂も確かに大穴と言えるが、事前の確認がその可能性を潰している。


 周囲を見れば言葉にこそ出さないものの、仲間達も驚愕の表情を浮かべている。だがそれも仕方ない。なにせ超人的な動きを見せる大熊が、地面の消失という強力な魔法現象まで引き起こす事すら分かったのだから。


「理解したかい? 大熊の見せた魔法の本質に」


「......あぁ。けど、この魔法って本当に大熊さんの魔法なのか?」


「どういうことだい?」


「ほら、さっき神崎さんが言ってただろ。全部が大熊さんの仕業に見えた戦いだったけど、実は麗子さんも介入してたんじゃないかって」


「あぁ。なるほど。少年はこの魔法が、麗子の手によるものだと推測したわけだ。あるいは、大熊の第二の魔法という可能性も考えられるかな?」


 楽し気なダンタリアに対し、翔は大真面目に頷いた。自身を超人化させる魔法と地面を消失させる魔法。どう考えても接点が無さすぎる。性質が異なる以上、考えられるのは麗子による介入。もしくはダンタリアの言うような第二の魔法の可能性だ。


「ふふっ。少年、初めて出会った時から君は大きく成長した。一つの可能性に縛られず、数多の可能性へ思考の糸を伸ばせるようになった」


「ありがとよ。で、どうなんだ?」


「残念だけど」


「......そうかよ」


 翔自身、自分の思考力は信用していない。そのため、的外れの推測である事はある程度覚悟出来ていた。むしろ形だけでもお褒めの言葉を貰えるようになっただけ、ダンタリアの言う様に成長してはいるのだろう。惜しむらくは、その成長が現実で求められる段階に届いていない事だけだ。


「大熊は愚直な男だ。仲間をどこまでも信頼し、約束を自分からは絶対に裏切らない。魔法に関してもそうだ。彼には複数の魔法を使い分けるという器用な真似は難しかった。だから一つの魔法を、実直に磨き続けた」


「麗子さんの方も、その時には私との戦いを行っていたはずよ。そして、あの人の魔法はデュモンさんとの戦いに介入出来るタイプじゃなかったわ」


 ダンタリアの説明に便乗して、姫野が付け加える。先ほども確信めいた事を話し、ダンタリアにも否定されなかった彼女だ。疑う余地は無い。


「なら......探すべきは共通点か......」


 超人的な運動能力と地面の消失能力の両立。一見すると共通点など微塵も存在しない両者だが、大熊は実現させているのだ。ならば必ず何らかのルールを敷いた上での魔法なはずなのだ。


(召喚魔法は無い。ダンタリアの言っていた筋力の増強まではあり得るとしても、肉体強化に用いる使い魔が地面の削り出しに使えるとは思えない。変化魔法もそうだ。肉体を強化する変化魔法をどう使ったって、地面の消失には使えない)


 肉体の強化と地面の消失。これを一言で説明するのなら、一方が与えられる魔法でもう一方が奪う魔法だ。


 肉体を強化する方法は、ダンタリアも言っていたが様々だ。単純な筋力の増強、外付けの筋力の付与、魔力による疑似的な筋肉の生成など無数に渡る。


 しかし、これらを地面の消失に流用出来るかと言われれば、多くの魔法がノーと言わざるを得ないはずだ。なぜなら、地面の消失とは対象を奪い去る攻撃的な魔法。何かを強化したり付与する魔法とは対極の魔法なのだ。


 そのため召喚魔法と変化魔法は一番初めに除外される。前者は性質の全く異なる使い魔を生成するのは困難を極めるからであり、後者は肉体を増強する魔法を地面に施した所で地盤が固められるのがオチであるからだ。


 そうなれば、残りは始祖魔法か契約魔法、創造魔法に絞られる。


(始祖魔法だとしたら、間違いなく概念型だ。そうでなきゃ、俺には地面と筋肉の共通点なんて分からねぇ。契約魔法なら、いや、これも与える側と奪う側のトリガーが分かんねぇ。創造魔法に至っては、何でもアリなら考えるだけ無駄じゃねぇか! 無視だ無視!)


