汝の魔法はなんなりや
「次は事実の深堀りを始めよう。血族、君が実際に目で見た事を、もう一度説明してくれるかい?」
「えっ? はっ、はい!」
「それと、今度はどんなに些細な事でもいいから、気になった事を全部言葉にしてほしい。血族が思っている以上に、言葉とは伝わらないものだからね」
ダメ出しをされたと分かったのだろう。ニナはまるでロボットであるかのように、カクカクと頷いた。
いくら師匠の友人と言えど、やはり魔王が相手では緊張するらしい。目に見えて身体を強張らせながら、ぽつりぽつりと再度の説明を行っていく。
「えっと、そもそもあの戦いは本当に何もかもがスピーディで。突然大熊さんと麗子さんが空から降ってきたかと思ったら、大熊さんの突進で一気に距離を詰められて......」
「ちょ、ちょっと待て! 空から!?」
翔が驚きの声を上げた。その説明は初耳で、おまけにこれまで想像していた大熊の魔法像とは相容れなかったからだ。
「ふえっ? ......ゴ、ゴメン! 変化魔法使いならそこまでおかしくは無いと思って、言ってなかった!」
「......そうね。出来ればそこから説明が欲しかったわ。アマハラ、分かってるわね?」
「あぁ。どこからぶっ飛んできたのかは知らねぇけど、筋肉を増強するだけでそんな事が出来る筈ねぇ」
翔の学力は目を背けたくなるほどの物だが、唯一運動の知識だけは申し分ないものを持っている。その知識が告げているのだ。筋肉だけでは落下の衝撃には耐えられないと。
落下の衝撃は全身を揺さぶる。筋肉はもちろんの事だが、それを繋ぐ骨も、骨に守られた内臓も等しく揺さぶる。変化させるのが筋肉だけでは、生命維持に必要な器官を守り切れないのだ。
「魔法は万能、だけど多くの制約に縛られている。あらゆる攻撃を寄せ付けない無敵の身体を作るとしたら、組成そのものを変化させなければいけない」
ラウラの雪模様が良い例だ。彼女は変化魔法を用いて、自身の身体を氷に変化させる事が出来る。
氷の身体は高い再生能力を秘めていた。割れても、砕けても、例え身体が真っ二つになろうとも再生が可能だった。
しかし、氷に臓器は無い。氷は思考など出来ない。
元に戻す際には、別の思考器官を有している事が絶対条件だ。翔達の与り知らぬ事だが、悪魔に片足を突っ込んでいるラウラは魂で思考が出来る。そのおかげで臓器の有無に関わらず、生命維持が可能なのだ。
「本当にゴメン。あの時は動転していて、そこまで気が回らなかった。さっきも自分が負けた所ばっかり記憶に残っていて、そっちを優先してしまって......」
「いいのよ、ニナ。分かってくれたのなら。それで? そのタイミングの大熊さんに、大きな変化はあった?」
「......無かった。こっちは断言出来る」
だが、あの時の大熊に視覚で感じ取れるほどの大きな変化は無かった。常日頃から目にしている大熊の姿だった。そうなれば大熊が内向きの変化魔法使いという説は、根本的に怪しくなってくる。
「少し良いかしら?」
「神崎さん?」
そんな疑惑を三人が抱いていた所で、おもむろに姫野が口を挟んだ。基本的に受け身な対応が多い彼女は、人数が多い議論においては見に回りがちだ。
しかし、そんな性格である彼女が、わざわざ口を開いたのだ。三人の注意が向けられる。
「遭遇段階の違和感については、後回しにして貰えないかしら?」
「どういうこと?」
「あの二人の登場方法関しては、どちらかと言えば麗子さんがカギを握っていると思うの」
「......麗子さんの方は見当が付いているって事?」
「確証は無いわ。けど、ある程度の論理に基づいて考えたものではある」
姫野が会話に口を挟んでまで伝えたかった事は、登場方法については麗子の魔法による可能性が高い事。そして、そちらに思考が引っ張られて、大熊の魔法考察が見当違いの方向に向かう事を危惧しての事だったらしい。
思案顔のマルティナが姫野へ目を向ける。その顔にはほとんど表情は伺えないが、言い換えれば自信があるからこそ堂々としているのだとも言える。
進行役でもある彼女は、どうしたものかと目を細める。翔とニナに関しても、麗子の魔法を見ていない以上、判断が難しい。
そんな形で議論の熱が冷め始めたタイミングを見計らい、またしてもダンタリアから助け船が出た。
「血族、説明を続けた方がいい」
「そ、それは......」
「あの場には私もいたんだよ? 縊り姫と麗子の戦いは、彼女の魔法を推察出来るだけの攻防があったと言える」
「っ! わ、分かりました!」
ニナは周囲の空気に敏感だ。ダンタリアの言葉から、いつまでも冒頭で油を売っているなというメッセージを汲み取ったらしい。
「ええっと......要するに、ボクがさっきの説明で言って無かった事を説明していけばいいんだよね?」
加えてプレッシャーを与えられる立ち位置は嫌なのだろう。これまでの流れからダンタリアと翔達が求めている内容を精査し、ニナが提案した。
「そうね。そっちの方が分かりやすいし、整理しやすいわ」
「うん。それなら_」
そうしてニナが出した違和感は五つ。
まず第一に、前述された大熊達の登場。第二に、血粉煙幕の中を大熊が気にせず突っ込んできた事。第三に、突然の地盤陥没。第四に、いつ間にか煙幕が晴れていた理由。
そして最後に、石ころ一つでノックアウトされた秘密。
「これで全部だよ」
「ありがとうニナ。それにしても......」
「やっぱりこれって、おかしいよな?」
最初こそ変化魔法使いである事を前提に話し合っていたため、大きな違和感は持たなかった。しかし、ダンタリアの説明を終えた後だと、大熊が変化魔法使いであるというのはどんどん違和感が生まれてくる。
周囲を見れば、三人も翔と同じ意見のようだ。
そして、ニナの二度目の説明を終えて満足そうに頷く者が一体。もちろんダンタリアだ。
「うん。この説明なら、疑問を氷解出来るだけの情報が秘められているね。ちなみに、誰か見当が付いた者はいるかい?」
問いかけに反応する者は皆無。さすがに事実を上げ連ねただけで魔法を推測出来るほど、翔達は知識も経験も持ってはいない。
「それなら申し訳ないが、悪魔祓い。マイクを拝借しても?」
「ちっ、好きにしなさいよ。元々、あんたの説明無しで成り立つとは思って無いわ」
「ふふっ。なら、僭越ながらここからは講義形式で謎解きを始めるとしようか。少年、準備は出来てるかい?」
「いつもの奴だろ? いまさら準備もあるかよ」
「よろしい。なら、最初の回答者は少年。紐解く疑問は地盤陥没の謎だ」
次回更新は2/1の予定です。