 始祖魔法であるのなら、まず間違いなく概念型だろう。始祖魔法とは対象とした一つのナニカを操る魔法。肉体と地面では、あまりにも類似点が無さすぎる。


 契約魔法も難題だ。この魔法はルールにさえ則っていれば、どんな魔法だろうと発動するのだから。唯一疑問が残るのは発動のトリガー。ニナの証言によれば、大熊の起こした行動はひたすらに突撃するのみだった。そんな状態で、肉体強化と地面陥没魔法を切り替えられるのか。


 いまいち釈然としないが、違うとも言い切れないのが難しい所だ。


 創造魔法に至っては、制限が無いに等しい。地面を半円状に蹴り砕く事が出来るスーパーマンを想像すれば、それが実現してしまうからだ。いくら何でも、ダンタリアがこんなしょうもないオチを講義に持ってくる訳が無い。


(と、なればだ。始祖魔法と契約魔法、どっちだ。考えろ......)


 始祖魔法であれば、大熊が操っている概念を。契約魔法であれば、大熊が魔法を切り替えたトリガーを。ニナの証言を基に必死で頭を回していく。


「翔_」


「無粋だよ。君達が考えるべきは、この後に向けられる謎掛けに身構える事だけだ」


「うっ、す、すみません」


 一度押し黙った翔を心配してニナが声をかけようとしたが、ダンタリアの一言によって無理矢理黙らせられた。


 そんなダンタリアだが、翔に向ける目だけは常に変わらない。楽し気で、柔らかで、穏やかな顔を崩さない。だからニナ達と温度差が生まれる。だから彼だけは軽い気持ちでダンタリアと付き合える。


 マルティナの小さな舌打ちも、姫野の困惑した様子も全部ダンタリアには分かっている。それでも彼女は気にしない。別にこの場にいる翔以外の、誰に嫌われようと構わないのだ。むしろ嫌ってくれた方が良い。その方が恐怖によって、相手を縛り付ける事が出来るのだから。


 彼女達に見せるダンタリアの表情はまさしく魔王のそれであった。


(......ちょっと待てよ)


 目に見えない攻防が行われている最中でも、一人蚊帳の外であった翔は思考を続けていた。そして気が付いた。自分達の解決しなければいけない大熊の謎は二つだけじゃない。肉体強化と地盤陥没を除いても、あと三つも残っているのだと。


 加えて翔は気付く。それら三つの違和感まで考えれば、どう考えても契約魔法の発動トリガーが足りていないという事に。


(日常会話と突進。これだけで何個も魔法を使い分ける事なんて不可能だ。つまり、大熊さんの魔法は始祖魔法で間違いない! それに要素が増えるって事は、それだけ選択肢が狭まるって事だ。これまでの違和感に共通するナニカ。それが大熊さんの始祖魔法だ!)


 翔はニナの証言を思い出す。猛毒の煙幕に突っ込み、地面を消失させながら粉砕し、煙幕を霧散させ、石ころに魔道具を叩き折るほどの殺傷力を付与する。


 これらが一つの魔法で行われているとしたら、これらを一つの魔法で行うとしたら、一体どうすれば成り立つのかを。


(煙幕に突っ込めたのは、ニナの魔法を無効化するか弱体化する算段があったから。煙幕を霧散させられたのは、地面を消失させたのと同じ現象のはず。なら石ころに殺傷力を持たせられたのは、肉体強化と同じ理由のはず)


 要素のパズルを紐解いていく。必要を積み足し、不要を除外していく。始祖魔法なのだから対極の要素である事は関係ない。


 全てを一つの魔法として、全てに共通する一つを見つけ出すだけでいい。


 そうして考えて、考えて、考えて。


 翔の口は、とある単語を無意識の内に零した。


「密度......? むぐっ!?」


 その瞬間、ダンタリアの笑みが深みを増した。続けて杖を一振り。根拠を重ねようとした翔を、魔法的に黙らせる。


()()()()()()()。少年、君の出番はここまでだ。何度も言うけど、今回の訓練は力を合わせた護衛が主題だからね。君一人が突出するだけでは困るんだよ」


 そうしてダンタリアは残った少女達へと向き直る。


「少年がここまでヒントを紡いだんだ。まさか答えの欠片すら掴めていない生徒はいないだろうね?」


 少女達へみせた彼女の微笑み。それは獲物を前にした猛獣のそれによく似ていた。

次回更新は2/5の予定です。

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